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本編

38.祝事

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 王城に通いつつ、兄ちゃんの店の手伝いをする日々にも幾分慣れた頃、その日は訪れた。

「フィーブル、誕生日おめでとう」
「――ふぁっ!」
「おめでとう。エイジちゃんに頼んで、お城の手伝いも今日はお休みさせてもらったから、今日は自由に楽しんでね」
「ええええ」

 朝、不意打ちで祝われてしまった。兄ちゃんと話していたのに、瑛士君の誕生日にばかり気を取られて、自分のはすっかり忘れていた。祝ってくれるのは有り難いが、朝っぱらからサプライズされても上手いリアクションがとれなくて申し訳ない。

 ただビックリして固まるだけの俺を、瑛士君がつつく。

「俺も昨日リアさんから聞いたんだけど?」

 ぷう、と頬を膨らませ……る事こそなかったが、瑛士君は不満げだった。わりとどうでも良いと思っていたけれど、律儀な瑛士君は俺の誕生日も把握しておきたかったらしい。

「で、何する? 何したい?」
「うっ……えーと、」

 ワクワクしながら皆が俺の答えを待っている。何、と急に聞かれても困るのだが……年に一回のチャンスだと思うと、ちょっと気が大きくなった。やりたい事を思いついたのだ。

 大きな声で発表するのは気恥ずかしくて、瑛士君の腕を引いて耳を拝借し、小声で囁いた。

「……エイジとデートしたい」

 洗練された王都民たちが好む、定番デートコースというものがあるらしいと聞いた。自分から言うのは流行りに乗っかってる感じが恥ずかしいと思っていたのだけれど、今日だけは何言っても許されるのだ。たぶん。

「いいよ。フィーのしたい事、全部やろう」

 ドキドキしながら返事を待つ俺に、甘く甘く微笑んだ瑛士君。兄ちゃん達には「二人で王都観光行ってきます」と宣言していた。そうと決まれば、早速支度しなきゃと一旦部屋に戻ろうとしたのだが、兄ちゃんが瑛士君だけ呼び止めて何か話していた。

「兄ちゃん、何だった?」
「あー。フィーをちゃんと見張ってろって」
「いつものやつねー」

 兄ちゃんとリアさんに見送られ、外に出たは良いものの、まだ朝も早いしどこに行くか迷う所だが……定番デートの最初は「噴水前広場で待ち合わせ」と決まっているので、噴水に向かう。

「デート、初だ。何しよっかなー」
「いや、まずはこれじゃね?」

 並んで歩いていたら、瑛士君に手のひらを見せられた。これ? と最初はピンと来なかったが、数秒後に気づく。失礼しますと断りながら、その手に自分の手を乗せるとギュッと握られた。

 意識しすぎて腕がピーンと棒状態になってる俺を瑛士君が笑う。肘をカックンと瑛士君に押されて、俺も笑った。どうでも良い事がすごく楽しい。

 噴水前はまだ人が少なくて、開店したばかりの出店もガラ空きだった。街でよく食べ歩いてるのを見かける憧れスイーツを一つ買って、瑛士君と食べる。一口サイズのワッフルっぽいものと、切ったフルーツがカップに詰められていて可愛い。そして美味しい。

「やっぱり、あの大きな鐘がついたカフェには絶対行かなきゃだよね。あそこのテラス席は鉄板だと思う」
「店先に鳥が居る店にカップルが入ってくのよく見るな……あそこ雑貨屋だろ? フィーの家に置くもの何か買おう」
「あー! あー! それ俺も気になってたとこ!」

 見てないようで、意外と瑛士君も見てるようだ。キャッキャと話して目星をつけて、気になる店を片っ端から回った。

 宰相さんがお給料を結構奮発してくれてるので資金は潤沢なのだが、置物とか装飾品ではなく、お洒落な品々の中でも使い倒せそうなものだけ厳選したガチな買い物をしていく。

 俺の一番のお気に入りは瑛士君が見つけた砂時計だ。かつての日本で見たようなコンパクトな物ではなく、本くらいの大きな物で、薄いガラス板の迷路のような仕掛けを砂が流れていくのだ。

「砂がキラキラで綺麗。面白い。全然飽きない」
「帰ったら一番目立つ所に置こうな」

 コップとか、スプーンとかを何の躊躇もなく二つセットで買う瑛士君を見ていると、当たり前のように「一緒に帰って一緒に暮らす」と考えてくれているのが分かる。

 ローズさんが聖女として女神と対話出来ると分かっても、揺らいだりはしなかった。一緒に帰れる事が嬉しい。だから俺が絶対絶対瑛士君を幸せにする。





「――エイジ、流石にここは無謀じゃないかな」

 日が沈むまで遊んで、晩飯食うぞ! と瑛士君に手を引かれて訪れたのは、王都でも予約が取れなくて有名なレストランだった。料理の味も然ることながら、若い女の子達の間では彼氏と一度は訪れてみたい店として名高い店でもある。

「大丈夫だから。行こ」
「う、うん」

 敷居の高さに腰が引けるが、瑛士君と中に入ると、端の方から落ち着いた演奏が聞こえてくる。もちろん生演奏。明かりを落とした店内にはカップルの姿がチラホラあった。

「では、お席にご案内します」

 瑛士君と短くやり取りをした店員さんがそう言ってくれても、俺は信じられなかった。フラッと立ち寄って空いてる訳ない、と呆然としていると、瑛士君がようやくネタばらししてくれた。

「兄ちゃんが予約してたんだって。やっぱ弟に甘いよな」

 兄ちゃんの仕業だった。うわ、うわぁぁ……兄ちゃん優しい。店でここの噂を耳にした時から、ちょっと憧れてたのだ。既婚者は伊達じゃなかった。兄ちゃん格好良い。出掛けに瑛士君を呼び止めて話していたのはコレだったのかもしれない、と今頃になって思い出した。

 料理はビックリするほど美味しいし、落ち着く音楽に、しっとりした雰囲気。どれもが素敵だった。お酒も飲んでないのにフワフワする。

「フィー。ちょっと歩こう? 気になってた所あるんだ」
「お腹いっぱいだし、歩きたい。行こ行こ」

 神殿までの道すがらいつも気になってたという場所は、歩道から少し外れた所にある小川だった。脇は小石でいっぱいで、しゃがんで小川を覗き込んでみたが、何も見えずにそのままペタンと座る。瑛士君も隣に座った。

 葉擦れの音と、小川の流れる音だけ聞こえる。

「よく気づいたね、こんなとこ」
「ただ歩くだけってのもな。暑い時に涼めるかなってチェック入れてたんだ」
「いいよね。癒やされるー」

 目を閉じて、今日一日を振り返って、幸せな日だったなぁってしみじみ思った。こんな風にずっと楽しく過ごせたら良いなーと贅沢な事を考えていたのだが、今日はまだ終わっていなかった。

「フィー」

 瑛士君が地面に手を着いて、俺の顔を覗き込む。周りに明かりがないせいで、瑛士君の顔が見えづらい事にちょっと不満を抱く。

「誕生日おめでとう。来年もその先も、ずっと祝わせてな」
「……ぅぅありがと。俺、こんな楽しい誕生日初めてだったよ。一日中笑いっぱなしでさ」
「今年は兄ちゃんに持ってかれたけど、来年絶対リベンジすっから。楽しみにしといて」

 対抗心を燃やす瑛士君が可愛い。むしろこれが今年一番のプレゼントなのでは? 余すことなく堪能したい思いで瑛士君に近づく。暗がりが俺の邪魔をするが、少しでも顔が見たかった。

 こっちの意図を汲んでくれたのか、瑛士君も顔を寄せてくれて……頬にちゅ、とキスされた。

「――わ、」

 驚いて跳ねる俺を瑛士君が小さく笑う。

「して欲しいのかと思った」
「や、違う。俺、顔見たくて」
「知ってる、だから今のは練習な。俺の手汚れてるからフィーが触って――顔、見たいんだろ?」

 触っ……触って良いと言われても……。戸惑いつつも、無意識に握り込んでいた手の平を開いて服に擦り付ける。うわー絶対湿ってるんだけど。

 引かれそうなほどワナワナ指を震わせながらも、ゆっくりと手を瑛士君の顔に近づける。大丈夫? これ。嫌がられない? 避けられたらメンタル死ぬ。

 瑛士君が避けたりする訳もなく、頬に手を添えられてもジッとしてくれていた。恐れ多くて、触ってるか寸止めか微妙なラインだが、一応触れている。これ以上は無理だ。

「そのまま……離すなよ?」

 顔がこっちに近づいて来る。手を添えてるせいで俺の方が瑛士君を引き寄せてるみたいに感じながら、目を伏せた。

 頬にされたキスみたいに、ピタッとくっつくかと思ったのにーー上唇同士がちょんっと触れ合って、捲られるみたいにスルッと撫でられた。今だけ全神経が集中してる上唇を緩く食まれながら、何度も何度も小さく吸われる。

 何かもう……すごい気持ち良い。唇の柔いとこだけがぷるぷる触れ合って、その心地よさに身体から力が抜けていく。

 仕上げみたいに下唇から舌で撫で上げられて、強く唇を押し付けられる。むちゅーっとくっついて、パッと離れた。離れても唇がじんじんする。

「――フィー。大好きだよ」

 ぎゅううと抱きしめられて言われた。それはこちらの台詞だと思ったけれど、何かもう身体がふにゃふにゃだし、言葉にならなかった。

 瑛士君の胸にぐりぐり頭を擦り付けながら、抱き合ってても俺が汚れないように瑛士君の両手がグーになってる事に気づいて、また撃沈した。
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