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本編
33.問題
しおりを挟む――拝啓。兄ちゃん、お元気ですか。
俺は今、神殿に居ます。今夜はこちらにお世話になる事になったので家には帰りませんが心配しないでください。エイジも一緒です……ので?
んんー? 何かこれだと、脅されて無理矢理書かされた感ないか?
「オリジナリティを出すにはどうしたら良いんだろ?」
「余計な事考えてないで早よ書け。他人行儀過ぎんだよ。普段みたいに、俺今日エイジと神殿泊まるみたいーとか書いとけば、あの兄ちゃんなら察してくれんだろ」
「えっ……エイジの中の俺って、ちょっとIQ低すぎない?」
背後から俺の手元を覗き込んでいた瑛士君を軽く振り返りながら言うと、瑛士君がピタリと止まった。かろうじて言葉にはしないが「え、何か間違ってた?」と素で驚いている顔だ。
いや、俺としては流石にもうちょいマシだと思うんだけど? と俺も眉を少し顰めて、負けじと瑛士君を見返したのだが……瑛士君のキラキラした曇りなき眼を前に早くも負けを悟ってしまう。だって本当に目が綺麗なのだ。どこまでも透き通って、磨き上げた宝石みたいで。薄い茶色の奥の奥まで見えてしまいそうだった。はぁー良い。薄く張った涙の膜まで綺麗なんだけど。
――っていうか距離近くない?
「っおわ、っ!」
「……あ、気づいた」
慌てて首を反らしたが、向こうは確信犯だったようだと気づく。本当に近い。瑛士君が今にも俺の肩に頭を乗せてしまいそうなほどに至近距離に居る。
「離れて欲しい?」
「ま、まぁ……その、手紙書かなきゃだし」
「ん、分かった」
言葉通り、瑛士君があっさり離れていく。何だかものすごく惜しい事をしたような気にはなるが、ともかく手紙を仕上げるのが優先だ。瑛士君と……いや瑛士君に遊ばれている場合ではない。
先程、担当の神官さんにビクビク怯えながらも事情を話したところ、元よりマインツ様を王城まで迎えに行く予定なので、そのついでに渡すから手紙を書けば良いと言われたのだ。やっぱり報連相って大事なんだなぁ。また兄ちゃんの語彙力を低下させる事態にならなくて本当に良かった。
さっき他人行儀と言われた手紙の最後に「追伸、こちらで夕飯もご馳走になります。神殿飯が今から楽しみです」と何気なく添えてみたら、グッと俺らしくなったと瑛士君に褒められた。瑛士君の中で俺ってどんなイメージなんだろう。謎だ。
そして、その褒め方が犬猫のごとく顔も頭も一緒くたに撫で回されるというのは、どうなんだ? 好きだよなんて言った相手にこんな扱いするものなのか? これはむしろ……。
「……ペット扱いでは?」
細い癖毛が酷い有り様になっているのを、乱した瑛士君が責任持って撫でつけてくれる。じっと待ちつつ考えていたのだが、つい心の声が漏れてしまった。
瑛士君の手が止まり、両側からキュッと両耳を挟まれる。
「じゃあ、いいのか?」
「良いって……何が?」
「いきなりガチめなテンションで絡みに行ったら、フィーが逃げ出すんじゃないかと思ったけど。大丈夫だって事だよな?」
……大丈夫じゃないね、それ。曇りなき眼が瞬き少なめで、俺の答えを待っている。何だろうこの……首を締められてる感じ。
「どうなの? 答えは?」
「無理、いきなりはちょっと刺激が強いです。ごめんなさい」
詰め寄られて泣き言を言うと、瑛士君がブハッと笑い出す。あ、俺、弄られてたんだ。瑛士君は楽しそうだが俺は全然面白くない。盛大に口をへの字にしている所へ、ノックの音がした。
「――手紙は書けまし……た……?」
「っえ?」
「おぉ……」
コンコンガチャ、の速さで神官さんに入室され、咄嗟に二次元ドジっ子まがいの「あうあう」しか言葉にならない。甘い雰囲気は欠片もないが、妙な場面を目撃させてしまい、非常に気まずい。
一応名誉の為に言わせてもらうと、こちらの返答を待たずに入ってきたのは神官さんが無遠慮なのではなく、どうぞ入ってくださいと予め扉を半開きにしていたからなのだが……。
神官さんと目が合う。苦虫を噛み潰したような顔ってこういう顔かなと思う表情だ。
「仲がよろしいのは結構ですが……神殿内で……その、破廉恥な行いはくれぐれも慎んでくださいね」
「は、はい……」
弁解されても困るだろうと素直に頷いたけれど、破廉恥って具体的にはどこまでだろうって若干疑問に思った。何となく、この人の判定は特別厳しそうだ。
神殿で晩飯を食べるという、中々にレアな体験をした後で、戻って来ていたマインツ様に呼ばれ、部屋に向かう。
「お二人がおっしゃった通り、王城には現在保護されている女性が居るようです。しかし聖女かは……」
言葉を濁すマインツ様に、それは気性が荒いというせいか? とごくナチュラルに失礼な事を思ってしまったが、普通に考えればそっちではなさそうだ。申し訳ない。
聖女はこちらの言葉が全く分からないらしい。しかも説得を試みてはいるが、今のところ覚える気もないようで、王城の関係者は頭を抱えているようだった。目撃者から聞いた外見的特徴で、転生かと思ったけれど……それなら瑛士君と同じ転移者なのか?
「聖女だと認定されないのは言葉が通じないからでしょうか」
「ええ、本来女神と言葉を交わす事の出来る存在を聖女……御使いと呼ぶので、意思疎通が困難な現状では、それを確かめる事もままならないようです」
「言葉を覚えてもらわないと無理ですね」
或いはこちらが言葉を覚えれば良いのだが、どちらにせよ女性の協力が必要だろう。マインツ様もその聖女候補には一応面会させてもらったそうなのだが、健康そうではあるけれどかなり気が立っていたらしい。
使用していた言語にも聞き覚えがない、と。
「――もし、その女性が聖女ではないと確定したら、その後の彼女の処遇はどうなりますか?」
役立たず、と王城から放り出される可能性もあるのかと、硬い表情を浮かべた瑛士君の質問で気づく。しかしマインツ様はこちらを安心させるように微笑んだ。
「彼女が望むのなら、王城で職を探す事も可能でしょうし、神殿でも受け入れる用意はあります。残念ながら、彼女の様子では今すぐとはいかないでしょうけど……」
「俺達の知っている言葉じゃないか、出来れば確かめたいんですけど」
「どうすれば聖女に会うことが出来ますか?」
俺の後に瑛士君が続けた。マインツ様はゆっくりと頷き、知人に聞いてみましょうと請け負ってくれたので、二人で立ち上がって頭を下げる。持つべきものは元大司教様だ。今は一段と神々しく見える。
お疲れのようだったので、早めに切り上げて自分達の部屋に戻りながら、聖女について話した。
「しまった。保護されるまでの経緯は押さえとくべきだったな」
「んんー聖女は転移なのかな? ……マインツ様みたいに日本以外の異世界からってこともあるよね」
「あぁ。それなら俺達にも言葉通じねーな」
ううーん。女神と言葉を交わせるのかだけでも知りたいんだけど……そうなると結局、聖女と目されている彼女との意思疎通は必須だろう。言葉が通じないようなら、ジェスチャーを使ってでも。強い意志と情熱があれば、世界を越えても通じるものはあるだろう。
「エイジ。今夜からストレッチしよっか」
「……は?」
残念ながら漲る俺の熱意は瑛士君には伝わらなかったようだけれど。
「なに? 俺、破廉恥な行いを誘われてんの?」
「……エイジ、そんな訳ないって分かって聞いてるよね。そういう揶揄い方は良くないと思うよ」
「茶化してるのは認めるけど、いつも本気だけど?」
ちょっとした反抗心が秒で制圧された。ピタと足を止めた瑛士君に合わせて、俺の足も止まる。視線を床に落とした俺には見えないが、ものすごく見られている気がする。
「俺はもう決めたから、後はフィー次第だろ? どうされたい? どこまでなら平気そう? なぁ、ここでキスしたら――神官さんに怒られると思う?」
耳元で囁かれて、膝が抜けてしまった。これはもう十分に破廉恥な行為だと思う。
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