転生した気がするけど、たぶん意味はない。(完結)

exact

文字の大きさ
上 下
32 / 63
本編

32.告白

しおりを挟む

 とりあえず寝台に寝転んでみたものの、ぐるぐるぐるぐるマインツ様の声が頭の中を巡っている。騎士と姫、俺と瑛士君。俺の望みはたった一つ。瑛士君が幸せになること、だ。

 この世界に引き止めるようで、彼自身の選択を邪魔したくないと自分の気持ちを秘めてきたけれど、マインツ様の事を考えると自分の考えが揺らぐ。騎士の自己犠牲を姫は喜んだのかって。

 進む道を迷っている瑛士君は俺との未来も考えてくれている。そんな彼にとって俺の思いは本当に負担になるんだろうか? 黙って彼の選択を待つのが尊重する事になる? いや、俺が逆の立場なら全てを知った上で選びたいと思う。

 ――言う? 言った方が良くない?

 最後の最後に伝えようと思っていたけれど、よく考えれば瑛士君が元の世界に帰るのを見送る時なんかに伝えたら、盛大な嫌がらせじゃないか。後味悪いだろう。

 自分の気持ちを伝えた上で、瑛士君の判断に委ねるべきだ。

 ガバっと起き上がり、外を見た。まだ真っ昼ではあるが、この部屋に来て一時間位は経ってそうだった。宿泊する事になった時、本殿内の案内は翌日にと神官さんが言ってくれたので、夕飯までゆっくり時間がある。

 家に帰ってしまえば、一人になる機会は滅多にないので、個室が用意された今が最大のチャンスに思えた。そう思うと、居ても立っても居られずに俺は部屋を出て、勢いのまま隣に向かった。







 ノックするのにすらクソほど緊張して、瑛士君が寝ていたらまた後で来ようなんて日和った考えのせいで、相当にか細いノックだったけれど、瑛士君の応答が中から聞こえてしまった。いやもう緊張は最高潮だ。

「フィー? どした?」

 俺だと分かると、瑛士君は手を引いて中に促してくれる。瑛士君が一言喋るたびに、心臓の音が速度を増していく。これ以上、喋らせたら駄目だと思った。何か言う前に俺が死ぬ。

「――ねぇ! 好きなんだけど!」

 アホみたいな大声が出た。

 ……あれ? 俺なんか絶対間違えた。声量にか内容にか、瑛士君が目を丸くしているが、いやいや俺だってビックリした。完全にフライングだ。人生初の……しかも何なら六十年ほど発酵熟成した告白なのだ、もっと情緒溢れる感じに言おうと思っていたのに。どうしてこうなった。

「フィー? えっと……」
「ううー。うううー」
「奥でゆっくり話そ? ……な?」

 戸惑う瑛士君に、唸る俺。出来るならやり直したい所だが、軽くキレ気味に発した俺の告白は瑛士君にもよく聞こえた事だろう。もうね、こういう所なんだよ。大事な所でちっとも決まらない。

「――好き! 好きなんだよ、エイジ。とにかく俺は好きだって、好きな事だけ伝えに来ただけだから、好きって言えたから帰る」

 更にヤケクソ気味に言うだけ言ってササッと逃げようとする俺を、瑛士君が手を掴んで止めた。ちなみに声を殺してはいるが、ものすごく笑われている。

「今だけで何回好きって言った?」
「……分かんない」

 もう消え入りたい。引かれた手を振って、離してもらおうとするけれど、その手は思ったよりもずっと固く握られていた。

 好きなんだけどって何だ、アホか。瑛士君の笑いは止まらない。俺の顔はさぞかし真っ赤になっている事だろう。いつまでこの恥辱に耐えなくてはいけないのか、身を震わせながら必死に待つ。

「お前すげーな。告られてこんなに笑ったの初めて」
「ものすごく不本意だけど」
「なんで。フィーらしくて良いじゃん」
「これ以上揶揄われると死にたくなるから止めてね」
「アホか。嬉しいから笑ってんのに」

 ……お? おお? グイグイ手を引かれて、部屋の奥に誘われる。俺を寝台に座らせると、瑛士君はその真正面に屈んだ。ジッと見上げられながら両手をしっかり握られると、思わず胸が跳ねる。

「正直言うとさ――知ってた。いや、半分は俺の願望かな。でもフィー分かりやすいから常に好意だだ漏れてたし」

 そう言われて、俺はもう何を考えるでもなく反射的に逃げ出そうとしたのだけれど、握られた両手に全力で阻まれた。この手は最初から俺の逃亡を防ぐ為だったのか、と気づいても遅い。

「恥ずかしいのは分かったから。でも聞いて」
「……はい」
「なぁ、フィー。俺は本当に嬉しかったんだ」

 俺のこと好き? と改めて聞かれた。こちらを見上げる瑛士君の綺麗な瞳は穏やかに俺だけを映し、中学時代にはサラサラと揺れて輝いて見えた髪は今や結べるほど伸びて色気を増している。繋いだ手のひらは硬く、学生にはあり得ない苦労を感じさせた。

 この世界で生きる今の瑛士君に、この世界のフィーとして、俺はゆっくり頷いた。同時に好き、と言葉でも溢れる。思いが強すぎて、しゅき……に聞こえたかもしれないが。

「――俺も好きだよ、フィー」

 瑛士君の口からとんでもない台詞が飛び出してきた。

「なんだ、その顔。失礼過ぎるわ」
「……え? いやでも……えっ?」

 俺が狼狽えるのはしょうがないと思う。だって瑛士君自身が、はっきり覚悟を決めるまでは言わないと言っていたのだ。それをこの場で口にしたという事は、決断したって事で――

「うん、元の世界には戻る気はない。ここで生きる。フィーに言われたからって訳じゃなくて、俺も言いに行こうと思ってた」

 丁度、話しに行こうかと思っていたところに、俺が来たんだそうだ。マインツ様との話に影響されたのは俺だけではなかったらしい。瑛士君の場合は、あの問いかけだった。

「自分の手で一番幸せにしたい人が何処に居るか……って爺さんに聞かれた時に、答えは決まってたと思う。一人で考えてみたけど、やっぱり答えは変わらなかった」
「もう……諦めるってこと?」
「違うだろ。もう帰りたくないってこと」

 こんなやりとりは前にもしたが、隠しきれない迷いを感じたあの時とは瑛士君の顔が違う。吹っ切れた様子を見て、本気なんだ、と思った。むしろ俺の方が迷っている。

「フィー、困ってる」
「困ってはないけど……なんだろ、本当に良いのかなって」

 帰って欲しい訳じゃないのに、素直に喜べもしない。俺は今ものすごく微妙な顔をしているはずだ。瑛士君にも苦笑されてしまっている。俺は告白することだけに必死で、その後の事なんて考えてなかったのだ。考える時間が欲しいと咄嗟に思ったが、一体何を考えるというのだろう。

「まぁ信じらんないよな。だから、今まで通り元の世界に帰る方法は探してみようと思ってる」

 帰らないけど、帰る方法は探す? 首を捻る俺の頭を瑛士君が撫でた。

「帰ろうと思えば帰れる状況になんなきゃ、信じらんないだろ? だから探す。探した上で、フィーを選ぶよ」
「でも、あっちには……」
「心残りはあったけど良い。ここでフィーの手を離す方がよっぽど後悔する」

 頭を撫でた手は、するすると滑って、俺の頬に添えられる。眩しそうに目を細めた瑛士君の顔に、俺はほうっと見惚れていた。夢を見ているようで現実味がない。

「俺はフィーが好きだ。ずっと一緒に居よう」

 こくり、頷いた。頭は真っ白だったが身体は正直だった。一度頷いて……一旦、瑛士君の顔を見て、求められてもいないのに、もう一度深く頷く。じわじわと脳の処理が追いついて来たら、喜びや興奮やなんやかんやで目がチカチカした。

「よし、とりあえず両思いだな。フィーに心から信じてもらえるように努力するよ」
「……信じてない訳じゃないと思う」
「不安なのは確かだろ。それは良い、仕方ない」
「う……ごめん」

 元の世界に戻る方法も探すといっても見つかる保障もないので、ひとまず「聖女」を区切りにしようという瑛士君の提案に俺も賛成した。情報は王都に集まるだろうし、本格的に王都に移住するのもまぁアリだが、一度は自分の店に戻らなくてはいけない。

 ……と考えて、ふと頭に兄ちゃんの顔が過ぎった。

「忘れてた。ここ泊まれない……無断外泊したら兄ちゃん絶対怒る」
「あ、確かに。でも今さら帰るって言ったら、あの神官さんもキレそう」

 あー究極の選択だった。どっちに怒られる方がマシだろうか。
しおりを挟む
感想 17

あなたにおすすめの小説

獣人将軍のヒモ

kouta
BL
巻き込まれて異世界移転した高校生が異世界でお金持ちの獣人に飼われて幸せになるお話 ※ムーンライトノベルにも投稿しています

虐げられている魔術師少年、悪魔召喚に成功したところ国家転覆にも成功する

あかのゆりこ
BL
主人公のグレン・クランストンは天才魔術師だ。ある日、失われた魔術の復活に成功し、悪魔を召喚する。その悪魔は愛と性の悪魔「ドーヴィ」と名乗り、グレンに契約の代償としてまさかの「口づけ」を提示してきた。 領民を守るため、王家に囚われた姉を救うため、グレンは致し方なく自分の唇(もちろん未使用)を差し出すことになる。 *** 王家に虐げられて不遇な立場のトラウマ持ち不幸属性主人公がスパダリ系悪魔に溺愛されて幸せになるコメディの皮を被ったそこそこシリアスなお話です。 ・ハピエン ・CP左右固定(リバありません) ・三角関係及び当て馬キャラなし(相手違いありません) です。 べろちゅーすらないキスだけの健全ピュアピュアなお付き合いをお楽しみください。 *** 2024.10.18 第二章開幕にあたり、第一章の2話~3話の間に加筆を行いました。小数点付きの話が追加分ですが、別に読まなくても問題はありません。

聖女召喚されて『お前なんか聖女じゃない』って断罪されているけど、そんなことよりこの国が私を召喚したせいで滅びそうなのがこわい

金田のん
恋愛
自室で普通にお茶をしていたら、聖女召喚されました。 私と一緒に聖女召喚されたのは、若くてかわいい女の子。 勝手に召喚しといて「平凡顔の年増」とかいう王族の暴言はこの際、置いておこう。 なぜなら、この国・・・・私を召喚したせいで・・・・いまにも滅びそうだから・・・・・。 ※小説家になろうさんにも投稿しています。

Switch!〜僕とイケメンな地獄の裁判官様の溺愛異世界冒険記〜

天咲 琴葉
BL
幼い頃から精霊や神々の姿が見えていた悠理。 彼は美しい神社で、家族や仲間達に愛され、幸せに暮らしていた。 しかし、ある日、『燃える様な真紅の瞳』をした男と出逢ったことで、彼の運命は大きく変化していく。 幾重にも襲い掛かる運命の荒波の果て、悠理は一度解けてしまった絆を結び直せるのか――。 運命に翻弄されても尚、出逢い続ける――宿命と絆の和風ファンタジー。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

侯爵令息セドリックの憂鬱な日

めちゅう
BL
 第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける——— ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。

将軍の宝玉

なか
BL
国内外に怖れられる将軍が、いよいよ結婚するらしい。 強面の不器用将軍と箱入り息子の結婚生活のはじまり。 一部修正再アップになります

田舎育ちの天然令息、姉様の嫌がった婚約を押し付けられるも同性との婚約に困惑。その上性別は絶対バレちゃいけないのに、即行でバレた!?

下菊みこと
BL
髪色が呪われた黒であったことから両親から疎まれ、隠居した父方の祖父母のいる田舎で育ったアリスティア・ベレニス・カサンドル。カサンドル侯爵家のご令息として恥ずかしくない教養を祖父母の教えの元身につけた…のだが、農作業の手伝いの方が貴族として過ごすより好き。 そんなアリスティア十八歳に急な婚約が持ち上がった。アリスティアの双子の姉、アナイス・セレスト・カサンドル。アリスティアとは違い金の御髪の彼女は侯爵家で大変かわいがられていた。そんなアナイスに、とある同盟国の公爵家の当主との婚約が持ちかけられたのだが、アナイスは婿を取ってカサンドル家を継ぎたいからと男であるアリスティアに婚約を押し付けてしまう。アリスティアとアナイスは髪色以外は見た目がそっくりで、アリスティアは田舎に引っ込んでいたためいけてしまった。 アリスは自分の性別がバレたらどうなるか、また自分の呪われた黒を見て相手はどう思うかと心配になった。そして顔合わせすることになったが、なんと公爵家の執事長に性別が即行でバレた。 公爵家には公爵と歳の離れた腹違いの弟がいる。前公爵の正妻との唯一の子である。公爵は、正当な継承権を持つ正妻の息子があまりにも幼く家を継げないため、妾腹でありながら爵位を継承したのだ。なので公爵の後を継ぐのはこの弟と決まっている。そのため公爵に必要なのは同盟国の有力貴族との縁のみ。嫁が子供を産む必要はない。 アリスティアが男であることがバレたら捨てられると思いきや、公爵の弟に懐かれたアリスティアは公爵に「家同士の婚姻という事実だけがあれば良い」と言われてそのまま公爵家で暮らすことになる。 一方婚約者、二十五歳のクロヴィス・シリル・ドナシアンは嫁に来たのが男で困惑。しかし可愛い弟と仲良くなるのが早かったのと弟について黙って結婚しようとしていた負い目でアリスティアを追い出す気になれず婚約を結ぶことに。 これはそんなクロヴィスとアリスティアが少しずつ近づいていき、本物の夫婦になるまでの記録である。 小説家になろう様でも2023年 03月07日 15時11分から投稿しています。

処理中です...