転生した気がするけど、たぶん意味はない。(完結)

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本編

31.進路

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 話したい事だけ聞かせてください、とマインツ様が言った時、ようやく瑛士君と目が合った。何をどう言うべきか、考える時間が欲しいだろうと俺から話す事にする。

 俺の方は転生してきた事くらいしか話す事はない。瑛士君と最初に会った時のように、自分がかつて経験した面白味のない男の人生をつらつらと語る。それでもマインツ様は興味深そうに聞いてくれた。

「――ではフィーさんはこの世界で何を望まれますか?」

 話しの終わりにそんな事を聞かれて戸惑う。

「ええー特には何も。楽しく暮らせればそれで満足です」
「素直な方ですね。ええ、穏やかに暮らせる事こそ最大の幸福だと私も思いますよ」

 ゆったりとしたマインツ様の話し方は心地よく、日本で暮らしていた頃の優しかった祖父に似ているなぁと感じていた。こちらの世界の祖父は数度しか会った事はないけれど、何故かいつも叱られていた気がする。

 しかし、と続けられ、俺はその横顔を見る。

「烏滸がましいのですが、私はこの世界を女神が与えてくださった前の生のご褒美だと考えています。恩情ですね」
「恩情……ですか」
「争いのない国、安定した気候、穏やかな人々。以前の世界と比べると、正しくここは理想郷です」

 平和な日本で暮らしていた俺より、異世界を渡った瑛士君の方が思い当たる節があったらしい。その目はマインツ様を食い入るように見つめていた。

「俺も……外への興味が異常に薄いと思っていました。この世界の人は国外どころか町の外に出る事さえ考えていない」
「そうですね。それに重罪を犯す者さえ殆ど居ないのです。レテイル神の敬虔な信徒と言われれば、その通りなのですが」

 誰もが穏やかに暮らせる世界であるように、女神の力で制御されているのではないかとマインツ様は言った。気持ちの良い話ではないけれど、女神の庇護下にあるとも言い換えられる。

「ご褒美なのですから、どうかフィーさんの思うように生きてください。女神もきっとそれを望んでらっしゃいます」

 何の為にこの世界にやって来たのか、俺と瑛士君はずっとその意味を探し続けている。俺自身、ご褒美を貰えるような事は何もしていないけれど、瑛士君だけでなく自分も幸せになれる道を探っても許されるのだろうか。

「――俺は、この世界の住人ではありません」

 何となく、瑛士君は転移者だとは言わない気がしていたので、マインツ様にそう語り始めて、俺は内心酷く驚いた。

 以前は俺と同じ世界で暮らしていた事、突然喚び出されて勇者にされた事、そしてこの世界にやって来た事……俺が話している間に頭の中でまとめていたのか、瑛士君の話は主観を挟まない端的なものだった。客観的な事実だけを淡々と述べていく。

「この世界で何を求められているのか知りたくて、フィーと旅を続けてきました。だけど――マインツ様の話を真実とするなら、ここは終着地なのでしょうか」

 俺はこの世界で生きるべきですか、と瑛士君は問う。

 決断を委ねたいのではなく、背中を押されたいように俺には感じられた。肯定されたいのか、否定されたいのかは分からない。けれど、マインツ様の返事は分かっているような気がする。

「エイジさんの望まれる方の道を。一度終わりを経験した私達と貴方は違うのですから。苦難を乗り越えた貴方には二つの道が用意されているように私は思いますよ」
「望めば向こうに戻れると……」
「ええ、きっと。その場合は、微力ながら私にも是非お手伝いさせてください」

 かつて騎士だったこの人は自分で決めたから、どんな結末であっても悔いを残してはいない。瑛士君自身で選択する事に意義がある、と穏やかな笑顔で優しく突き放す。しかし二度の人生で俺達より遥か多くを経験した元大司教様は、慈愛に満ちた顔で瑛士君への助言をくれた。

「答えを焦らず考えてみてください。あなたの一番の望みはどこでなら叶えられますか? ――あなたが今、その手で一番幸せにしたい人はどこに居ますか?」

 その言葉は瑛士君の心にどう響いたのだろう。





 すぐに決断する事は出来ないけれど、元の世界に戻れる道は探し続けると告げると、先に言った通りマインツ様が全力サポートを約束してくれた。ここぞとばかりに「聖女」について尋ねる俺達に、マインツ様はその顔を初めて曇らせた。

「私は現役とは言い難い身ですから、届く情報も限られているかもしれませんが……そのような話は聞いた事がありませんね。聖女であれば神殿に話を通さないという事は通常考えられないのですが」

 関わりの深そうな神殿ですら預かり知らぬことだと判明した。それが分かっただけでも収穫なのだが、偶然にもマインツ様は午後から古い知人と会う為に王城へ行く用事があるのだと言う。そこで話を聞いてみてくれるそうなので、普通にめちゃくちゃ有り難い。思いかげず心強い味方が出来てしまった。

 帰りは早くとも日暮れ後だろうとの事なので、当然また後日ここに来れば良いのだと思っていた俺達に、マインツ様は「良ければ今日は神殿に泊まって行かれませんか?」なんて提案してきたのだ。

「……え? そんな事出来るんですか?」
「勿論です。神官たちの為に部屋はたくさんありますし」
「どうしよ……エイジ、どうする?」
「あー……」

 瑛士君に聞いてみた。本音を言えば、明日や明後日ここにまた来るのが面倒臭い。試しの門なんて仰々しい名前のウォーキングコースが余計なのだ。今日の帰りの馬車代も浮く。しかしそこまで厚意に甘えてしまって良いものか……。瑛士君は少し考え、一度俺の方を見ると申し訳なさそうに答える。

「ご迷惑でなければ、お部屋を借りて、少し休ませて貰っても良いですか?」
「ええ。では少し休まれてからまた伺いましょう」
「ありがとうございます」

 マインツ様は快くそう言ってくれたのだが、挨拶をして部屋を辞すると、扉のすぐ近くにこの部屋まで案内してくれた神官さんが俺達を待ち構えていた。マインツ様が話の途中で人を呼んで部屋の用意を頼んでいたけれど、あーそうか、この人かぁ……今日の担当だって紹介されたもんな。

「――それで、休憩ですか? 宿泊ですか?」

 圧がすごくて、思わず瑛士君の後ろに隠れた。

「いえ、少し休憩を……」
「休憩でよろしいですね? 延長は正直困ります」
「えっ……じゃあ泊まります、泊まらせてください」
「はい。では宿泊という事で」

 瑛士君もたじたじだった。会話だけ聞いているとラブホテルっぽいなーなんて、前世のにわか知識を思い浮かべてこっそり笑っていると、気づいた瑛士君に頭を叩かれた。いや本当、任せておいてごめん。

 神官さんがタッタカ歩き始めてしまったので、俺達は本日二回目になる競歩速度で本殿を歩いた。

「フィー様はこちらの部屋をお使いください。エイジ様はお隣を。どこも部屋の作りは同じですので」

 案内された部屋は、旅の途中で使っていた宿屋よりは手狭だったけれど、寝台に敷かれたシーツはピーンと張られて皺の一つもなく、隅の棚の上にはタオルが寸分の狂いもなく積み上げられている。神官さんは本殿内の共用部分や夕食の説明をしてくれた。早口ではあったがとても分かりやすい。

「――何かご質問はありますか」

 最後に聞かれて、主旨とはズレているだろうけど、俺は気になっていた事を尋ねた。

「この部屋の用意をしてくれたのは神官さんですか?」
「……そうですが、何か不都合でもありましたか」
「いえ。一つ一つ丁寧に準備してくれてどこも綺麗です。ありがとうございます」

 この神官さんはせっかちで几帳面、そんで不器用な人なんだなと思った。最初から悪気は感じていなかったけれど、この部屋を見れば俺達を少しでももてなそうとしてくれているのが伝わってきた。お礼を言われて居心地悪そうに「仕事ですから」と言うのを見て、こっそりツンデレなんて情報も追加しておく。

 神官さんと一緒に瑛士君も部屋を出て行く。疲れたから少し休んでくるんだそうだ。俺も疲れた。マインツ様の話を聞いて、一人で考えたいこともあったので「後でね」と瑛士君を見送った。

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