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本編
27.祝福
しおりを挟む呆けた瑛士君に数え切れない花びらが降り注ぐ。これが普通の状態ではない事は明らかで、その考えを肯定するように、聖堂内には俄かにざわめきが広がっていく。
――何で、試しの門は終わったのに!
舌打ちしたい気分だった。こちらからは瑛士君の背中しか見えないが、こんな事態になっても突っ立ったままなのは、彼が動揺している証拠なのだ。じっとしては居られない。
「――っ、エイジ!」
とりあえず逃げよう、と手を伸ばした。けれど向こうの反応を待っている間も惜しくて、俺は瑛士君に向かって足を踏み出す。
すると、突如また強く風が吹き付けた。
既視感を抱くほど、さっき見たばかりの光景がそのままに広がる。まだ残っていた花びらが舞い上がっては、今度は俺に向かって降り注いできたのだ。視界がピンクと紫に染まる。
「…………え?」
思考が停止して、足元に視線を落とす。気づけば、俺の足は聖堂に踏み入れていた。
え、待って。これなに? え?
その時、俺が咄嗟に思ったのは、異常だと感じたのが全くの勘違いで、これは神殿による恒例のイベントか何かじゃないのかってこと。別に慌てる必要なんてなかったんだ。あーびっくりして損した。
「っ、フィー?」
「……え、エイジ?」
瑛士君がようやく振り向いてくれた。困惑しきった顔だが、俺も負けてはいないだろう。何が何だか未だに分かっていない。
神殿内は今やざわめきに満ちていた。後に続くはずの列も完全に止まってしまっているようで、誰も入ろうとして来ない。先に聖堂に居た人達は、皆が俺と瑛士君を交互に見ていた。俺達が注目の的になっている。
やっぱり……恒例ではない感じ?
俺の疑問に答えてくれそうな人は居ない……と思ったら、後からやって来た。急遽呼びつけられたのだろう、白髪と服を乱してお偉いさんっぽい風格の神官を中心に、数人がぞろぞろと俺達に近づいて来る。
「――お時間いただけますか? 少しあちらでお話を」
丁寧にお伺いをたてられ、素早く瑛士君と視線を交わした。いいか? と聞かれた気がして頷く。咎められるような物騒な雰囲気はなかったけれど、この場だけ騙されてる可能性もなくはない。とはいえ、安易に断る事も出来ないのだ。
チャンスには違いないし……それ以上に多少怪しくても少しで良い、情報が欲しかった。
「宜しいですか? ならば奥へ。ご案内します」
髪と衣服をさり気なく整えながら、老年の神官の男に誘導されるままついて行く。女神像を横目に、その背後に位置する半円を描くように点々と並んだ小部屋の一つに入った。
懺悔室のような質素な部屋には机と椅子が一対。背後から来ていた若い神官が足りない椅子を持ってきてくれた。促され、着席する。室内には地位の高そうな神官と俺と瑛士君、三人だけが残された。
「――驚かれたでしょう。私も驚きました。まさか同時にお二人とは。神殿が建てられて初めてではないでしょうか」
神官の言葉に、ゴクリと喉が鳴る。
「二人なのが珍しい、という事ですか? 一人ならよくある事なんでしょうか」
「よくある……とは言えませんが、過去にも事例がある事なので、もう少し落ち着いた対応が出来たかと思います」
瑛士君の言葉に、神官はにこやかに答えていたが、余程慌てて駆けつけたのか額には汗が滲んでいた。一人でもそこそこ驚いたんじゃないだろうか。
「……あれは何なんですか?」
悠長に話しを待っていられず、つい身を乗り出して聞いてしまった。なにせあんな不思議体験、人生初だったのだ。瑛士君だけならまだ分かるが、俺まで一緒にというのが尚更不思議だった。
「女神の寵愛を受けた証と言われています。何かお心あたりがありますか?」
「いえ……」
「そうですか。そちらの方も?」
今度は瑛士君が尋ねられたが、軽く首を捻って返している。
転生や転移がそれに相当するのかもしれないとは思っても、確信はないし、ここで言うべきかも分からない。神官は俺達の答えを信じているのか信じていないのか、薄く微笑んで鷹揚に頷く。椅子に深く座り直して、作った拳を自分の胸に当てた。
「ならば、レテイル神の祝福を受けて生を授かったのでしょう。こうして選ばれたお二人が出会われた事に、意味があるのかもしれませんね」
素晴らしい事のように言われるが、それならそれで事前に説明するかアフターフォローするかして欲しかった。不満が顔に出ないようにぐぐっと力を込めつつ、続く言葉を待つ。
「捧げられた花が降り注ぐ、かの方の御業を私共は女神の祝福と呼んでいます。祝福を受けられた方には神官への道をお勧めする事になっているのですが……」
「神官……えっと、少し待ってください」
とりあえず瑛士君と相談したい。あわあわしながら告げると、神官はゆったりと腰を上げ、出口の扉に歩を進める。
「私は飲み物でもご用意して来ます。お二人でゆっくりお話しされていてください」
神官は席を外し、小部屋に瑛士君と二人きりになると、会話を聞かれないようにか瑛士君がこっちに密着してきた。内緒話をするように、顔を近づけてひそひそ話す。
「ど、どうしよう。どうするべき?」
「フィー落ち着け。俺も本当……いや本当びっくりしたけど。気抜いてたらいきなりこんな事になるとか、あり得ねーだろ」
「なに祝福って。俺まで対象なのおかしくない?」
「いや、俺だけ異質に思えてたけど、この世界からすればフィーだって十分異質だよな」
瑛士君も同じように、転生や転移がこの事象に影響しているんだろうと考えている。想像とは違っていたが、こうして神殿に繋がりが出来たのは良い事なんだろう。俺達に何をさせたくて女神が祝福を与えたのか、探る術が出来たのだから。
「神官に誘われちゃったけど、どうする? 断るのも勿体ないよね」
「無理だろ。お前、店どうすんの」
それはそうなんだが、ここで断ってしまうとせっかくの繋がりが切れてしまう。もっと深く、詳しい話を聞くためには神官として神殿の中に潜り込んだ方が絶対に良い。俺が断れば、たぶん瑛士君は一人でこの話をうけるつもりなのだろう。それは絶対に駄目だ。
なにも今すぐこの場で返事をする必要もないのだ。向こうだって、勧められたからと「じゃあ仕事辞めて神官になります」なんて軽いノリで即答するとは思っていないはずだ。とりあえず、返事は引き伸ばせるだけ引き伸ばし、ギリギリまで保留するという方向で瑛士君と話がまとまった。
「お茶をどうぞ」と戻ってきた神官が淹れてくれたのは、俺達に降り注いできたあの花を使ったお茶だった。淡く色づいたお湯の中でゆらゆらと花が揺れている。神殿で栽培しているエッセン茶ですと言われたので、あの花はきっとエッセンという名なんだろう。花茶をちびちび口にしながら神官と話す。
「――そうですね。お返事はいつでも大丈夫ですので、ゆっくり考えられてください」
あっさりと承諾され、心が決まればいつでも神殿を訪ねて欲しいと言われた。気になった事をいくつか尋ねてみると神官は快く教えてくれる。
前回、女神の祝福があったのは四十年前だと言うから、何とも微妙な気持ちになる。珍しくもないけれど、稀だというには微妙な期間だ。前回の人はそのまま神官に転身し、最も位の高い大司教にまで上り詰め、長く務めたのだそうだ。今は引退しているが、まだこの神殿内で暮らしているらしい。
「その方はどんな形で女神からの祝福を受けたんですか?」
「多くは語られませんでしたが、神殿を初めて訪れる前に、既に奇跡を体感されていたようです。いつも女神に深く感謝しておられました」
「そう……ですか。その方に会ったりは出来ますか?」
「同じ女神の愛し子として積もる話もあるでしょう。先方に伺っておきます」
その人も俺達と同じように別の世界からやって来たのだろうか。
後日で良ければ神官たちが暮らす本殿の中を案内してくれるというので、是非とお願いし、期日を決めてその日は帰ることにした。本当に疲れた。疲れ果て、帰路はどちらも無言だった。
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