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本編
26.関門
しおりを挟むキョロキョロと周りを見ながら、他の人に続いて歩く。初めの門は神殿の敷地内に入る為の物で、潜ってもまた屋外に長く歩道が続いている。どうやら敷地をぐるりと回るウォーキングコースみたいになっているようで、慣れた人は景色を見ながら思い思いのペースで好きに歩いていた。
人の流れの先を見れば、次の門は建造物の中を通り、またその先へと進んで行っているようだ。一際大きな本殿のような建物も見えるのだが、間に丘があったり雑木林に遮られていたりするので、直接そちらに行く道は隠されているように感じる。
「神官さん達は直通コースがないと絶対面倒臭いよねー」
「ここに住んでるイメージあるけどな。まぁ不便か」
次の門は、日々の糧への感謝を忘れた者とかだったので、わりと気楽だった。俺も飲食に携わる者の端くれとして、食材を無駄にしないよう気をつけている。先日の残念ガーリックトーストだって捨てたりはせず、冷え切ってからちゃんと食べたし。冷えるとある程度臭いは抑えられるようなので、やはり加熱と量が問題だったのだろう。
雑談しているうちに、二つ目の門がある建物に辿り着いた。入り口はやはり人数制限の為の神官が配置されていたが、門の前に立つと出口の先までよく見える。通り抜け前提の造りだ。
これといった感慨もなく門を通過すると、建物内はサッカーが出来そうな位の広さがあった。少しひんやりとした空気を感じつつ、古びた太い柱がやたらと乱立する中を歩いて行く。何か意味があるのかもしれないが、俺的には「子供が遊んだら楽しそうな場所だな」という感想だった。鬼ごっこをするにも障害物がある方が盛り上がるんだよな。
三つ目、四つ目……と似たような建造物が続く。怒りに身を焦がす者、他人を嫉み己を省みない者を拒否する門だったのだが、正直覚えてなかったので、同じように並んでいる人達の会話を大いに参考にさせてもらった。
「半分過ぎたね。結構スムーズじゃない?」
「残りは不貞と驕りと……最後が盗み、か」
「あ、映画であったね。あなたの心を盗んでいきましたーみたいなの。恋泥棒は不可抗力だよね」
盗みというのは、他者から奪いせしめる者を許さないという最後の門の事だ。窃盗も詐欺も殺人も、重罪とされる物はおそらくこの門に咎められる。瑛士君が恐れているのはこれだろう。
わざと明るく言うと、瑛士君が苦笑した。
「そんなんで罰せられたらやってらんねーな。昔、恋人に捨てられた過去がある神様っていうならあり得なくもないけど」
「おお、個人的な恨みだね。トラウマだ」
五つ目の門は不貞の取り締まりだからか、他の門より混み合っている。主にカップル。並んでいる人を見ると、心なしか冷や汗をかいていそうな人が居るのは気のせいだろうか。逃げ出す程ではないけれど、少しだけ胸の内に疚しさを抱えているのかもしれない。
神殿としても人が多い分、他より気合いが入っている気がする。建物内は試練を乗り越えたカップルを祝福するように通路の両端にはキャンドルが置かれ、所々に花が飾ってあった。ここだけチャペルみたいだ。
五つ目が明るい雰囲気だった分、通常通りの六つ目の門を抜けた先がしょぼく感じてしまう。途中で帰る人の気持ちが分かった。盛り上がった後にここを通ると、堅苦しさにわりと萎えるのだ。良い気分のまま真っ直ぐ帰るのが正解だろう。
「えーと、ここは驕り高ぶる者だっけ?」
「ああ。俺も一時期マジ調子こいてたから微妙に怖かった。この世界に来て、一回自信なんかバッキバキに折られてるから大丈夫だとは思ったんだけど……」
「俺様っぽいエイジも見てみたかったかも」
俺が知っている瑛士君はいつも気さくで優しいので、調子に乗ってる姿があまり想像出来ない。
「普通に感じ悪いヤツだよ。まず人の言う事は聞かないし、返事もロクにしてなかった気がするわ」
「良いから黙って俺について来い、とか言わない?」
「あー似たような事は言ってたかもなぁ」
怖いし、無視されたらショックだけど。絶対絶対、格好良いやつじゃん。ダークな瑛士君、ものすごい遠くから眺めたかった……! もちろん怖いので近づく勇気はない。中学の時みたいに絶対安全圏から垣間見るのが丁度良いと思う。
「――そのツケを払わされるのは次かもしんねーよな」
瑛士君は高ぶりそうな感情を抑えるように溜め息を吐き、グッと唇を引き結ぶ。残る門はあと一つ。大丈夫だよなんて言葉は、もう何の意味も持たないんだろう。応援はするし、いくらでも見守るけれど、挑む瞬間、瑛士君は一人きりになってしまうのだ。
言いがかりだろうが、何だろうが「お前がやったんだろ!」と指を差されるのは誰だって嫌だと思う。俺なら行きたくない。罪の意識がある瑛士君なら余計に怖いだろうに必死に耐えている。
堪らなくなって、瑛士君の手首をぎゅっと握った。
一歩、また一歩……最後の関門が近づいていく。最後の門は他より一回り大きく頑丈そうで、威圧的に感じた。心臓が痛い。
いよいよ順番が来ると、瑛士君はパッと顔を上げた。
「……フィー、先行ってるから」
「うん」
ゆっくり手を離すと、自分の指が震えていた。呼吸も忘れ、瑛士君の背中を見つめ、立ち止まる。もし何かあっても駆けつけられるように、足先に強く力を込めた。
瑛士君は門のギリギリの所で立ち止まり、グッと上を見上げ、そして一歩を踏み出した。
――何も、ない。起こらない。
へたり込みそうになる足を叱咤して、俺は走った。過ぎた所で呆然と立つ瑛士君の背中に、強く身体ごとぶつける。流石にグラついたけれど、踏み止まれる瑛士君はすごい。気を抜くと座り込んでしまいそうで、その腰に縋った。
「良かった! やったね!」
やっぱり罪なんてなかった。女神の断罪を信じてなかったけれど、今は信じる。瑛士君を認めて貰えたようで嬉しかった。
嬉しさのあまり、ぴょいぴょい跳ねる俺を、瑛士君は咎めたりもせず、じっとしていた。あまりに反応がないので、心配になって身体を離し、その顔を覗き込む。
「……エイジ? 大丈夫?」
「…………あぁ。平気」
気が抜けていた、と力なく微笑む。
「良かった。フィー、ありがとう」
そう言って、まだ強張った名残のある顔を綻ばせる。その綺麗な顔はいつもよりずっと歪だったけれど、重荷を一つ下ろしたような清々しい笑みを、俺は世界一魅力的だと思った。
離れたばかりだというのに、抱きつきたい衝動に駆られ、手がムズムズする。どさくさに紛れてなら抱きつけるのに。
「――行こう」
後ろ頭を緩く押され、俺達はまた歩き出す。達成感は前日比二百パーセント超えでも、まだ入り口に立ったばかりなのだ。
最後の門の先には真っ直ぐ階段が延びていて、そのまま本殿へと繋がっていた。百段近くありそうな長さに上る前から辟易したが、上るしかないから上る。肉体的にも精神的にも疲れたので、帰りはまた馬車が良いです……と泣き言を漏らせば、秒で快諾された。瑛士君も疲れているのだ。行き道を別にしても、この神殿ウォーキングコースは距離が長く、かなりハードだった。
階段を上り切れば、大きく荘厳な本殿の全体をようやく目にする事が出来た。
中央だけ試しの門の建物と同程度のスペースが手前に出っ張っていて、その奥が更に左右に広がっている。実際に神官たちが暮らしているかは知らないが、住めるだけの空間は十分確保できそうだった。
本殿は門ではなく、入り口の扉が開放されてある。覗いた感じでは、出っ張った中央部分は聖堂のようになっているようで、一番奥には祭壇と女神像っぽい物が見えた。老婆が「女神さまに挨拶」と言っていたのはたぶんアレだろう。人々が手にしていた花はここに集まっているらしく、祭壇やその周囲が多くの花に囲まれている。
入り口には誰も立っていなかったが、門より狭いので見張っていなくとも一人ずつしか入れそうにない。当たり前のように瑛士君が先導して、中へと入って行った。
聖堂に一歩、踏み入れた瞬間だ。
驚くほど強い風が内側から吹き付け、捧げられた花々からは花びらが一斉に舞い上がる。そして、その花びらと風は瑛士君へと真っ直ぐに向かっていた。
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