転生した気がするけど、たぶん意味はない。(完結)

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本編

25.布石

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 絶妙に気まずい空気でお互い顔も見れずに「寝るわ」「うん、また明日」みたいな上っ面な会話だけ交わして解散した。瑛士君が何を思っているのかは分からない。完全にただの俺の主観でしかないが、あの時二人ともが同じ方向を見て真正面にいたなら、そのままキスしていたような……そんな雰囲気に思えた。

 いや、全然あり得ないんだけど。勘違いなんだけども。

 悶々と考えていたせいで少し寝不足だが、朝早くに兄ちゃんの手伝いをして朝飯食って、予定通り神殿へと向かった。少しばかり瑛士君と顔を合わせ辛かったけれど、手伝いをしているうちに違和感はかなり減ったと思う。

 経費削減にもちろん今日も徒歩で向かう。

「――昨日、ちょっとヤバかった」

 瑛士君の言葉に思わず足が止まりかけて、意識して足を踏み出す。おお、いきなりその話題を振ってくるとは思わなかった。

「き、昨日……うん、昨日ね」
「気まずくなるの嫌だし。サクッと言っとこうと思って」

 なんて男らしい。どこまでも爽やかな瑛士君とは対照的に、俺は動揺しまくって足を動かすのに精一杯でいる。しかし瑛士君がこんな風に言うって事は、昨日の「キスされちゃってたかも」なんて馬鹿な想像もあながち的外れではないという事だろうか。

「ごめんな。魔が差した……って言うとマジ最低だけど、一瞬何か全部頭から吹っ飛んでた気がする。何やってんだろ」
「……い、いや……たまにはあるよね、魔が差しちゃう事も」
「あんの? 俺は初めてだったけど」

 いや、ないない。俺もないけどね。相槌があまりに適当過ぎたのか、空気が若干ピリついて慌てて否定する。経験値が圧倒的に足りないゆえに、適した相槌一つまともに打てないだけだ。今度から言葉には気をつけよう。

「キスされそうだって思った?」
「……う、うん……ちょっと」
「あ、そこはフィーでも分かってんだ」

 否定しないって事は合ってるって事なのか? いや、なんで……って、魔が差したからか。あからさまにギクシャク動く俺を瑛士君がちらっと見た気がした。

「ちゃんと拒否れよ、俺でも俺じゃなくても。大きな声出せるんだろ? ……俺がまたやらかすかもしんないし」

 お? おお? 反射的に瑛士君を見ると、すかさずグイッと前を向かされた。とりあえず瞬きしてみるが頭の中は真っ白だ。足元が疎かになってガッと躓いてしまうと、咄嗟に瑛士君が腕を掴んでくれる。

「あ、ごめん」
「いいよ、動揺するの分かってて言ったし。意地悪いけど冗談とかじゃないから。コケんなよ?」
「……うん……」

 見事な反射神経だな、なんて呑気に感心してる場合ではなかった。またやらかすって何を? キス未遂を? それまた何故に? たまたま丁度良いところにあったから、としか思えないんだが。

 モテ続ける人にしか分からない習性でもあるんだろうか、とマジマジ見つめていたら、眉を顰めた怪訝そうな顔を向けられた。

「お前、何か失礼なこと考えてるだろ」
「んーん。別に……」
「言っとくけど、俺だって誰とでも雰囲気でしたりはしないからな。昨日は危なかったけど……不誠実な事はしたくない」
「ねぇ、それ俺が特別っぽく聞こえるんだけど……」

 思わず、心の声がだだ漏れした。でも仕方ない。日本に好きな人が居るという瑛士君相手に変に期待してはいけないと、こっちは昨日から必死に他の可能性を探っているのに、そんな風に言われたらもうどうしたって期待してしまうじゃないか。

 いっそハッキリ否定された方がスッキリする。口に出してしまった以上、腹を括ってドキドキしながら返答を待つ俺に、瑛士君は「ああー……」と唸りながら俯いた。

 言葉はないまま、神殿までの道のりを無心で歩く。これは必要な沈黙なのだろう。流されたとは思わない。気持ちを整理しているのか、言葉を選んでいるのは確かだった。だから待つ。

「――フィーが特別なのは間違いない。でもそれ以上は、俺に元の世界に戻る気持ちが少しでもあるうちは、口にするべきじゃないと思ってる……少なくとも理性では」

 長く考えた末に告げられた言葉は、今の瑛士君の精一杯の気持ちだった。この世界と元の世界。俺と日本に居る想い人。瑛士君の中でその二つが天秤にかけられている状態なのだろう。慎重に言葉を選んでいたのはたぶん俺への配慮だ。期待させても裏切らない自信が持てないから。

 喜んで……良いものだろうか。正直言えば、飛び上がりたいほど嬉しいのだけれど……やっぱり向こうが良いと、選ばれなかった時の落胆が怖い。瑛士君の望み通り、期待はしないのが正解なんだろう。

「だからさ。俺も暴走しないように全力で気をつけるけど、フィーも隙は見せないようにしてくれ」
「……隙……隙とは?」
「いやまぁ……お前、隙しかないもんな。無理か」

 驚くほど呆気なく、ガチめに諦められた。言い訳させて貰えば、俺だって警戒する時はある。けれど瑛士君とはずっと一緒に過ごしているのに四六時中ずっと警戒状態を維持し続けるのは不可能に近いと思うのだ。

 瑛士君は「根本的に警戒の種類が違う」と言うのだが、警戒に種類ってあるものなのか? 説明されてもピンと来ない俺に瑛士君は代案として「じゃあ常に警戒レベル弱を維持しろ」と、これまた難しい事を要求してくる。

「そんな事してたら疲れるじゃん」
「フィー以外は誰でも普通にやってる事だ。おい、キョトンとすんな。これマジだからな」

 そうして瑛士君に主に危機管理の足りなさについて、滔々と語られているうちに神殿まで辿り着いた。何だか瑛士君は日々兄ちゃんに近づいている気がする。どうしよう。







 神殿は今日も大盛況で、長い長い行列の最後につける。俺達は手ぶらだが、並んでいる中には花束を持っている人達が居るのが目についた。ピンクや紫の、よく町中で見かける花だ。俺達以外の多くが持っている訳ではないので、今日が特別という訳ではなく単に前回見落としていただけなのだろう。

「――あの花なんだろね。女神様が好きなのかな」
「かもな。宗教だと結構あるだろ、そういうの。逆に仏壇に薔薇が駄目みたいなルールもあるんだろうな」
「あ、それ知らないと非常識って怒られるやつだ」

 最低限の知識くらいは調べてくれば良かったのかもしれない。兄ちゃんは少し怪しいが、リアさんは王都出身なのでレテイル教の常識程度は当たり前に把握している気がする。

 半分ほど進むまでは普段通りに会話していたけれど、入り口に近づくほどに自然と口数は減っていき、瑛士君が緊張しているのが伝わってきた。覚悟して来たからか、前のように明らかに顔色が悪くなる事はないが全身が強張っている。

 入り口の石柱で建てられた大きな門の前には神官が立っていた。一人ずつ門を通るように監視しているだけらしく、通行人に特別声を掛けたりもしていない。あと五人となった所で、俺を背中に隠すように瑛士君が前に出た。初めの門は老婆の話では確か……義務を怠る者を裁く、と言っていた。既に使命を果たした瑛士君が恐れる必要はないと思うのだけれど、自覚していない義務を勝手に課せられている可能性もなくはないので無条件に安心も出来ないのだろう。

 ――来た。

 瑛士君が門を通るのを固唾を呑んで見守る。あんなに怖がっていたのに、顔を上げ、背筋をピンと伸ばして歩く瑛士君を格好良いなと心から思った。何かあるかもしれないと身構えていたけれど、やはりというか弾かれるような事はなく、瑛士君は無事に門を通過した。

「うわー手汗やばい。くっそ緊張した」
「俺も俺も」

 俺も小走りで通過した後、合流した瑛士君はぎこちないが笑顔を見せてくれたので安心する。まだ一つ目だが、十分大きな一歩だと俺は思う。

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