転生した気がするけど、たぶん意味はない。(完結)

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19.王都(2)

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「俺が誰かを褒めたりすると、こいつ絶対突っかかって来るんだよ。うん、確かエイジだった。エイジ君の方がすごいとか格好良いとか……昔からの知り合いか?」

 兄ちゃんの問いかけを瑛士君は当然否定した。兄ちゃんもそうだろうとは思っていたのだろう、特に気にする事なく記憶を辿っては思いつきを口にする。

 身に覚えがある事ばかりだった。小さな頃は特に、事ある毎に瑛士君を褒め称えていた。前世からの癖なのだが、それを止める理性が伴ってないせいで誰相手にも言ってしまう。兄ちゃんが覚えているなんて思ってもいなかった。

「フィーの想像上の友達なんだろうなって家族では話してたんだけど、偶然でも本当に現れて良かったな。言ってた通りの男前じゃないか」
「……兄ちゃんお願い。頼むから黙って」

 普通に考えて黒歴史なのだ。兄ちゃんが喋るたび、メンタルをガリガリと削られていく。今の今まで家族に生ぬるい視線で見守られていたかと思うと軽く死ねる。涙が出そうだった。

「フィー念願のエイジなんだ、仲良くしてやってくれ」
「あぁ、はい」

 羞恥で瑛士君の方を全く見れないが、その困惑した返事が胸に突き刺さる。マジで、本当に黙って、兄ちゃん。

 偶然なんかじゃなく、そのご本人が眼の前に居る事を知っているのは俺だけというのもキツい。どれだけ瑛士君が好きか本人にバラされているようで居た堪れないのだ。俺にとっての公開処刑みたいな食事は好物ばかりなのにもう味がしなかった。

「――で、エイジって誰? 向こうの友達?」

 夕飯後、当然のように瑛士君に聞かれ、俺は全力でとぼけた。知らなーい、分からなーい、覚えてなーいと女子高生の如く苦しい言い逃れをひたすら繰り返す。

 瑛士君は優しいので、人の黒歴史を深く掘り下げようとはしなかった。ただ何か言いたげにじっと見つめられ、俺はキョドりながら必死に話をすり替えたのだった。






 翌日は王都の町を散策する事にした。兄ちゃんに頼んで書いて貰った大雑把な地図を手に、町を見て回る。万が一、瑛士君と逸れても兄ちゃんの店に帰って来られるよう対策も十分だ。

 兄ちゃんの店の名前は小洒落た名前だったのだが、町の人に場所を尋ねる時は「水色屋根のペッペの店」と言った方が伝わりやすいと教えてくれたのはリアさんだった。

 ペッペというのは兄ちゃんが作ったパンの名前で、王都でも結構知られているらしい。小ぶりで花の形をしたパンで、中には練乳みたいな甘いソースが入っている。子供や女性に大人気だと言う。薄いパリパリとした表面で、中はふわふわ。優しい甘さのソースはリアさんが考えたらしい。お世辞抜きにとても美味しかった。

「散策っていっても広すぎてどこ行くか迷うな」
「あーとりあえず城の近くまで行ってみよっか」

 目立つ尖塔を目標にぶらつく事にした。まずは歩いて慣れるしかない。ゴミゴミした街並みを瑛士君に引っ付いて歩く。邪な気持ちはなく、逸れないようにする為なのだが、旅に出てからというもの距離感が多少おかしくなっている気がする。

「フィー、離れんなよ。どっか持って歩くか?」

 不快に思われてやしないかと一抹の不安が過り、スススと少しだけ距離を取ったら、逆に迷いなく腕を差し出される。どうやら距離感がおかしくなっているのは俺だけではないらしい。

 有り難く肘の辺りを掴ませて貰って歩くと、これは恋人の距離なんじゃないかと沸々と疑問が湧いてくる。瑛士君は何も疑問に思わないのかと思い、少し高い瑛士君の顔を見上げていたら「ん? どっか寄りたくなった?」とごく自然に尋ねられた。

 ……彼氏だ。彼氏力が妄想を超えてきた。

 眩しさに目が眩んで、ふらついた。しかしこのバグった距離感を修正しようだなんて精神力を俺は持ち合わせていない。ささやかな幸福を享受しつつ、王都を巡った。

 城の近くまで行くと、分厚く高い壁に行き当たった。出入り出来る門扉の前には当然門番の姿がある。左右に四人程が常に待機しているようだった。

「まぁ普通に入れてくれないよね」
「コネがないと無理だな」

 向こうから招かれでもしない限り、入る事は難しいだろう。今日はただの観光気分なので、くるりと方向転換して来た道を戻る。

 次は神殿に行ってみようかーなんて話していたら、瑛士君がふいに立ち止まり、怪訝そうに辺りを見回しながら鼻を鳴らした。何か匂いを嗅ぎつけたのだろう。俺もそれに倣ってクンクンと嗅いでみる……ん、何だろう。この嗅いだことあるような匂い。

「……ニンニクっぽい」

 ぼそりと瑛士君が言った。それだ! 瑛士君と目を合わせ、再び鼻に集中して、何処から匂っているのか慎重に探った。怪しい方向へとフラフラと足が引っ張られる。

 そうして辿り着いた店は通りに面しているわりに、妙に薄暗いというか湿っぽいというか……失礼な言い方をすれば陰気臭い店だった。店と店の隙間を縫うような僅かなスペースに、昔のタバコ屋のような対面式の店構えをしている。何を売っている店かもわからず近付いた。

 六十代くらいの世に疲れたような雰囲気の男が退屈そうに座っている。こちらに気づくと、気怠い様子で挨拶された。

「ここは何のお店ですか?」
「……薬屋だよ」

 薬屋。店主っぽい人の向こう側には引き出しが並んでいた。なるほど、ここで欲しい薬を頼めば奥から店主が選んでくれるのだろう。感心して頷きながら、漂う匂いの元を尋ねてみた。

 意味ありげにニヤリと笑った店主が取り出したのはぷるりとした果実……に見えるが木の実らしい。初めて見たと素直に漏らせば、店主に意外そうな顔をされる。

「見てみろ、簡単に潰れるだろ。これがライキ油になる」

 取り出した小皿の上で、店主が潰してみせると、指先でプチュッと潰れた実から粘度のある黄色い液が滴ってきた。てらてら光り、ニンニクに似た香りが広がる。

「油なの? このまま食べれるような物?」
「……お前ら、ライキ油も知らねーのか」
「知らない。教えてくれ」

 二人して言うと、店主はこのライキについて詳しく説明してくれた。聞くだけ聞いといて高価過ぎて買えないと申し訳ないので、先に値段を聞いたが普通の果物くらいの値段で安心する。

「食えるが味はあまりない。でも身体は暖まるな。匂いが強いから濾せば濾すほど値段も上がる。これが一番の上物だ」

 瓶に詰まった上物のライキ油は透明だった。蓋を開けて嗅いでも限りなく無臭だ。それを五段階の五とすると、四、三と取り出していくほど黄みがかっていく。俺達はその匂いを求めているので木の実そのものか原液に近い物を求めているのだが……。

「そもそも、これって何に使う物なんだ? 薬?」

 根本的な疑問を瑛士君が口にした。俺も気になっていたのだ。

「何って見て分かれよ、あれに丁度良いだろ」
「……あれ?」
「これだよ、これ」

 店主は当初の気怠げな雰囲気を吹き飛ばした好色な笑顔を浮かべ、指で作った輪っかをスポスポと反対の指で抜き差しする。自分の頬が引き攣るのが分かった。

 買うか、買わないか。かなり迷う。

「これって……皆知ってるもの?」
「少なくとも王都に住んでる大人の男なら皆一度は世話になってるんじゃねーか?」

 そう、そうなのか。じゃあ兄ちゃんも当然知っているのだろう。買って帰って瑛士君と楽しくクッキングしていたら、兄ちゃんはどんな顔をするんだろう。匂いだけでも反応されそうだ。

 目配せし合う俺達をどう捉えたのか、店主が益々下衆っぽい顔になっていく。若い頃は相当なスケベだったと一発で分かる。あの世を儚んでいる雰囲気は最近勃ちが悪くなったとか、そういう悩みを抱えてそうだと勝手に思った。

「試すならライキの実をいくつか買ってきな」
「ああ、そうだね……」
「使い方分かるか? 穴にそのままライキをぶっ込んで中で潰すんだぞ。イチモツでな。そりゃー良い心地になるぞ」
「…………」

 調子を上げてきた店主に、これ以上口を開かせてはいけないと、ライキの実を二つだけ購入し、エロ本を買った中学生のようにこそこそ隠しながら兄ちゃんの店に持ち帰る事になってしまった。

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