転生した気がするけど、たぶん意味はない。(完結)

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本編

17.4日目/酒場

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「うぉぉ……」
「フィー、邪魔になるから奥進め」

 そこに一歩足を踏み入れた瞬間から別世界が広がっていた。大衆酒場に相応しい喧騒に満ちた店内は匂いまでもが騒がしく、ゴチャゴチャと纏まりがない。まだ二十時位なのに既に一人で酔い潰れた客も居れば、商売っぽい女性達を侍らせてご機嫌に飲んでいる客も居る。

 まさしくこれだ。俺が求めていた大人の世界。

「大人の世界って……お前向こうじゃ普通に会社員やってたんだろ? 今さら大人も何もないだろ」

 目を輝かせて周囲を見渡す俺に、冷めきった瑛士君が水を差してくる。しかし逆に聞きたい。その若さでこの危険な大人の香り漂う店内に、何故そう平気な顔で座っていられるのか。

「そりゃ違う大人の世界は経験したよ? ホテル最上階のバーだとか、高級焼肉店とか老舗料亭とか」
「え、意外と良い所行ってんじゃん」
「ほぼ接待だけどね。でも俺はそんな無難な所じゃなくて、クラブとか完全会員制の怪しげなパーティーとか、一度はぼったくりバーなんて物にも行ってみたかった!」

 日本に居た頃は地に足ついた生活を送ってきた。せいぜい忘年会、歓迎会でちょっと羽目を外す位で、ほぼ会社と自宅を往復する日々だった。それを今では少しだけ後悔している。

 知識としてだけ知ってる数々の場所を実際この目で見てみたかったと、行けなくなった今になって勿体なく思うのだ。身ぐるみ剥がされてパンイチでゴミ捨て場に転がされるような冒険も日本でならそれなりに安全に楽しめたというのに。

「大袈裟だろ……ここ、ただのバルじゃん」
「ほら、見てエイジ。あっちの人の丸太みたいな腕。ベテラン冒険者みたいだよね。あっちの女の人はハニートラップに見える」
「はいはい。一時間だけって約束だろ、はよ食え」

 例えここが居酒屋だろうと、そこはほら異世界補正がある。夢が広がるというものだ。昼間には見かけないような層の人たちが物珍しく、瑛士君そっちのけで勝手に俺のテンションは上がっていった。

 ――そして一時間後、まんまと勝手に酔い潰れ、瑛士君に背負われて宿屋まで帰っている。

「……面目ない」
「うん」
「申し訳ない」
「うん」
「かたじけない」
「うん……って笑わかすなよ、落とすぞ」

 瑛士君はこんな面倒な俺にも優しい。しかも何かめっちゃ良い匂いする。同じ生活してるというのに何故だ。謎だ。本能に突き動かされるままに鼻を鳴らしながら嗅いでいたら、擽ったいのか瑛士君が笑いながら首を竦めた。

「本当に落とすから止めろって」
「あい、畏まり」
「さっきから何キャラだよ。ウケる」

 笑うと小さくて揺れるのが心地良い。楽しくてぎゅーっと瑛士君にしがみついた。この酔っ払い、と罵られているが、生憎酔いのお陰で今の俺は無双なのだ。

「あーあ。手間かかんな、こいつ」

 ぼやかれてもめげない。えーそれって瑛士君のタイプじゃん、とポジティブ変換されて俺はケタケタ笑った……そういう夢を見た。







 ……まぁ全然夢じゃなかったけど。

 元々寝不足だったのだ。そのままスコーンと寝入った俺は、瑛士君に甲斐甲斐しく介抱され、翌朝すっきりと目覚めた。

「大変申し訳ございませんでした」
「うん、それ昨日死ぬほど聞いた」

 聞く所によると、謝りながらも相当なセクハラを働いていたようだった。べたべたスリスリ、終いには介抱する瑛士君の腕を掴んで離さずベッドに引きずり込んだらしい。ああ、なんて事を。

 溜まった鬱憤を晴らしたいなって気持ちはあったけれど、瑛士君に迷惑を掛けるつもりはなかった。まだ身体の至る所に瑛士君の感触が残っている気がする。

「俺は面白かったけど。酒飲む相手は選んだ方が良いぞ」

 無意識だが絶対選んだ上で絡みに行ってるとは言えず、曖昧に頷いてみせる。しおらしい態度のまま朝食を摂り、五日目となる乗り合い馬車に乗り込んだ。

 昼過ぎには王都に到着するだろう。あちらに着いて、まずやる事といったら情報収集なのだが、仮に聖女の存在が確かめられたとしても、どうやって近づいたら良いものか。王城や神殿に囲われていたら一般人には手の出しようがない。

 神様、女神についてはどうだろう。瑛士君もだが、俺の転生にも関わっているはずだが、どっかでこっそり見守ってくれていたりはするのだろうか。転生した俺個人としては結構恵まれていると思う。家族にも恵まれ、こうして瑛士君にも会えた。この世界に対しては特に不満はない。

「フィー、見ろよ。向こうに小さく城の頭が見える」
「あー本当だ。やっぱシンデレラ城っぽいタイプだ」

 遥か遠く見える城はテーマパークにあるような想像を裏切らない造りをしていた。関わりがなさすぎて実感はないけれど、ここは王が治める国なんだなーと改めて思った。

「そういえば俺、夢の国にも行った事なかったなぁ」
「え、マジで? 楽しいのに」
「エイジはやっぱ行った事あるんだ、このリア充め」
「そういや昨日の酒場みたいな雰囲気の場所もあったなー。つかリアル異世界来てんのに作り物見る意味ある?」

 あるよ! 夢の国では耳がついたカチューシャを着ける風習がある事を俺は知っている。瑛士君が着けてはしゃいでる姿とか全然見たかったんですけど。そうなったら景色そっちのけで容量限界までスマホで写真と動画を撮る自分が余裕で想像出来た。計画性のなさに定評がある俺も、そこに限っては抜かりなく充電器を何個か持ち歩いてそうだ。

「あー俺もフィーと行ってみたかったかも。何かお前、いちいち良いリアクションしてくれそうだし。絶対楽しいよな」

 良いなぁ……行ってみたかったなぁ。夢の国デート。隣歩いてても瑛士君めちゃくちゃ逆ナンされそうだけど。

 ほわんほわん都合の良い想像をしているうちに、ついに王都に到着してしまった。馬車を降りたら、洗練された空気を感じる。さすがに町の大きさもうちとは比較にならないし、行き交う人の量も全く違う。はわわー都会ってすごいわぁ状態で面食らう俺の袖を瑛士君がグイッと引いた。

「行こうぜ、待ち合わせ場所。フィーの兄ちゃん、もう待ってるかも」

 大きな通りを真っ直ぐ進むと、噴水のある広場があると言っていた。兄ちゃんとの待ち合わせはそこだ。人混みを縫うように歩き、腕を引かれたままワタワタと瑛士君に着いていく。

 町は花で満ちていた。どこも店先に何らかの装飾用の花が置かれているのだ。色とりどりの花々に彩られる町は目に鮮やかだった。よく見ればピンクや紫が多い気がする。俺はイマイチ見分けがつかないが、花の種類も決まっているのかもしれない。何か意味でもあるのだろうか。

 噴水の周辺にはまだ兄ちゃんの姿はなく、周りの人達を真似て俺達も噴水の縁に座って待機する事にした。座ると同時に重々しい溜め息が聞こえてくる。

「あー緊張した。人多過ぎだろ」
「本当にね。迷子になったら一生出会えなさそう」

 瑛士君にも逸れる事を心配されているのか腕は離されないままだ。町に活気があるのは良いのだが、慣れるまでは大変そうだなーと思った。瑛士君も何だか心なしかピリピリしている。

 王都だからか、通行人に交じって騎士っぽい人も見かけた。町単位では自警団が地域の安全を担っているが、ここでは騎士がその役割を行っているようだ。これ見よがしに堂々と帯剣までしている所を見ると、見張っているのでトラブル起こすなよという抑止力もあるんだろう。彼らが迷子の世話までしてくれるかは分からない。
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