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本編

13.3日目/枷(1)

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 ――あ、ヤバいのに目をつけられたかも。

 無事に三日目の朝を迎えられた事に感謝しながら、俺は瑛士君と街中へと腹ごしらえに出ていた。昨日も馬車内はともかく、夜は悶々として過ごした為に少しばかり寝不足だ。スッキリしない瞼をごしごし擦りつつ、店頭で二人分の軽食を注文する瑛士君の隣に立っていた。

 ふと、視界の隅っこに何かがチラついた気がして、建物の陰になっている暗く細い道に目をやった。猫かな、なんて考えていたら人間だった。ガッツリ目が合ってしまってから気づく。

 本能的にサッと目を逸らしてみたものの、そちらの方向からの視線が途切れない事に危機感を抱く。え、怖っ。何かヤバいのにロックオンされた気がする。肌に刺さる強い視線、それも眼球が血走ってそうな熱視線だ。目が合ったのは本当に一瞬で、黒っぽい人影としか認識出来なかったのだが、脳が勝手にそれを「何か良くないもの」と判断した。そういう直感を馬鹿にしてはいけないと思う。

 瑛士君はまだ店員さんと話している。そこに割り込んでまでする話かと言われれば……もう少し詳細な情報が欲しい所だ。気は進まないが、もう一回だけ様子を見て、俺の勘違いじゃなかったら瑛士君に言おう。

 片目でチラっと人影の方を見た。すると――

 問題の人影が物凄いスピードで脇目も振らずにこちらへと走ってきていたのだ。遠慮している場合じゃなかった。慌てて危険を知らせようとすぐ傍にある瑛士君の腕を激しく揺さぶる。

「エイジ! エイジエイジエイジ!」

 黒い外套で全身を覆い尽くした、見るからに不審な男がこちらに辿り着くのと、声に反応した瑛士君が素早く俺の肩を掴み、庇いながら後方に下がらせよう動いたのはほぼ同時だったように思う。しかし、僅かに男の方が早かったらしい。

「……離せ。その腕切り落とされたいのか?」

 腰に下げた剣に手を掛け、低く押し殺したような声で瑛士君が言う。対して黒い不審者は何も言わず……けれど、その手にしっかりと掴んだ俺の手を離そうともしない。むしろ掴む力が増した。

「…………わかった」

 短くそう言って、静かに剣の柄を握った瑛士君がどこまで本気なのかは分からなかった。けれど、何をするにせよ瑛士君と男に挟まれてしまった俺はかなり邪魔になるだろう。互いが相手の出方を窺っているような嫌な沈黙の中、俺の震えにつられカチカチと細かく歯が鳴る。

 そして、ついに我慢出来ずに俺は言った。

「無理、気持ち悪い。吐きそう」
「……!」

 脅しではなく、どうにも耐え難い吐き気が襲っている。こっちの本気が伝わったのか、男はパッと腕を解放して僅かに距離をとり、瑛士君はその隙を見て迷いなく俺を引き寄せた。

「っ、お前……もしかして」

 切羽詰まった気持ち悪さと場違いなトキメキの狭間でぐるぐるしていた俺には、瑛士君が何に驚いたのかすぐには分からなかった。瑛士君に支えられ、初めて不審な男の姿を目にして、ようやく理解する。

 つい同情してしまう程、見窄らしい男だった。こちらをきつく見据える眼光だけはギラギラしていたが、あちこち擦り切れて襤褸切れのような外套も、その隙間から見え隠れする痩せ細った身体も、とっくに限界を超えているように見えた。

 褐色の肌に、金色の瞳。目にかかる髪は鈍色だった。どれもあまり見かけない特徴だったけれど、一番異色なのは間違いなく――その手に巻き付く黒い枷だ。

 隣に立つ瑛士君はその一点だけを酷く複雑そうに見つめていた。男の姿に過去の自分を重ねているのかもしれない。しばし俺と瑛士君を交互に見つめていた男は、徐ろにしおしおと頭を下げた。

「頼む。何か食べる物を恵んでくれ」







 既に出発の近づいていた乗り合い馬車を諦め、俺達は人目を忍ぶように路地裏に座り込んでいる。

 お互いの警戒を表すように、二、三メートル程の距離を取りつつ、横並びで壁に背を預ける。男の横にはそれが当然みたいに瑛士君が座った。紳士だ。

「ああ、神の恵みに感謝を」

 スープにパンの柔らかい部分を浸した物を、男はこちらが心配になる勢いでガツガツと食べつつも、どこぞの神への感謝を度々口にしていた。何日断食していたかは知らないが、こんな物を一気に食べたら胃腸が悲鳴をあげるんじゃないだろうか。男に一応忠告はしてみたのだけれど、全く聞いてくれない。

「あんた、罪人なんだよな?」

 瑛士君の問いかけに、男は食べる手を止めずに「あぁ」とだけ素っ気なく答える。あーこの人は本当に罪人なんだ、と思うと、つい男の手首に注目してしまう。

 重みのある頑丈そうな手枷に、錠前は見当たらない。黒鉄で出来た輪がぐるりと手首に嵌まっている。接続する為のパーツがないので、嵌める際にわざわざ溶接でもしてるんだろう。外す事は全く想定されていない。呪いみたいだと思った。

「なぁ、あんたが信じる神ってなに。救って貰えた?」
「……おかしな事を言う。ここはレテイル神が統べる特別な地。他神を祀る者など居る訳がない」

 よほど信心深いのか、神について語る男の口は滑らかだった。

 王都に行ったら調べたい事の一つに「宗教」がある。ほんの一部しか知らない俺に断言する事は出来ないが、おそらくこの世界には魔法が存在していない。瑛士君を連れて来たのは召喚魔法だとか魔法陣の類ではないのだと思う。だったら人以外、例えば神の御業なんて物を疑ってしまいたくなる。

 男の言うように、俺の周りにもレテイル神を崇める人は多い。実際うちの実家にも神棚があったし、朝晩祈りを捧げていた。しかし唯一神だったとは驚きだ。両親も町の人も熱心に信仰しているわりに伝承の一つも語ってくれない。そんな物はないと口を揃えて言うのだ。

「俺の町ではそんな事言うやつ居なかった。同じ神様祀ってても分裂してたりしない?」
「ない。そっちの赤眼はここより田舎から来たのか?」
「……まぁ王都からは遠いかな」
「だからだろう」

 王都に近いほど信仰心が篤いと男は言う。信仰心に欠ける俺には十分熱心に見えていたけれど。大人達は何かにつけ「お優しい女神様のお陰だな」なんて言うから、幼い頃はこっちの手柄を横取りされるようで若干面白くなかった。

「……女神は誰も救わない。赦しを与えられるだけだ」

 救って貰えたか、という問いかけへの答えなんだろう。瑛士君にしては棘のある言い方するなーと実は気になっていたのだ。男が神への感謝を口にするたび、隣で苛立つような気配があった。けれど、誰も救わないと断言されて、短く息を呑む。

「人に救いを与えるのは同じ人だけだ。俺に恵んでくれたのもお前達だろう? 礼を言う」
「え、俺達にも感謝してたんだ……意外」

 そんな素振りは全くなかった。

「何を言っている。感謝しているからこそ、無知なお前達の話にもこうして付き合ってやってるんだろう」
「エイジ、この人すごい嫌な人だ!」

 殊勝な態度で媚びるのは神様に対してだけなのだろう。薄々気づいてたけど、この人かなり太々しい。面と向かって騒ぐ俺を鼻で嗤う。そんな様子に瑛士君は呆れていた。

「良いやつがフィーを襲って飯奢らせる訳ねーだろ」
「あ、確かに」
「襲ってなどない。少しお願いしただけだ」
「…………」

 男は名をユーヴィスと語った。しれっと嘘をつきそうな雰囲気があるので本名かは分からない。別に偽名でも差し支えはないので構わないけれど。

 罪を犯し、王都で枷を嵌められ、ずっと贖罪の旅をしているのだと言う。行く先々で罪人だと忌避され虐げられた先に、一体どんな赦しがあるというのだろうか。

「終末と安寧。お優しい女神様は殺生を嫌う」

 神様は残酷だ。その全てを受け入れたようにユーヴィスは穏やかに語った……が、騙されない。俺を襲ったあの手口、妙に手慣れていた。こいつ色んな所でやってんな、と思った。

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