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本編

8.1日目/出発

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 他を知らないけれど、うちの中学は文化祭といってもクラス毎の研究発表会みたいなもので華やかさは欠片もない。それでもグループ分けや作業の割り振り、展示のレイアウトなんかを決めるのは中々に面倒なのだが、瑛士君にかかれば驚くほど滞りなく進んでいった。前年比の二倍はスムーズだったと思う。

「あっ、居た! 田中、お前何やってんの」
「え……今は……コピーしてるかな」
「それ、余所のクラスの資料に見える」
「……」
「ちょっと話し合うから教室に集合。あんまフラフラ出歩くようなら『先生に言う』からな」

 スマートに釘を刺して去っていく瑛士君は良い。とても格好いい。ひょっとしたら彼に一番手間を掛けさせてしまったのは俺かもしれない、が……テーマを「紅茶」にしていた自分のクラスに、手伝いの見返りにちゃっかり要求していたブランド茶葉の空き缶を大量に持ち帰った時の瑛士君のキョトン顔は眼福で、有り難く脳内にスクショさせてもらった。俺としては華やかでなくとも少し位の映えは欲しかったのだ。

 異世界に来ても保存されたままのスクショを思い浮かべながら、小型のナイフを吟味している瑛士君を眺める。記憶よりずっと男らしくなった姿もまた良い。刃物とイケメンも絵になる。

「うん。フィー、これにしよう」

 ずいっと差し出されたのは瑛士君が見ていた十五センチ程の切れ味の良さそうなナイフ。果物剥くのにはとても便利そうなサイズだ。

「護身用ってこんな小さくて意味ある?」
「大きい方が威嚇にはなるかもしんねーけど、フィーは使える自信あんのか?」

 そこで初めて瑛士君以外の物に目を向けた。初めて訪れた武器屋のような店の中は剣や槍といったオーソドックスな物から、投擲向きの個性ある刃物まで所狭しと置いてあり圧巻だった。重ならない程度に雑多に並んだ大量のナイフは包丁よりも大きい物が多く、見るからに物騒でしかも重そうだった。どう考えても俺には荷が重い。

「無理。四六時中持ってたらいつか俺が怪我しそう」
「だろ、それもあるし……デカければデカいほど相手に与える傷だって深くなる。フィーはそれだけで躊躇するだろ」
「傷は嫌だなぁ。痴漢撃退スプレーみたいなのないのかな」
「ねーわ。それで何とかしろ」

 旅には護身用の武器が必要だと訴えた瑛士君自身は、ギリギリ剣と呼べる位の四十センチは超えてそうな物を買っていた。バンドを巻いて、腰から下げる姿がやけに様になっている。軽装なので騎士には見えないが「勇者様」なんて呼ばれそうな雰囲気は醸し出していた。冒険者ならSクラスは堅い……ちなみに残念ながらこの世界に冒険者というシステムはない。

「うわぁ立派だ……威嚇用?」
「威嚇もするし、緊急の時はたぶん使える」
「怪我はしないようにね」

 使えるって言うなら使えてしまうんだろう。深くは追及しない。情けない事に、町の外についてはここで生まれ育った俺よりも瑛士君の方がよっぽど詳しいのだ。いくつもの町を通ってこの町に辿り着いた瑛士君が護身する必要があると言ったのなら、外にはここより治安が悪い場所もあるのだろう。

 勧められるまま、念のための備えに携帯食、雨にも対応出来そうな厚めの生地の外套なんかも買った。色んな人に聞いてみたが、やはり地図だけはないようだ。良かった、俺の勘違いって訳ではなくて。

 おそらく俺だけではなく、この世界の住人全般はあまり外に興味がない。話に上がるのもせいぜい王都と隣町くらいで、瑛士君に聞かれるまで隣国という存在を意識した事すらなかった。そんなだから地図の必要性もないんだと思う。







 兄ちゃんからの返信も無事届き、ようやく旅に出る時が来た。

 瑛士君はまだ色々と心許ない様子だが、王都に向かうと伝えた兄ちゃんからの手紙はそれはもう「はじめてのおつかい」の如く懇切丁寧に旅の注意と案内が詳しく書かれていたので、少しは安心してくれたようだ。お前の兄ちゃん苦労してんだな、なんて言われてしまったけれど聞こえないフリを突き通させて貰った。

 人生初体験の乗り合い馬車に乗り込むと、高揚感がぶわわっと上がって来る。手紙によれば九つの町を通る、片道五日程の旅になる。楽しみ過ぎて昨夜は中々寝付けなかった。

「それにしても、フィー、モテモテだったな」
「あ、そこに触れちゃうんだ……」

 出発前を振り返ると、ちょっとスンとなる。まだ朝早い時間だったというのに常連さんや仕入れ先の人達がわざわざ見送りに来てくれたのだ。それは嬉しかったのだが、取り囲まれて四方八方から好き勝手な事を言われ、囃し立てられて精神的に疲労させられた。その上、チラッと瑛士君を見れば若い女の子にキャッキャと囲まれているじゃないか。別に羨ましいとかではない……ないけども、ちょっと自分と見比べて、こっちの年齢層高けーな! と思ってしまうのは仕方ないだろう。

「何か色々と貰ってたろ? 何入ってんの?」
「エイジと食べてってパイとか……お菓子だね」
「うまそ。安定感ハンパねーな、おかんの手作り」
「あれ? エイジも渡されてなかった?」

 女の子達も手ぶらではなかったと思い尋ねたのだが、瑛士君は何も受け取らなかったらしい。手紙類や贈り物は荷物になるから「また戻って来るので」と角を立てずにやんわり断りを入れるという、見事な手腕を発揮していたようだ。

「下心含んでそうな食い物は抵抗あるし……まぁフィーの方見て苦笑いしとけば、察して引いてくれたよ。助かった」
「押しの強さはこっちのが上手だね」
「それ自慢になんの? ……って、まだ何か入ってるぞ」

 二人して貰い物をゴソゴソと漁っていたら、食べ物に混じって小さな包みが入っていた。心当たりがなくて首を傾げつつ開封してみれば、中から出てきたのは可愛らしい鈴だった。赤い組み紐に小さな鈴が三つ連なっているソレを見て、俺の頬が引き攣る。

「……何だ、これ」

 瑛士君も不思議そうに鈴を手にとって首を捻る。シャラシャラと見た目通りの可愛らしい音が馬車に響く。音につられてこっちをチラ見した真向かいの客は鈴を見るや、慈愛に満ちたなんとも微笑ましそうな顔を浮かべている。すごく気が進まないが、瑛士君にも説明を入れるべきだろう。

「これは足に巻くやつ。逸れないように」
「あー……迷子防止みたいな?」

 渋々頷くと、瑛士君が口を震わせた。口許を押さえながら勢い良く顔を俺の反対側へと向ける。お気遣いありがとう、瑛士君。そう、これは迷子防止グッズなのだ。当然対象は幼子で……間違っても既に成人を迎えた大人の男に贈るような物ではない。誰だ、これ入れたの! 悪戯ではなく本気で心配してくれたと分かるのが辛い。けれど、旅から帰ったら一度皆とゆっくり話をしようと俺は心に固く誓った。善意のサプライズのお陰で旅の異常な高揚も収まったようだ。

 しばらくは虚ろな目で窓からの景色を眺めていたのだが、快適とは言えない馬車の大きな揺れにふと目が覚めた。覚めたという事は寝てたって事か、とぼんやり思う。

「まだ二時間位しか経ってない。まだ寝てろよ」
「うん? うん、ごめん」

 纏わり付く眠気に抗いながら重い瞼を何とか押し上げると、瑛士君の手の平とその中に隠すように収まった腕時計が見えた。時間が分かるって便利だなぁ。背後の窓から見える空が文字盤に映ってて何だかとても綺麗だった。

「あったか……」

 日が当たる背中側はぽかぽかしている。瑛士君が座る右側も負けじと暖かい。駄目だ、瞼が潰れてしまう。

「良い天気だよなぁ」

 安心感を誘う穏やかな瑛士君の声が頭の上から聞こえたのを最後に意識がプツリと途切れた。瑛士君は声も良い。低過ぎず甘さもある声は声量に関わらず不思議とよく通る。尻が痛い以外は最高の環境で俺は図々しく長いこと寝こけてしまったようだった。

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