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本編

3.課題

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 俺と彼は中学のクラスメイトだった。今の瑛士君は俺の知る彼の姿とそう変わりない。高校が別だった為、実際の姿は分からないが高校生か大学生くらいに見えた。どういう仕組みなのかは定かではないけれど、中学卒業後、向こうから消えてこちらの世界に連れて来られたのだろう。縁のなかった俺は全く知らなかった。

 そして、ふと閃いた。俺が特に意味もなく前世の記憶を残しているのはこの為だったんじゃないか。来たばかりの瑛士君を保護してサポートする、言わばチュートリアル役。だとしたら色々と納得できる。どんな物語だって瑛士君なら主人公に相応しい。いや本当絶対そう。確信を得た俺は全力でサポートしようと決意を新たにしたのだった。

 何から始めようかと考えてみたけれど、食欲、睡眠欲を満たした後にやってくるだろう欲求を俺は知っている。風呂に入りたい欲だ。残念ながらこの世界に風呂文化はないが髪を洗ったり身体を拭いたりは普通にする。あれだけ汚れていたら拭くくらいでは落ちきれないかもしれないな。だとしたら必要なのは……。

 そんな事ばかり考えている間に閉店時間になった。そっと部屋を覗いて瑛士君がまだ寝ているのを確認してから買い物に。他にも諸々の用事を済ませて帰宅すると、瑛士君も起きていた。

「おはよ。まだ眠い?」
「……無限に寝れる、けど起きる。キリなさそう」
「んーじゃあこっちに来て貰って良い?」

 ゆらゆら歩く瑛士君を家の中にある石造りの一角に案内する。洗濯したり大きい調理器具を洗うスペースで、腕を上げると肘がぶつかるような狭い所だが座れない事はない。ここで身体を洗おうと言うと、瑛士君の半眼だった目がパチリと開いた。

「え、本気? ここで? どうやって?」
「知り合いの食堂から一番デカい鍋借りてきた。お湯はたっぷりあるから、座ってくれたら俺が後ろから手動シャワーしてあげるよ」

 もちろん着替えだって用意してます、と若干ドヤッて取り出した俺に瑛士君は心底驚いていた。しかし瑛士君にしてみれば、俺は今日会ったばかりの人間でそんな相手に無防備な姿を曝すのは抵抗があるかもしれない。あまり迷われると日が暮れて寒くなるので早めに決断して欲しいと思っていたが、瑛士君は迷わなかった。

「うわ、ヤバい。ガチで嬉しい。今日最高だわ」

 隠すことなく全力で喜ばれ、再会して初めて無邪気な笑顔を浮かべる瑛士君に思わず膝から崩れ落ちてしまいそうだった。ああ災害級に顔面が良い。こんな事位で拝ませて貰って良いのか疑問さえ湧く。

 戸惑いもなくガバっと脱いだ服は汚れてはいたが上質そうな素材の白いシャツで、高校の制服なのかなと思った。ズボンもスラックスっぽかったがそちらは制服というには厚みがあって……むしろ……。無意識に観察していた俺が冷静でいられたのはそこまでだった。

「――っ待って! 下着は履いたままにしよう! ね! 誰か急に入ってきたりするかもだし、後で一人で洗いなよ。俺が向こうに居る間は絶対誰も来ないから」
「あ、あぁ……」
「脱いだね? じゃあ、はい、座って」
「あぁ」

 必死になって言い募る俺に瑛士君は若干引き気味だ。首を捻りつつも、そのままこちらに背を向けてしゃがんでくれる。俺は咄嗟に鼻を抑えた。間違っても鼻血なんか出したら人として終わるが、それ以上に信用が地の果てまで落ちる。しかし肌色が多い。けしからん、なんていう日常では使用しない特殊な日本語まで思い出してしまった。

「お湯、掛けるね」

 思い出せ、自分は鋼の忍耐を持った侍の子孫じゃないかと言い聞かせ、想像よりずっと筋肉質な背中に温めの湯をそろそろと掛ける。二度、三度と繰り返しながら徐々に温度を上げてみた。浸かってる気分だけでも再現出来るようにバーっと流すんじゃなく、ショロショロと。瑛士君から満足げな吐息が聞こえてきて、俺のテンションは爆上がりだ。

「っはー……やば。気持ち良い、」
「あ……それは良かった」
「フィー上手いよ。すげー良い。堪んねーわ」
「あ、うん……ありがとう」

 うっとりしている様子の瑛士君だが、褒められているというのに妙な気持ちになるのは俺の心が邪なせいだろうか。意識しないようにしているのに変に艶っぽく聞こえてしまうのだ。悪いとは思っている。

 事務的に! 心を殺せ! と社会人経験のある俺が胸の中で叫んでいるのを聞きながら、何とか瑛士君を洗い終え、彼を残しその場を後にした時にはかつてない程の疲労がドッと押し寄せてきた。

 こんなんでやっていけるのか? と不安が襲う。

 しっかりしろ。瑛士君には他に頼れる人なんて居ないんだ。今回のは完全に俺の配慮が足りなかった。身体を洗うという目的ばかりに目がいって、洗うには服を脱ぐって当たり前の事が抜けていた。俺が気をつければ済む事だと自分に言い聞かせてみたものの、ご機嫌に半裸で現れた瑛士君を前に取り繕った決意がハラハラ崩れ落ちていく音がした。







「店の前の掃除終わった。次は?」
「何もないよ、ありがと。エイジが手伝ってくれるから時間が余ってるくらい。どっか座っててー」

 しかし俺の不安をよそに瑛士君は日に日にこの世界に馴染んできた。最初のうちは早起きが辛そうだったが、それももう慣れてしまったようだ。バイト経験もある彼は仕事の覚えも早いし、衛生面に至っては教えるまでもなかった。

「おー……って、それなに作ったん?」

 一つだけ特別に焼いた不格好なパンを唸りながら眺めていた俺の前に、瑛士君がひょいと顔を出す。

「キャラクターパン。昔こんなのあったなって」
「アンパンなやつなーでもそいつ俺の記憶とだいぶ違うんだけど。めっちゃ強そう。ゴツい」
「やっぱり? 日本みたいに柔らかくないから駄目みたい。モンスター感が消えてくれなくて……」
「いや、それ以前にフィー、絵が下手だろ。よく挑戦しようと思ったな」
「えっ」

 驚く俺に瑛士君も驚いた。数秒見つめ合って、堪えきれず同時に噴き出す。

「あーそっか。デザインから狂ってたんだ」
「自覚なかったのかよ。まぁフィーのは食えば美味いから形はこの際どうでも良いよ、俺はな」

 馬鹿みたいに笑い合ってる中での、不意打ちのイケメン発動である。胸がギュンとなるのは仕方ないと思う。かなり打ち解けてきた瑛士君は親しい友人みたいに接してくれるようになった。クラスメイト時代よりも遥かに親密度は高い。環境も状況も違うのだから当然だとは思うけれど。

「知識チートでパン革命はまだまだ遠いな」

 揶揄うように言われたって腹もたたない。俺に散髪スキルがないせいで伸びたままの瑛士君の髪は視界の邪魔にならない程度に結ばれている。中学の時より大人っぽくなった表情と合わせれば、もう無敵なのだ。美的感覚はこの世界でもそう変わらないので瑛士君はどこでも誰相手でも無双できると思う。

「あ、今日はどうする?」
「裏で勉強しとく……パンの補充は呼んで」
「分かったー」

 言葉は勉強中だがやはり覚えは早い。簡単なやり取りならもう出来るのだが、瑛士君はこの世界の人と関わるのはまだ抵抗があるみたいだった。自分でも少しずつ改善しようとしているようなので、俺は瑛士君のペースに任せる事にしている。

 ただ時々チラチラと姿を現す瑛士君を客の方は無視出来ないようで色々聞かれたら「従業員」とだけ答えるようにしていた。あわよくばレアなイケメンを垣間見ようと、会計している俺の背後に目を凝らす客も少なくない。わかるよー目の保養だよね。俺も鼻が高い。

「エイジ、エイジ」

 ひと月経とうとする頃、俺は彼に給与を払おうとした。材料運んでもらったり仕込みや味見に付き合ってもらったりと結構ガッツリ働いて貰っているので、当然の権利なのだが彼は受け取ってくれない。

「欲しい物、何かない?」
「結構あるぞ、肉。酒。野菜」
「そういうリアルなのじゃなくてさぁー」

 俺は学生時代の瑛士君を知っている。彼はオシャレにも気遣うイケメンだった。今着ている作業着みたいな服を改善したいだとか、装飾品が欲しいだとか、そういう物を強請って欲しかった。出来れば、自分のセンスには期待できないから瑛士君自ら選んで欲しい。



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