名もなき弱い者たちの英雄

exact

文字の大きさ
上 下
4 / 9

おまけ(2)

しおりを挟む

 攻め視点で本編の裏側。
 ノラと淫魔三人を置いて部屋を出ていった時の話です。



 ************

【ディア視点】


 硬直してるノラを淫魔たちに預け、俺は真っ直ぐ店主のもとに向かった。ここには何の危険もないのだが、さっさと用事を済ませてやらないとあいつはショック死でもしそうなほど弱いからな。

 迷路みたいに配置された客室を抜け、店主が居る部屋の扉を数度叩くと馬面のおやじが顔を出す。

「ーー坊っちゃん、扉は優しく叩いてくださいよ。心臓に悪いですって」
「知らねーよ」

 吐き捨てて勝手に中に入り込んだ。

「旦那はお元気ですか?」
「蹴っても殴ってもピンピンしてるよ、早くくたばれば良いのに。んなの、どうでも良いから早く出せよ」

 やたらニタニタと嫌な笑顔を浮かべる馬面店主を睨みつけ、荷物を取りに向かったのを確認してから悪趣味なソファーに腰を落とす。

 この遊廓の経営には親父が関わっていて、小さな頃からよく連れて来られた。何一つ変わった所のないギラギラした宝飾品ばかり集めた下品な室内に眉間が寄る。馬面にも多少の自覚はあるのか、アーニャ辺りが口を挟むのか客室は贅は尽くしていても落ち着きがあるのが救いか。

 戻ってきた馬面は大小ふたつの袋を手にしていた。小さい方から受け取り、中から出てきた魔石を口に含む。コロコロ転がしていれば口の中で勝手に魔力が取り込まれていく。こっちは店に渡す支払いの方。

「そんなんで良かったんですか? もっと色気あるモン作らせろって文句言われましたよ」

 大きな袋から取り出したのは数枚の半ズボン。どれも淫魔用に尻に尻尾を通す穴がついている。色んな形があったが黒い短パンと、薄い茶のふわっと丸みのある風船みたいなものを選んで残りは返した。

 口の中の魔石がなければこっちが文句言い返したい位だ。シンプルで動きやすい物を注文したのに、フリフリかスケスケか拘束具みたいなパンツ寄越しやがって。

 人間の店ながら上級悪魔御用達だけあって生地は良い。こっちの衣服は魔界のものより質が良いので、利用する悪魔は多い。まぁ着るものに頓着しない奴らのが多いけれど。

「しかし淫魔とは聞いてましたが……また随分と変わったもんを連れてるんですね」
「……別に、ただの雑種だろ」
「そうですけどね。それを坊っちゃんが構ってる事が珍しいというか、驚きですよね」

 満ちた魔石を空の魔石と交換がてら口を挟めば、含みのありそうな物言いをされて眼の前の机を蹴った。この遊廓は人間相手に商売してるので、魔界のようには力の強弱に拘らない。弱いノラを馬鹿にしている訳ではないんだろうが多分何を言われても腹が立つ。

「旦那が喜んでましたよ。むやみに集落壊したりしなくなって助かってるって」
「ーーちょっと黙ってろ、馬面」

 殺気を滲ませて言えばようやく黙った。最後に「坊っちゃん、俺はヤギですって」とか言いながらすごすご部屋から出ていった。

 最後の魔石を口の中で転がしながら、何だかんだ文句を言いながらも空の上ではしゃいでいたノラを思い出す。初めて見る景色に目を輝かせていた。弱いノラは一人では魔界を自由に動けず、あの森で隠れるようにして暮らしている。今の暮らしに不満はないようだけど、それはただ何かを望むほどの知識も経験もないからなんじゃないか。

 あの弱っちい悪魔でも俺が付いていれば危険はない。なら何処でも自由に歩けば良い。もっと色々見せてみたいと思う。ノラが楽しそうなのも怯えるのも面白いから。

「坊っちゃん、坊っちゃん。ノラちゃんここに置いて行ってくださいよぅ」

 帰る間際にアーニャに言われた。ノラを随分気に入ったようで、客でも従業員でもなく飼いたいのだと。何もしなくて良い。ただ部屋に置いて日々の仕事の疲れを癒やされたいんだそうだ。

「……どうして欲しい?」

 背負ったノラに向かって聞いてはみたものの、置いて行くつもりはない。ここでも良いとノラが言うなら、手っ取り早く自分の家に連れて帰ろうと思っていた。あの森に寄る必要もなくなる。

「帰る。ここ怖いもん」
「お前結構楽しんでたろ」
「待ってればディアが迎えに来るって分かってたからだよ、居ないなら普通に怖いよ」

 そして俺の背中で縮こまるノラの姿に、何だろう……胸の中に初めての感情が芽生えた。喜びとも満足とも違う。じわっと笑いが込み上がるような衝動だった。

「こいつら……特にアーニャはこう見えて親父と同年代だからな。そりゃ怖えーよ」

 軽口で堪えきれず上がる口角を誤魔化す。アーニャは憤慨したが、いつまで経っても「坊っちゃん」と呼ばれる事への憂さ晴らしも兼ねてるのでお互い様だ。

 買ってやった蜂蜜を後生大事に抱え、森に戻る。ノラは俺を神様かなんかみたいに拝んできて、店主から受け取った黒い短パンを履かせても上機嫌に尻尾をぶんぶん振り回していた。

「すごい! これちゃんと尻尾動く!」

 何度言っても履こうとしなかったズボンをやっと履かせる事ができた。蜂蜜効果もあってか、ノラも嬉しそうにぴょんぴょん跳ねていた。

 あー良かった。これで何処でも連れ回せる。

 尻を出したままのノラを連れてでは行きにくかった場所にも気軽に行けるのだ。城にも連れて行けるし……湖にも興味ありそうだったな。怖がってたけど。

 次の計画を立てる俺の前を、脳天気な悪魔が跳ねていく。今日もこの森は魔界と思えないほど平和だった。




.
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

お客様と商品

あかまロケ
BL
馬鹿で、不細工で、性格最悪…なオレが、衣食住提供と引き換えに体を売る相手は高校時代一度も面識の無かったエリートモテモテイケメン御曹司で。オレは商品で、相手はお客様。そう思って毎日せっせとお客様に尽くす涙ぐましい努力のオレの物語。(*ムーンライトノベルズ・pixivにも投稿してます。)

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

オレに触らないでくれ

mahiro
BL
見た目は可愛くて綺麗なのに動作が男っぽい、宮永煌成(みやなが こうせい)という男に一目惚れした。 見た目に反して声は低いし、細い手足なのかと思いきや筋肉がしっかりとついていた。 宮永の側には幼なじみだという宗方大雅(むなかた たいが)という男が常におり、第三者が近寄りがたい雰囲気が漂っていた。 高校に入学して環境が変わってもそれは変わらなくて。 『漫画みたいな恋がしたい!』という執筆中の作品の登場人物目線のお話です。所々リンクするところが出てくると思います。

ハッピーエンドのために妹に代わって惚れ薬を飲んだ悪役兄の101回目

カギカッコ「」
BL
ヤられて不幸になる妹のハッピーエンドのため、リバース転生し続けている兄は我が身を犠牲にする。妹が飲むはずだった惚れ薬を代わりに飲んで。

どうせ全部、知ってるくせに。

楽川楽
BL
【腹黒美形×単純平凡】 親友と、飲み会の悪ふざけでキスをした。単なる罰ゲームだったのに、どうしてもあのキスが忘れられない…。 飲み会のノリでしたキスで、親友を意識し始めてしまった単純な受けが、まんまと腹黒攻めに捕まるお話。 ※fujossyさんの属性コンテスト『ノンケ受け』部門にて優秀賞をいただいた作品です。

騎士団で一目惚れをした話

菫野
BL
ずっと側にいてくれた美形の幼馴染×主人公 憧れの騎士団に見習いとして入団した主人公は、ある日出会った年上の騎士に一目惚れをしてしまうが妻子がいたようで爆速で失恋する。

処理中です...