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名を貰った弱い者とお土産
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ぼくは平和を愛する貧弱な悪魔である。魔界の隅っこ、外敵の居ない平和な森で獣たちとほのぼのライフを満喫するばかりの誰にも害のない悪魔だ。
しかしーーせっかくここには外敵が居なかったというのに近頃は空から降ってくるようになってしまった。
例えばこんな風に森で呑気に木の実を物色している時だって、どーんと地を震わせる音が聞こえてきたら森中が一斉に動き出す。獣たちは素早く走り去っていき、ぼくはといえば、大慌てで着ている服を叩いてその汚れを落としにかかるのだ。
「ノラー! おい、ノラー! 出てこい」
ぼくを呼ぶ声がする。だけどあいつは服を汚していると怒るから服を綺麗にするのが優先だ。だから服なんて要らないってぼくは言ったのに! 言ったのに!
「くそ……どうせ暇な癖に遅せーんだよ。とりあえずこの辺り一帯焼けば出てくんのか?」
「デ、ディア! 待って、すぐ行くからー」
物騒なひとりごとまで聞こえるくらい近づいてはいるものの、この期に及んで諦め悪くギリギリまで裾の汚れを落とそうと足掻くぼくにディアが大きく舌打ちした。
向こうが一歩でも動いたら観念して飛び出すつもりでいたのに、驚く事に次の瞬間にはもうディアはぼくの目の前に立っていた。何てこった。一歩がでか過ぎる。
「なんだ、また裸で駆け回っていたのかと思った」
ディアがぼくの首根っこを掴んで言う。
完全に持ち上げられてしまって、ぼくは宙ぶらりんのまま強くて怖い目の前の悪魔の機嫌を損ねないようにへらりと笑ってみせた。このままペイッと投げられでもしたらぼくなんて森の遥か彼方まで飛んで行ってしまう。
「ちゃんと着てるよ、ディアがくれたんだもん」
「なんか薄汚れてるけどな」
「ここで暮らしてたら仕方なくない、かな」
多少は見逃して欲しいとディアの金色の目をじーっと見つめると、気が済んだのかとりあえず下ろしてはくれたのだが……何か見すぼらしいんだよなぁ、なんてものすごく失礼な感想をいただいた。
反論出来ないのは仕方ない。何せ最近うっかり知り合ってしまったこのディアという悪魔、強くて怖くて見目麗しい。文句つけようがないので「悪口言うなー!」と言い返すだけでも十分ぼくは勇敢だと思う。
「……よし、ノラ。淫魔でも見に行くか!」
「え?なんで? え? どこに?」
「毎日毎日獣ばっか見てるから獣っぽくなるんだ。悪魔を見ろよ。俺だと強すぎて参考にもなんないだろ」
「え? 嘘でしょ、本気?」
訳が分からず戸惑いの声を上げても、ディアはちっとも聞いてくれずにぼくを小脇に抱えて走り出す。どうしよう。ぼくの愛する平和な森が信じられない速さでどんどん遠ざかっていく。待ってて、きっと帰ってくるから……いやたぶん帰って……帰って……帰して貰えると信じたい。
そんなこんなでディアの妙な思いつきにより、ぼくは強制的に淫魔を見に行く事となったのだが……。
「怖いっ! やだっ! 助けてディアぁぁ」
「大丈夫だって。目瞑ってればすぐ着くから」
「違うし! 怖いのそこじゃないからぁぁ」
ディアの腰に両腕でがっしりとしがみつき、無理無理無理無理とあまりの恐怖に泣きながら首を振る。が、そんなぼくを適当にあしらいながらもディアは無情にもズンズンぼくの嫌な方向へと進んでいってしまう。
無数に脚のある、虫型の悪魔のもとに。
森を抜けてディアが口笛を吹いたと同時に空から泳ぐように降りてきたこの虫悪魔。空を自由に歩けて鳥よりも速く移動出来るらしいのだが、そんな事はどうでも良い。こういう虫型の悪魔にとってぼくみたいな生き物はとても美味しそうに見えるらしい、という事の方が問題なのだ。
「見て、ディア! ぼくのこと餌にしか見えてないよ!」
「んんー? そうか?」
「よだれ垂れ流しだもん! 息荒いもん!」
「俺が食うなって言ったら、こいつは食わねーよ」
この悪魔はその昔、瀕死になるまでボコボコにされたせいでディアに絶対服従なんだという。だけどぼくを五人分は余裕で飲み込んでしまいそうな長大な身体も、暗闇のような意思の読めない目も怖すぎる。
「ウ……ヴ、マそウ」
「ふぎゃー!」
ついに言葉として発せられ、恐慌状態になったぼくは泣き叫び、逃げ出そうとしてディアが取り出した布にぐるぐる巻きにされたのだった。
「あっ、湖だ! 初めて見た。すんごい湯気出てるね」
「あーあの湖は毎日温度が変わんだよ」
「今は紺色だったよ。やっぱり熱いの?」
「なら一瞬で骨まで溶ける程度の温度じゃねーかな」
「……ぼく湖嫌い。絶対近付かない」
望んでもない初めての空の旅だが存外快適に過ごせた。簀巻きにされたぼくを抱えるディアは頑丈だから風がビュンビュン吹いてこようと安定しているし、ここなら確実に虫悪魔も襲って来ない。だからこの腕の中はあらゆる意味で安全だとぼくはすっかり安心しきっていた。
「ディアーどこに行けば淫魔に会えるの?」
「どこにでも居そうだけど、探すのも面倒くせーから今日は人間界だな」
「に……人間界?」
それって魔物を目の敵にして集団で襲ってくるっていう、あの人間界のことですよね。全然安心してる場合じゃなかった。今すぐにでも帰りたい。
「人間界の食い物は結構美味いんだぞ。帰りに何か買ってやるからいい子にしてろ」
無駄に魅惑的な声音でしっとり囁きながらも、その眼は肯定しか許さないような圧力をかけてくる。ものすごーく不服ながら、ディアを頼る以外に帰る術のないぼくは鼻の穴を膨らませつつも従順に頷いてみせた。
……が、良い子にするつもりは全くない。
常々ディアはちょっとぼくの意思を蔑ろにし過ぎだと思うのだ。力では勝てなくてもなにか……ここぞって時にぼくにも対抗できる手段が必要だ。出来れば早急に。じゃないと命がいくつあっても足りない。弱みとか何かないのかな。
弱点探しに精を出しているとも知らず、ぼくの頭に顎を乗せ、ディアは呑気にあくびをしている。暇を持て余しているのか、そのまま顎で頭をゴリゴリ削ってくるのでちっとも集中できなかった。地味に痛いからやめて。
そして控えめに言って物凄く遠慮したかった人間界にぼくは降り立った。人気のない場所を目掛けてディアが虫型の悪魔から飛び降りた時は本当に死ぬかと思ったけど……こうして無事に辿り着くことができたのだ。まずはそれを喜びたい。
とはいえ、正確にはまだ地面に一歩も足をつけて居ない。簀巻きのまま運ばれているからだ。ディアが言うにはぼくの格好が人間界では問題があるらしい。
「ディアがくれた服なのに?」
「お前が何度言ってもズボン履かねーからだよ」
「だってぼく尻尾あるし」
ディアが押し付けるから仕方なくシャツは着た。だけど尻尾が自由に動かせないとぼくは真っ直ぐ歩く事も出来なくなるのだ。それは困る。シャツはシャツでもディアのお古なので、ぼくが着ればワンピースみたいになっている。局部はちゃんと隠れてるし、道の隅っこにはぼくと同じような格好の子どもも居る。問題はないと思う。
まぁディアは人間界用の服をどこかから取り出して着るという抜かりなさで完全に溶け込んでいる。慣れた様子でまるで魔界の中を歩いているかのような自然さだ。ちらちらと見てくる人は居ても悪魔だと疑われてるような視線ではなく、むしろ好意を滲ませるような類の視線ばかりなので、ただ単純にこの美しい悪魔に見惚れてるんだろう。
縦抱きに、ディアの肩に頭を乗せる形でぼくは初めての人間界を堪能した。ヒトヒトヒト……どこを見ても見分けが付かない特徴のない人間ばかりが忙しなく通りを行き交っている。何だか分からない物を売っているお店が並び、楽しげに売り買いしている人たちが見えた。
「あれ?なんか……思ったより怖くない?」
ほとんどの人間はニコニコしてて強そうには見えない。自分が絶対安全圏に居るからだと気づかず漏らした言葉に、ディアはいかにも悪そうに笑った。
「俺がここに置いてったら、ノラなんか明日には小間切れでどっかの店に並んでると思うぞ」
「で、でもディアはそんな事しないもんね?」
「さぁ? どうすっかなーーっと、着いたぞ」
「待って。置いてかないよね、ちゃんと言ってよ」
街中の一角、やたら派手派手しい店で立ち止まったディアは堂々とその細かな装飾の入った扉を開けた。
扉の先には見渡す限り継ぎ目がない石が敷かれた広い空間が広がっていた。所々にぼくの頭くらいありそうな大きな花が束になって色とりどりに飾られている。他にもキラキラしい物ばかりで目が眩んでいると、音もなく男の人が現れた。
「ーー坊っちゃん!」
思わぬ第一声にぼくは呼びかけられているらしいディアへと反射的に目を向け、ピシリと固まった。何かひと言でも口にしたら殺すという禍々しいオーラを感じたからだ。不機嫌そうなディアの目は男の人に固定されているというのにチビりそうなほど怖い。
「よ、ようこそディア様。本日は……」
「誰でも良い、空いてる淫魔を呼べ」
「かしこまりました。どうぞこちらへ」
空気を読んだ男の人に案内され、ぼくらは奥に案内された。店に入ってすぐは人間界と違和感のない、ぼくが棲む森と似たような空気だったけど、奥に進むほど空気が濃くなっていく気がする。魔界ならこっちは危険だから近づかないようにしなきゃって感じる不穏な空気だった。
案内された部屋もやっぱりキラキラしくて、部屋に通された後すぐ男の人が居なくなっても全然落ち着けなかった。垂れ下がった装飾品が揺れるたびいちいち驚く。
「なにビクビクしてんだ。ここには悪魔しか居ねーよ」
ディアがどこまでも沈んでいきそうなふっかふかの椅子に座り、ぼくを覗き込んで不思議そうに言う。じゃあさっきの男の人も悪魔って事なのかーと驚きはしつつも、だからって全然落ち着かない。
「悪魔でも怖いよ。ディア以外はみんな怖い」
「俺以外? 俺にもビビるだろ、お前」
「そりゃ怖いけど……何か違う。よく分かんないけどディアは良いの。ディアだから」
自分でも意味分かんないなって説明に「ふーん」と気のない答えを返すディアだが、何となくは満足してくれたらしくてホッとした。
「ーーお待たせしましたぁ」
そんな時、ゆるっとした声が掛けられた。短い応答の後にぼくらの部屋に入って来たのは、これぞ淫魔! って感じの艶やかなお姉さん方だった。
「お久しぶりですぅ。坊っちゃんが来るなんて珍しいですねぇ。びっくりしちゃった」
「……アーニャ。まだ居たのか」
「まだ、なんて失礼ですよぅ。もう!」
先頭に一人、その後ろに二人。お姉さん達はみんな下着の透けたセクシーなフリフリを着ていた。ディアと親しいのか先頭の人だけが喋り、後の人はただニコニコ微笑んでいる……のだが喋ってても立ってるだけでも淫魔感がすごい。桃色の空気を感じる。
「まぁ見本としては最適かもな。ほらノラ、淫魔だぞ」
わざわざ教えてくれなくても誰だって分かる。ふわりと撫でられるみたいな甘い声音も、身体の曲線を強調するような立ち姿も疑いようもないくらい淫魔だ。圧倒されてぼけーっと口を開けて眺めるぼくと、先頭のお姉さんの視線が初めて交わる。
「こ、こんにち……」
「えっ嘘ぉー。どうしよ、不味そう」
思わずといった様子で零れたお姉さんの本音は広い部屋にもよく響いた。しーん、と気まずく静まる室内。思考の止まったぼくの頭の中では「まずそう」という衝撃的な言葉が繰り返し再生されていた。
「アーニャ。ノラは客じゃねー。こいつこれでも淫魔の端くれだから一度本物でも見せてやろうと思って」
ディアが笑いを堪えながら説明すると、お姉さんは慌ててすぐに謝ってくれたけどぼくの耳には届かなかった。
虫悪魔に美味そうと言われた時は背筋が凍ったけど、不味そうと言われるのはもっと悲しい。食った後に不味いと言われる位なら虫悪魔に美味しく食べて貰った方が報われるんじゃないかとさえ思った。
「ノーラちゃぁぁん、ごめんてばぁぁ」
ぼくはどうやら、しばし放心していたらしい。はっと気づけばお姉さんが間近で謝っていて、何故か淫魔三人とぼくだけが部屋に取り残されていた。
「ひっ! なんで? えっえっ」
「ノラちゃん? 何で逃げるのぉー」
「あらあら」
「怖がられちゃった。アーニャのせいね」
椅子から転げ落ち、お姉さんたちから距離を取ろうと壁際まで這って逃げるぼくを微笑ましげに見守られる。隅っこで縮こまる体勢に落ち着いたのを見て、ゆるゆるした口調でディアが一旦席を外した事を教えてくれた。ちょっと用があるからここに居るように、とぼくに直接言っていたらしい。
「だからぁー坊っちゃんが戻って来るまでは、おねーさん達と遊ぼうねぇ。淫魔の身体のこと、教えてあげる」
「お、お構いなく! ぼく大丈夫ですから!」
これ以上怯えさせないようにか、笑顔でにじり寄ってくるのが逆に怖くて必死に断る。勝手に連れて来といて置き去りにする無責任なディアは本当にひどい。
「あら……ぷるぷる震えて、なんか可愛い」
「ひっ!」
「昔アーニャが飼ってた小鳥みたいじゃない?」
「可愛がり過ぎてすぐ死んじゃった子ね」
「ひぃぃ」
「ノラちゃんはぁー悪魔だから大丈夫だよぉ。ね?」
ディアぁぁ! 助けてー! と悲痛な叫びを上げたものの、お姉さん達によって手足までぎっちり拘束されてしまった。その拘束と呼ぶにはあまりにすべすべのふわっふわのぷよぷよな感触に思わず涙も引っ込んだ。
あれ? あれれ? 何だか夢見心地かも。
結論から言うと、ぼくは淫魔のお姉さん達と打ち解ける事が出来た。むしろ可愛がってさえ貰えてる気さえする。さすが彼女達はおもてなしの達人だった。
「っあん、ノラちゃん上手よぉ、んっ、そこ」
「ーーうう、もっだめ」
「ほら頑張って。我慢我慢」
「っ、だってぼくっ……もう、」
「だーめ。ほらもっと奥まで」
手とり足とり優しくぼくを導いてくれるお姉さん達に不甲斐ないところは見せられないと必死で踏ん張っていたら、突如扉を叩き壊すような派手な音を立ててディアが戻ってきた。
「ふぎゃ!」
「おい、随分仲良くやってんじゃねーか……ん?」
物凄い剣幕で部屋に入ってきたディアだが、室内の様子とぼくを確認すると「あれ?」という顔をして動きを止めた。驚いて腰が抜けたぼく。びっくりする淫魔のお姉さんたち。そして無惨に崩れたクッションの山。
「……やだぁ、坊っちゃんたら。わたしたちとノラちゃんがナニしてると思ったんですかぁ?」
すぐに事態を把握したらしいお姉さんたちがクスクス笑ってくれたので幸いにも空気は和んだけど、ディアは何だかぶすっとしてるし誰かぼくにも説明して欲しい。
「尻尾の訓練してたんですよ。ノラちゃんたらこんな便利な尻尾があるのに自由に動かせないって言うから」
お姉さんの一人が靭やかな動きで尻尾を操りながら言う。ぼくの尻尾と似た形の、でももっと長くて立派な尻尾だ。可愛い飾りみたいな角や時折パタパタ動いて視線を集める羽根はぼくにはないから尻尾を重点的に特訓されていた訳だが。
「お相手の根本をきゅーって絞めてあげたら長持ちするし、普段よりずっと濃くて美味しいのが出るのよぉ」
「突かれながら、お相手の良いところ突いてあげられるのも淫魔でこそよねぇ」
うふふ、と楽しげに笑いあうお姉さん達の会話は時々難しい。ディアには伝わるのか伝わってないのか、聞き流しながらズンズンぼくに近づいてくる。
「もう支払いしてきたぞ。お前らもさっさと行かねーと、店主にチョロまかされようが俺は知らねーからな」
吐き捨てるようにディアが言うなり、お姉さん達は慌てた様子でおざなりな挨拶を残して出ていってしまった。華やかなお姉さん方が居なくなると途端に部屋の温度が下がった気がする。
部屋に二人きりになり、もう帰れるのかなーとディアを見上げたら何故か手を取られて部屋の奥に連行されてしまう。さっきこっちの方からお姉さんたちがクッションを持ってきてくれたのだが、視線を隔てる柔らかな布が垂れた先にどーんと大きな寝台が現れてびっくりした。
「ディア眠いの? 疲れた?」
ひと休みするつもりかと訊ねるぼくにディアは分かりやすく呆れた顔を向けてくる。なんだよ、心配してやったのに。
「お前、ビビってた癖に随分楽しそうだったな」
「本当に怖かったのに! ディアが置いていくからでしょ。お姉さん達が酷い悪魔だったらぼく死んでた!」
「安全だから預けてったんだろ、アホか」
いや絶対ぼくは悪くないのに、溜め息まで吐かれた。
手を繋がれたままディアが寝台にぼすんっと座ってしまうから仕方なくその真正面に立った……はずなのだが、腰を引かれて流れるようにディアの膝の上に着地していた。
うん? 今何が起こった? と一瞬思考が止まってしまったけど、ふんふんと首辺りの匂いを嗅がれ始めたので、ぼくは慌てて悲鳴をあげてディアを押しのけた。
「あいつらに妙な事されてねーだろうな」
「なにそれ」
ちょっと意味が分からなくて、これまた反応が遅れたぼくの頬をディアが獣みたいにべろんっと舐め上げる。
「おわっ! もー意味分かんない。止めてよ、ぼくって不味いんでしょ? 誰にも何もされないし」
「不味いっつーか……無味無臭? 気にしてたのか」
「……ちょっとだけ」
いや本当は結構気にしてる。目を逸らしながら、よく分からない意地を張ってみるけど珍しくディアは揶揄いもせず親切に教えてくれた。
どうも欲が強いほど淫魔にとっては体液が美味しいらしい。若しくは単純に強い悪魔。欲深い人間を調達する方が遥かに楽だからお姉さん達はこうゆうお店で働いているようだ。それを聞くと確かにぼくは不味いんだろうなって納得してしまった。
「味なんか気にするのは淫魔くらいだけどな」
「そうなの?」
「ノラも俺のは美味いんだろ? 舐めるか?」
片眉を上げて試すように訊くディアに、ぼくは反射的に頷きかけて……はっと気づいて首をふるふる横に振る。危ない危ない。こんな分かりやすい罠に自ら進んで引っ掛かる所だった。
頷いたが最後、絶対絶対酷い目に合う。
気まぐれにぼくの所にやって来るディアは、これまた気が向くと「餌やり」と言ってぼくに魔力をくれるのだ。端くれとはいえ一応は悪魔なぼくが獣に混じって草花ばっかり齧っているのがこの誇り高い悪魔には許せないらしい。
しかも毎度毎度、必要以上に魔力をくれるせいで消化するのが大変なのだ。濃すぎて魔力に酔うし、体力もごっそり削られる。むしろ魔力を貰う前より弱ってしまう。
だけど……ディアの魔力は濃くて美味しいから困る。
「要らないのか? 美味いんだろ?」
「う……いっ、要らない。お腹空いてないし」
甘い誘惑に尻尾がピクッと反応してしまう。
「好きなだけ舐めて良いんだぞ、いいのか?」
無駄に綺麗なディアの顔から視線を剥がせなくて、流し目でこっちを見ながらゆっくり首元を開けさせる仕草に思わず喉が鳴った。煽りたてるみたいにクイックイッと尻尾まで引かれては我慢の限界だった。
「っうー、美味しいよぅ」
「お前のチョロいとこ好き」
ディアの首元に腕を回して、ふんすふんすと鼻息荒く必死で舐め回せば、舌にとろけるような甘さが広がる。がっつき過ぎてるのか、あやすみたいにゆったり背中を擦られてるのも心地良い。ディアは意外にも約束通りぼくが満足するまで引き剥がそうとはしなかった。
「ノラ、顔べったべた」
はふーと満足げに口を離したぼくの顔を見てディアが笑う。そんで濡れた口許を綺麗にするみたいに舌を這わせてくる。くるんと身体をひっくり返されて、ぼくの身体がふかふかの寝台に沈む。ディアが上からがっつり伸し掛かってくるから、ふごって間抜けな声が出た。
口に滑り込まれた舌から流れてくる濃い魔力で喉奥まで焼けそうに熱い。このままだと火傷しそうだなって思うのに、凝縮された魔力の甘さが堪らなく美味しくて自分から舌を伸ばして続きをせがんでしまう。
ぼんやりした頭の片隅で、こうゆう行為を何て呼ぶのか教えて貰ったことを思い出す。ディアはわざわざ教えてくれないし、ぼくは名前がある事も知らなかった。
「ディアー、ちゅーして」
「してる」
やっぱり合ってた。美味しくて気持ちいい、これがちゅーらしい。ぬるついた意外と柔らかいディアの唇がくっついたり離れたりする弾力は心地良いし、上顎を舌で擦られると背中がぞくっとする。
ちゅーしながら身体を触られるとどこでも気持ちよくて、何だかじっとしていられずにもじもじしてしまう。身体が熱くて自分でシャツを首元まで捲りあげ、ついでにディアの服も強引に引っ張りあげた。肌と肌が触れ合うと心地良いって事も最近覚えた。
「だいぶ慣れてきたよなぁ」
「ん、んっ、くすぐったい」
「前はもっと早くでろんでろんになってたろ」
そう……なのかな。そうかもしれない。ディアの魔力を取り込むとどうにも濃すぎて酔ってしまうけど、何度か貰ううちに少しは慣れてきたのかも。前は気づいたらどろどろのぐっちょんぐっちょんになってたもんなぁ。
今も頭はぼんやりしてるけど、ディアの顔はちゃんと見えてる。最近はぼくの胸の先を舐めたり吸ったりするのがお気に入りらしく、擽ったいから止めてってお願いしても「我慢しろ」って酷な事を平気で言う。
「ぱっと見じゃ見すぼらしいままだけど、こうして見るとちょっとは肉ついてきた気がすんな」
何故か楽しげにぺったんこの胸を無理やり寄せて、ツンと突き出た小さな胸の先を食まれる。そうしてると胸じゃなくて下半身がムズムズして両足でがっちりディアを挟み込んだ。
「うー擽ったいよ、ディアぁぁ」
「擽ったいんじゃなくて気持ち良いんだろーーほら起きろよ」
抱えられて身体を起こしたら、いつの間にやらちゃっかり勃起していた陰茎を握られた。ゆるゆる扱かれながら胸を吸われるとなるほど確かに気持ち良い気がしてきて、ディアの頭をギュッと抱える。
「んっ、きもちい、っ」
腰を揺らして巻き付くディアの手に動きを合わせるともっと気持ち良かった。ぐちぐちなる水音と自分の荒い呼吸にまで煽られて堪らない。多少は鍛えたはずの尻尾は甘えるみたいに勝手にディアの腕にじゃれついてた。
気持ち良くて今にも逝きそうな陰茎とは別に、お尻の奥が鼓動みたいにドクンドクン疼いて、こっちを埋めて欲しいと訴えてくる。ちょっと前まではないのが普通だったのに、どうにも足りない気がして強請ってしまう。
「っ、あ、ディア、して……して。いっかいだけ」
「一回だけ? 可愛くねぇな。もう少しマシなおねだりは教えて貰わなかったのか?」
「ねー、してよぅ。あれ。交尾、してっ」
「はいはい。わかったから」
ディアの指が穴を擽ると、ぼくの内側からこぷっと何かが吐き出された気がした。欲しいのは指じゃなかったけど良い。お腹の中の疼く所を撫でてくれれば。突くみたいに押されると陰茎からも粘っこいのが押し出されて滴っていく。
「ノラ、干からびるぞ。ほら」
首を伸ばして差し出してくれた舌を夢中で吸った。身体はもうフニャフニャなのに、ディアの指が中のしこりを掻き回すと電気が走ったみたいに勝手に跳ねる。
途中支えてくれてたディアの身体を離すような動きに反応して、いやいや首を振りつつ必死にしがみつく。特訓中の尻尾まで動員した動きを笑われた。
「違うって。支えといてやるから自分で腰落とせよ」
「ん、あっ、入るっ、」
「おーその調子。頑張れ頑張れ」
穴にくっつく陰茎を中に押し込もうと頑張る。後孔はディアが弄ってたから太腿まで垂れるほど濡れていた。ぼくがもっと奥に迎えようと腰を降ろせばきゅうきゅうしながら柔軟に飲み込んでいく。
ただ押し広げられる感覚が堪らなくてつい食い締めてしまうから、力を抜こうと頑張る方が難しかった。けど、ディアがしきりに弄ってたしこりまで迎え入れるともう駄目だった。しこりが圧迫されて気持ち良くて、孔がきゅんきゅんしたまま動けなくなった。
動かなくても気持ち良いのだ。内側の拍動が陰茎に響いて身体全体を蝕む。じっとしていれば、そのままでも上り詰められる気がして今ある快感を手放せない。でも奥の方はもっと深くまで欲しいと訴えている。
「っ、ノラ。止まんなよ、生殺しだろーが」
首に巻き付けた二の腕を噛まれ、催促されるのすら気持ち良くて、陰茎からぴゅっと汁が飛ぶ。あー無理だ。もう自分ではどうにもなりそうにない。
頭を擦り寄せて、逃げないようにディアの耳朶を食む。声を振り絞って直接ディアの耳に吹き込んだ。
「ーーっお願い、ディア。おねが……ひ、っ」
助けを求めたら中でディアの陰茎がビクッと動いた。と思った途端しこりを強く抉られ、声も出せずにぼくは逝った……んだと思う。浸る間もなくズブブーっと中を擦られて頂点がどこだか分からなくなってしまった。
「いいな。今のなんかキた」
「あああ、あっ、待っ、」
「気持ち良いだろ。俺も最高、すげー良い」
「いっ、あ、あっだめーーひああっ、」
「痙攣しっ放し。これ堪んねーわ」
下から激しく突き上げられ、何度も達する。ディアの興奮した声がどんどん遠くなってきて、ついには自分の声まで聞こえなくなった。
「一回だけ、だっけ? アーニャ達が言ってたろ、一回で終わらせたいなら尻尾で俺の根本絞めてみろよ」
何を言われてるかよく意味が分からなかったけど、こんな頭がばかになる嵐みたいな行為の中で色々出来るらしい淫魔のお姉さん達は本当にすごいと思った。
やる気になったディアが一回だけで終わる訳もなく、濃い魔力をしこたま流し込まれた。事が終わった時にはふかふかの布団がしめしめになってしまっていた。その為の寝台だと言われたけど申し訳ない。
歩く事も覚束ないほど消耗したぼくは、ディアにおぶられて店を出る。お姉さん達も見送りに来てくれた。
「ノラちゃーん、また来てねぇ」
「用は済んだ。もう連れて来ねーよ」
「坊っちゃんには言ってないですぅー」
ディアと親しげに会話するお姉さんを見てたら、ふとある事を思い出し、声を掛けて近寄ってもらった。ディアには聞かれないようにボソボソとお姉さんに耳打ちする。
「お姉さん、ディアの弱点って知らない?」
言うと、きょとんと普段より幼い顔をして、そのまま他のお姉さん達の元に戻ると何やら相談している。こっちに戻ってきたお姉さんは色っぽく囁いてくれた。
「弱点になりそうかなぁってものしか分かんない。もしかしたらーもうなってるのかも……ねぇ?」
「えっ、なにそれ教えて!」
「うふふー自分で考えようねぇ」
思わせぶりに笑って、お姉さんは靭やかな尻尾でぼくの頬をするりと撫でて離れてしまう。それだけで色っぽいのがすごい。何故かディアの機嫌が思わしくない感じになったので、それ以上聞けなかったのが残念でならない。
帰り道、ディアの背中に隠れて人間界で買い物をした。正直そんな事より早く帰りたいと思っていたんだけど、ディアが買ってくれた「はちみつ」を口にしたら怖さも疲れも一気に吹っ飛んだ。
「うまぁぁ」
森にはない、黄金色に輝く甘い甘い魅惑の食べ物だった。はちみつを固めた飴をひと粒口に含み、だらしない表情を浮かべるぼくに両手いっぱいの飴をくれたディアが神さまに見えたくらいだ。
「あー瓶に詰めたはちみつ売ってる店もどっかにあるはずだけど、探すの面倒臭えな」
「これと違うの? もっと美味しい?」
「さぁ? アーニャ達はよく食ってんな」
舌の肥えた上級淫魔達も好む味わい……美味しそうな予感しかしない。思わず口元が緩んで、中の飴を落っことしそうになった。慌てて閉じる。
「……食ってみてーの?」
首を捻ってこっちを見るディアは意地悪く笑っている。必死に頼んだとしても、ぼくを嘲笑って帰ってしまう可能性も十分にあるのだけど……。
「食べてみたい」
遠慮がちに口にしてみた。身構えていてもディアの反応にショックをうけそうだから表情を見られないくらい顔を近づけて、ディアの耳に小さな声を吹き込む。
「お願い、ディアぁ」
言いながら、ごく最近にも似たような事をした気がしたけれど、ディアが不自然に動きを止めたからそっちのが気になった。近づけ過ぎて唇に当たっている耳朶がちょっと熱くなった気もする。
「……ディア?」
「ちっ、しょうがねーな。探してやるよ」
驚く事にディアは店を探しに歩き出した。ほぼほぼ無視される、ぼくのお願いが聞き届けられるなんて信じられない。とろりとした、はちみつの詰まった瓶を手にするまで半信半疑だったけど本当に買ってくれて、ぼくは思った。
お姉さん達が言ってたのは、これだ!って。
きっとお願いは耳元ですれば叶えられる。よく分からないけどディアの弱点なんだろう。良いことを知った。本日最大の成果といっていいと思う……あ、はちみつも同じくらい素晴らしいけど。
両手にはちみつの飴、ディアの背中とぼくのお腹にはちみつの瓶を挟んで、ほくほく顔で帰路についた。空から降りてきた虫悪魔はやっぱり怖かったけど「不味そうと言われるよりはマシ」というのが効いているのか、行き道ほどには怖くなかった。
そうしてぼくは生きて森に帰り着く事が出来たのだ。
戦利品のはちみつは毎日ちょこっとずつ大事に味わっている。飴は日持ちするみたいだし食べ物の少なくなる冬に取っておいて、瓶に詰めたはちみつを指先一つ分舐めるのが幸せな日課になっていた。
毎度頼んで良かったと涙が滲むくらい美味しい。瓶詰めのはちみつは飴よりもっと幸せな香りがする。蓋を開けて、匂いだけ嗅いで満足するくらいだ。
しかしもう一つの戦利品。ディアの弱点の方は少し問題がある。あれから試してみたけど、日ごろ軽視されがちなぼくの意思も、耳元でお願いすれば結構な好機率でディアは聞いてくれた……けど、その後はこれまた高確率で「餌やり」という名の交尾が始まってしまうという危険が潜む弱点だったのだ。
「ノラー! 来てやったぞ、出てこい」
そして今日もまた強い悪魔は気まぐれにやって来て、ぼくの日常を揺るがす。最近はしょっちゅう来るから服は大丈夫……じゃなかった! 今朝獣に蹴飛ばされた足跡がくっきり残っていた。
「行く! 行くから待って」
半泣きで服を叩くが間に合うか間に合わないか……。平和だったぼくの日常は今ではスリルに満ちている。
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しかしーーせっかくここには外敵が居なかったというのに近頃は空から降ってくるようになってしまった。
例えばこんな風に森で呑気に木の実を物色している時だって、どーんと地を震わせる音が聞こえてきたら森中が一斉に動き出す。獣たちは素早く走り去っていき、ぼくはといえば、大慌てで着ている服を叩いてその汚れを落としにかかるのだ。
「ノラー! おい、ノラー! 出てこい」
ぼくを呼ぶ声がする。だけどあいつは服を汚していると怒るから服を綺麗にするのが優先だ。だから服なんて要らないってぼくは言ったのに! 言ったのに!
「くそ……どうせ暇な癖に遅せーんだよ。とりあえずこの辺り一帯焼けば出てくんのか?」
「デ、ディア! 待って、すぐ行くからー」
物騒なひとりごとまで聞こえるくらい近づいてはいるものの、この期に及んで諦め悪くギリギリまで裾の汚れを落とそうと足掻くぼくにディアが大きく舌打ちした。
向こうが一歩でも動いたら観念して飛び出すつもりでいたのに、驚く事に次の瞬間にはもうディアはぼくの目の前に立っていた。何てこった。一歩がでか過ぎる。
「なんだ、また裸で駆け回っていたのかと思った」
ディアがぼくの首根っこを掴んで言う。
完全に持ち上げられてしまって、ぼくは宙ぶらりんのまま強くて怖い目の前の悪魔の機嫌を損ねないようにへらりと笑ってみせた。このままペイッと投げられでもしたらぼくなんて森の遥か彼方まで飛んで行ってしまう。
「ちゃんと着てるよ、ディアがくれたんだもん」
「なんか薄汚れてるけどな」
「ここで暮らしてたら仕方なくない、かな」
多少は見逃して欲しいとディアの金色の目をじーっと見つめると、気が済んだのかとりあえず下ろしてはくれたのだが……何か見すぼらしいんだよなぁ、なんてものすごく失礼な感想をいただいた。
反論出来ないのは仕方ない。何せ最近うっかり知り合ってしまったこのディアという悪魔、強くて怖くて見目麗しい。文句つけようがないので「悪口言うなー!」と言い返すだけでも十分ぼくは勇敢だと思う。
「……よし、ノラ。淫魔でも見に行くか!」
「え?なんで? え? どこに?」
「毎日毎日獣ばっか見てるから獣っぽくなるんだ。悪魔を見ろよ。俺だと強すぎて参考にもなんないだろ」
「え? 嘘でしょ、本気?」
訳が分からず戸惑いの声を上げても、ディアはちっとも聞いてくれずにぼくを小脇に抱えて走り出す。どうしよう。ぼくの愛する平和な森が信じられない速さでどんどん遠ざかっていく。待ってて、きっと帰ってくるから……いやたぶん帰って……帰って……帰して貰えると信じたい。
そんなこんなでディアの妙な思いつきにより、ぼくは強制的に淫魔を見に行く事となったのだが……。
「怖いっ! やだっ! 助けてディアぁぁ」
「大丈夫だって。目瞑ってればすぐ着くから」
「違うし! 怖いのそこじゃないからぁぁ」
ディアの腰に両腕でがっしりとしがみつき、無理無理無理無理とあまりの恐怖に泣きながら首を振る。が、そんなぼくを適当にあしらいながらもディアは無情にもズンズンぼくの嫌な方向へと進んでいってしまう。
無数に脚のある、虫型の悪魔のもとに。
森を抜けてディアが口笛を吹いたと同時に空から泳ぐように降りてきたこの虫悪魔。空を自由に歩けて鳥よりも速く移動出来るらしいのだが、そんな事はどうでも良い。こういう虫型の悪魔にとってぼくみたいな生き物はとても美味しそうに見えるらしい、という事の方が問題なのだ。
「見て、ディア! ぼくのこと餌にしか見えてないよ!」
「んんー? そうか?」
「よだれ垂れ流しだもん! 息荒いもん!」
「俺が食うなって言ったら、こいつは食わねーよ」
この悪魔はその昔、瀕死になるまでボコボコにされたせいでディアに絶対服従なんだという。だけどぼくを五人分は余裕で飲み込んでしまいそうな長大な身体も、暗闇のような意思の読めない目も怖すぎる。
「ウ……ヴ、マそウ」
「ふぎゃー!」
ついに言葉として発せられ、恐慌状態になったぼくは泣き叫び、逃げ出そうとしてディアが取り出した布にぐるぐる巻きにされたのだった。
「あっ、湖だ! 初めて見た。すんごい湯気出てるね」
「あーあの湖は毎日温度が変わんだよ」
「今は紺色だったよ。やっぱり熱いの?」
「なら一瞬で骨まで溶ける程度の温度じゃねーかな」
「……ぼく湖嫌い。絶対近付かない」
望んでもない初めての空の旅だが存外快適に過ごせた。簀巻きにされたぼくを抱えるディアは頑丈だから風がビュンビュン吹いてこようと安定しているし、ここなら確実に虫悪魔も襲って来ない。だからこの腕の中はあらゆる意味で安全だとぼくはすっかり安心しきっていた。
「ディアーどこに行けば淫魔に会えるの?」
「どこにでも居そうだけど、探すのも面倒くせーから今日は人間界だな」
「に……人間界?」
それって魔物を目の敵にして集団で襲ってくるっていう、あの人間界のことですよね。全然安心してる場合じゃなかった。今すぐにでも帰りたい。
「人間界の食い物は結構美味いんだぞ。帰りに何か買ってやるからいい子にしてろ」
無駄に魅惑的な声音でしっとり囁きながらも、その眼は肯定しか許さないような圧力をかけてくる。ものすごーく不服ながら、ディアを頼る以外に帰る術のないぼくは鼻の穴を膨らませつつも従順に頷いてみせた。
……が、良い子にするつもりは全くない。
常々ディアはちょっとぼくの意思を蔑ろにし過ぎだと思うのだ。力では勝てなくてもなにか……ここぞって時にぼくにも対抗できる手段が必要だ。出来れば早急に。じゃないと命がいくつあっても足りない。弱みとか何かないのかな。
弱点探しに精を出しているとも知らず、ぼくの頭に顎を乗せ、ディアは呑気にあくびをしている。暇を持て余しているのか、そのまま顎で頭をゴリゴリ削ってくるのでちっとも集中できなかった。地味に痛いからやめて。
そして控えめに言って物凄く遠慮したかった人間界にぼくは降り立った。人気のない場所を目掛けてディアが虫型の悪魔から飛び降りた時は本当に死ぬかと思ったけど……こうして無事に辿り着くことができたのだ。まずはそれを喜びたい。
とはいえ、正確にはまだ地面に一歩も足をつけて居ない。簀巻きのまま運ばれているからだ。ディアが言うにはぼくの格好が人間界では問題があるらしい。
「ディアがくれた服なのに?」
「お前が何度言ってもズボン履かねーからだよ」
「だってぼく尻尾あるし」
ディアが押し付けるから仕方なくシャツは着た。だけど尻尾が自由に動かせないとぼくは真っ直ぐ歩く事も出来なくなるのだ。それは困る。シャツはシャツでもディアのお古なので、ぼくが着ればワンピースみたいになっている。局部はちゃんと隠れてるし、道の隅っこにはぼくと同じような格好の子どもも居る。問題はないと思う。
まぁディアは人間界用の服をどこかから取り出して着るという抜かりなさで完全に溶け込んでいる。慣れた様子でまるで魔界の中を歩いているかのような自然さだ。ちらちらと見てくる人は居ても悪魔だと疑われてるような視線ではなく、むしろ好意を滲ませるような類の視線ばかりなので、ただ単純にこの美しい悪魔に見惚れてるんだろう。
縦抱きに、ディアの肩に頭を乗せる形でぼくは初めての人間界を堪能した。ヒトヒトヒト……どこを見ても見分けが付かない特徴のない人間ばかりが忙しなく通りを行き交っている。何だか分からない物を売っているお店が並び、楽しげに売り買いしている人たちが見えた。
「あれ?なんか……思ったより怖くない?」
ほとんどの人間はニコニコしてて強そうには見えない。自分が絶対安全圏に居るからだと気づかず漏らした言葉に、ディアはいかにも悪そうに笑った。
「俺がここに置いてったら、ノラなんか明日には小間切れでどっかの店に並んでると思うぞ」
「で、でもディアはそんな事しないもんね?」
「さぁ? どうすっかなーーっと、着いたぞ」
「待って。置いてかないよね、ちゃんと言ってよ」
街中の一角、やたら派手派手しい店で立ち止まったディアは堂々とその細かな装飾の入った扉を開けた。
扉の先には見渡す限り継ぎ目がない石が敷かれた広い空間が広がっていた。所々にぼくの頭くらいありそうな大きな花が束になって色とりどりに飾られている。他にもキラキラしい物ばかりで目が眩んでいると、音もなく男の人が現れた。
「ーー坊っちゃん!」
思わぬ第一声にぼくは呼びかけられているらしいディアへと反射的に目を向け、ピシリと固まった。何かひと言でも口にしたら殺すという禍々しいオーラを感じたからだ。不機嫌そうなディアの目は男の人に固定されているというのにチビりそうなほど怖い。
「よ、ようこそディア様。本日は……」
「誰でも良い、空いてる淫魔を呼べ」
「かしこまりました。どうぞこちらへ」
空気を読んだ男の人に案内され、ぼくらは奥に案内された。店に入ってすぐは人間界と違和感のない、ぼくが棲む森と似たような空気だったけど、奥に進むほど空気が濃くなっていく気がする。魔界ならこっちは危険だから近づかないようにしなきゃって感じる不穏な空気だった。
案内された部屋もやっぱりキラキラしくて、部屋に通された後すぐ男の人が居なくなっても全然落ち着けなかった。垂れ下がった装飾品が揺れるたびいちいち驚く。
「なにビクビクしてんだ。ここには悪魔しか居ねーよ」
ディアがどこまでも沈んでいきそうなふっかふかの椅子に座り、ぼくを覗き込んで不思議そうに言う。じゃあさっきの男の人も悪魔って事なのかーと驚きはしつつも、だからって全然落ち着かない。
「悪魔でも怖いよ。ディア以外はみんな怖い」
「俺以外? 俺にもビビるだろ、お前」
「そりゃ怖いけど……何か違う。よく分かんないけどディアは良いの。ディアだから」
自分でも意味分かんないなって説明に「ふーん」と気のない答えを返すディアだが、何となくは満足してくれたらしくてホッとした。
「ーーお待たせしましたぁ」
そんな時、ゆるっとした声が掛けられた。短い応答の後にぼくらの部屋に入って来たのは、これぞ淫魔! って感じの艶やかなお姉さん方だった。
「お久しぶりですぅ。坊っちゃんが来るなんて珍しいですねぇ。びっくりしちゃった」
「……アーニャ。まだ居たのか」
「まだ、なんて失礼ですよぅ。もう!」
先頭に一人、その後ろに二人。お姉さん達はみんな下着の透けたセクシーなフリフリを着ていた。ディアと親しいのか先頭の人だけが喋り、後の人はただニコニコ微笑んでいる……のだが喋ってても立ってるだけでも淫魔感がすごい。桃色の空気を感じる。
「まぁ見本としては最適かもな。ほらノラ、淫魔だぞ」
わざわざ教えてくれなくても誰だって分かる。ふわりと撫でられるみたいな甘い声音も、身体の曲線を強調するような立ち姿も疑いようもないくらい淫魔だ。圧倒されてぼけーっと口を開けて眺めるぼくと、先頭のお姉さんの視線が初めて交わる。
「こ、こんにち……」
「えっ嘘ぉー。どうしよ、不味そう」
思わずといった様子で零れたお姉さんの本音は広い部屋にもよく響いた。しーん、と気まずく静まる室内。思考の止まったぼくの頭の中では「まずそう」という衝撃的な言葉が繰り返し再生されていた。
「アーニャ。ノラは客じゃねー。こいつこれでも淫魔の端くれだから一度本物でも見せてやろうと思って」
ディアが笑いを堪えながら説明すると、お姉さんは慌ててすぐに謝ってくれたけどぼくの耳には届かなかった。
虫悪魔に美味そうと言われた時は背筋が凍ったけど、不味そうと言われるのはもっと悲しい。食った後に不味いと言われる位なら虫悪魔に美味しく食べて貰った方が報われるんじゃないかとさえ思った。
「ノーラちゃぁぁん、ごめんてばぁぁ」
ぼくはどうやら、しばし放心していたらしい。はっと気づけばお姉さんが間近で謝っていて、何故か淫魔三人とぼくだけが部屋に取り残されていた。
「ひっ! なんで? えっえっ」
「ノラちゃん? 何で逃げるのぉー」
「あらあら」
「怖がられちゃった。アーニャのせいね」
椅子から転げ落ち、お姉さんたちから距離を取ろうと壁際まで這って逃げるぼくを微笑ましげに見守られる。隅っこで縮こまる体勢に落ち着いたのを見て、ゆるゆるした口調でディアが一旦席を外した事を教えてくれた。ちょっと用があるからここに居るように、とぼくに直接言っていたらしい。
「だからぁー坊っちゃんが戻って来るまでは、おねーさん達と遊ぼうねぇ。淫魔の身体のこと、教えてあげる」
「お、お構いなく! ぼく大丈夫ですから!」
これ以上怯えさせないようにか、笑顔でにじり寄ってくるのが逆に怖くて必死に断る。勝手に連れて来といて置き去りにする無責任なディアは本当にひどい。
「あら……ぷるぷる震えて、なんか可愛い」
「ひっ!」
「昔アーニャが飼ってた小鳥みたいじゃない?」
「可愛がり過ぎてすぐ死んじゃった子ね」
「ひぃぃ」
「ノラちゃんはぁー悪魔だから大丈夫だよぉ。ね?」
ディアぁぁ! 助けてー! と悲痛な叫びを上げたものの、お姉さん達によって手足までぎっちり拘束されてしまった。その拘束と呼ぶにはあまりにすべすべのふわっふわのぷよぷよな感触に思わず涙も引っ込んだ。
あれ? あれれ? 何だか夢見心地かも。
結論から言うと、ぼくは淫魔のお姉さん達と打ち解ける事が出来た。むしろ可愛がってさえ貰えてる気さえする。さすが彼女達はおもてなしの達人だった。
「っあん、ノラちゃん上手よぉ、んっ、そこ」
「ーーうう、もっだめ」
「ほら頑張って。我慢我慢」
「っ、だってぼくっ……もう、」
「だーめ。ほらもっと奥まで」
手とり足とり優しくぼくを導いてくれるお姉さん達に不甲斐ないところは見せられないと必死で踏ん張っていたら、突如扉を叩き壊すような派手な音を立ててディアが戻ってきた。
「ふぎゃ!」
「おい、随分仲良くやってんじゃねーか……ん?」
物凄い剣幕で部屋に入ってきたディアだが、室内の様子とぼくを確認すると「あれ?」という顔をして動きを止めた。驚いて腰が抜けたぼく。びっくりする淫魔のお姉さんたち。そして無惨に崩れたクッションの山。
「……やだぁ、坊っちゃんたら。わたしたちとノラちゃんがナニしてると思ったんですかぁ?」
すぐに事態を把握したらしいお姉さんたちがクスクス笑ってくれたので幸いにも空気は和んだけど、ディアは何だかぶすっとしてるし誰かぼくにも説明して欲しい。
「尻尾の訓練してたんですよ。ノラちゃんたらこんな便利な尻尾があるのに自由に動かせないって言うから」
お姉さんの一人が靭やかな動きで尻尾を操りながら言う。ぼくの尻尾と似た形の、でももっと長くて立派な尻尾だ。可愛い飾りみたいな角や時折パタパタ動いて視線を集める羽根はぼくにはないから尻尾を重点的に特訓されていた訳だが。
「お相手の根本をきゅーって絞めてあげたら長持ちするし、普段よりずっと濃くて美味しいのが出るのよぉ」
「突かれながら、お相手の良いところ突いてあげられるのも淫魔でこそよねぇ」
うふふ、と楽しげに笑いあうお姉さん達の会話は時々難しい。ディアには伝わるのか伝わってないのか、聞き流しながらズンズンぼくに近づいてくる。
「もう支払いしてきたぞ。お前らもさっさと行かねーと、店主にチョロまかされようが俺は知らねーからな」
吐き捨てるようにディアが言うなり、お姉さん達は慌てた様子でおざなりな挨拶を残して出ていってしまった。華やかなお姉さん方が居なくなると途端に部屋の温度が下がった気がする。
部屋に二人きりになり、もう帰れるのかなーとディアを見上げたら何故か手を取られて部屋の奥に連行されてしまう。さっきこっちの方からお姉さんたちがクッションを持ってきてくれたのだが、視線を隔てる柔らかな布が垂れた先にどーんと大きな寝台が現れてびっくりした。
「ディア眠いの? 疲れた?」
ひと休みするつもりかと訊ねるぼくにディアは分かりやすく呆れた顔を向けてくる。なんだよ、心配してやったのに。
「お前、ビビってた癖に随分楽しそうだったな」
「本当に怖かったのに! ディアが置いていくからでしょ。お姉さん達が酷い悪魔だったらぼく死んでた!」
「安全だから預けてったんだろ、アホか」
いや絶対ぼくは悪くないのに、溜め息まで吐かれた。
手を繋がれたままディアが寝台にぼすんっと座ってしまうから仕方なくその真正面に立った……はずなのだが、腰を引かれて流れるようにディアの膝の上に着地していた。
うん? 今何が起こった? と一瞬思考が止まってしまったけど、ふんふんと首辺りの匂いを嗅がれ始めたので、ぼくは慌てて悲鳴をあげてディアを押しのけた。
「あいつらに妙な事されてねーだろうな」
「なにそれ」
ちょっと意味が分からなくて、これまた反応が遅れたぼくの頬をディアが獣みたいにべろんっと舐め上げる。
「おわっ! もー意味分かんない。止めてよ、ぼくって不味いんでしょ? 誰にも何もされないし」
「不味いっつーか……無味無臭? 気にしてたのか」
「……ちょっとだけ」
いや本当は結構気にしてる。目を逸らしながら、よく分からない意地を張ってみるけど珍しくディアは揶揄いもせず親切に教えてくれた。
どうも欲が強いほど淫魔にとっては体液が美味しいらしい。若しくは単純に強い悪魔。欲深い人間を調達する方が遥かに楽だからお姉さん達はこうゆうお店で働いているようだ。それを聞くと確かにぼくは不味いんだろうなって納得してしまった。
「味なんか気にするのは淫魔くらいだけどな」
「そうなの?」
「ノラも俺のは美味いんだろ? 舐めるか?」
片眉を上げて試すように訊くディアに、ぼくは反射的に頷きかけて……はっと気づいて首をふるふる横に振る。危ない危ない。こんな分かりやすい罠に自ら進んで引っ掛かる所だった。
頷いたが最後、絶対絶対酷い目に合う。
気まぐれにぼくの所にやって来るディアは、これまた気が向くと「餌やり」と言ってぼくに魔力をくれるのだ。端くれとはいえ一応は悪魔なぼくが獣に混じって草花ばっかり齧っているのがこの誇り高い悪魔には許せないらしい。
しかも毎度毎度、必要以上に魔力をくれるせいで消化するのが大変なのだ。濃すぎて魔力に酔うし、体力もごっそり削られる。むしろ魔力を貰う前より弱ってしまう。
だけど……ディアの魔力は濃くて美味しいから困る。
「要らないのか? 美味いんだろ?」
「う……いっ、要らない。お腹空いてないし」
甘い誘惑に尻尾がピクッと反応してしまう。
「好きなだけ舐めて良いんだぞ、いいのか?」
無駄に綺麗なディアの顔から視線を剥がせなくて、流し目でこっちを見ながらゆっくり首元を開けさせる仕草に思わず喉が鳴った。煽りたてるみたいにクイックイッと尻尾まで引かれては我慢の限界だった。
「っうー、美味しいよぅ」
「お前のチョロいとこ好き」
ディアの首元に腕を回して、ふんすふんすと鼻息荒く必死で舐め回せば、舌にとろけるような甘さが広がる。がっつき過ぎてるのか、あやすみたいにゆったり背中を擦られてるのも心地良い。ディアは意外にも約束通りぼくが満足するまで引き剥がそうとはしなかった。
「ノラ、顔べったべた」
はふーと満足げに口を離したぼくの顔を見てディアが笑う。そんで濡れた口許を綺麗にするみたいに舌を這わせてくる。くるんと身体をひっくり返されて、ぼくの身体がふかふかの寝台に沈む。ディアが上からがっつり伸し掛かってくるから、ふごって間抜けな声が出た。
口に滑り込まれた舌から流れてくる濃い魔力で喉奥まで焼けそうに熱い。このままだと火傷しそうだなって思うのに、凝縮された魔力の甘さが堪らなく美味しくて自分から舌を伸ばして続きをせがんでしまう。
ぼんやりした頭の片隅で、こうゆう行為を何て呼ぶのか教えて貰ったことを思い出す。ディアはわざわざ教えてくれないし、ぼくは名前がある事も知らなかった。
「ディアー、ちゅーして」
「してる」
やっぱり合ってた。美味しくて気持ちいい、これがちゅーらしい。ぬるついた意外と柔らかいディアの唇がくっついたり離れたりする弾力は心地良いし、上顎を舌で擦られると背中がぞくっとする。
ちゅーしながら身体を触られるとどこでも気持ちよくて、何だかじっとしていられずにもじもじしてしまう。身体が熱くて自分でシャツを首元まで捲りあげ、ついでにディアの服も強引に引っ張りあげた。肌と肌が触れ合うと心地良いって事も最近覚えた。
「だいぶ慣れてきたよなぁ」
「ん、んっ、くすぐったい」
「前はもっと早くでろんでろんになってたろ」
そう……なのかな。そうかもしれない。ディアの魔力を取り込むとどうにも濃すぎて酔ってしまうけど、何度か貰ううちに少しは慣れてきたのかも。前は気づいたらどろどろのぐっちょんぐっちょんになってたもんなぁ。
今も頭はぼんやりしてるけど、ディアの顔はちゃんと見えてる。最近はぼくの胸の先を舐めたり吸ったりするのがお気に入りらしく、擽ったいから止めてってお願いしても「我慢しろ」って酷な事を平気で言う。
「ぱっと見じゃ見すぼらしいままだけど、こうして見るとちょっとは肉ついてきた気がすんな」
何故か楽しげにぺったんこの胸を無理やり寄せて、ツンと突き出た小さな胸の先を食まれる。そうしてると胸じゃなくて下半身がムズムズして両足でがっちりディアを挟み込んだ。
「うー擽ったいよ、ディアぁぁ」
「擽ったいんじゃなくて気持ち良いんだろーーほら起きろよ」
抱えられて身体を起こしたら、いつの間にやらちゃっかり勃起していた陰茎を握られた。ゆるゆる扱かれながら胸を吸われるとなるほど確かに気持ち良い気がしてきて、ディアの頭をギュッと抱える。
「んっ、きもちい、っ」
腰を揺らして巻き付くディアの手に動きを合わせるともっと気持ち良かった。ぐちぐちなる水音と自分の荒い呼吸にまで煽られて堪らない。多少は鍛えたはずの尻尾は甘えるみたいに勝手にディアの腕にじゃれついてた。
気持ち良くて今にも逝きそうな陰茎とは別に、お尻の奥が鼓動みたいにドクンドクン疼いて、こっちを埋めて欲しいと訴えてくる。ちょっと前まではないのが普通だったのに、どうにも足りない気がして強請ってしまう。
「っ、あ、ディア、して……して。いっかいだけ」
「一回だけ? 可愛くねぇな。もう少しマシなおねだりは教えて貰わなかったのか?」
「ねー、してよぅ。あれ。交尾、してっ」
「はいはい。わかったから」
ディアの指が穴を擽ると、ぼくの内側からこぷっと何かが吐き出された気がした。欲しいのは指じゃなかったけど良い。お腹の中の疼く所を撫でてくれれば。突くみたいに押されると陰茎からも粘っこいのが押し出されて滴っていく。
「ノラ、干からびるぞ。ほら」
首を伸ばして差し出してくれた舌を夢中で吸った。身体はもうフニャフニャなのに、ディアの指が中のしこりを掻き回すと電気が走ったみたいに勝手に跳ねる。
途中支えてくれてたディアの身体を離すような動きに反応して、いやいや首を振りつつ必死にしがみつく。特訓中の尻尾まで動員した動きを笑われた。
「違うって。支えといてやるから自分で腰落とせよ」
「ん、あっ、入るっ、」
「おーその調子。頑張れ頑張れ」
穴にくっつく陰茎を中に押し込もうと頑張る。後孔はディアが弄ってたから太腿まで垂れるほど濡れていた。ぼくがもっと奥に迎えようと腰を降ろせばきゅうきゅうしながら柔軟に飲み込んでいく。
ただ押し広げられる感覚が堪らなくてつい食い締めてしまうから、力を抜こうと頑張る方が難しかった。けど、ディアがしきりに弄ってたしこりまで迎え入れるともう駄目だった。しこりが圧迫されて気持ち良くて、孔がきゅんきゅんしたまま動けなくなった。
動かなくても気持ち良いのだ。内側の拍動が陰茎に響いて身体全体を蝕む。じっとしていれば、そのままでも上り詰められる気がして今ある快感を手放せない。でも奥の方はもっと深くまで欲しいと訴えている。
「っ、ノラ。止まんなよ、生殺しだろーが」
首に巻き付けた二の腕を噛まれ、催促されるのすら気持ち良くて、陰茎からぴゅっと汁が飛ぶ。あー無理だ。もう自分ではどうにもなりそうにない。
頭を擦り寄せて、逃げないようにディアの耳朶を食む。声を振り絞って直接ディアの耳に吹き込んだ。
「ーーっお願い、ディア。おねが……ひ、っ」
助けを求めたら中でディアの陰茎がビクッと動いた。と思った途端しこりを強く抉られ、声も出せずにぼくは逝った……んだと思う。浸る間もなくズブブーっと中を擦られて頂点がどこだか分からなくなってしまった。
「いいな。今のなんかキた」
「あああ、あっ、待っ、」
「気持ち良いだろ。俺も最高、すげー良い」
「いっ、あ、あっだめーーひああっ、」
「痙攣しっ放し。これ堪んねーわ」
下から激しく突き上げられ、何度も達する。ディアの興奮した声がどんどん遠くなってきて、ついには自分の声まで聞こえなくなった。
「一回だけ、だっけ? アーニャ達が言ってたろ、一回で終わらせたいなら尻尾で俺の根本絞めてみろよ」
何を言われてるかよく意味が分からなかったけど、こんな頭がばかになる嵐みたいな行為の中で色々出来るらしい淫魔のお姉さん達は本当にすごいと思った。
やる気になったディアが一回だけで終わる訳もなく、濃い魔力をしこたま流し込まれた。事が終わった時にはふかふかの布団がしめしめになってしまっていた。その為の寝台だと言われたけど申し訳ない。
歩く事も覚束ないほど消耗したぼくは、ディアにおぶられて店を出る。お姉さん達も見送りに来てくれた。
「ノラちゃーん、また来てねぇ」
「用は済んだ。もう連れて来ねーよ」
「坊っちゃんには言ってないですぅー」
ディアと親しげに会話するお姉さんを見てたら、ふとある事を思い出し、声を掛けて近寄ってもらった。ディアには聞かれないようにボソボソとお姉さんに耳打ちする。
「お姉さん、ディアの弱点って知らない?」
言うと、きょとんと普段より幼い顔をして、そのまま他のお姉さん達の元に戻ると何やら相談している。こっちに戻ってきたお姉さんは色っぽく囁いてくれた。
「弱点になりそうかなぁってものしか分かんない。もしかしたらーもうなってるのかも……ねぇ?」
「えっ、なにそれ教えて!」
「うふふー自分で考えようねぇ」
思わせぶりに笑って、お姉さんは靭やかな尻尾でぼくの頬をするりと撫でて離れてしまう。それだけで色っぽいのがすごい。何故かディアの機嫌が思わしくない感じになったので、それ以上聞けなかったのが残念でならない。
帰り道、ディアの背中に隠れて人間界で買い物をした。正直そんな事より早く帰りたいと思っていたんだけど、ディアが買ってくれた「はちみつ」を口にしたら怖さも疲れも一気に吹っ飛んだ。
「うまぁぁ」
森にはない、黄金色に輝く甘い甘い魅惑の食べ物だった。はちみつを固めた飴をひと粒口に含み、だらしない表情を浮かべるぼくに両手いっぱいの飴をくれたディアが神さまに見えたくらいだ。
「あー瓶に詰めたはちみつ売ってる店もどっかにあるはずだけど、探すの面倒臭えな」
「これと違うの? もっと美味しい?」
「さぁ? アーニャ達はよく食ってんな」
舌の肥えた上級淫魔達も好む味わい……美味しそうな予感しかしない。思わず口元が緩んで、中の飴を落っことしそうになった。慌てて閉じる。
「……食ってみてーの?」
首を捻ってこっちを見るディアは意地悪く笑っている。必死に頼んだとしても、ぼくを嘲笑って帰ってしまう可能性も十分にあるのだけど……。
「食べてみたい」
遠慮がちに口にしてみた。身構えていてもディアの反応にショックをうけそうだから表情を見られないくらい顔を近づけて、ディアの耳に小さな声を吹き込む。
「お願い、ディアぁ」
言いながら、ごく最近にも似たような事をした気がしたけれど、ディアが不自然に動きを止めたからそっちのが気になった。近づけ過ぎて唇に当たっている耳朶がちょっと熱くなった気もする。
「……ディア?」
「ちっ、しょうがねーな。探してやるよ」
驚く事にディアは店を探しに歩き出した。ほぼほぼ無視される、ぼくのお願いが聞き届けられるなんて信じられない。とろりとした、はちみつの詰まった瓶を手にするまで半信半疑だったけど本当に買ってくれて、ぼくは思った。
お姉さん達が言ってたのは、これだ!って。
きっとお願いは耳元ですれば叶えられる。よく分からないけどディアの弱点なんだろう。良いことを知った。本日最大の成果といっていいと思う……あ、はちみつも同じくらい素晴らしいけど。
両手にはちみつの飴、ディアの背中とぼくのお腹にはちみつの瓶を挟んで、ほくほく顔で帰路についた。空から降りてきた虫悪魔はやっぱり怖かったけど「不味そうと言われるよりはマシ」というのが効いているのか、行き道ほどには怖くなかった。
そうしてぼくは生きて森に帰り着く事が出来たのだ。
戦利品のはちみつは毎日ちょこっとずつ大事に味わっている。飴は日持ちするみたいだし食べ物の少なくなる冬に取っておいて、瓶に詰めたはちみつを指先一つ分舐めるのが幸せな日課になっていた。
毎度頼んで良かったと涙が滲むくらい美味しい。瓶詰めのはちみつは飴よりもっと幸せな香りがする。蓋を開けて、匂いだけ嗅いで満足するくらいだ。
しかしもう一つの戦利品。ディアの弱点の方は少し問題がある。あれから試してみたけど、日ごろ軽視されがちなぼくの意思も、耳元でお願いすれば結構な好機率でディアは聞いてくれた……けど、その後はこれまた高確率で「餌やり」という名の交尾が始まってしまうという危険が潜む弱点だったのだ。
「ノラー! 来てやったぞ、出てこい」
そして今日もまた強い悪魔は気まぐれにやって来て、ぼくの日常を揺るがす。最近はしょっちゅう来るから服は大丈夫……じゃなかった! 今朝獣に蹴飛ばされた足跡がくっきり残っていた。
「行く! 行くから待って」
半泣きで服を叩くが間に合うか間に合わないか……。平和だったぼくの日常は今ではスリルに満ちている。
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BL
フロナディア王国デルヴィーニュ公爵家嫡男ライオネル・デルヴィーニュ。
愛しの恋人(♀)と婚約するため、親に決められた婚約を破棄しようとしたら、荒くれ者の集まる北の砦へ一年間行かされることに……。そこで人生を変える出会いが訪れる。
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「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく(https://www.alphapolis.co.jp/novel/221439569/703283996)」の番外編です。ライオネルと北の砦の隊長の後日談ですが、BL色が強くなる予定のため独立させてます。単体でも分かるように書いたつもりですが、本編を読んでいただいた方がわかりやすいと思います。
※「国王陛下は婚約破棄された令嬢に愛をささやく」の他の番外編よりBL色が強い話になりました(特に第八話)ので、苦手な方は回避してください。
※完結済にした後も読んでいただいてありがとうございます。
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