名もなき弱い者たちの英雄

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おまけ(1)

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 ぽけーっとした受け視点だと書けなそうなところをSSにしてみました。


 美味しい花が咲く前の、攻めの枷と奮闘している頃の話です。攻め視点なので本編のほのぼの感は薄いかもしれませんが、お時間あればどーぞ。




 ******



「そういやノラって何で一人なんだ?」

 ふと思いつき、俺の背後で今は枷に噛みついているまっ最中の悪魔もどきに訊ねてみた。こいつは暇にすると平気で俺を放置してその辺の鳥でも追っかけてったりしそうだから聞いてはみたものの、話題自体は何でも良かった。要はただの暇つぶし。

「はぐれちゃった……のかな。たぶん」
「親と?」
「育ててくれてた人たち。親も居たんじゃないかな」
「何でそんなに曖昧なんだ」

 動けないので地面に転がったまま首だけで後ろを見遣ると、紫色の丸っこい目がこっちにも向けられる。何でそんな当たり前の事を聞くのかって言いたげな不思議そうな顔だ。

「たくさん大人が居て子どもも結構居て……誰が誰の子どもだとかは別にどうでも良かったんじゃないかなぁ」
「さすがに適当すぎないか?」

 呆れて言えば悪魔もどき、ノラはそうかもーなんて言いながら悪魔っぽさの欠片もないへらっとした笑顔を見せる。裸で森を駆け回っているうちに悪魔として大事なものを落っことしてしまったとしか思えない。

「だってみんな弱いからね。子どもも大人も」

 ああ……また出た。同じ悪魔として一番理解出来ないのがこれだ。この悪魔もどきは事あるごとに自分を「弱いもの」だと恥ずかしげもなく口にする。強さに誇りを持ってこそ悪魔だというのに、だ。

「ひゃ!なんでそこで睨むのー」
「お前がすぐ弱さを理由にするからだろ」
「弱いのは事実だもん」

 これで卑屈さの一つでも滲ませていれば迷わず瞬殺しているところだが、こいつの清々しいまでの開き直りっぷりが殺意を萎えさせるのだ。まぁどちらにせよ、拘束されている今の俺では何も出来ないんだが。

「弱いからね、子どもはいっぱい作るんだよ。作っても作ってもすぐ減っちゃうんだけどね」

 だから親子みたいな特別は作っちゃ駄目なんだ、と語るノラにやはり悲壮感はない。こいつにとっては当たり前の事実だからだろう。俺の知らない「弱いものたちの常識」だ。

 そこで説明は全て終わったと思ったのか、ノラがまた顔を伏せて枷に歯を立てる。肉も食い千切れない柔な歯で。滑ってばかりだから逃げないように枷を精いっぱい握る。獣にすら逃げられそうな弱々しい力で。

「……お前も死んだと思われてんだろうな」

 話は終わってるのに、なぜか独り言みたいにぽろりと零れた。何故だろう。弱いやつが淘汰されるのは当然だと吐き捨てていた自分がほんの少しだけ揺らぐ。

 はぁ、と息を吐き出して空を見上げた。いつもと変わらないどんよりとした薄曇りの魔界の空に、似つかわしくない普通の木々が映り込む。ここは嘘みたいに平和な森だ。平和すぎて魔界じゃ誰も見向きもしない。

「ねぇディアー。ぼくもう手が痛いよ」

 ここでなきゃとっくに死んでただろう弱い悪魔が泣き言を言う。背後でノアが寝転んだ気配を感じて、何となく俺もごろんと寝返りをうったら、叱られるとでも思ったのか首を竦ませておずおずとこっちを窺ってきた。

 丸っこい紫色の目には縦長の瞳孔。今はヘタれてる尻尾はある癖に羽も角もない。鱗や水かきはあってもエラはない。ちぐはぐで無節操に混ぜ合わせたような雑種のちっぽけな悪魔が俺を見る。

 そもそも悪魔というものは本能で血が混ざるのを嫌う。混ぜるほどに薄くなり弱くなるからだ。それでもノラみたく弱いものたちは本能に抗わなきゃこの魔界では生きていけなかったって事なんだろう。

「何で無言なの、ディア喋ってないと怖いんだよ」
「……動けないのわかってて何でビビるんだ」
「ぼく獣にだって殺されちゃうんだよ?ディアが本気になったら拘束くらいじゃ勝てっこない」
「……ほんと弱いな、お前」

 本当に弱い。同じ生き物とは思えないほどに。

 何やら必死に訴えてくる眉を下げた悪魔にあるまじき情けない顔に笑いが出る。何の含みもなく笑ったのなんて生まれて初めての経験だった。俺もこいつにつられて可怪しくなってるのかもしれない。ただ笑いながら「俺が知らない所でこいつが野垂れ死んでるのは嫌だな」と思った。

「ノラ。もし枷を外せたら、お礼に俺がお前の特別になってやるよ。俺は強いから死んだりしない」
「えーでもこれ外れないよ?無理じゃん」
「諦めんな、お前の人生の目標だって言ったろ?外れるまで勝手に死ぬなよ」

 ちゃんと枷を外せたその時はーーお前の為に安全な檻を用意してやろう。もう何の危険も訪れることのないように。この枷と同じ素材の頑丈なやつ。この分じゃ何百年先になるかは分からないけど。


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