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しおりを挟む桜田は自分の乳首は世界一美しいと自負している。
美醜などその時々によって変化したり、評価する人間の好みに大きく左右されたりもするという曖昧さを分かった上で、それでも他の誰より美しいと強く誇りを持っている。
くすみのない薄く色づく桜色は年中ぷるりと瑞々しく、薄皮の下には果汁でも貯め込んでいるような円やかな曲線を描き、そして頂へとなだらかに続いている。けれど頂点はない。あるのはえくぼのような小さく愛らしい凹みだけ。ひと目見れば誰もが庇護欲を誘われ、強く触れれば簡単に壊れてしまいそうな儚さに魅了されるだろう……と少なくとも桜田は思っている。
「ああ、これはもう芸術品だな」
一日足りと欠かした事のない乳首の手入れを入念にしながら桜田は今日も自己陶酔に浸る。化粧水、乳液でしっかりと保湿した後、愛用のニップレスをぴたりと貼り付ける。小学生の頃からずっと乾燥、摩擦、紫外線は桜田にとって最大の敵だった。屋外で行われる水泳の授業の際もどんなに悪目立ちして誂われようと頑なにラッシュガードを着込んで受けた。桜田を含む家族全員が元より色白で日に焼けると火傷のように腫れる体質なので、邪推される事がなかったのは有難かった。
乳首は桜田にとって宝だ。乳首にとって善か悪かを基準に物事を判断し、日常生活を送っていた。
だって桜田には他に誇れるものが何もないのだ。中肉中背、顔も凡庸。成績は平均の少し上だが、その釣り合いをとるように運動は平均の少し下。男でも色白なのは美点なのかもしれないが、何しろ家族全員が白いのだ。それを誇る気にはなれなかった。
父母はともに美容師で、顔はやはり桜田と同じく平凡なものの髪型や服装には常に気を使っている為、人より洗練されて見える。そして姉はピアノ、弟はダンスにそれぞれ非凡な才能があった。周囲から称賛される姉弟は誇らしいが、同時に桜田を惨めにさせた。家族の中で自分だけ平凡だからと蔑ろにされた事はないけれど、何もない自分を卑下し続けた桜田は常にどん底に居るような気持ちだった。自分に自信が持てるなら何でも良かった。桜田にとってそれがたまたま乳首だったのだ。
「――あ、桜田じゃん。おはよ」
朝早く登校する桜田はいつも一番乗りである。しかし今日は違った。教室の扉を開けた途端、明るく爽やかな声を浴びせられ、とても驚いた。
「おはよ。成宮君今日は随分早いんだね」
「あーやっぱ俺って遅刻してるイメージ?」
「遅刻して担任に呼び出されてるイメージかな」
自分の席に向かいながら、スマホ片手に机で潰れた暇を持て余している様子の成宮と会話を続ける。クラスが同じだけで親しく話した事はないが、案外普通に話せるものなんだなぁと桜田は思った。
「次遅刻したらペナルティだって。だるー」
担任に脅されたのだろう。心底嫌そうに顔を顰めても崩れないのは最早才能なんじゃないだろうか。離れた自席から成宮を眺め、密かに感心する。成宮はとにかく顔が良かった。目鼻立ちが整っているし欠点は見当たらない。どの辺がと問われると困るが桜田的には猫っぽい顔だと思っている。猫科最強、それもなんか毛並みの良い高級そうな猫だ。
「ペナルティって何させられるんだろ」
「奉仕活動? それサボったら留年とかマジ顔で脅してくんの。あーもぉ、去年は良かったなぁぁ」
いったい何時から登校しているのか、成宮がスマホを投げ出してまで自分に関心を向けているのが分かる。何気ない会話を交わしながらももっと喋りたい、構って欲しいという圧力を感じ、桜田もそれに付き合った。他に誰も居ない状況でもなければ碌に会話する事もなかっただろう。なにせ相手は学級カーストでいえば最上位。クラスメイトとはいえ桜田とは住む世界があまりに違った。
成宮は勉強こそあまり得意ではなさそうだが、容姿が抜群に良い上に人付き合いも上手く、本人に自覚があるかは分からないが周囲の人間を扇動するのも上手い。彼は選ばれた側の人間なのだろう。
「――なぁ、桜田? 聞いてるか?」
成宮を見ながらぼーっと考え込んでいたらしい。声を掛けられてハッと我に返った。
「あ、ごめん。なに?」
「朝イチの桜田って良いよなって……うっわ、二回も言うの普通に恥ずかしいんだけど」
言われた意味を計りかねた桜田は目を瞬かせたが、もう一度聞くのはさすがに躊躇われた。その戸惑いだけは相手にも伝わったのか、成宮は半分顔を隠し、若干照れくさそうに説明を加えた。
「俺さぁー寝起き悪いから朝っぱらから煩くされんの無理なんだわ。んでも一人は好きじゃねーし。総合的にみて桜田が丁度良いなって」
「いや……別に俺、特別な所なんもないけど」
「そうか? 落ち着いた話し方とか声のトーンとか。あーあとお前色白いからむさ苦しくないじゃん? 朝はこれ一番重要な」
「なにそれ」
予想外の事を言われ、思わずプッと噴き出してしまう。お世辞にもならない言葉だからこそ、素直に受け取れた。今ここに居るのが桜田で良かったと思って貰えたのは本当なんだろう。それが純粋に嬉しかった。
「ありがと。成宮君は良い人だね」
「はぁ? そっちのがなにそれだわ」
屈託なく笑う成宮を見て、やはり顔が良いなぁとしみじみ思う。実は桜田、成宮の顔が何より好きなのだ。理想といっていい。自分の乳首を世界一だと思うのと同じ位、その造形に惚れ込んでいた。見直したというほど元から悪印象はなかったけれど、実際に話してみて桜田の中で容姿以外の評価も上がった事は確かだった。
しかしそれ以降成宮が朝一番に登校してくる事はなく、桜田と親しく話すような機会が訪れる事はなかった。桜田もそれを当然の事だと受け止めていたのだが……。
「――成宮って、ほんと乳首フェチな」
とある日の教室内で聞き捨てならない台詞が耳に届き、桜田の心臓が大きく跳ねた。友だちと話していた最中だったが、桜田の意識は否応なくそちらに引き寄せられる。チラリと盗み見た成宮は呆れた顔で「声でけーよ」と大きな声を出した友人を諌めていた。教室内には女子も居る。堂々としていい話題ではないが、言われた方は悪びれもせず更に続けた。
「恥ずかしがる必要ねーじゃん。誰にでも好みはあるって」
「いや、そういう問題じゃねーし……」
「なになに? 何でそんな話になってんの?」
話に入ってなかったクラスメイトまで興味津々に混じってきたせいで、声を若干落としつつも話題はそのまま。アダルトな動画や画像の趣味嗜好について互いに語り合っていた。世の中には色々な性癖がある。痴漢系だとか筆おろし系だとかちらほら漏れ聞こえてくる単語に女子達が蔑んだ目を向けている。
「成宮って選ぶジャンルに規則性なくて不思議だったんだけど、こいつの基準って女優なんだよ。しかも巨乳とかでもなく乳首が綺麗なやつ」
桜田は平然を装いながらも全神経を耳に注いだ。ケタケタ笑いながら挙げられる女優の何人かは桜田も知っている名前だった。ネット上で美しいと称賛される乳首はすぐに検索し、自分の目で確かめているからだ。日々酷使され桜田の恐れる脅威達に晒されているはずなのに、美しさを損なわない秘訣を尋ねてみたい。
挙がった女優は年齢や顔の系統はバラバラで、胸の大きさもまちまちだ。共通しているのは淡いピンク色のツンと尖った乳首だという事くらいか。
「つか、おっぱい嫌いな男なんか居ねーだろ」
「どうぞ吸ってくださいってアピられてるよな。そりゃ当然摘むだろ、舐め回さなきゃ失礼だろ」
周りに囃し立てられ、成宮は苦笑しているが否定もしない。だが周りがそれを許さなかった。お前も落ちて来いとばかりに笑って躱そうとする成宮に対し、執拗に発言を求めたのだ。仕方なさそうに口を開いた成宮の言葉は桜田の耳に妙にハッキリと届いた。
「いや普通に好きだよ。ピンクだと可愛いし……先っちょエロいなって思う。ギャップ萌え的な?」
巻き込んで満足したのか、それ以降は巨乳の魅力だとか太腿の良さとかに移り変わっていったけれど、桜田には無縁の話だ。そんな事に構っている心境ではなかった。頭を強く殴られたような衝撃が桜田を襲っていた。
いつもより早足で、家が近くなる頃には駆け足になって、急いで自室に飛び込んだ桜田は鍵をかけるとすぐにシャツを脱ぎ捨てた。肌着もだ。生白い上半身に浮かぶのはシリコン製のニップレス。そこだけはいつも通り慎重に剥がす。そうっとそうっと……爪の先を中に差し込むように繊細な手つきで捲ると、ぷにっと姿を現す桜色の乳首。我ながら出てきたばかりの新芽のように愛らしい。だが。
「……先っちょ……先っちょ?」
どれだけ眺めても、小さな小さなお椀のようにどこまでも円やかな桜田の乳首に尖端はない。ふっくらした中心に僅かな切れ込みがあるだけだ。
乳首の研究に余念のない桜田は無論自分が陥没乳頭というものなのは当然知っていた。乳頭部分は皮膚の下に埋まっているという事も。だが陥没している姿こそ完璧で最も美しい乳首の形なのだと思っていたのだ。埋まっているからこそ乳首には柔らかな膨らみがあり、先がない事を主張しすぎない健気さだと自己評価してきた。
けれど今日、これまで信じてきたものが揺らいだ。
「これは不完全なのか? 先が尖ってこそ完成形?」
極力お手入れ以外で触れる事を避けてきた乳首にそっと指先で触れてみる。二本の指で押さえ込めば、切れ込みからほんの僅かに乳頭が顔を覗かせた。その手を離せば何事もなかったかのように再び隠れてしまったが。
桜田は迷った。悩み過ぎて不眠になってしまう程に。それ位桜田にとっては重要な事だった。乳首に絶対の自信を持つことで何とか自分を保っていた桜田にとって、それが一旦揺らいでしまうともう自分自身に価値を見出だせなくなってしまった。揺らいだ時点で桜田の負けだった。
生きていく為に、桜田は乳首に再び手を伸ばす。摩擦は避け、指にはたっぷりと粘度のあるクリームを乗せて。片側だけに集中して両手を使う。内側から押し出すように親指と人差し指で圧迫し、ちょこっと出てきた頭を慎重に摘む。摘んでそっと引っ張り出してやる……つもりなのだが、上手くいった試しはなかった。クリームのせいでツルツル滑る上に指先で摘むには標的が小さ過ぎるのだ。一度は危険を冒しピンセットを使ってまで摘んでみたものの、離せば秒で何事もなかった状態に戻ってしまうのだ。これ以上どうして良いかが分からない。
毎日スマホで吸引器ばかり調べている。吸い続ける事で陥没した乳頭も常時顔を出す状態に変わるというが、手を出すにはリスクが高すぎた。万が一、形や色に影響があったらと考えるたび尻込みしてしまう。
手入れのルーティンに優しく摘んで頭を出させる事だけは加えられたがそれ以上進展することはなく、自信を失った桜田には毎日が不安で堪らなかった。
――――――――――――――
また見られている、と成宮は思った。視線を感じるのは珍しくもない。昔から良くも悪くも人に注目されやすいのは成宮も自覚している。とっくに慣れた。一番見られるのは顔で、褒められる事も多いし自分なりに気を使っているつもりだ。だけど今見られているのは顔じゃない気がする。最近教室に居ると頻繁に感じる視線は顔というより手先に向かっている気がしていた。
視線を辿った先が女子だったなら気にも留めなかったのかもしれない。それが男子だったから気になる。桜田というクラスメイトだ。親しくはないが男が好きだとかいう噂も聞いた事はない。目立った特徴はなく、色が白いというか全体的に色素が薄いな位の印象しかない。そして存在感も薄い。顔も薄い。パーツは悪くないが目も鼻も口も小さいので見栄えがないとか冴えないと大多数は感じるだろう。ごく一部からは大絶賛されそうな気がするのは、成宮自身が濃い顔より薄い顔の方が好みだからだろうか。
告られたら何て言おうか、と最近は脳内でシミュレーションしている。考えておかないと、いざという時動揺して相手を必要以上に傷つけてしまうかもしれないから。断る事を前提にしばらくは身構えていたのだが、いつまで経っても成宮の考えるような展開は訪れない。
ただひたすら見られている。告白されるかも、と成宮が警戒してしまう程の熱視線だ。気になって仕方なかった。しかも心なしか日に日に桜田の元気がなくなっていく気がする。元々薄い存在感が更に希薄になり、最近では今にも跡形なく消えてしまいそうな雰囲気すらあった。
「桜田、あのさ……ちょっと話したい事あって」
気になって気になって、ついに成宮は自分から声を掛けた。桜田とまともに話したのはいつだったか朝一番で登校してしまった時以来だろう。成宮に呼び掛けられた事に過剰なまでに驚いている様子の桜田だったが、目を彷徨わせながらも一応は返事をする。
「え、俺に? 何?」
しかし妙に余所余所しい。返事はするものの、視線はちっとも合わないのが鼻につく。いつもは無視出来ないほど熱っぽい視線を送ってきている癖に、だ。何故か面白くないような気持ちになり、それを隠すように首に手を当て、成宮は平然を装ったのだが。
「あーうん。ここじゃちょっとな……場所が悪いっつか、放課後ちょっと話せる?」
「…………」
「……桜田?」
成宮が手を首にやった時、つられるように桜田の目がそちらに釘付けになった。眼の前に居て話しているというのに、成宮というより手先に夢中で声すら届いていない様子だった。ほうっと見惚れるような顔で、成宮が視線を遮るようにして手を振って初めて我に返ったように桜田が慌てる。
「あっ、ごめん。大丈夫、放課後ね」
一応は耳には入っていたらしい。それは良いが明らかに様子はおかしい。俺の手か? 手が好きなのか? と小首を傾げながら手をにぎにぎと握ってみるが、桜田の気持ちなど少しも理解出来なかった。
放課後、適当な言い訳をして友達には先に帰ってもらい、教室に残る。あらかた人が捌けたのを見計らって、ぽつんと席に座る桜田の元に近づいた。正面に周り、何気なく相手の机についた手を、また見られている。
「……俺の手に何かあんの?」
ムッとした感情のままに口を開く。桜田の反応がまた悪く、のろのろと顔を上げるのを待てずに成宮は更に言葉を続けた。
「よく見てるよな、俺のこと。言いたい事あるなら言えよ。黙ってじっと見られんの地味にイラッとする」
「……っ、あ……ごめん。気づいてたんだ」
「いや普通に気づくだろ」
「あ……うん、本当ごめん……」
ごめんじゃなくて理由を言えって。成宮は別に責め立てるつもりではなく、その意図が知りたいだけなのに桜田は謝る一方で話が進まない。これじゃただの弱い者いじめだ。元々白い顔は更に青褪めていて、成宮に怯えたような視線を向けてくる。ふと違和感を覚え、前からこんなだっただろうかと思い返してみるが、うろ覚えでももう少し生気があった気がする。
「……お前さ、何か悩みとかあるのか?」
思いついたから言ってみた。視線が気になるあまり自分の事を思い悩んで弱っているのかと自惚れたりもしたけれど、桜田の様子は成宮の考えていたものとは少し違っている気がしたのだ。
「ごめん……もう俺、どうして良いか分からないんだ」
涙こそ出ていなかったものの今にも泣き出しそうな声で言われ、成宮は心底困った。困って、宥めて、そして何故か桜田の家に連れ込まれてしまっている。
「あの、ちょっと、シャワー浴びて来るから好きにしてて。すぐ戻って来るから」
何故自分が桜田に彼女みたいな事を言われているのか成宮にはサッパリ理解できない。分からないまま、男友達の部屋というには妙に居心地の悪い場所を見渡した。桜田は陰キャだが部屋にオタクっぽさはない。TV、パソコン、スピーカー、ゲーム機器。置いてあるのは成宮の部屋と似たようなものだった。棚にアメコミやそのフィギュアは置いてあるけれど、インテリアの一部みたく溶け込んでいる。なのに男臭くない……というより女子の部屋と同じような良い香りが漂っているから落ち着かない。
そもそも何をしに来たのかも分からない。悲壮感たっぷりの桜田に同情してしまったのは確かだが、詳しい説明も聞けないまま懇願されてここに居る。シャワーってなんだよ、と思いはしても、もうどうにでもなれという心境に達しつつあった。まぁ桜田が相手なら、いざとなれば力づくで何とでもなるというのが一番の理由だが。
「待たせてごめん」
桜田は程なく戻ってきた。慌てたせいか髪を濡らしたまま、制服のシャツだけ羽織ったハーフパンツ姿だった。ちらりと見える腹や剥き出しの下腿が白過ぎて、何となく直視を避けた成宮だが、そんな様子に構うことなく桜田は躊躇なく成宮の前にしゃがんでくる。
「お願いが、あるんだ。成宮君にしか頼めなくて」
「……なに?」
「っ、その……乳首を、乳首を評価して欲しい」
「…………は?」
乳首という単語が脳に届くのに時間がかかった。間を置いて、ああ乳首の事か……と思ったら今度は間抜けな声が出てしまった。マジマジと桜田の顔を見てみるが、真剣過ぎて潤んだ茶色い瞳を真っ直ぐ向けられては、冗談を言っているようには思えない。
「え、待って。何で俺? 何で乳首?」
評価ってなに。俺が? 桜田の乳首を? なに、採点でもすれば良いの? そんなの一度もしたことないけど。つか何で俺? 疑問が多すぎてパニクるが、悲しげに「やっぱり駄目だよね……」と言われると見る位してやっても良いんじゃないか、なんて気持ちになる。
「いやまぁ別に良いけど。普通に、見るだけだぞ? 評価とかした事ないもん求められても困る」
「見てくれるだけで良い……変な事頼んでごめん」
胡座をかく成宮の前に、桜田は膝立ちになった。何がなんだか成宮には分からないが、とりあえず見るだけ見れば満足するんだろう。何を見せられても「普通」と言ってやれば良い。そんな風に軽く考えていた。
「……うわ、やば」
第一声は間抜けな言葉になってしまった。
「っ、ごめ」
「あ! いや違う! ちょっとビックリしただけで、そういう意味じゃねーから。な?」
「……うん」
悪い意味ではなかったのだけれど、動揺して言葉を選ぶ余裕がなかった。成宮の言葉に反応して、パッと前を掻き合せるように隠してしまった桜田にもう一度見せて欲しいと頼む。見たい、普通に見たい。恐る恐るシャツの合わせ目が開かれる様を、成宮は食い入るように見つめた。
やたら白く薄い腹、骨が透けて見えそうな鳩尾……自分とは違い過ぎてそちらも気になるが、焦らすようにゆっくり晒されるそちらの方に視線が吸い寄せられてしまう。薄いピンク色がぷくりとそこにある。同級生の、しかも男の胸にこんなものが付いているのが心底不思議でつい無言で凝視してしまった。
男の乳首なんて普通ならただ色がついた吸盤みたいなものなのに、桜田の乳首は机に落とした水滴のようにぷっくりしている。触ればプツンと弾けてしまいそうだ。
「……その、成宮君。俺の……どう?」
「あー……何かすぐ言葉が出てこないっつか……えっとこれ、陥没って言うの? 初めて生で見た」
「変? 出てないと駄目?」
必死そうに言われ、考えてみるが変という訳ではない気がする。見慣れてないから不思議なだけで。先端が下に埋もれているからこの妙な膨らみになっているのだろう。妙な……というより、何か……エロい? 感触が知りたくてつついてみたい好奇心を先ほどから我慢している。
「駄目とは思わないし、別に不都合もないだろ? 良くね?」
「良くない!」
無意識に乳首から終始目が離せなかった成宮だが、桜田にしては大きな声に、パッと顔を上げると桜田は泣いていた。ぽろぽろ涙を零しながら、耐えきれなくなったように成宮に抱えていた悩みを打ち明け出した。
「乳首だけは綺麗じゃなきゃ駄目なんだ」
「え、綺麗だろ。綺麗過ぎて引いたぐらい」
「そんなの一言も聞いてない」
言われてみれば確かにそうかもしれない。とうとう膝を抱えて顔を伏せてしまった桜田に、成宮は素直に謝罪した。ぐすぐす鼻を鳴らす桜田は緩く頭を振り、謝らなくて良いと言う。むしろこっちこそごめん、と鼻声で言われた。
「ほんと、最近情緒やばくて。巻き込んじゃってごめん……誰かに助けて欲しかったんだ」
そして桜田は自分の乳首に対するプライド、先日の教室でのやりとりで引っ掛かっていた事をポツリポツリと語った。正直、成宮はあまり覚えていない。自分が乳首フェチのように言われた気はするが自分の発言なんて覚えちゃいないし、そもそも乳首に拘りがあるつもりもなかった。好きなのは好きだと思う。綺麗に越したことはないとも思う。だがそれだけだ。
「それで桜田は……その、俺を乳首評論家みたいに思って意見を聞きたかったから、じっと見てたのか?」
「それもある。成宮君に認められたら自信が持てる気がして……それに」
「それに?」
言いづらい事なのか桜田は目が見える位まで顔を上げ、成宮の顔色を窺っているようだった。ここまで来て恥ずかしがることなんかあるか、と成宮が先を促すと渋々口にする。
「成宮君、経験豊富そうだし……器用そうだから。成宮君なら俺の乳首も簡単に引っ張り出してくれそうだなっと思って」
「あーね。それであの熱視線」
納得出来るような出来ないような微妙な気持ちだ。成宮の予想とは大分ズレているが、桜田の頭の中で成宮の手が好き勝手使われていたのかと思うとちょっと引っ掛かるものがある。
「とりあえず俺は、桜田の乳首は今のままで十分綺麗だと思う。それじゃ満足出来ねーの?」
「先っちょあった方がエロい?」
「エロいのは確かにそう」
バカ正直に答えてから、あっヤバいと思うがもう遅い。桜田は既に絶望した顔を浮かべてしまっていた。
「あーもう! 出来るか分かんねーけど手伝ってやるよ。つか出んのかそれ」
バツが悪くて後ろ頭を掻きながら、それと指差す桜田の乳首。悩んでいる間にでも先端が出てきた事があるのか、即座に頷かれたので「じゃ、出せ!」と成宮が命じた。
そして再度桜田の美しい乳首が成宮の眼前に晒された。桜田の細めの指が二本当てられ、そっと押し出すように圧迫すると、中心にある溝から爪の先にも満たない小さな頭がちょこんと顔を覗かせる。余りに小さいので成宮がグッと身体を乗り出して近づき、ようやく確認できたほどだった。
成宮は考えた。桜田の乳首に触れるか。答えは全然ありだ。綺麗だからか嫌悪はちっとも沸いてこないし、むしろ興味本位で一度は触ってみたい。先端だけを摘むのは難しそうだが周りを摘めば先端も自ずと摘めるはず。
「貸して。普通に引っ張り出せば良いんだよな?」
「あ、ごめん待って。傷がつくの困るから」
桜田は慌てて机に走り、乳首にクリームをたっぷりと塗りつけた。先端なんかなくても、てらてら光る十分エロい乳首のように見えたが成宮は黙って手を伸ばす。
まずは感触を確かめるように指先で軽く押してみた。クリームの影響か、指の腹にキスでもされているようなむっちりとした感触が伝わってくる。あ、これ良いかも。成宮は指を滑らせた。柔らめのプリンを思い起こしながら捉えては指先から逃げてしまう乳首を追う。
「……っ、ふ」
「あ、わり。擽ったい?」
「ん、ちょっと……っ、」
頭上に押し殺した吐息が漏れ出してきて、桜田を見上げる。下唇を噛み、身じろぎしないよう必死に我慢しているようだった。遊んでる場合じゃなかったと気を取り直し、成宮は本題に取り掛かる。
「摘むけど、痛かったら言って」
親指と人差し指で上下からぎゅっと挟み込むと、割れ目から頭が控えめに顔を出す。だが一ミリにも満たないほど。成宮の予定ではそのまま先を捉えるつもりだったのだが、圧迫したまま指を先端に滑らせても、くにゅんと中に引っ込んでいってしまう。何度か試してみるものの、力の調節位ではどうにもならなかった。
「ん、あっ」
その上、くにゅんとなる度に桜田の悩まし気な声がする。出したくて出しているのではない事は恥ずかしくて消え入りそうになっている桜田の顔を確認するまでもないが、気まずいのは確かだ。
次に試したのは、割れ目から直接指で穿り出す方法だった。上下から圧迫し、常よりは広がった割れ目から頭を穿り出すようになぞる。成宮は次第に熱中していった。対象が小さい上に頑固に中から出てこようとしない。桜田の事は頭から抜け、完全にムキになっていた。
成宮がようやく諦めて顔を上げた時、桜田は熱に浮かされたような状態だった。膝立ちから腰が抜けたみたいにペタリと腰を落とし、白い肌を上気させ、熱い息を吐き出しながら成宮を潤んだ瞳でぼんやり見やる。
「……ごめん。ありがと。も、大丈夫……無理言ったのこっちだし」
うっかり下半身が反応してしまいそうで固まってしまった成宮をどう受け止めたのか、桜田は丁寧にお礼を言う。ふにゃっとした力ない笑顔を向けられ、成宮はムッとした。
「俺まだ諦めてねーし」
「いや、でも……」
「指離してもこっちだけ先が出てきそうなの分かる? 勃ってるんだと思うんだよな、これ」
成宮に執拗に弄られた右側は赤みが増し、よくよく見れば中心の溝には僅かな隙間があった。あとひと押しだと思うのだ。
「勃てて、吸う。んでもっと勃てる」
気づけば成宮は最初から頭にはあったものの、実行するのはちょっとな……と避けていた方法を自ら進んでやろうとしていた。むしろ頼む側の桜田の方が逃げ腰だ。
「いや……成宮君? そこまでしてくれなくて」
「やる」
引き気味の桜田に成宮は食い気味に四つん這いでにじり寄った。桜田はもう限界なのだろう。抗う気力も残っていない様子で後ろ手をついて身体を支え、覆いかぶさるように身体を寄せる成宮を受け入れる。成宮がゆっくり乳首に口づけると桜田がひっ、と小さく声を上げた。
唇を当てたまま、ぬりぬり動かす。乳首は指で触れた感触通り成宮の唇にも柔らかく吸い付いてきて、キスでもしているかのような心地になってくる。控えめにちゅうと吸いつけば桜田が身体を震わせた。
「桜田さ、気持ち良いんだろ? 別に良いよ、隠さなくても。無駄に我慢してると余計疲れるぞ」
桜田が乳首で快感を得ているのはわりと最初の方から気づいていた。隠したそうだったから触れなかっただけで。押し殺す声は完全に喘ぎ声だった。
勃たせると心を決めた成宮に容赦はなく、ただ快楽を与える為に直球で動いた。唇を強く押し付けるようにして吸い、中に隠れた芯を舌でグリグリ抉る。無意識にか身体が後ろに引ける桜田の腰を掴み、自分の方に引き寄せた。
「だ、だめ、そんなに吸ったら、あっ」
蕩けていながら桜田は乳首の心配をするから、成宮は小刻みに吸ってやる。そのせいで部屋にはちゅば、ちゅばと卑猥な水音が余計に響いた。掴んだ桜田の腰がガクガク揺れる。
ちゅ、と一際可愛らしい音をたてて成宮が唇を離した時、もう触れてなくても桜田の乳首は健気にツンと尖って存在をしっかり主張していた。
「はは、かーわい」
苦労させられた分、一際可愛く思える。
「桜田、見える? ほら初々しい先っちょ」
「あ、やめ、んっ、ひ」
「やっぱエロいわ。自信持って良いよ、お前」
もうその必要もないのに、刺激に慣れてない先端を突いてしまう。成宮に散々嬲られたおかげで、桜色は紅梅色に変わり濡れて小刻みに震え、男なら誰でも吸い付きたくなる乳首に仕上がった。求めていた言葉を貰ったはずの桜田はそれどころではなさそうだけれど。
成宮は既に崩れかかり辛うじて肘をついているだけの桜田のハーフパンツに手を伸ばし、足の間をするりと撫でた。確かめたかったのはそこの硬さと、自分の中の嫌悪感だったが、どちらも予想通り過ぎて口角が上がる。
「なぁ、こっち辛くね? つか俺も抜きたいんだけど。一緒にどう?」
乳首がエロくて、乳首で喘ぐ桜田もエロくて、成宮は限界だった。男相手に反応してる自分に思うところはあるが身体はなにより正直で、桜田の陰茎に触れても興奮が増しただけだった。この際、深く考えるのは後回しで良い。
「な、なんで……」
さっきとは反対側の乳首に吸い付きながら、桜田の疑問に答えを探す。何に対する「なんで」なのか分からないけれど、総合的にみて成宮にとって桜田が「アリだから」なんだろうと思う。じゃなきゃ同性の乳首弄り倒したり舐め回したり絶対無理だ。
「嫌ならやめる。俺は出させて貰うけどな」
ハーフパンツに指をかけ、桜田に尋ねた。迷いながらも腰を浮かせた桜田にとっても成宮はアリだったんだろう。逆側の乳首も同じように勃つ頃には桜田は成宮に扱かれ二度果てたし、成宮自身もスッキリ出し終えていた。
「勝手に出てくるまでとことん付き合うから。一緒に頑張ろうな」
後片付けを終え、帰り際に成宮は良い笑顔で爽やかに言った。桜田の乳首は文句なしに今まで目にした中で一番綺麗だと思うけれど、それはそれ。このまま元の関係に戻ってしまうのも仲良しのお友達になるのも違う気がして、成宮は乳首を口実にする事にしたのだ。
言われた方の桜田は目を瞬き、硬直しているが、ここ最近では一番顔色が良い。桜田にとっても、一人きりで抱えた悩みを打ち明けられる相手は必要なんだと思う。
「頑張ろうな!」
「あ……あ、うん」
ゴリ押しで約束を取り付け、成宮は機嫌よく家に帰る。考える事は山程あったが、帰りの電車に揺られながら一番最初に考えたのは「次はいつにしようか」だった。
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俺はよくあるBL魔法学園ゲームの世界に異世界転生したらしい。よりにもよって、役どころは作中最悪の悪役令息だ。何重にも張られた没落エンドフラグをへし折る日々……なんてまっぴらごめんなので、前世のスキル(引きこもり)を最大限活用して平和を勝ち取る! ……はずだったのだが、どういうわけか俺の従者が「坊ちゃんの足すべすべ~」なんて言い出して!?
牛獣人はお世話係にモウモウ夢中!俺の極上ミルクは美味しいでしょ?
ミクリ21 (新)
BL
貴族に飼われている牛獣人アルベドは、良質な極上ミルクを出すためにお世話係は厳選されている。
アルベドのお世話係になったラーミアは、牛のお世話はしたことあっても牛獣人のお世話は初めてだった。
「僕は可愛い牛のお世話がしたかったのに、色気の溢れるイケメン牛獣人なんて求めてません!」
「まぁそう言わずに、一杯俺のミルク飲んでみなよ」
「な…なんて美味しいミルクなんだ!?」
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