上 下
11 / 13
プロローグ

黒の魔術師②

しおりを挟む
 
 ルルーが瞬きをする間に、景色は一瞬で公爵家の門の前に立っていた。これは先程モルーが仕掛けた術でこの術の場所に一瞬でテレポート出来る。

 公爵家の敷地から目眩しの結界が張られていて一見ここを離れた時と変わらない穏やかな公爵家が映し出されている。

 「禍々しい魔物の気配までは消せてないわね」

 ルルーはニヤリと笑う。先程の闘いでは準備運動にすらならなく、もう少し暴れたかった、と言うのが本音でもあった。

 …ソレイユと言う少年について色々けど、今は目の前に集中しましょうか。

 「モルーがあんなになって働いたのに、私が楽してるのもカッコつかないしね」

 ルルーは意気揚々と公爵家の門を潜った。いや、本来ならばこうも簡単に公爵家の門を潜ることは不可能だが今はそれだけ公爵家の人員が戦いに割かれているのだろう。問題なくすんなりと入れたルルーは目を疑った。

 綺麗に整っていた玄関ホールに続く広大で美しかった芝生やお花はメチャクチャに荒らされていてみる影も無かった。

 更にお屋敷の至る所から煙や、爆発がで窓ガラスが飛び散った。

 「うわぁー、悲惨…」

 思わず出た言葉に口をつぐんだ。今の言い方はモルーに似ていた事に反省する。

 普段から気を抜けばガサツな自分が出て来てしまうものの、他人にそんな自分を見られたくなくて取り繕っている。むしろ赤の他人に素直に自分を曝け出すモルーの気が知れなかった。

 ルルーは再び気合を入れ直して屋敷の中に突入した。

 屋敷の中はもっと悲惨で、公爵家の傭兵隊達がゴロゴロと転がっていた。

 中にはまだ息のある者も居たが立ち止まった所でルルーにはなす術がない。心が痛まない訳ではないが、目的の部屋に急いだ。

 「ルイス様っっ!!」

 患者達が集められた部屋に近づくほどに強くなる瘴気は、気分が悪くなる程で勢い良く部屋の中に飛び込めば丁度、黒のフードを深く被る魔術師がルイスを追い詰めたようで攻撃魔法を放つ所だった。

 周りに居るボロボロの傭兵隊の一人がルイスに向かって手を伸ばすが届かないことは自身も良く分かっていた。それでもその男はルイスの元に駆け出す。

 ルルーは一瞬でその状況を判断した。流石に攻撃魔法とルイスの間に入るのは間に合わない。

 …あの魔法は水系魔法。なら、私はっ!!


 「しゃがみなさいっ!!」

 ルルーは腹から声を張り上げて、詠唱も無しに手を突き出した。

 ルルーの言葉にルイスは訳もわからぬまま反射的に床に伏せる。

 刹那、ルイスの頭上で激しい爆発が巻き起こる。

 「…っ」
 
 爆風で何かの破片がルルーの頬を掠める。噴煙で辺りは見えないが寝たきりの患者達の安否を確かめようと目を向ければ小さく一箇所に集められた患者達の周りだけは爆風の被害はない。

 腕の立つ術師が居るみたいね…

 モルーには足元にも及ばないが、それでも間違いなく高等魔術師がいる事は間違い無い。

 そもそも魔法に関して互いの分野でルルーと、モルーと比べる事自体が間違っている。

 噴煙が収まる頃に黒の魔術師が声を上げた。

 「信じられないっ!あの局面で攻撃を相打ちにさせられるなんてっ!!」

 明らかに女性の声でその声はヒステリック気味に叫んだ。

 埃まみれになったルイスも起き上がり。再び剣を構える。

 「…支援ありがとうございます。助かりました」

 色々と言いたそうな表情を浮かべるルイスだが、全てを飲み込んでルルーにお礼だ言う。

 「いいえ、ご無事で何よりです。ルイス様。彼方の方は片付いたので加勢いたします」

 ルルーは、爆風で乱れた髪を整えて、黒魔術師を見た。

 「…見ての通り黒の魔術師と交戦中です。中々の魔術師でスピードもあり、手こずっています」

 「…屋敷内侵入した魔物はだいたい制圧しましたが被害は大きいです」

 ルイスも黒魔術師から目を離す事なく簡単に状況をルルーに説明する。

 「…。分かりました。黒魔術師様、私と少しお話しませんか?」

 ルルーは、ルイスに応えると、構えを解いて黒魔術師に声を掛けた。

 「お話ですって?こんな状況で良くそんな事が言えるわね?時間稼ぎのつもりかしら」


 クスクスと笑うその声はルルーにとって間違えなく嫌いな人種のそれで、いちいち癪に触る。

 「貴女達の目的は何でしょう?」

 ルルーは、黒魔術師の言葉を無視して質問を問いかける。その場に居た数名がざわついた。

 「私達の目的?」

 なぞる様に呟く黒の魔術師は少し考えた素振りを見せながらも、直ぐにクスクスと笑い始めた。

 「そんな事、私には分からないわ!ふふふ、上層部が何を考えてるなんて私には関係ないもの」

 「そうですか。非常に残念です」

 ルルーはそう言うと、ルイスに目を配る

 「ルイス様、貴方なら私達を悪い様にしないと信じて良いですか?」

 ルルーの言葉にルイスは眉を顰めた。ルルーの言っている意味を正確に理解したかどうか、ルルーはそんな事どうでもよかった。

 だけど、ルイスは直ぐに正解を導き出したのか力強く頷いた。

 「最善は尽くします」

 ルルーは悲しそうに笑うと詠唱を唱えた。

 この魔法を使えば自分が神子であると公言している様なもの。ルイスだけでなく、この場に居る全員が神子の力を目撃することになる。

 もう、平穏な下町の生活には戻れないだろう。待っているのは前世の様な生活。 
 

 “神子”なんて人柱は私一人で十分よ

 「…この場に居る光の精霊よ私に応えよ」

 ルルーがそう言うと、ルルーの周りを中心に、風がなびいた。サラサラとルルーの髪の毛が風に舞う。更にポワン、ポワンと幾つもの光の玉が浮かび上がる。
 
 「集いし精霊達よ力を示せっ!ルーチェっっ!!」

 ルルーが叫べばその光は勢いよく飛び出してもの凄いスピードで黒魔術師に向かって行く。

 更に屋敷のあちこちで激しい音が鳴り響く。

 「盾になりなさいっ!!」

 黒魔術師が声を荒げて指示すれば、周りにいた無数の魔物達が黒魔術師の前に出て壁となる。しかし、光の玉一つ一つの攻撃力は異常に高く、玉に当たった魔物は次々に粉砕されていく。

 「ありえない、なにその魔術量っっ!しかも精霊魔法っ!?それじゃぁまるで伝説の神子じゃないっ!!転送魔法、イノルトラ!!」


 「黒魔術様、残念ですが遅いです」

 黒魔術師は、その場を離脱しようと転送魔法を発動させるも、ルルーの攻撃で既に盾になっていた無数の魔物は全て消滅されていて、更に黒魔術師の背後に立って、転送魔法を妨害する。

 「なっ!!いつの間に」

 「私、普段は詠唱なんてしないんですけれど、今回は少々ここに居る方達に分かりやすく力を見せないと、めんどくさい事になるので」

 ルルーは黒魔術師の耳元でそう呟くと不敵に笑う。

 「では、もう一度質問させて下さい」

 ルルーは声を少し張り上げる。黒魔術師の、戦意は既に無くこの場から逃れられる手段を模索している。

 「何よ、」

 「町の人達を意識不明にさせた術の解除方法を知っていたら教えて下さい」

 ルイスを、はじめとしたその場にいた者達は圧倒的ルルーの強さに固唾を飲んで見守る事しか出来なかった。

 「し、知らないわっ!!あの薬はあのイカレたガキが調合した薬だもの。殆ど毒みたいな物よ」

 「…あのガキと言いますと、ソレイユ君の事ですねーー。意識を奪われていた人達からは皆さん呪いの気配を感じましたけど、…毒みたいな何かしらの薬の影響なんですね…」

 ルルーは少しの間思考に入るものの、すぐに首を横に振ってひとまず考えるのをやめた。

 「貴女を拘束します。ルイス様、彼女に拘束魔法をお願いします。もう彼女に反撃するほどの魔力は残ってませんので」

 ルルーは右手の手のひらを黒魔術師に向けたままルイスを見た。ルルーと目が合ったルイスはコクンと小さく頷くと患者を護っていた魔術師に指示をする。

 「インメルマン卿、侵入者を、捕縛しろ」

 「はい」

 指示を受けた男は結界を解いて、ルルーのそばまで寄ってきた。

 戦闘に夢中でしっかりと見ていなかったがインメルマン卿と呼ばれていた魔術師が羽織っている紺色のローブには金色の糸で繊細に細部まで刺繍が施されており、背中には王宮専属魔術師のエンブレムであるドラゴンが縫われている。

 ルルーに改めて向き直るとインメルマンは、優雅にお辞儀をする。それに対してルルーもお辞儀で返し、そっとその場をインメルマンに譲った。

 インメルマンは敵意を剥き出しに睨みつける黒魔術の腕に人差し指と中指を当てるとそこに魔力を込める。それからロープの中から既に魔法が込められた枷を取り出してそれを黒魔術師に取り付けた。

 あれは、捕縛用の魔法道具…それも特級品

 ルルーは表情を保ちながらも疑念を覚えた。

 魔法道具は、簡要なものから扱いが難しいものまで様々なものがある。その中で特級品と言う分類の魔法道具は法的に所持、使用許可が認められた者しか扱えない。


 前世の時から既に使っていた捕縛用の魔法道具でその効果により付けられた者はその枷がある限り魔力を極限までで押さえつけられる。

 それは生物にとって生死をも脅かす凶器だ。

 生き物は呼吸をするのと同じくごく自然に精霊からの魔力を受け取り体に循環しているもので、魔力の巡り悪ければ体調を崩し、魔力が巡らなければ死んでしまうこともある。

 その為あの枷を付けられた捕縛者は間違いなく衰弱し、下手をすれば死に至る。

 それだけ危険な道具ゆえ道具の扱いは難しく、只人が装着しただけではその効果は発揮されず、ただの鉄屑と化する。

 装着前に魔力を込めなければならないがその込め方が複雑かつ繊細な造りになっている。

 特級品を持ち出すほど黒魔術師の事を警戒してる…?いくら王族の血を引いた由緒正しいエイミス公爵家だとは言え特級品を持ち出すには手続きが必要なはず。それをこんな短時間で準備出来る物なの?

 「ルルーさん、大丈夫ですか?」

 ルイスは先程から動かないルルーに声をかけた。黒魔術師はとっくにこの場から連行されている。今はルイスの指示でこの屋敷の状況確認が行われている。

 声を掛けられたルルーはハタと、思考を止めた。慌てて笑顔を取り繕いながらルイスを見る。

 「申し訳ありません。少しボーッとしてました」

 ルイスはフルフルと首を横に振った。

 「いえ、此方こそお礼を言わせて下さい。本当に危ないところ助けて頂いてありがとうございます」

 そのままルイスは深々とお辞儀をする。

 「ご無事で何よりです。…ですが皆さんの意識を戻す方法は見つかりませんでした…」
 
 ルルーの言葉にルイスは気まずそうに微笑む。今回捕まえた黒魔術師から呪解の事を聞き出そうにも先程のやり取りで本当に何も知らないのは明らかだった。

 「…今日のところはお疲れになったでしょう。お話は後日またにして、ルルーさんは帰ってお休みになって下さい」

 ルイスは話題を変えるようにそう言う。

 「えっ…、家にもどってもよろしいのですか?」

 ルルーは少し戸惑った。元々一回は帰るつもりではあったが最悪このまま王宮に連れて行かれる事も覚悟していた。

 「ハハ…すみません、これからルルーさんの生活は一変するかと思います。それでも今だけは…ゆっくりとお休みください」

 ルイスは困った様に笑った。

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

《勘違い》で婚約破棄された令嬢は失意のうちに自殺しました。

友坂 悠
ファンタジー
「婚約を考え直そう」 貴族院の卒業パーティーの会場で、婚約者フリードよりそう告げられたエルザ。 「それは、婚約を破棄されるとそういうことなのでしょうか?」 耳を疑いそう聞き返すも、 「君も、その方が良いのだろう?」 苦虫を噛み潰すように、そう吐き出すフリードに。 全てに絶望し、失意のうちに自死を選ぶエルザ。 絶景と評判の観光地でありながら、自殺の名所としても知られる断崖絶壁から飛び降りた彼女。 だったのですが。

【完結】もう…我慢しなくても良いですよね?

アノマロカリス
ファンタジー
マーテルリア・フローレンス公爵令嬢は、幼い頃から自国の第一王子との婚約が決まっていて幼少の頃から厳しい教育を施されていた。 泣き言は許されず、笑みを浮かべる事も許されず、お茶会にすら参加させて貰えずに常に完璧な淑女を求められて教育をされて来た。 16歳の成人の義を過ぎてから王子との婚約発表の場で、事あろうことか王子は聖女に選ばれたという男爵令嬢を連れて来て私との婚約を破棄して、男爵令嬢と婚約する事を選んだ。 マーテルリアの幼少からの血の滲むような努力は、一瞬で崩壊してしまった。 あぁ、今迄の苦労は一体なんの為に… もう…我慢しなくても良いですよね? この物語は、「虐げられる生活を曽祖母の秘術でざまぁして差し上げますわ!」の続編です。 前作の登場人物達も多数登場する予定です。 マーテルリアのイラストを変更致しました。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

慟哭の螺旋(「悪役令嬢の慟哭」加筆修正版)

浜柔
ファンタジー
前世で遊んだ乙女ゲームと瓜二つの世界に転生していたエカテリーナ・ハイデルフトが前世の記憶を取り戻した時にはもう遅かった。 運命のまま彼女は命を落とす。 だが、それが終わりではない。彼女は怨霊と化した。

「おまえを愛することはない!」と言ってやったのに、なぜ無視するんだ!

七辻ゆゆ
ファンタジー
俺を見ない、俺の言葉を聞かない、そして触れられない。すり抜ける……なぜだ? 俺はいったい、どうなっているんだ。 真実の愛を取り戻したいだけなのに。

【完結】そして、誰もいなくなった

杜野秋人
ファンタジー
「そなたは私の妻として、侯爵夫人として相応しくない!よって婚約を破棄する!」 愛する令嬢を傍らに声高にそう叫ぶ婚約者イグナシオに伯爵家令嬢セリアは誤解だと訴えるが、イグナシオは聞く耳を持たない。それどころか明らかに犯してもいない罪を挙げられ糾弾され、彼女は思わず彼に手を伸ばして取り縋ろうとした。 「触るな!」 だがその手をイグナシオは大きく振り払った。振り払われよろめいたセリアは、受け身も取れないまま仰向けに倒れ、頭を打って昏倒した。 「突き飛ばしたぞ」 「彼が手を上げた」 「誰か衛兵を呼べ!」 騒然となるパーティー会場。すぐさま会場警護の騎士たちに取り囲まれ、彼は「違うんだ、話を聞いてくれ!」と叫びながら愛人の令嬢とともに連行されていった。 そして倒れたセリアもすぐさま人が集められ運び出されていった。 そして誰もいなくなった。 彼女と彼と愛人と、果たして誰が悪かったのか。 これはとある悲しい、婚約破棄の物語である。 ◆小説家になろう様でも公開しています。話数の関係上あちらの方が進みが早いです。 3/27、なろう版完結。あちらは全8話です。 3/30、小説家になろうヒューマンドラマランキング日間1位になりました! 4/1、完結しました。全14話。

双子の妹を選んだ婚約者様、貴方に選ばれなかった事に感謝の言葉を送ります

すもも
恋愛
学園の卒業パーティ 人々の中心にいる婚約者ユーリは私を見つけて微笑んだ。 傍らに、私とよく似た顔、背丈、スタイルをした双子の妹エリスを抱き寄せながら。 「セレナ、お前の婚約者と言う立場は今、この瞬間、終わりを迎える」 私セレナが、ユーリの婚約者として過ごした7年間が否定された瞬間だった。

【完結】父が再婚。義母には連れ子がいて一つ下の妹になるそうですが……ちょうだい癖のある義妹に寮生活は無理なのでは?

つくも茄子
ファンタジー
父が再婚をしました。お相手は男爵夫人。 平民の我が家でいいのですか? 疑問に思うものの、よくよく聞けば、相手も再婚で、娘が一人いるとのこと。 義妹はそれは美しい少女でした。義母に似たのでしょう。父も実娘をそっちのけで義妹にメロメロです。ですが、この新しい義妹には悪癖があるようで、人の物を欲しがるのです。「お義姉様、ちょうだい!」が口癖。あまりに煩いので快く渡しています。何故かって?もうすぐ、学園での寮生活に入るからです。少しの間だけ我慢すれば済むこと。 学園では煩い家族がいない分、のびのびと過ごせていたのですが、義妹が入学してきました。 必ずしも入学しなければならない、というわけではありません。 勉強嫌いの義妹。 この学園は成績順だということを知らないのでは?思った通り、最下位クラスにいってしまった義妹。 両親に駄々をこねているようです。 私のところにも手紙を送ってくるのですから、相当です。 しかも、寮やクラスで揉め事を起こしては顰蹙を買っています。入学早々に学園中の女子を敵にまわしたのです!やりたい放題の義妹に、とうとう、ある処置を施され・・・。 なろう、カクヨム、にも公開中。

処理中です...