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プロローグ
黒の魔術師②
しおりを挟むルルーが瞬きをする間に、景色は一瞬で公爵家の門の前に立っていた。これは先程モルーが仕掛けた術でこの術の場所に一瞬でテレポート出来る。
公爵家の敷地から目眩しの結界が張られていて一見ここを離れた時と変わらない穏やかな公爵家が映し出されている。
「禍々しい魔物の気配までは消せてないわね」
ルルーはニヤリと笑う。先程の闘いでは準備運動にすらならなく、もう少し暴れたかった、と言うのが本音でもあった。
…ソレイユと言う少年について色々けど、今は目の前に集中しましょうか。
「モルーがあんなになって働いたのに、私が楽してるのもカッコつかないしね」
ルルーは意気揚々と公爵家の門を潜った。いや、本来ならばこうも簡単に公爵家の門を潜ることは不可能だが今はそれだけ公爵家の人員が戦いに割かれているのだろう。問題なくすんなりと入れたルルーは目を疑った。
綺麗に整っていた玄関ホールに続く広大で美しかった芝生やお花はメチャクチャに荒らされていてみる影も無かった。
更にお屋敷の至る所から煙や、爆発がで窓ガラスが飛び散った。
「うわぁー、悲惨…」
思わず出た言葉に口をつぐんだ。今の言い方はモルーに似ていた事に反省する。
普段から気を抜けばガサツな自分が出て来てしまうものの、他人にそんな自分を見られたくなくて取り繕っている。むしろ赤の他人に素直に自分を曝け出すモルーの気が知れなかった。
ルルーは再び気合を入れ直して屋敷の中に突入した。
屋敷の中はもっと悲惨で、公爵家の傭兵隊達がゴロゴロと転がっていた。
中にはまだ息のある者も居たが立ち止まった所でルルーにはなす術がない。心が痛まない訳ではないが、目的の部屋に急いだ。
「ルイス様っっ!!」
患者達が集められた部屋に近づくほどに強くなる瘴気は、気分が悪くなる程で勢い良く部屋の中に飛び込めば丁度、黒のフードを深く被る魔術師がルイスを追い詰めたようで攻撃魔法を放つ所だった。
周りに居るボロボロの傭兵隊の一人がルイスに向かって手を伸ばすが届かないことは自身も良く分かっていた。それでもその男はルイスの元に駆け出す。
ルルーは一瞬でその状況を判断した。流石に攻撃魔法とルイスの間に入るのは間に合わない。
…あの魔法は水系魔法。なら、私はっ!!
「しゃがみなさいっ!!」
ルルーは腹から声を張り上げて、詠唱も無しに手を突き出した。
ルルーの言葉にルイスは訳もわからぬまま反射的に床に伏せる。
刹那、ルイスの頭上で激しい爆発が巻き起こる。
「…っ」
爆風で何かの破片がルルーの頬を掠める。噴煙で辺りは見えないが寝たきりの患者達の安否を確かめようと目を向ければ小さく一箇所に集められた患者達の周りだけは爆風の被害はない。
腕の立つ術師が居るみたいね…
モルーには足元にも及ばないが、それでも間違いなく高等魔術師がいる事は間違い無い。
そもそも魔法に関して互いの分野でルルーと、モルーと比べる事自体が間違っている。
噴煙が収まる頃に黒の魔術師が声を上げた。
「信じられないっ!あの局面で攻撃を相打ちにさせられるなんてっ!!」
明らかに女性の声でその声はヒステリック気味に叫んだ。
埃まみれになったルイスも起き上がり。再び剣を構える。
「…支援ありがとうございます。助かりました」
色々と言いたそうな表情を浮かべるルイスだが、全てを飲み込んでルルーにお礼だ言う。
「いいえ、ご無事で何よりです。ルイス様。彼方の方は片付いたので加勢いたします」
ルルーは、爆風で乱れた髪を整えて、黒魔術師を見た。
「…見ての通り黒の魔術師と交戦中です。中々の魔術師でスピードもあり、手こずっています」
「…屋敷内侵入した魔物はだいたい制圧しましたが被害は大きいです」
ルイスも黒魔術師から目を離す事なく簡単に状況をルルーに説明する。
「…。分かりました。黒魔術師様、私と少しお話しませんか?」
ルルーは、ルイスに応えると、構えを解いて黒魔術師に声を掛けた。
「お話ですって?こんな状況で良くそんな事が言えるわね?時間稼ぎのつもりかしら」
クスクスと笑うその声はルルーにとって間違えなく嫌いな人種のそれで、いちいち癪に触る。
「貴女達の目的は何でしょう?」
ルルーは、黒魔術師の言葉を無視して質問を問いかける。その場に居た数名がざわついた。
「私達の目的?」
なぞる様に呟く黒の魔術師は少し考えた素振りを見せながらも、直ぐにクスクスと笑い始めた。
「そんな事、私には分からないわ!ふふふ、上層部が何を考えてるなんて私には関係ないもの」
「そうですか。非常に残念です」
ルルーはそう言うと、ルイスに目を配る
「ルイス様、貴方なら私達を悪い様にしないと信じて良いですか?」
ルルーの言葉にルイスは眉を顰めた。ルルーの言っている意味を正確に理解したかどうか、ルルーはそんな事どうでもよかった。
だけど、ルイスは直ぐに正解を導き出したのか力強く頷いた。
「最善は尽くします」
ルルーは悲しそうに笑うと詠唱を唱えた。
この魔法を使えば自分が神子であると公言している様なもの。ルイスだけでなく、この場に居る全員が神子の力を目撃することになる。
もう、平穏な下町の生活には戻れないだろう。待っているのは前世の様な生活。
“神子”なんて人柱は私一人で十分よ
「…この場に居る光の精霊よ私に応えよ」
ルルーがそう言うと、ルルーの周りを中心に、風がなびいた。サラサラとルルーの髪の毛が風に舞う。更にポワン、ポワンと幾つもの光の玉が浮かび上がる。
「集いし精霊達よ力を示せっ!ルーチェっっ!!」
ルルーが叫べばその光は勢いよく飛び出してもの凄いスピードで黒魔術師に向かって行く。
更に屋敷のあちこちで激しい音が鳴り響く。
「盾になりなさいっ!!」
黒魔術師が声を荒げて指示すれば、周りにいた無数の魔物達が黒魔術師の前に出て壁となる。しかし、光の玉一つ一つの攻撃力は異常に高く、玉に当たった魔物は次々に粉砕されていく。
「ありえない、なにその魔術量っっ!しかも精霊魔法っ!?それじゃぁまるで伝説の神子じゃないっ!!転送魔法、イノルトラ!!」
「黒魔術様、残念ですが遅いです」
黒魔術師は、その場を離脱しようと転送魔法を発動させるも、ルルーの攻撃で既に盾になっていた無数の魔物は全て消滅されていて、更に黒魔術師の背後に立って、転送魔法を妨害する。
「なっ!!いつの間に」
「私、普段は詠唱なんてしないんですけれど、今回は少々ここに居る方達に分かりやすく力を見せないと、めんどくさい事になるので」
ルルーは黒魔術師の耳元でそう呟くと不敵に笑う。
「では、もう一度質問させて下さい」
ルルーは声を少し張り上げる。黒魔術師の、戦意は既に無くこの場から逃れられる手段を模索している。
「何よ、」
「町の人達を意識不明にさせた術の解除方法を知っていたら教えて下さい」
ルイスを、はじめとしたその場にいた者達は圧倒的ルルーの強さに固唾を飲んで見守る事しか出来なかった。
「し、知らないわっ!!あの薬はあのイカレたガキが調合した薬だもの。殆ど毒みたいな物よ」
「…あのガキと言いますと、ソレイユ君の事ですねーー。意識を奪われていた人達からは皆さん呪いの気配を感じましたけど、…毒みたいな何かしらの薬の影響なんですね…」
ルルーは少しの間思考に入るものの、すぐに首を横に振ってひとまず考えるのをやめた。
「貴女を拘束します。ルイス様、彼女に拘束魔法をお願いします。もう彼女に反撃するほどの魔力は残ってませんので」
ルルーは右手の手のひらを黒魔術師に向けたままルイスを見た。ルルーと目が合ったルイスはコクンと小さく頷くと患者を護っていた魔術師に指示をする。
「インメルマン卿、侵入者を、捕縛しろ」
「はい」
指示を受けた男は結界を解いて、ルルーのそばまで寄ってきた。
戦闘に夢中でしっかりと見ていなかったがインメルマン卿と呼ばれていた魔術師が羽織っている紺色のローブには金色の糸で繊細に細部まで刺繍が施されており、背中には王宮専属魔術師のエンブレムであるドラゴンが縫われている。
ルルーに改めて向き直るとインメルマンは、優雅にお辞儀をする。それに対してルルーもお辞儀で返し、そっとその場をインメルマンに譲った。
インメルマンは敵意を剥き出しに睨みつける黒魔術の腕に人差し指と中指を当てるとそこに魔力を込める。それからロープの中から既に魔法が込められた枷を取り出してそれを黒魔術師に取り付けた。
あれは、捕縛用の魔法道具…それも特級品
ルルーは表情を保ちながらも疑念を覚えた。
魔法道具は、簡要なものから扱いが難しいものまで様々なものがある。その中で特級品と言う分類の魔法道具は法的に所持、使用許可が認められた者しか扱えない。
前世の時から既に使っていた捕縛用の魔法道具でその効果により付けられた者はその枷がある限り魔力を極限までで押さえつけられる。
それは生物にとって生死をも脅かす凶器だ。
生き物は呼吸をするのと同じくごく自然に精霊からの魔力を受け取り体に循環しているもので、魔力の巡り悪ければ体調を崩し、魔力が巡らなければ死んでしまうこともある。
その為あの枷を付けられた捕縛者は間違いなく衰弱し、下手をすれば死に至る。
それだけ危険な道具ゆえ道具の扱いは難しく、只人が装着しただけではその効果は発揮されず、ただの鉄屑と化する。
装着前に魔力を込めなければならないがその込め方が複雑かつ繊細な造りになっている。
特級品を持ち出すほど黒魔術師の事を警戒してる…?いくら王族の血を引いた由緒正しいエイミス公爵家だとは言え特級品を持ち出すには手続きが必要なはず。それをこんな短時間で準備出来る物なの?
「ルルーさん、大丈夫ですか?」
ルイスは先程から動かないルルーに声をかけた。黒魔術師はとっくにこの場から連行されている。今はルイスの指示でこの屋敷の状況確認が行われている。
声を掛けられたルルーはハタと、思考を止めた。慌てて笑顔を取り繕いながらルイスを見る。
「申し訳ありません。少しボーッとしてました」
ルイスはフルフルと首を横に振った。
「いえ、此方こそお礼を言わせて下さい。本当に危ないところ助けて頂いてありがとうございます」
そのままルイスは深々とお辞儀をする。
「ご無事で何よりです。…ですが皆さんの意識を戻す方法は見つかりませんでした…」
ルルーの言葉にルイスは気まずそうに微笑む。今回捕まえた黒魔術師から呪解の事を聞き出そうにも先程のやり取りで本当に何も知らないのは明らかだった。
「…今日のところはお疲れになったでしょう。お話は後日またにして、ルルーさんは帰ってお休みになって下さい」
ルイスは話題を変えるようにそう言う。
「えっ…、家にもどってもよろしいのですか?」
ルルーは少し戸惑った。元々一回は帰るつもりではあったが最悪このまま王宮に連れて行かれる事も覚悟していた。
「ハハ…すみません、これからルルーさんの生活は一変するかと思います。それでも今だけは…ゆっくりとお休みください」
ルイスは困った様に笑った。
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