201 / 247
第一部
兄として、姉として【8】
しおりを挟む
「ヴィオーラ殿」
少しして、リュドヴィックが玄関ホールにやってきた。
「リュド様、もうマキウスと話は終わったのですか?」
「ええ。お待たせして申し訳ありません」
「いいのですよ。私も義妹と話していました。ねぇ? モニカさん?」
モニカはヴィオーラから身体を離すと、「はい。お姉様」と笑い返したのだった。
「モニカさん。もしかしたら、今後お役に立つかもしれないので、教えておきますね」
「はい?」
「オルタンシア家の『天使』の名前は、オフィーリアという名前でした。かつて、教鞭をとられていたこともあるそうで、とても教え上手で……お話上手な大叔母様でした」
ヴィオーラたち姉弟の大叔母であるオフィーリア・オルタンシアは、元の世界では教師として教壇に立っていたらしい。
その経験を生かして、この世界に来てからも、身分や性別にとらわれることなく、貴族から使用人、商家や下町の住民など、多くの子供たちに教育を施していたようだった。
実際に、王都の下町や貧民街に住んでいる者の中には、大叔母から教育を受けた者がおり、そういった者たちが文官や騎士として活躍し、またオフィーリアと同じように身分や性別に関係なく、多くの者たちに向けて教育を行っているらしい。
「ですが、私のお母様を始めとする一部の貴族は、そんな大叔母様の活動を快く思っていません。私が大叔母様と会ったことで、悪い影響を受けたと思われてしまったんです……。その後、大叔母に会わせてもらうどころか、大叔母の葬儀にも参列させてもらえませんでした」
「そうだったんですね……」
「でも、今ならお母様の気持ちも分かります。自分の娘が、ある日突然、ドレスを脱いで、剣を振り回すようになったら……そう思ってしまうのも仕方ありませんね」
「オフィーリアさん……。たくさん、苦労をなされたのでしょうか。急に知らない世界に来て、新しいことを始めて、そうやって快く思っていない人たちからも反対にあったのでしょうか」
「……そうですね。生きていたら、きっとモニカさんの良き相談相手になっていたと思います。大叔母様もこの世界に来た時に、苦労をなされているはずですから」
「私もお会いしてみたかったです」
オフィーリアはどうやってこの世界に来て、どうやって生活していたのだろう。
何を思って私塾を開き、どんな教えを行ったのだろうか。
モニカは自分と同じ「天使」だったというオフィーリアに想いを馳せたのだった。
ヴィオーラたちが話し込んでいる間に、いつの間にかマキウスが手配してくれた馬車が屋敷の前で待っていたようだった。
「お姉様」
先に馬車に乗り込んだリュドヴィックに続こうとしたヴィオーラに、モニカは声を掛ける。
「お姉様には、好きな人はいますか? カーネ族について話している時のお姉様は、まるで好きな人がいるみたいに聞こえたので……」
「好きな人かどうかはわかりませんが、憧れている人ならいますよ。ユマン族人の騎士です。かつて一度だけ、共に戦場で轡を並べて戦ったことがあります。長い金の髪を靡かせて、颯爽と戦場で剣を振るっていた勇猛果敢な騎士です」
「その方は、今は……」
ヴィオーラは穏やかに微笑むと、そっとモニカの側までやって来る。
そうして、モニカにだけ聞こえるように、耳元で囁いてくれたのだった。
「今も傍にいます。いつでも、私の傍に……」
「それって……」
モニカが口を開こうとすると、ヴィオーラはそれを塞ぐかのように、モニカの額にそっと口づけを落としてきた。
「お姉様……!?」
モニカが頬を染めていると、丁度、マキウスが遅れてやって来たところだったようで、マキウスは小さく叫ぶと、モニカの肩を掴んで、ヴィオーラから引き離したのだった。
「続きは、また今度話しましょうか。女性同士、誰にも邪魔されないところで……」
「楽しみにしていますね!」
そして、ヴィオーラが馬車に乗り込むと、馬車はゆっくりと走り出した。モニカとマキウスの二人が見送る中、大切な姉と兄が乗った馬車は、夕闇の中へと消えていったのだった。
少しして、リュドヴィックが玄関ホールにやってきた。
「リュド様、もうマキウスと話は終わったのですか?」
「ええ。お待たせして申し訳ありません」
「いいのですよ。私も義妹と話していました。ねぇ? モニカさん?」
モニカはヴィオーラから身体を離すと、「はい。お姉様」と笑い返したのだった。
「モニカさん。もしかしたら、今後お役に立つかもしれないので、教えておきますね」
「はい?」
「オルタンシア家の『天使』の名前は、オフィーリアという名前でした。かつて、教鞭をとられていたこともあるそうで、とても教え上手で……お話上手な大叔母様でした」
ヴィオーラたち姉弟の大叔母であるオフィーリア・オルタンシアは、元の世界では教師として教壇に立っていたらしい。
その経験を生かして、この世界に来てからも、身分や性別にとらわれることなく、貴族から使用人、商家や下町の住民など、多くの子供たちに教育を施していたようだった。
実際に、王都の下町や貧民街に住んでいる者の中には、大叔母から教育を受けた者がおり、そういった者たちが文官や騎士として活躍し、またオフィーリアと同じように身分や性別に関係なく、多くの者たちに向けて教育を行っているらしい。
「ですが、私のお母様を始めとする一部の貴族は、そんな大叔母様の活動を快く思っていません。私が大叔母様と会ったことで、悪い影響を受けたと思われてしまったんです……。その後、大叔母に会わせてもらうどころか、大叔母の葬儀にも参列させてもらえませんでした」
「そうだったんですね……」
「でも、今ならお母様の気持ちも分かります。自分の娘が、ある日突然、ドレスを脱いで、剣を振り回すようになったら……そう思ってしまうのも仕方ありませんね」
「オフィーリアさん……。たくさん、苦労をなされたのでしょうか。急に知らない世界に来て、新しいことを始めて、そうやって快く思っていない人たちからも反対にあったのでしょうか」
「……そうですね。生きていたら、きっとモニカさんの良き相談相手になっていたと思います。大叔母様もこの世界に来た時に、苦労をなされているはずですから」
「私もお会いしてみたかったです」
オフィーリアはどうやってこの世界に来て、どうやって生活していたのだろう。
何を思って私塾を開き、どんな教えを行ったのだろうか。
モニカは自分と同じ「天使」だったというオフィーリアに想いを馳せたのだった。
ヴィオーラたちが話し込んでいる間に、いつの間にかマキウスが手配してくれた馬車が屋敷の前で待っていたようだった。
「お姉様」
先に馬車に乗り込んだリュドヴィックに続こうとしたヴィオーラに、モニカは声を掛ける。
「お姉様には、好きな人はいますか? カーネ族について話している時のお姉様は、まるで好きな人がいるみたいに聞こえたので……」
「好きな人かどうかはわかりませんが、憧れている人ならいますよ。ユマン族人の騎士です。かつて一度だけ、共に戦場で轡を並べて戦ったことがあります。長い金の髪を靡かせて、颯爽と戦場で剣を振るっていた勇猛果敢な騎士です」
「その方は、今は……」
ヴィオーラは穏やかに微笑むと、そっとモニカの側までやって来る。
そうして、モニカにだけ聞こえるように、耳元で囁いてくれたのだった。
「今も傍にいます。いつでも、私の傍に……」
「それって……」
モニカが口を開こうとすると、ヴィオーラはそれを塞ぐかのように、モニカの額にそっと口づけを落としてきた。
「お姉様……!?」
モニカが頬を染めていると、丁度、マキウスが遅れてやって来たところだったようで、マキウスは小さく叫ぶと、モニカの肩を掴んで、ヴィオーラから引き離したのだった。
「続きは、また今度話しましょうか。女性同士、誰にも邪魔されないところで……」
「楽しみにしていますね!」
そして、ヴィオーラが馬車に乗り込むと、馬車はゆっくりと走り出した。モニカとマキウスの二人が見送る中、大切な姉と兄が乗った馬車は、夕闇の中へと消えていったのだった。
0
お気に入りに追加
87
あなたにおすすめの小説
断る――――前にもそう言ったはずだ
鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」
結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。
周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。
けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。
他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。
(わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)
そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。
ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。
そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?
公爵様、契約通り、跡継ぎを身籠りました!-もう契約は満了ですわよ・・・ね?ちょっと待って、どうして契約が終わらないんでしょうかぁぁ?!-
猫まんじゅう
恋愛
そう、没落寸前の実家を助けて頂く代わりに、跡継ぎを産む事を条件にした契約結婚だったのです。
無事跡継ぎを妊娠したフィリス。夫であるバルモント公爵との契約達成は出産までの約9か月となった。
筈だったのです······が?
◆◇◆
「この結婚は契約結婚だ。貴女の実家の財の工面はする。代わりに、貴女には私の跡継ぎを産んでもらおう」
拝啓、公爵様。財政に悩んでいた私の家を助ける代わりに、跡継ぎを産むという一時的な契約結婚でございましたよね・・・?ええ、跡継ぎは産みました。なぜ、まだ契約が完了しないんでしょうか?
「ちょ、ちょ、ちょっと待ってくださいませええ!この契約!あと・・・、一体あと、何人子供を産めば契約が満了になるのですッ!!?」
溺愛と、悪阻(ツワリ)ルートは二人がお互いに想いを通じ合わせても終わらない?
◆◇◆
安心保障のR15設定。
描写の直接的な表現はありませんが、”匂わせ”も気になる吐き悪阻体質の方はご注意ください。
ゆるゆる設定のコメディ要素あり。
つわりに付随する嘔吐表現などが多く含まれます。
※妊娠に関する内容を含みます。
【2023/07/15/9:00〜07/17/15:00, HOTランキング1位ありがとうございます!】
こちらは小説家になろうでも完結掲載しております(詳細はあとがきにて、)
竜人のつがいへの執着は次元の壁を越える
たま
恋愛
次元を超えつがいに恋焦がれるストーカー竜人リュートさんと、うっかりリュートのいる異世界へ落っこちた女子高生結の絆されストーリー
その後、ふとした喧嘩らか、自分達が壮大な計画の歯車の1つだったことを知る。
そして今、最後の歯車はまずは世界の幸せの為に動く!
子どもを授かったので、幼馴染から逃げ出すことにしました
おうぎまちこ(あきたこまち)
恋愛
※ムーンライト様にて、日間総合1位、週間総合1位、月間総合2位をいただいた完結作品になります。
※現在、ムーンライト様では後日談先行投稿、アルファポリス様では各章終了後のsideウィリアム★を先行投稿。
※最終第37話は、ムーンライト版の最終話とウィリアムとイザベラの選んだ将来が異なります。
伯爵家の嫡男ウィリアムに拾われ、屋敷で使用人として働くイザベラ。互いに惹かれ合う二人だが、ウィリアムに侯爵令嬢アイリーンとの縁談話が上がる。
すれ違ったウィリアムとイザベラ。彼は彼女を無理に手籠めにしてしまう。たった一夜の過ちだったが、ウィリアムの子を妊娠してしまったイザベラ。ちょうどその頃、ウィリアムとアイリーン嬢の婚約が成立してしまう。
我が子を産み育てる決意を固めたイザベラは、ウィリアムには妊娠したことを告げずに伯爵家を出ることにして――。
※R18に※
【完結】身を引いたつもりが逆効果でした
風見ゆうみ
恋愛
6年前に別れの言葉もなく、あたしの前から姿を消した彼と再会したのは、王子の婚約パレードの時だった。
一緒に遊んでいた頃には知らなかったけれど、彼は実は王子だったらしい。しかもあたしの親友と彼の弟も幼い頃に将来の約束をしていたようで・・・・・。
平民と王族ではつりあわない、そう思い、身を引こうとしたのだけど、なぜか逃してくれません!
というか、婚約者にされそうです!
【R18】××××で魔力供給をする世界に聖女として転移して、イケメン魔法使いに甘やかされ抱かれる話
もなか
恋愛
目を覚ますと、金髪碧眼のイケメン──アースに抱かれていた。
詳しく話を聞くに、どうやら、私は魔法がある異世界に聖女として転移をしてきたようだ。
え? この世界、魔法を使うためには、魔力供給をしなきゃいけないんですか?
え? 魔力供給って、××××しなきゃいけないんですか?
え? 私、アースさん専用の聖女なんですか?
魔力供給(性行為)をしなきゃいけない聖女が、イケメン魔法使いに甘やかされ、快楽の日々に溺れる物語──。
※n番煎じの魔力供給もの。18禁シーンばかりの変態度高めな物語です。
※ムーンライトノベルズにも載せております。ムーンライトノベルズさんの方は、題名が少し変わっております。
※ヒーローが変態です。ヒロインはちょろいです。
R18作品です。18歳未満の方(高校生も含む)の閲覧は、御遠慮ください。
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる