上 下
190 / 247
第一部

天使・下【4】

しおりを挟む
「大天使様の様に、異なる世界からやって来た者たちのことを、私たちは大天使様の使いである神使という意味も込めて、密かに『天使』と呼んで保護してきました。
『天使』を迎えた家には、至上の幸運と巨万の富がもたらされると言われているからです」

 他には無い知識や技術、思想などを持っている「天使」は、国の宝でもあった。
 決して、悪用されてはならない、奪われるようなこともあってはならなかった。
 それもあって、王族や過去に「天使」を迎え入れたことのある侯爵家は、「天使」の存在を大々的に広めるようなことはせず、密かに保護してきたのだった。

「保護って、じゃあ、私はマキウス様と離ればなれになるんですか……?」
「モニカは誰にも渡しません。例え、姉上であっても」

 マキウスが二人から庇うように、モニカを抱きしめた時、ヴィオーラは「落ち着きなさい」と呆れたように止めたのだった。

「誰も、二人を引き離すとは言っていません。ただ、いざという時に備えて、こちらで把握しておきたいのです。国の存亡の危機に瀕した時や、モニカさんが事件や事故など、命の危険に巻き込まれた際にすぐ助けられるように」
「そこまで、『天使』は重宝される存在なんですか……? お姉様……」
「今、この国にはモニカさん以外の『天使』がいないんです。もし『天使』に関して何かあれば、モニカさんが真っ先に危険に晒されるかもしれません」
「ヴィオーラ殿。これまでこの国に現れた『天使』はどうなりましたか?」
「……全員、大天使様の御許に逝かれました。要は、亡くなったんです。モニカさんの前の『天使』は、今から十二年前に亡くなりました」
「……『天使』でも、やはり儚くなるんですね」
「『天使』と言っても、私たちと同じヒトであることに変わりはありません」

 暗い表情になった姉弟に、モニカは頷いたのだった。

「分かりました。私自身も、悪用されないように気をつけます。
 あの、どうして、お姉様はこのお話をご存知なんですか? やはり、侯爵家だからですか?」

 首を傾げたモニカが訊ねると、ヴィオーラは頷いたのだった。

「それもありますが……。我がブーゲンビリア家は過去に一度、『天使』を迎え入れたことがあります」
「そうなんですか!?」
「迎え入れたと言っても、ブーゲンビリア侯爵家にやって来た訳ではなく、当家と深い関係があった侯爵家が迎え入れたのです」

 モニカとリュドヴィックは驚いたが、それよりも驚いたのは眉間に皺を寄せたマキウスであった。

「そんな話、私は知りませんよ。姉上……」
「そうですね。私も知ったのは、母が死んだ直後です。母が管理していた父の遺品を整理していたところ、『天使』に関する記録を見つけました」

 本来であれば、「天使」の情報は、親から子へと内密に伝えられるらしい。
 けれども、姉弟の父親は二人が子供の頃に若くして急死したので、それを伝えられなかったのではないかと、ヴィオーラは考えたらしい。

「それに、マキウス。貴方は会ったことはありませんが、私は我が家が迎え入れた『天使』に会ったことがあります」
「それは……」
「大叔母様です。お祖父様の弟である大叔父様が迎え入れた『花嫁』です」
「お祖父様の弟ーー確か、オルタンシア侯爵家に養子に出された?」
「そうですね。今はもうありませんが……。オルタンシア侯爵家の最後の当主こそが、我が家が迎え入れた『天使』でした」

 モニカとリュドヴィックが話についていけず、困惑して顔を見合わせていると、ヴィオーラが説明してくれたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

私の旦那に手を出したなんて許さない

ヘロディア
恋愛
夫には、かつて一度浮気した経験がある。ー 最近、夫との折り合いが悪い主人公。かつての浮気相手と同じ職場であるという噂を聞きつけて、不安は増大していくー

婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。

束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。 だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。 そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。 全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。 気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。 そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。 すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。

将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです

きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」 5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。 その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?

【本編完結・R18】旦那様、子作りいたしましょう~悪評高きバツイチ侯爵は仔猫系令嬢に翻弄される~

とらやよい
恋愛
悪評高き侯爵の再婚相手に大抜擢されたのは多産家系の子爵令嬢エメリだった。 侯爵家の跡取りを産むため、子を産む道具として嫁いだエメリ。 お互い興味のない相手との政略結婚だったが……元来、生真面目な二人は子作りという目標に向け奮闘することに。 子作りという目標達成の為、二人は事件に立ち向かい距離は縮まったように思えたが…次第に互いの本心が見えずに苦しみ、すれ違うように……。 まだ恋を知らないエメリと外見と内面のギャップが激しい不器用で可愛い男ジョアキンの恋の物語。 ❀第16回恋愛小説大賞に参加中です。 ***補足説明*** R-18作品です。苦手な方はご注意ください。 R-18を含む話には※を付けてあります。

自殺した妻を幸せにする方法

久留茶
恋愛
平民出身の英雄アトラスと、国一番の高貴な身分の公爵令嬢アリアドネが王命により結婚した。 アリアドネは英雄アトラスのファンであり、この結婚をとても喜んだが、身分差別の強いこの国において、平民出のアトラスは貴族を激しく憎んでおり、結婚式後、妻となったアリアドネに対し、冷たい態度を取り続けていた。 それに対し、傷付き悲しみながらも必死で夫アトラスを支えるアリアドネだったが、ある日、戦にて屋敷を留守にしているアトラスのもとにアリアドネが亡くなったとの報せが届く。 アリアドネの死によって、アトラスは今迄の自分の妻に対する行いを激しく後悔する。 そしてアトラスは亡くなったアリアドネの為にある決意をし、行動を開始するのであった。 *小説家になろうにも掲載しています。 *前半は暗めですが、後半は甘めの展開となっています。 *少し長めの短編となっていますが、最後まで読んで頂けると嬉しいです。

王太子さま、側室さまがご懐妊です

家紋武範
恋愛
王太子の第二夫人が子どもを宿した。 愛する彼女を妃としたい王太子。 本妻である第一夫人は政略結婚の醜女。 そして国を奪い女王として君臨するとの噂もある。 あやしき第一夫人をどうにかして廃したいのであった。

断罪される一年前に時間を戻せたので、もう愛しません

天宮有
恋愛
侯爵令嬢の私ルリサは、元婚約者のゼノラス王子に断罪されて処刑が決まる。 私はゼノラスの命令を聞いていただけなのに、捨てられてしまったようだ。 処刑される前日、私は今まで試せなかった時間を戻す魔法を使う。 魔法は成功して一年前に戻ったから、私はゼノラスを許しません。

処理中です...