188 / 247
第一部
天使・下【2】
しおりを挟む
「そうだったんですね……」
「今ではすっかり風化しましたが、大天使様の像が出来たばかりの頃は、ご尊顔もはっきり彫られていたそうです。……悠久の時の中で、大天使様のご尊顔の記録が失われてしまい、今では修復出来ず、そのままとなっていますが……」
ヴィオーラは紅茶少し飲んでひと息つくと、紅茶に大量のミルクを注ぎながら「話はこれで終わりではありません」と続けたのだった。
「それから数百年後。このレコウユスとガランツスが同盟の証として、『花嫁』を迎えた際、不思議なことが起こるようになりました」
「不思議なことですか?」
姉と同じく紅茶を一口飲んだマキウスが、大量の砂糖を入れながら首を傾げると、ヴィオーラは頷いたのだった。
「迎え入れた『花嫁』の中に、異なる世界から来た者が混ざるようになったのです。それも、何故か必ず王族に近い血筋が選んだ『花嫁』の中に……」
「王族に近い血筋ですか……」
モニカの呟きに、ヴィオーラはそっと頷く。
「そうです。何も『花嫁』を迎え入れるのは、王族や侯爵家だけではありません。他の貴族も迎え入れますし、商家が迎え入れたこともあります。それなのに、何故か異なる世界から来た者は、貴族や王族や王族の血を引く侯爵家が選んだ『花嫁』の中にだけ現れるのです」
「でも、私を迎え入れて下さったマキウス様は王族でも侯爵でもなく男爵ですよね。どうして……」
「失礼ですが、モニカ……」
隣から咳払いと共に低い声が聞こえてくる。
モニカが振り返ると、そこには言いづらそうに唇を歪めたマキウスの端正な顔があったのだった。
「今でこそ、私はハージェント男爵を名乗っていますが、元はブーゲンビリア侯爵家の人間です」
「あ……」
身分制度にあまり馴染みのないモニカは忘れていたが、元々、マキウスはブーゲンビリア侯爵家の人間であり、母親が亡くなった後、母親の生家であるハージェント男爵家に引き取られ、そこで男爵家の家督を継いだと話していた。
小さく口を開けて顔を真っ赤にしたモニカに、マキウスだけではなく、ヴィオーラとリュドヴィックも苦笑したのだった。
「す、すみません。忘れていて……」
「良かったですね、マキウス。これで貴方は紛れもなく、お父様の血を引く侯爵家の人間だと証明されましたよ」
「……せっかくなら、もう少し違う形で証明されたかったですね」
ヴィオーラの軽口を受け流したマキウスと目が合うと、マキウスは呆れたように小さく息を吐いていた。
「モニカはもう少し身分制度について知った方がいいですね。これから社交界のシーズンになれば、私のパートナーとして、貴族や王族が主催するパーティーに同伴する機会も増えるでしょう。特に貴女は『花嫁』なので、気になっている者も多いかと」
「私も社交界に行くんですか……!? 社交界ってあれですよね? 煌びやかなシャンデリアの下で、動きづらいドレスを着てダンスを踊ったり、見知らぬ貴族と会話をして腹の中を探り合ったり、刺客に命を狙われたり、毒を盛られたり、殺人事件が起きたり、酔っ払った人にセクハラをされそうになる、あの……」
「ダンスと腹の探り合いは否定しませんが、後半は否定します。貴女をそのような危険な目には合わせません」
「そうだぞ。私たちが守るから安心するんだ」
「可愛い義妹を危険な目には合わせません。私も騎士として、貴女を守ります。これでも腕には自信があるんですよ」
「あ、ありがとうございます……。マキウス様も、お兄ちゃんも、お姉様も」
マキウスだけではなく、リュドヴィックとヴィオーラにも言われて、モニカは胸を撫で下ろしたのだった。
「今ではすっかり風化しましたが、大天使様の像が出来たばかりの頃は、ご尊顔もはっきり彫られていたそうです。……悠久の時の中で、大天使様のご尊顔の記録が失われてしまい、今では修復出来ず、そのままとなっていますが……」
ヴィオーラは紅茶少し飲んでひと息つくと、紅茶に大量のミルクを注ぎながら「話はこれで終わりではありません」と続けたのだった。
「それから数百年後。このレコウユスとガランツスが同盟の証として、『花嫁』を迎えた際、不思議なことが起こるようになりました」
「不思議なことですか?」
姉と同じく紅茶を一口飲んだマキウスが、大量の砂糖を入れながら首を傾げると、ヴィオーラは頷いたのだった。
「迎え入れた『花嫁』の中に、異なる世界から来た者が混ざるようになったのです。それも、何故か必ず王族に近い血筋が選んだ『花嫁』の中に……」
「王族に近い血筋ですか……」
モニカの呟きに、ヴィオーラはそっと頷く。
「そうです。何も『花嫁』を迎え入れるのは、王族や侯爵家だけではありません。他の貴族も迎え入れますし、商家が迎え入れたこともあります。それなのに、何故か異なる世界から来た者は、貴族や王族や王族の血を引く侯爵家が選んだ『花嫁』の中にだけ現れるのです」
「でも、私を迎え入れて下さったマキウス様は王族でも侯爵でもなく男爵ですよね。どうして……」
「失礼ですが、モニカ……」
隣から咳払いと共に低い声が聞こえてくる。
モニカが振り返ると、そこには言いづらそうに唇を歪めたマキウスの端正な顔があったのだった。
「今でこそ、私はハージェント男爵を名乗っていますが、元はブーゲンビリア侯爵家の人間です」
「あ……」
身分制度にあまり馴染みのないモニカは忘れていたが、元々、マキウスはブーゲンビリア侯爵家の人間であり、母親が亡くなった後、母親の生家であるハージェント男爵家に引き取られ、そこで男爵家の家督を継いだと話していた。
小さく口を開けて顔を真っ赤にしたモニカに、マキウスだけではなく、ヴィオーラとリュドヴィックも苦笑したのだった。
「す、すみません。忘れていて……」
「良かったですね、マキウス。これで貴方は紛れもなく、お父様の血を引く侯爵家の人間だと証明されましたよ」
「……せっかくなら、もう少し違う形で証明されたかったですね」
ヴィオーラの軽口を受け流したマキウスと目が合うと、マキウスは呆れたように小さく息を吐いていた。
「モニカはもう少し身分制度について知った方がいいですね。これから社交界のシーズンになれば、私のパートナーとして、貴族や王族が主催するパーティーに同伴する機会も増えるでしょう。特に貴女は『花嫁』なので、気になっている者も多いかと」
「私も社交界に行くんですか……!? 社交界ってあれですよね? 煌びやかなシャンデリアの下で、動きづらいドレスを着てダンスを踊ったり、見知らぬ貴族と会話をして腹の中を探り合ったり、刺客に命を狙われたり、毒を盛られたり、殺人事件が起きたり、酔っ払った人にセクハラをされそうになる、あの……」
「ダンスと腹の探り合いは否定しませんが、後半は否定します。貴女をそのような危険な目には合わせません」
「そうだぞ。私たちが守るから安心するんだ」
「可愛い義妹を危険な目には合わせません。私も騎士として、貴女を守ります。これでも腕には自信があるんですよ」
「あ、ありがとうございます……。マキウス様も、お兄ちゃんも、お姉様も」
マキウスだけではなく、リュドヴィックとヴィオーラにも言われて、モニカは胸を撫で下ろしたのだった。
0
お気に入りに追加
87
あなたにおすすめの小説
私の旦那に手を出したなんて許さない
ヘロディア
恋愛
夫には、かつて一度浮気した経験がある。ー
最近、夫との折り合いが悪い主人公。かつての浮気相手と同じ職場であるという噂を聞きつけて、不安は増大していくー
どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします
文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。
夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。
エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。
「ゲルハルトさま、愛しています」
ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。
「エレーヌ、俺はあなたが憎い」
エレーヌは凍り付いた。
婚約者に消えろと言われたので湖に飛び込んだら、気づけば三年が経っていました。
束原ミヤコ
恋愛
公爵令嬢シャロンは、王太子オリバーの婚約者に選ばれてから、厳しい王妃教育に耐えていた。
だが、十六歳になり貴族学園に入学すると、オリバーはすでに子爵令嬢エミリアと浮気をしていた。
そしてある冬のこと。オリバーに「私の為に消えろ」というような意味のことを告げられる。
全てを諦めたシャロンは、精霊の湖と呼ばれている学園の裏庭にある湖に飛び込んだ。
気づくと、見知らぬ場所に寝かされていた。
そこにはかつて、病弱で体の小さかった辺境伯家の息子アダムがいた。
すっかり立派になったアダムは「あれから三年、君は目覚めなかった」と言った――。
将来を誓い合った王子様は聖女と結ばれるそうです
きぬがやあきら
恋愛
「聖女になれなかったなりそこない。こんなところまで追って来るとはな。そんなに俺を忘れられないなら、一度くらい抱いてやろうか?」
5歳のオリヴィエは、神殿で出会ったアルディアの皇太子、ルーカスと恋に落ちた。アルディア王国では、皇太子が代々聖女を妻に迎える慣わしだ。しかし、13歳の選別式を迎えたオリヴィエは、聖女を落選してしまった。
その上盲目の知恵者オルガノに、若くして命を落とすと予言されたオリヴィエは、せめてルーカスの傍にいたいと、ルーカスが団長を務める聖騎士への道へと足を踏み入れる。しかし、やっとの思いで再開したルーカスは、昔の約束を忘れてしまったのではと錯覚するほど冷たい対応で――?
【本編完結・R18】旦那様、子作りいたしましょう~悪評高きバツイチ侯爵は仔猫系令嬢に翻弄される~
とらやよい
恋愛
悪評高き侯爵の再婚相手に大抜擢されたのは多産家系の子爵令嬢エメリだった。
侯爵家の跡取りを産むため、子を産む道具として嫁いだエメリ。
お互い興味のない相手との政略結婚だったが……元来、生真面目な二人は子作りという目標に向け奮闘することに。
子作りという目標達成の為、二人は事件に立ち向かい距離は縮まったように思えたが…次第に互いの本心が見えずに苦しみ、すれ違うように……。
まだ恋を知らないエメリと外見と内面のギャップが激しい不器用で可愛い男ジョアキンの恋の物語。
❀第16回恋愛小説大賞に参加中です。
***補足説明***
R-18作品です。苦手な方はご注意ください。
R-18を含む話には※を付けてあります。
娼館で元夫と再会しました
無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。
しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。
連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。
「シーク様…」
どうして貴方がここに?
元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!
自殺した妻を幸せにする方法
久留茶
恋愛
平民出身の英雄アトラスと、国一番の高貴な身分の公爵令嬢アリアドネが王命により結婚した。
アリアドネは英雄アトラスのファンであり、この結婚をとても喜んだが、身分差別の強いこの国において、平民出のアトラスは貴族を激しく憎んでおり、結婚式後、妻となったアリアドネに対し、冷たい態度を取り続けていた。
それに対し、傷付き悲しみながらも必死で夫アトラスを支えるアリアドネだったが、ある日、戦にて屋敷を留守にしているアトラスのもとにアリアドネが亡くなったとの報せが届く。
アリアドネの死によって、アトラスは今迄の自分の妻に対する行いを激しく後悔する。
そしてアトラスは亡くなったアリアドネの為にある決意をし、行動を開始するのであった。
*小説家になろうにも掲載しています。
*前半は暗めですが、後半は甘めの展開となっています。
*少し長めの短編となっていますが、最後まで読んで頂けると嬉しいです。
王太子さま、側室さまがご懐妊です
家紋武範
恋愛
王太子の第二夫人が子どもを宿した。
愛する彼女を妃としたい王太子。
本妻である第一夫人は政略結婚の醜女。
そして国を奪い女王として君臨するとの噂もある。
あやしき第一夫人をどうにかして廃したいのであった。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる