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第一部

夫の優しさ【2】

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 モニカは湯浴みを済ませると、髪を梳かしながら部屋で待っていた。
 どうもモニカの髪質はサラサラした軽い髪質のようで、手で触れると絹のようにサラリと手から落ちるくらいであった。
 それが連日ティカたちメイドの手で丁寧に手入れされているからか、ますますサラリとした髪質になっていた。

 御國だった頃は髪質をキープするのが大変で、定期的に美容室に通わなければならなかった。モニカの髪質が羨ましいくらいであった。

 そんなモニカの髪質が羨ましくて、ついつい手持ち無沙汰になると髪を触ってしまう。
 本来の貴族なら自分でやらず、メイドにしてもらう様な髪を梳かすことさえ、自分でやる様になっていた。

(でも、髪が長いと手入れが大変だよね……。マキウス様かペルラさんに聞いて、少し切れないか聞いてみようかな)

 御國だった頃は、腰近くまで髪を伸ばしたことはなかった。
 仕事中に邪魔になるからという理由で、ある程度伸びたらすぐに切るようにしていた。
 それは今も同じで、ニコラの相手をしている時はどうしても髪が邪魔になるのだった。

 どうもこの世界では、既婚の女性は髪を後ろで一つにまとめるのが当たり前のようで、モニカも毎朝髪をまとめてもらっていた。
 ただ、軽い髪質だからかすぐにほどけてしまうようで、日に何度もまとめ直す必要があった。
 それが面倒でうんざりしていたのだった。

 長めの金髪を梳かしていると、控えめなノックの音が聞こえてきた。
 最近は扉を叩く音だけでなんとなく誰が部屋に来たのかわかるようになってきたので、この時も櫛を置くとすぐに答えたのだった。

「お待ちしていました。どうぞ、マキウス様」
「モニカ、入りますよ」

 部屋に入って来たのはやはりマキウスだった。
 モニカと同じように湯浴みをしてきたのか、灰色の髪はサラリと背中に流れていたのだった。

「すみません。私から約束を取り付けながら遅くなりました」
「いえ。私も湯浴みを済ませたばかりでしたので」
「それで、髪を梳かしていたのですか?」

 鏡台に置いていた櫛を見つけたのだろう。
 モニカが頷くと、鏡台に近いてきたマキウスは櫛を手に取ったのだった。

「マキウス様?」
「私も梳かしていいですか?」
「は、はい。それは構いませんが……」

 すると、マキウスは鏡台の方を向くように言うと、後ろに立ってモニカの金の髪を梳かしだしたのだった。

「梳かすって、自分の髪ではなく、私の髪を梳かすんですか?」
「ええ。姉上から話を聞いて、貴女の髪をじっくり触れてみたかったんです。
 触り心地の良い髪だったと聞いたので」

 ヴィオーラから聞いたというのは、おそらく庭の木に引っかかった洗濯物を取ってもらった時の話だろう。
 ヴィオーラが髪に触れてきたのは、その時だけであった。

「でも、髪に触りたいだけなら、何も櫛で梳かす必要もないと思います。普通に触ればいいだけで……」
「せっかく貴女の髪に触らせてもらうんです。ただ触るだけにはいきません。
 それに、こう見えて子供の頃は、姉上に髪を梳かすように強要されたこともあるんです。無論、姉上の髪をですが」
「そ、そうですか……」

 髪を梳かされながら、きっとマキウスはいつものように魔力の補給に来たのだろうと、この時のモニカは思っていた。
 そのついでに髪を梳かしてくれるのだと。
 だから、油断していた。
 鏡越しにマキウスの手が止まったのが見えたかと思うと、不意に背中から抱きしめられたのだった。
 
「マキウス様……?」
「そのまま、前を向いていて下さい」

 モニカが振り向こうとすると、マキウスはそれを制して、ますます強く抱きしめてきた。

「何を我慢しているのですか?」
「が、我慢だなんて、そんな……!」

 赤面しながら、マキウスの力強い腕を解こうする。
 けれども腕は解けるどころか、マキウスはモニカの肩に顔を埋めてきたのだった。
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