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「着いたぞ」

 式の支度もあって、早朝から起きていた私は、緊張感もなく、いつの間にか寝ていたらしい。
 運転席から身体を揺すられて、目を覚ましたのだった。

「ここは……」
「だから約束した場所だって」

 そう言われて寝ぼけ眼で辺りを見渡すと、どこかの海岸沿いに連れて来られたようだった。
 どれくらい走ったのか、地平線に夕陽が沈もうとしていたのだった。

「ほら、降りろ」

 まるで誘拐犯に脅される様にして、恐る恐る車から降りようとすると、ウエディングドレスの裾を踏んで転びそうになる。

「うわぁ!」

 車のドアを掴んで、なんとか転ばずには済んだが、ビリッという嫌な音が聞こえてきた。
 ウエディングドレスの裾をそっと持ち上げると、裾が大きく裂けていた。

(ごめん。みどり、芳樹さん……)

 心の中で二人に謝りつつ、私は外で待つ男の後に続いたのだった。

 男の後ろを追う様に、私は海岸沿いを歩く。
 何も話さず、ただ海岸沿いを歩く男の影を踏みながら、波の音を聞いていると、急に男が立ち止まったのだった。

「なんで、結婚するんですか……」

 どこか項垂れているようにも見える乱入者の背中をじっと見つめる。

「芳樹さんが……相手が、良かったからで……」
「どうしておれは駄目なんですか!?」

 乱入者は叫ぶと、後ろを歩いていた私の方を振り向く。夕陽を浴びた乱入者の目元が、どことなく光り輝いている様に見えたのだった。

「以前、おれがこの場所で告白したら、『もやしみたいな男は嫌いだ』って。そうみどりさんが言ったから、あれから毎日、スポーツジムで鍛えたのに……。それなのに、どうしてあんな干物みたいなのと結婚するんですか。おれじゃ駄目なんですか……」
「そうでしたっけ……?」
「あの時、『じゃあ、もやしじゃなくなったら結婚してくれますか。またこの場所で告白してもいいですか』って聞いたら、みどりさんが頷いたから、おれは今日まで鍛えてきた。雨の日も、雪の日も、台風や暴風雨の日も。それなのに、あんまりだ……」

 筋骨隆々の大柄な乱入者が、まるで楽しみにしていたおもちゃを買ってもらえなかった子供の様に、しょぼくれて肩を落としていた。
 その姿に、掛ける言葉もなくーーいや、どう掛ければいいか分からず、私はただ顔を引き攣らせたのだった。
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