【完結】異世界で子作りしないで帰る方法〈加筆修正版〉

夜霞

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フェーンの正体【1】

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アズールスに告白されてからも、柚子の生活が変わる事は無かった。
アズールスと共に公文書館に行って、カルセドニーを手伝いつつ、館内の案内作りを続けて、屋敷に戻って、アズールスに添い寝されて寝る。
アズールスから告白の話を蒸し返される事は無かった。
マルゲリタ達もアズールスが柚子に告白した事を知らないのか、何も言って来なかった。
アズールスに告白の答えを返せないまま、ただ悪戯に時間ばかりが過ぎていったのだった。

「あのさ、嬢ちゃん」
「はい」 
その日は朝から雨が降っていた。
館長室で棚に設置する案内の作成をしていた柚子は、カルセドニーに名前を呼ばれて振り返った。
「その案内は、一昨日作っていたぞ」
「あれ? そうでしたっけ?」
柚子が慌てて作成途中の案内を見ると、確かに一昨日作成した覚えがあった。
「すみません……。気づきませんでした」
「いや。それよりも、最近はずっと調子が悪いじゃないか。どこか具合でも悪いのか?」
カルセドニーは柚子が作業をしていたソファーの向かい側に座るとーー柚子が片付けたおかげで、座れるようになった。心配そうに覗き込んだのだった。
「いえ。何でもないんです」
「本当か?」
柚子は小さく頷く。

本当は、アズールスに何て告白の返事をしたらいいのか、柚子はずっと迷っていた。
アズールスの告白に答えて結婚する。
それは、アズールスとの子供を産んでも、柚子は元の世界に帰らない事になる。
アズールスの先祖のように、柚子はこの世界で残りの人生を送る事になる。
家族も、友達も、何もかもを捨てて、この世界で生きる事になる。
本当にそれでいいのだろうか。
アズールスは「必ず幸せにする」と、言ってくれた。
その言葉を信じていいのだろうか。
そう考えていたら、仕事に身が入らなくなってしまった。

「もうすぐ、ここでの仕事も終わりだと思うと、なんだか寂しくなってしまっただけです」
公文書館の復旧作業も、いよいよ大詰めを迎えていた。
本の振り分けは、地下にある関係者以外立ち入り禁止にある本を除き、ほぼ終わっていた。
本の移動もほぼ終わり、残るは柚子が作成している見出しの作成だけだった。

柚子が寂しそうに肩を落としていると、カルセドニーが何か言おうと口を開きかけた時だった。
館長室の扉をノックする音が聞こえてきたのだった。
「入れ」
カルセドニーに促されて入ってきたのは、ガルシアだった。
「カルセドニーさん、すみません。嬢ちゃんにお客さんが来ていまして……」
「客ですか? アズールスさんではなく?」
柚子が首を傾げていると、ガルシアは続けた。
「アズールスや嬢ちゃんの屋敷からの使いで来た坊主で、確か、フェーンって名乗ってたような」
「フェーン君ですか? なら、行きます」
柚子はカルセドニーの方を向くと、カルセドニーは「行って来い」と頷いたのだった。
柚子はガルシアに続いて、館長室を出たのだった。
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