【完結】異世界で子作りしないで帰る方法〈加筆修正版〉

夜霞

文字の大きさ
上 下
12 / 109

公文書館・1

しおりを挟む
木製の大きな扉の先に入った柚子が最初に感じたのは、かつての職場の書庫を思い出すような埃の匂いであった。
新古始めとする天井近くの書架まで並んだ本と、その本の上に積もったむせ返るような埃の匂いと、それによって部屋中を満たす重い空気。
それが、柚子を懐かしい気持ちにさせたのだった。
「わぁ……」
「これでも公文書の一部なんだ。この部屋と隣の部屋にある資料は一般人でも自由に読む事が出来る」
アズールスが手で示した先には、同じくらいの広さの部屋が続いていたのだった。
「複写も可能なんですか? 勿論、貸出も!」
この世界に著作権や図書館法が存在するのかはわからないが、やはり元・図書館司書として気にならない訳がなかった。
柚子が食い気味に聞いたからだろうか、アズールスは面食らったかのように数回瞬きを繰り返した後に、答えてくれたのだった。
「いや。さすがに、複写と貸出は行なっていな……。いや。軍関係者なら複写と貸出は可能だ。一般人には行なっていなかったような」
「そうなんですか」
柚子は肩を落とす。軍事機密もあるから難しいんだろうと思った。
「ああ……。それに、実はこの公文書館は、軍の数ある公文書館の中でも最も利用頻度が低いんだ。特にここ数年は、他の公文書館で死蔵されていた本を集めた書庫と化していてな。それゆえに、軍関係者もあまり訪れない」
数年前、死蔵本ーー利用が無いまま、ただ書架にあるだけの本、によって公文書館の書架が埋もれていく事を嘆いた軍の上層部が、それなら軍関係者にも滅多に利用されず、しかし捨てるには惜しい本を、滅多に利用者が来ない公文書館に押し付けてしまえ。という事で、押し付けられたのがアズールスが働いている公文書館らしい。
また人件費も惜しいという事で、歳を理由に退役したが、体力だけはまだまだ有り余っている退役軍人数人を格安の給料で雇い、少数精鋭で公文書館を運営しているらしい。
この世界でも、公文書館ーー柚子の世界では図書館、が軽んじられているところは同じらしい。
「もしかして、アズールスさんがここで働いているのも……?」
アズールスから事情を聞いた柚子が訊ねると、アズールスは何とも言えない顔をしたのだった。
「それもある。だが、俺には軍を退役した時にもらった退職金があるし、他にも金の当てはあるから、多少、収入が低くとも問題はない。マルゲリタとファミリアの給金、更にはユズの生活費も賄えるくらいはある。それに」
アズールスは苦しそうに俯いたのだった。
「……俺には軍を辞めざるを得ない理由があったからな」
「それって……」
もしかして、ご家族を事故で亡くした事と関係があるのでは、と柚子は言いかけたが、アズールスが「すまない。見学の途中だったな」と話しを終わらせたのだった。
しおりを挟む
ツギクルバナー
感想 1

あなたにおすすめの小説

5年も苦しんだのだから、もうスッキリ幸せになってもいいですよね?

gacchi
恋愛
13歳の学園入学時から5年、第一王子と婚約しているミレーヌは王子妃教育に疲れていた。好きでもない王子のために苦労する意味ってあるんでしょうか。 そんなミレーヌに王子は新しい恋人を連れて 「婚約解消してくれる?優しいミレーヌなら許してくれるよね?」 もう私、こんな婚約者忘れてスッキリ幸せになってもいいですよね? 3/5 1章完結しました。おまけの後、2章になります。 4/4 完結しました。奨励賞受賞ありがとうございました。 1章が書籍になりました。

【完結】お飾りの妻からの挑戦状

おのまとぺ
恋愛
公爵家から王家へと嫁いできたデイジー・シャトワーズ。待ちに待った旦那様との顔合わせ、王太子セオドア・ハミルトンが放った言葉に立ち会った使用人たちの顔は強張った。 「君はお飾りの妻だ。装飾品として慎ましく生きろ」 しかし、当のデイジーは不躾な挨拶を笑顔で受け止める。二人のドタバタ生活は心配する周囲を巻き込んで、やがて誰も予想しなかった展開へ…… ◇表紙はノーコピーライトガール様より拝借しています ◇全18話で完結予定

家出したとある辺境夫人の話

あゆみノワ@書籍『完全別居の契約婚〜』
恋愛
『突然ではございますが、私はあなたと離縁し、このお屋敷を去ることにいたしました』 これは、一通の置き手紙からはじまった一組の心通わぬ夫婦のお語。 ※ちゃんとハッピーエンドです。ただし、主人公にとっては。 ※他サイトでも掲載します。

逃げて、追われて、捕まって

あみにあ
恋愛
平民に生まれた私には、なぜか生まれる前の記憶があった。 この世界で王妃として生きてきた記憶。 過去の私は貴族社会の頂点に立ち、さながら悪役令嬢のような存在だった。 人を蹴落とし、気に食わない女を断罪し、今思えばひどい令嬢だったと思うわ。 だから今度は平民としての幸せをつかみたい、そう願っていたはずなのに、一体全体どうしてこんな事になってしまたのかしら……。 2020年1月5日より 番外編:続編随時アップ 2020年1月28日より 続編となります第二章スタートです。 **********お知らせ*********** 2020年 1月末 レジーナブックス 様より書籍化します。 それに伴い短編で掲載している以外の話をレンタルと致します。 ご理解ご了承の程、宜しくお願い致します。

【電子書籍化進行中】声を失った令嬢は、次期公爵の義理のお兄さまに恋をしました

八重
恋愛
※発売日少し前を目安に作品を引き下げます 修道院で生まれ育ったローゼマリーは、14歳の時火事に巻き込まれる。 その火事の唯一の生き残りとなった彼女は、領主であるヴィルフェルト公爵に拾われ、彼の養子になる。 彼には息子が一人おり、名をラルス・ヴィルフェルトといった。 ラルスは容姿端麗で文武両道の次期公爵として申し分なく、社交界でも評価されていた。 一方、怠惰なシスターが文字を教えなかったため、ローゼマリーは読み書きができなかった。 必死になんとか義理の父や兄に身振り手振りで伝えようとも、なかなか伝わらない。 なぜなら、彼女は火事で声を失ってしまっていたからだ── そして次第に優しく文字を教えてくれたり、面倒を見てくれるラルスに恋をしてしまって……。 これは、義理の家族の役に立ちたくて頑張りながら、言えない「好き」を内に秘める、そんな物語。 ※小説家になろうが先行公開です

どうやら夫に疎まれているようなので、私はいなくなることにします

文野多咲
恋愛
秘めやかな空気が、寝台を囲う帳の内側に立ち込めていた。 夫であるゲルハルトがエレーヌを見下ろしている。 エレーヌの髪は乱れ、目はうるみ、体の奥は甘い熱で満ちている。エレーヌもまた、想いを込めて夫を見つめた。 「ゲルハルトさま、愛しています」 ゲルハルトはエレーヌをさも大切そうに撫でる。その手つきとは裏腹に、ぞっとするようなことを囁いてきた。 「エレーヌ、俺はあなたが憎い」 エレーヌは凍り付いた。

極悪家庭教師の溺愛レッスン~悪魔な彼はお隣さん~

恵喜 どうこ
恋愛
「高校合格のお礼をくれない?」 そう言っておねだりしてきたのはお隣の家庭教師のお兄ちゃん。 私よりも10歳上のお兄ちゃんはずっと憧れの人だったんだけど、好きだという告白もないままに男女の関係に発展してしまった私は苦しくて、どうしようもなくて、彼の一挙手一投足にただ振り回されてしまっていた。 葵は私のことを本当はどう思ってるの? 私は葵のことをどう思ってるの? 意地悪なカテキョに翻弄されっぱなし。 こうなったら確かめなくちゃ! 葵の気持ちも、自分の気持ちも! だけど甘い誘惑が多すぎて―― ちょっぴりスパイスをきかせた大人の男と女子高生のラブストーリーです。

踏み台令嬢はへこたれない

三屋城衣智子
恋愛
「婚約破棄してくれ!」  公爵令嬢のメルティアーラは婚約者からの何度目かの申し出を受けていたーー。  春、学院に入学しいつしかついたあだ名は踏み台令嬢。……幸せを運んでいますのに、その名付けはあんまりでは……。  そう思いつつも学院生活を満喫していたら、噂を聞きつけた第三王子がチラチラこっちを見ている。しかもうっかり婚約者になってしまったわ……?!?  これは無自覚に他人の踏み台になって引っ張り上げる主人公が、たまにしょげては踏ん張りながらやっぱり周りを幸せにしたりやっと自分も幸せになったりするかもしれない物語。 「わたくし、甘い砂を吐くのには慣れておりますの」  ーー踏み台令嬢は今日も誰かを幸せにする。  なろうでも投稿しています。

処理中です...