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公文書館・1
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木製の大きな扉の先に入った柚子が最初に感じたのは、かつての職場の書庫を思い出すような埃の匂いであった。
新古始めとする天井近くの書架まで並んだ本と、その本の上に積もったむせ返るような埃の匂いと、それによって部屋中を満たす重い空気。
それが、柚子を懐かしい気持ちにさせたのだった。
「わぁ……」
「これでも公文書の一部なんだ。この部屋と隣の部屋にある資料は一般人でも自由に読む事が出来る」
アズールスが手で示した先には、同じくらいの広さの部屋が続いていたのだった。
「複写も可能なんですか? 勿論、貸出も!」
この世界に著作権や図書館法が存在するのかはわからないが、やはり元・図書館司書として気にならない訳がなかった。
柚子が食い気味に聞いたからだろうか、アズールスは面食らったかのように数回瞬きを繰り返した後に、答えてくれたのだった。
「いや。さすがに、複写と貸出は行なっていな……。いや。軍関係者なら複写と貸出は可能だ。一般人には行なっていなかったような」
「そうなんですか」
柚子は肩を落とす。軍事機密もあるから難しいんだろうと思った。
「ああ……。それに、実はこの公文書館は、軍の数ある公文書館の中でも最も利用頻度が低いんだ。特にここ数年は、他の公文書館で死蔵されていた本を集めた書庫と化していてな。それゆえに、軍関係者もあまり訪れない」
数年前、死蔵本ーー利用が無いまま、ただ書架にあるだけの本、によって公文書館の書架が埋もれていく事を嘆いた軍の上層部が、それなら軍関係者にも滅多に利用されず、しかし捨てるには惜しい本を、滅多に利用者が来ない公文書館に押し付けてしまえ。という事で、押し付けられたのがアズールスが働いている公文書館らしい。
また人件費も惜しいという事で、歳を理由に退役したが、体力だけはまだまだ有り余っている退役軍人数人を格安の給料で雇い、少数精鋭で公文書館を運営しているらしい。
この世界でも、公文書館ーー柚子の世界では図書館、が軽んじられているところは同じらしい。
「もしかして、アズールスさんがここで働いているのも……?」
アズールスから事情を聞いた柚子が訊ねると、アズールスは何とも言えない顔をしたのだった。
「それもある。だが、俺には軍を退役した時にもらった退職金があるし、他にも金の当てはあるから、多少、収入が低くとも問題はない。マルゲリタとファミリアの給金、更にはユズの生活費も賄えるくらいはある。それに」
アズールスは苦しそうに俯いたのだった。
「……俺には軍を辞めざるを得ない理由があったからな」
「それって……」
もしかして、ご家族を事故で亡くした事と関係があるのでは、と柚子は言いかけたが、アズールスが「すまない。見学の途中だったな」と話しを終わらせたのだった。
新古始めとする天井近くの書架まで並んだ本と、その本の上に積もったむせ返るような埃の匂いと、それによって部屋中を満たす重い空気。
それが、柚子を懐かしい気持ちにさせたのだった。
「わぁ……」
「これでも公文書の一部なんだ。この部屋と隣の部屋にある資料は一般人でも自由に読む事が出来る」
アズールスが手で示した先には、同じくらいの広さの部屋が続いていたのだった。
「複写も可能なんですか? 勿論、貸出も!」
この世界に著作権や図書館法が存在するのかはわからないが、やはり元・図書館司書として気にならない訳がなかった。
柚子が食い気味に聞いたからだろうか、アズールスは面食らったかのように数回瞬きを繰り返した後に、答えてくれたのだった。
「いや。さすがに、複写と貸出は行なっていな……。いや。軍関係者なら複写と貸出は可能だ。一般人には行なっていなかったような」
「そうなんですか」
柚子は肩を落とす。軍事機密もあるから難しいんだろうと思った。
「ああ……。それに、実はこの公文書館は、軍の数ある公文書館の中でも最も利用頻度が低いんだ。特にここ数年は、他の公文書館で死蔵されていた本を集めた書庫と化していてな。それゆえに、軍関係者もあまり訪れない」
数年前、死蔵本ーー利用が無いまま、ただ書架にあるだけの本、によって公文書館の書架が埋もれていく事を嘆いた軍の上層部が、それなら軍関係者にも滅多に利用されず、しかし捨てるには惜しい本を、滅多に利用者が来ない公文書館に押し付けてしまえ。という事で、押し付けられたのがアズールスが働いている公文書館らしい。
また人件費も惜しいという事で、歳を理由に退役したが、体力だけはまだまだ有り余っている退役軍人数人を格安の給料で雇い、少数精鋭で公文書館を運営しているらしい。
この世界でも、公文書館ーー柚子の世界では図書館、が軽んじられているところは同じらしい。
「もしかして、アズールスさんがここで働いているのも……?」
アズールスから事情を聞いた柚子が訊ねると、アズールスは何とも言えない顔をしたのだった。
「それもある。だが、俺には軍を退役した時にもらった退職金があるし、他にも金の当てはあるから、多少、収入が低くとも問題はない。マルゲリタとファミリアの給金、更にはユズの生活費も賄えるくらいはある。それに」
アズールスは苦しそうに俯いたのだった。
「……俺には軍を辞めざるを得ない理由があったからな」
「それって……」
もしかして、ご家族を事故で亡くした事と関係があるのでは、と柚子は言いかけたが、アズールスが「すまない。見学の途中だったな」と話しを終わらせたのだった。
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