【完結】異世界で子作りしないで帰る方法〈加筆修正版〉

夜霞

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絶望の夜と出会い・3

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夕方、柚子は人の気配で目を覚ました。
ゆっくり目を開けると、目の前には今朝、出掛けて行ったはずの青年が、柚子の顔を覗き込んでいたのだった。
「わっ!?」
驚いた柚子が勢いよく起き上がると、柚子の前髪がふんわりと落ちてきた。
顔があった辺りに青年の手だけが所在なさげに残っている事から、どうやら柚子がソファーで寝ている間、青年が柚子の前髪に触れていたようだった。
(ど、どうしよう……!?)
昨夜の恐怖を少しずつ思い出してきた柚子は、オロオロと顔を彷徨わせた。
「——!」
すると、挙動不審になった柚子がおかしかったのか、青年が突然、笑い出したのだった。
口元を押さえて笑う青年の姿に、柚子は恐怖心よりも怒りが湧いてきた。
挙動不審になっているのは、誰が原因だと思っているのか。
怒りと不満で柚子はムスっとしていたが、やがて青年につられて笑ってしまったのだった。
(なんだ……。改めて、こうして見ると普通にイケメンじゃない)
二人はしばらく笑い合った。
そうして、落ち着いてきた頃に、青年は柚子の隣に座った。
そして、自分の顔を指差しながら、柚子に話しかけてきたのだった。
「ア……ズー…ル……ス」
柚子は青年の指先をじっと見つめながら、何を伝えたいのかを考える。
その間も、青年は自らの顔を指差しながら、何度も同じ言葉を繰り返していた。
どうやら、青年は名前を名乗っているようだった。
「あ、ずー、る、す?」
柚子がおずおずと言葉を返すと、青年は満足そうに何度も頷いた。
青色の瞳を細めて、嬉しそうに笑う青年のーーアズールスの顔を見ていると、何故か柚子は安心した気持ちになったのだった。
そうして、柚子も自らの顔を指して口を開いた。
「ユ……ズ……。ユズ」
今度はアズールスが首を傾げる番だった。
柚子は根気よく何度も続けた。
「ユズ!」
やがて、柚子の言葉が通じたのか、アズールスは名前を呼んでくれた。
柚子は嬉しくなり、笑顔で何度も頷いたのだった。
(なんだろう……? この気持ち)
昨夜の恐怖を忘れた訳ではなかった。
けれども、嬉しそうなアズールスの顔を見ていると、実は良い人なのかもしれないと思えてきたのだった。
すると、アズールスは柚子の手を取って立ち上がった。
柚子も立ち上がると、アズールスは柚子の手を引っ張るようにして部屋を出たのだった。

連れて行かれたのは、屋敷内の食堂であった。
二人が食堂にやって来た音が聞こえたのか、老婆が反対側の扉から入って来た。
老婆は驚いた顔をしたが、アズールスといくらか話すと、入って来た扉の向こうに消えた。
柚子はまたアズールスに手を引かれると、椅子に座るように身振りで示される。
アズールスと一緒にしばらく待っていると、老婆が夕食が載ったワゴンを押して入ってきたのだった。
どうやら、アズールスが柚子と一緒に食べると老婆に話したらしい。
ワゴンにはきっちりと、二人分の夕食が載っていたのだった。
朝食や昼食よりも、やや豪華な夕食を柚子は対面に座っているアズールスと一緒にとった。
食事をしながら、アズールスは何かを話しかけてくるが、全く言葉がわからない柚子は笑ったり、頷く事しか出来なかった。
それでもアズールスは不快な顔をする事も無く、柚子に話しかけ、笑いかけてくれたのだった。

二人で夕食を済ませた後、アズールスは柚子を部屋まで送ってくれた。
柚子を部屋の前まで送った後、隣の部屋の扉を開けて中に入って行った事から、どうやら隣がアズールスの部屋だという事がわかったのだった。
柚子は老婆が用意してくれた湯で身体を清めると、用意してもらった寝巻きに着替えてベッドに入る。
そうして、昼間、少女と老婆が持ってきてくれた絵本を読んでいたのだった。
(いつ元の世界に帰れるかわからない以上、この世界の言葉を覚える必要があるよね……)
絵本はおそらく、幼児向けに描かれたものであろう。
この絵本を繰り返し読む事で、いつかはこの世界の言葉がわかるようになるかもしれない。
柚子が言葉を覚える事を決意すると、部屋の扉をコンコンと叩かれたのだった。
「はい?」
柚子が返事をすると扉が開かれた。
部屋に入ってきたのは、先程、自分の部屋に戻ったはずのアズールスであった。
柚子が首を傾げていると、アズールスはつかつかとベッドに近づいてくる。
アズールスも身体を清めたのか、胸辺りまで伸びている黒髪はやや湿っていた。
そうして、当たり前の様にベッドに入ってくると、柚子の隣に寝たのだった。
「ちょっと……!? 何してるの!?」
柚子はベッドから追い出そうとするが、アズールスはビクともしなかった。
やがて、柚子も横になって隣に来るように手振りで示してきた。
柚子は絵本をベッドサイドに置くと、諦めてアズールスが寝ている側の反対側の端に横になったのだった。
アズールスは一度起き上がると、燭台の蝋燭ーー老婆が用意してくれた。を消した。
すると、部屋は月明かりが差し込むだけの真っ暗闇に包まれたのだった。
柚子は昨夜の恐怖を思い出して、心臓がバクバクと激しく波打ち始めたのを感じた。
ギュッと目を閉じ、シーツを握りしめて、息を潜めていると、背中に温かいものが当たった。
柚子が驚いていると、今度はシーツを握りしめていた手を別の温かい手が、優しく包んだのだった。
柚子はそっと目を開ける。
やがて、暗闇に目が慣れてくると、シーツを握る柚子の手を、後ろから伸びてきた大きな手が包んでいる事に気づいたのだった。
頭だけ動かして柚子が後ろを向くと、柚子の背中にぴったりとくっついたアズールスが眠っていたのだった。
柚子はアズールスを振り解こうとするが、アズールスの気持ち良さそうに眠る姿を見ていたら、だんだん気力が無くなってきた。
それどころか、アズールスの体温に負けて、眠気も出てきたのだった。
(どうして、昨晩、あんな事をされたのに……)
どうして、アズールスの隣で眠れるわけが無いのに、どうして。と柚子は自問自答しながらも眠りについたのだった。

そして、アズールスは柚子が寝息を立て始めた事に気がつくと、柚子の手をそっと離した。
愛おしそうに、柚子の肩まで伸びた黒髪を撫でると、その髪にそっと口づけを落とす。
柚子の腰に腕を回すと、アズールスもまた眠りについたのだった。
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