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脳食願望⑪
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陽子は職場のデスクに座っていた。
津田と話したあの日から、陽子はどこか宙に浮いたような落ち着きの無い日々を過ごしていた。
ここ数日、津田の言った言葉を一字一句、何度も思い出しては反芻していた。
『あなたの秘密は僕が守る』
彼は確かにそう言ったか……。なぜ彼が自分の為にそこまでするのか、陽子には皆目検討つかなかった。
上司が実は異常者で、自分の同僚を殺害して脳を抜き取って食べていた。
普通なら即通報するだろう。しかし彼はそうしなかった。そのおかげで自分は今もこうしていつも通り生活ができているのだ。
「花宮さん、ちょっと資料を確認して欲しいんですが」
津田が私のデスクにやってきた。
「あぁ、いいですよ」
陽子は努めて平静を保った。
渡された資料に視線を落とす。資料は白紙だった。
「明日、空いてますか? 出来れば伝えておきたいことがあるんです……来栖さんの件で」
津田は誰にも聞こえないよう、小さく囁いた。
陽子はどきりとしたが、頷いて返事をした。
「ありがとうございました。修正してきます」
津田は白紙の紙束を陽子から回収すると足早に去って行った。
季節は晩秋に差し掛かっているが、日中の陽射しはまだ程よく暖かだった。
山の木々の間から、陽光がチカチカと明滅していた。
「この辺りは、学生時代に何度か来たことがあるんですよ」
運転席でハンドルを握る津田は、おもむろにそんなことを話した。
助手席で、借りてきた猫のようにしている陽子に気を使ったのかもしれない。
「そ、そうなんだ」
陽子はぎこちなく答えた。
単純に、休日に若い男性と二人で出かけるというシチュエーションに慣れていないのもあるが、それ以上に津田の行動の意味を推し測れずに困惑していた。
「あ、あのさ……どうして津田君は」
意を決した陽子の質問はブレーキの音に邪魔され、空振りに終わった。
どうやら目的地に到着したらしい。
「あぶない、通り過ぎるところでした。この辺りです」
到着したのは、郊外の山の中を通る道路の丁度中間地点だった。
小さな待避スペースに車を停めた津田は、周りに人気が無いことを確認してから車を出る。
それを追うように、陽子も車から外に出た。
ひんやりと冷たい空気に、湿気た土の臭いがつんと鼻を突いた。
「少し待ってくださいね」
そう言って津田は車のトランクから脚立を取り出してきた。
道路の側面には法面と呼ばれる人工的な斜面が造られている。
そこに脚立を立て掛け、するすると上へ登って行った。
「さぁ、花宮もどうぞ。脚立押さえときますから」
斜面の上から津田が声をかける。陽子はおっかなびっくり脚立を登った。
密生している木々の間をすり抜けながら少し進んだ所に、ほんの畳一畳分程度だけ地面が平らな場所が現れた。
「ここが……そうなの?」
陽子は津田に尋ねた。
「そうですね……来栖さんは今、ここに眠っています」
「どうして死体を移動させたの?」
「花宮さんが以前来栖さんの死体を埋めていた山は、近々山腹工事が入る予定になっていました。もし死体を掘り返されたりしたら大変です。それに、穴が浅かったので野犬に漁られるリスクもありました」
津田は淡々と答えた。確かに、今思うとかなり粗の多い死体遺棄だったように感じる。
「でも、なぜ私を此処へ?」
「あなたにも知らせておくべきかと。また死体を移動させる事態が起きるかもしれませんし」
あなたにも、とはどういうことだろうか。次また不足の事態が起こった時に、また彼は私を助けてくれるつもりなのだろうか。陽子には分からなかった。
津田と話したあの日から、陽子はどこか宙に浮いたような落ち着きの無い日々を過ごしていた。
ここ数日、津田の言った言葉を一字一句、何度も思い出しては反芻していた。
『あなたの秘密は僕が守る』
彼は確かにそう言ったか……。なぜ彼が自分の為にそこまでするのか、陽子には皆目検討つかなかった。
上司が実は異常者で、自分の同僚を殺害して脳を抜き取って食べていた。
普通なら即通報するだろう。しかし彼はそうしなかった。そのおかげで自分は今もこうしていつも通り生活ができているのだ。
「花宮さん、ちょっと資料を確認して欲しいんですが」
津田が私のデスクにやってきた。
「あぁ、いいですよ」
陽子は努めて平静を保った。
渡された資料に視線を落とす。資料は白紙だった。
「明日、空いてますか? 出来れば伝えておきたいことがあるんです……来栖さんの件で」
津田は誰にも聞こえないよう、小さく囁いた。
陽子はどきりとしたが、頷いて返事をした。
「ありがとうございました。修正してきます」
津田は白紙の紙束を陽子から回収すると足早に去って行った。
季節は晩秋に差し掛かっているが、日中の陽射しはまだ程よく暖かだった。
山の木々の間から、陽光がチカチカと明滅していた。
「この辺りは、学生時代に何度か来たことがあるんですよ」
運転席でハンドルを握る津田は、おもむろにそんなことを話した。
助手席で、借りてきた猫のようにしている陽子に気を使ったのかもしれない。
「そ、そうなんだ」
陽子はぎこちなく答えた。
単純に、休日に若い男性と二人で出かけるというシチュエーションに慣れていないのもあるが、それ以上に津田の行動の意味を推し測れずに困惑していた。
「あ、あのさ……どうして津田君は」
意を決した陽子の質問はブレーキの音に邪魔され、空振りに終わった。
どうやら目的地に到着したらしい。
「あぶない、通り過ぎるところでした。この辺りです」
到着したのは、郊外の山の中を通る道路の丁度中間地点だった。
小さな待避スペースに車を停めた津田は、周りに人気が無いことを確認してから車を出る。
それを追うように、陽子も車から外に出た。
ひんやりと冷たい空気に、湿気た土の臭いがつんと鼻を突いた。
「少し待ってくださいね」
そう言って津田は車のトランクから脚立を取り出してきた。
道路の側面には法面と呼ばれる人工的な斜面が造られている。
そこに脚立を立て掛け、するすると上へ登って行った。
「さぁ、花宮もどうぞ。脚立押さえときますから」
斜面の上から津田が声をかける。陽子はおっかなびっくり脚立を登った。
密生している木々の間をすり抜けながら少し進んだ所に、ほんの畳一畳分程度だけ地面が平らな場所が現れた。
「ここが……そうなの?」
陽子は津田に尋ねた。
「そうですね……来栖さんは今、ここに眠っています」
「どうして死体を移動させたの?」
「花宮さんが以前来栖さんの死体を埋めていた山は、近々山腹工事が入る予定になっていました。もし死体を掘り返されたりしたら大変です。それに、穴が浅かったので野犬に漁られるリスクもありました」
津田は淡々と答えた。確かに、今思うとかなり粗の多い死体遺棄だったように感じる。
「でも、なぜ私を此処へ?」
「あなたにも知らせておくべきかと。また死体を移動させる事態が起きるかもしれませんし」
あなたにも、とはどういうことだろうか。次また不足の事態が起こった時に、また彼は私を助けてくれるつもりなのだろうか。陽子には分からなかった。
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