脳食願望

顎(あご)

文字の大きさ
上 下
12 / 14

脳食願望⑪

しおりを挟む
  陽子は職場のデスクに座っていた。
 津田と話したあの日から、陽子はどこか宙に浮いたような落ち着きの無い日々を過ごしていた。

 ここ数日、津田の言った言葉を一字一句、何度も思い出しては反芻していた。

『あなたの秘密は僕が守る』

 彼は確かにそう言ったか……。なぜ彼が自分の為にそこまでするのか、陽子には皆目検討つかなかった。
 上司が実は異常者で、自分の同僚を殺害して脳を抜き取って食べていた。
 普通なら即通報するだろう。しかし彼はそうしなかった。そのおかげで自分は今もこうしていつも通り生活ができているのだ。

「花宮さん、ちょっと資料を確認して欲しいんですが」
 津田が私のデスクにやってきた。
「あぁ、いいですよ」
 陽子は努めて平静を保った。
 渡された資料に視線を落とす。資料は白紙だった。
「明日、空いてますか? 出来れば伝えておきたいことがあるんです……来栖さんの件で」
 津田は誰にも聞こえないよう、小さく囁いた。
 陽子はどきりとしたが、頷いて返事をした。
「ありがとうございました。修正してきます」
 津田は白紙の紙束を陽子から回収すると足早に去って行った。


 季節は晩秋に差し掛かっているが、日中の陽射しはまだ程よく暖かだった。
 山の木々の間から、陽光がチカチカと明滅していた。
「この辺りは、学生時代に何度か来たことがあるんですよ」
 運転席でハンドルを握る津田は、おもむろにそんなことを話した。
 助手席で、借りてきた猫のようにしている陽子に気を使ったのかもしれない。
「そ、そうなんだ」
 陽子はぎこちなく答えた。
 単純に、休日に若い男性と二人で出かけるというシチュエーションに慣れていないのもあるが、それ以上に津田の行動の意味を推し測れずに困惑していた。

「あ、あのさ……どうして津田君は」
 意を決した陽子の質問はブレーキの音に邪魔され、空振りに終わった。
 どうやら目的地に到着したらしい。
「あぶない、通り過ぎるところでした。この辺りです」
 到着したのは、郊外の山の中を通る道路の丁度中間地点だった。
 小さな待避スペースに車を停めた津田は、周りに人気が無いことを確認してから車を出る。
 それを追うように、陽子も車から外に出た。
 ひんやりと冷たい空気に、湿気た土の臭いがつんと鼻を突いた。
「少し待ってくださいね」
 そう言って津田は車のトランクから脚立を取り出してきた。
 道路の側面には法面のりめんと呼ばれる人工的な斜面が造られている。
 そこに脚立を立て掛け、するすると上へ登って行った。
「さぁ、花宮もどうぞ。脚立押さえときますから」
 斜面の上から津田が声をかける。陽子はおっかなびっくり脚立を登った。
 密生している木々の間をすり抜けながら少し進んだ所に、ほんの畳一畳分程度だけ地面が平らな場所が現れた。
「ここが……そうなの?」
 陽子は津田に尋ねた。
「そうですね……来栖さんは今、ここに眠っています」
「どうして死体を移動させたの?」
「花宮さんが以前来栖さんの死体を埋めていた山は、近々山腹工事が入る予定になっていました。もし死体を掘り返されたりしたら大変です。それに、穴が浅かったので野犬に漁られるリスクもありました」
 津田は淡々と答えた。確かに、今思うとかなり粗の多い死体遺棄だったように感じる。
「でも、なぜ私を此処へ?」
「あなたにも知らせておくべきかと。また死体を移動させる事態が起きるかもしれませんし」
 
 あなたにも、とはどういうことだろうか。次また不足の事態が起こった時に、また彼は私を助けてくれるつもりなのだろうか。陽子には分からなかった。

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

食べたい

白真 玲珠
ホラー
紅村真愛は、どこにでもいそうなごく普通の女子高生、ただ一つ彼女の愛の形を除いては…… 第6回ホラー・ミステリー小説大賞応募作品 表紙はかんたん表紙メーカー様にて作成したものを使用しております。

ネズミの話

泥人形
ホラー
今の私は、ネズミに似ている。 表紙イラスト:イラストノーカ様

心霊捜査官の事件簿 依頼者と怪異たちの狂騒曲

幽刻ネオン
ホラー
心理心霊課、通称【サイキック・ファンタズマ】。 様々な心霊絡みの事件や出来事を解決してくれる特殊公務員。 主人公、黄昏リリカは、今日も依頼者の【怪談・怪異譚】を代償に捜査に明け暮れていた。 サポートしてくれる、ヴァンパイアロードの男、リベリオン・ファントム。 彼女のライバルでビジネス仲間である【影の心霊捜査官】と呼ばれる青年、白夜亨(ビャクヤ・リョウ)。 現在は、三人で仕事を引き受けている。 果たして依頼者たちの問題を無事に解決することができるのか? 「聞かせてほしいの、あなたの【怪談】を」

通学路の電柱に、幽霊である彼女は潜む

アイララ
ホラー
学校の居残りには気を付けてくださいね。 帰るのが遅くなって夜道を歩く事になったら、彼女に出会いますから。 もし出会ったら?その時は彼女の言う事をよ~く聞けば助かるかもしれません。

ここから先は殺人多発地域

ゆうきの小説
ホラー
殺人事件が多発している地域に引っ越すことになった4人家族世帯。 彼らの新居はとても華やかで煌びやかであった。 父は心配していたことがバカバカしく思えて、高らかに笑うのだが、 果たして、皆が心配していたことは現実となるのか。 それともただの戯言なのか。その疑問は未だに闇の中である。

無名の電話

愛原有子
ホラー
このお話は意味がわかると怖い話です。

断末魔の残り香

焼魚圭
ホラー
 ある私立大学生の鳴見春斗(なるみはると)。  一回生も終わろうとしていたその冬に友だちの小浜秋男(おばまあきお)に連れられて秋男の友だちであり車の運転が出来る同い歳の女性、波佐見冬子(はさみとうこ)と三人で心霊スポットを巡る話である。 ※本作品は「アルファポリス」、「カクヨム」、「ノベルアップ+」「pixiv」にも掲載しています。

功名の証(こうみょうのあかし)

北之 元
ホラー
☆あらすじ  近郊の寺から盗まれ、その後見つかって返還された戦国時代の甲冑。オカルト趣味で親交のあるA夫、B輔、C子の三人は、それが盗難直後に出品されていたオークション会場で発生した、大量猟奇殺人事件と何らかの関わりがあるらしいことをつきとめ、「呪いの甲冑」の現物を一目見ようと寺の収蔵庫に忍び込む。彼らは数百年の時代を経たのみならず、一度火災に遭っているはずの甲冑が新品同様に無傷なことをいぶかしがるが、C子がたわむれにその甲冑を身につけたとたん、身の毛もよだつ怖ろしいことが起こる。――しかし、それはその後展開する前代未聞の怪異で凄惨なできごとの序章にすぎなかった。   ☆作品について    前作「転生の剣」と同じく、自作の模型から着想を得ました。私は基本がモデラーなので、創作に当たってはまず具象物を拵えることでその“依代(よりしろ)”を確保し、次いでそこから生じるイメージを文章化するという手順になるようです。 自分の力量不足を承知で今回はホラー小説に挑戦してみたのですが、本当に怖いと思える話を書くことの難しさをしみじみ実感させられました。及ばずながら自分なりにいろいろ工夫してはおりますが、はたして文字でどこまでリアルな恐怖感を表現できたのか甚だ不安です。  もとより文学とは縁遠い小生ゆえ、お目汚しの駄作レベルとは存じますが、あえて読者諸兄のご高覧に供しますので、率直なご意見を賜ることができましたら幸甚です。  

処理中です...