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6.失われた記憶(2)
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「レス!」
バンッ。
宿の扉が激しい勢いで開け放たれた。中から飛び出したレスファートが駆け出し、すぐに、宿の前に繋いであった馬の鐙に足をかけて伸び上がり、鞍に両手を伸ばす。小柄な体では大人用の鞍に掴まるのが精一杯だが、少年は必死にしがみついて、体を鞍の上へずり上げた。
「レス!」
後から飛び出したイルファが、鞍の上で危なっかしく均衡を取りながら手綱を握る少年を見つけ、慌てて走り寄る。
「待てよ!」
「いやだ!」
レスファートはプラチナブロンドを乱して叫び、きっとイルファを睨みつけた。淡い色の瞳が激しい色に燃え上がっている。
「ユーノの所へ行くんだ!」
「アシャが待ってろと言っただろ!」
イルファは、馬が不用意に走り出さぬように、その前で大手を広げて立ち塞がりながら喚いた。
「でも!」
少年は瞳をなおも煌めかせて言い返す。
「ユーノに何かあったに違いないんだ! 感じるんだもん!!」
「だからと言って、お前が行ってどうするんだ!」
埒が明かないと見たイルファは、声を荒げた。
「アシャが行ってるんだ、大丈夫だろ!」
「イルファにはわからない……」
レスファートは小さな手で鞍の端を掴んだ。きつく噛みしめた唇から血の気が引いて真っ白になっている。
「母さまをあきらめろっていわれて……ぼくがどんな気持ちだったか…」
見る見るアクアマリンの瞳が曇る。
「母さまはいないんだって……どんな気持ちで思ったか……」
滲んでくる涙を飲み下そうとする努力も虚しく、光る粒は零れ落ち、レスファートの頬を伝った。
通りがかる人々が何事かと訝しげな目で彼らを見て行く。
「どうして……ぼくは……母さまにおいていかれたんだろうって……いつも……わかんなかった」
「レス……レスファート王子…」
その後を続けられずに、イルファは口を開いたまま、その彼にレスファートは胸を絞るような声で被せる。
「それでも…母さまはあきらめたんだ…………でも」
かっと強く大きく目を見開く。
「ユーノだけは絶対あきらめない!!」
激しく鞍を掴んだ指、腕がぶるぶる震えている。紛れもない、人に自分の意志を満たすことを求める力、王子としての誇りが幼い顔に過るのに、イルファはしかめていた眉を和らげた。こんなところで、その能力を使わなくてもいいだろう、と溜め息をつく。
「わかった……ああ、わかったよ……レス」
肩を竦める。
「宿に伝言を残して、南西の台地へ行こう。その代わり、ユーノの位置を捉え損なうなよ」
「うん!!」
ぱっとレスファートの顔が明るくなった。片手を放し、ごしごし濡れた頬を擦る。と、それでバランスを崩したのか、ぐらりと少年の体が傾き鞍から一気に滑り落ちた。
「きゃ…」
「わ!!」
必死に滑り込んだイルファの腕に、間一髪、どさりと小さな体が転がり込んでくる。
「いたぁ…」
「ふう…」
(やれやれ全く何て惚れ込み方をしてるんだか)
これじゃあ、旅が終わってレクスファに戻ったとしても、ユーノを召し抱えるとか言い出すんじゃないだろうな。
(まあ、それも悪くないか)
あの気っぷ、あの剣の冴え、隣に居れば百万の味方を得たようなもの。乱世をしのぐに必要な人材には違いない。
(そこにアシャが居れば言うことはないんだが)
「ありがとう、イルファ!」
土塗れになっても嬉しそうに笑いかけてくるレスファートに、イルファはおどけて片方の眉を上げてみせた。
「よし…」
アシャの声が静かに平原竜(タロ)を止めた。
すっきりと晴れ渡ることのないスォーガの、灰色の空の下には相も変わらず赤茶けた草と岩が渺々と広がっている。街があるのは国の東の方のみで、後は畑にもならねば牧畜にも使えない荒れた土地だ。
「モス兵士を見たのはこの辺りか?」
アシャの問いかけに、ユーノは周囲を見回した。
暮れ始めた日の光は、物の形を妙に歪めて照らし出していたが、ここではないようだ。
「もう少し北だと思うけど」
「そうか」
それっきり、また口もきかずに平原竜(タロ)を進めるアシャを、ユーノはちらりと見上げた。女性的な顔立ちに不自然な隙のなさ、不安定な揺らぎをそのまま凝縮したような不思議さ。儚さと力強さ、静けさと激しさ、相反する要素が絡み合い入り交じって調和している。
(この人を描こうとする絵師は大変だろう)
数瞬ごとに移り変わる美をまとめあげ封じ込めるには、途轍もない才能が必要になる。
「さっきさ…」
「ん?」
ユーノの問いかけに我に返ったように瞬きし、それでも前方遠くを眺めている。
「斥候と、頭の整理、と言ったよね」
「ああ」
「悩み事?」
「まあな」
「……恋愛の?」
「どうしてだ?」
相手がひょいと覗き込んでくる。
「いや…なんとなくさ……」
その瞳が眩く、思わず顔を逸らせながら応じる。
「あなたに合いそうだったから」
「合いそう、か」
微かな苦笑がアシャの片頬に広がった。
「そんなに難しいの?」
如何にも手詰まり、そういうどこか苦しげな表情に思わず突っ込んでしまう。ぴくりと頬に緊張が走った。
「……相手がか?」
「うん」
「……まあな」
アシャは曖昧にことばを濁す。
お前では相談相手にならない、そう突き放された気がして、急いでことばを継いだ。
「信じられないや」
「ん?」
「あなたほどの人だったら、嫌う女なんていないような気がするけど」
沈黙。スォーガを吹き渡る風を追うように、アシャは天を振り仰ぎ、小さく溜め息をつく。
「それが全然だめでね」
乗り手の不安に応じたのか、走りかけた平原竜(タロ)の気配を敏感に察し、手綱で軽く制してアシャは続ける。
「こっちの気持ちを全く…気づいてくれない」
唇が軽く尖った。不満そうな子どもの声、この綺麗な人にそんな顔をさせる相手が想像できない。
「いい女?」
仲間内でよく話題になるような、街の女みたいなんだろうか。豊かな胸と腰、柔らかでまろやかな肌、微笑んだ顔にほっとし、甘い匂いに体が脈打つ、そんな類の?
「……俺にとっては、誰よりも大事な女だよ」
「…」
ずきん、と胸の奥に痛みが走って戸惑った。
(どうしたんだろう?)
やっぱり傷が治り切っていなかったのを無理して出て来たのはまずかったのか。けれど、場所が微妙に違うような気もする。なぜか、その先を考えたくなくなって、急いで問いを重ねた。
「美人?」
「かなりの」
「優しい?」
「ああ、どんな女より、な」
「色っぽい?」
「たぶん。………守ってやりたいよ」
けれど、いつも、できない。
「……っ」
こちらの胸を甘酸っぱく滲ませるような切なさを込めて呟かれ、思わず眉をしかめた。頭のどこかを痛みが貫く。裂け目に落ちた傷はあるが、こちらは完全に治っているはずだ。
(何か、思い出せそうな……何か)
守ってやりたい女。
(ボクじゃないな)
「っ!」
思わずぶんぶんと頭を振る。
(当たり前だろ!)
「どうした? 傷が痛むのか?」
「え、いや」
アシャの不安そうな声に、ぎくりと体を強張らせる。傷が痛い、などと言えば連れ戻されるだろう。
「大丈夫」
笑い返したとたん、
『優しくしないでよ』
(え?)
胸の中で響いた、もう一つの声にユーノは瞬きした。
『期待してしまうから……優しくしないでよ』
同じ声がもう一度、胸の奥で呟く。
(何を考えてる?)
困惑し、次々湧き上がる声に混乱する。
『何を期待する』『期待するものなどありはしない』『ずっと一人だった』『守ってもらえる相手なぞいない』
(誰? 何?)
「ユーノ?」
訝しげに尋ねてくるアシャの顔が視界でぼやけた。痛みが急に広がる。血の気が引く。肩から頭から痛みの渦が次々襲ってきて目眩がする。息が弾んで、それでも必死に反論する、それが唯一気を失わない方法のように思えて。
「ボクは…ユーノじゃない……っ…」
一人ぼっちのユーノではなく。
仲間が居て、強大な敵にも皆で立ち向かえる野戦部隊(シーガリオン)の。そこには女はいなくて男だけだから、比較されることも自分の存在を否定されることもない、ただ仲間だけが居る世界の。
「ボクはニスフェル……野戦部隊(シーガリオン)の…っ」
ことばだけでは負けそうな気がして逃げようとした、その瞬間、塞がりかけていた傷を大きく捻った。ざくりと響く激痛、視界が一気に暗くなる。
「く…っ」
吐き気に目を閉じる、このまま地面に落下する、そう覚悟した矢先、
「星の剣士(ニスフェル)!」
ぐっと確かな腕が自分を支えるのを感じて薄目を開けた。
アシャの腕の中にいつの間にかすっぽりと包み込まれているのを知る。
「ふ…」
どうやら痛みの衝撃で、アシャの方へ倒れ込んだらしい。それとも、落ちかけたユーノをアシャが引き寄せてくれたのだろうか。
右肩からじんじん熱い波が広がっていく。回復を早めようと大人しくしていなかったのが裏目に出たのか、体を起こそうとしても目眩がして動けない。
「無理をするな」
労るようなアシャの声がした。
「前の傷を擦ってるからな……それに……女にあの槍傷は堪える」
「は…?」
ぼんやりとする頭の中に聞き慣れないことばが飛び込み、瞬きする。
「女……? 誰が…?」
「お前だ」
「そんなはず…」
「お前だよ、ユーノ」
ふいに何かを耐えかねたように、アシャが腕の力を強めた。包まれる、というより、抱き締められる形になって、首筋に低い声が届き、背筋が震える。
「お前だ…」
俺の……。
続くことばに思わず首を振った。抵抗しようとした力がアシャの胸の中へ吸い込まれていく。戻されたのは深く穏やかな安心。
『わたしの』
胸の奥の声が華やぐ。
「ちが…」
いきなり襲った強い眠気は、限界を越えた体のせいか、それともこのまま続く会話の果てに響くことばを聞くまいとしたのか。けれど同時に感じた、自分の手足の細さ脆さ、アシャの体の強さ温かさ。
『あなたは、私の』
すとんと落ちた闇はひどく深く快く。
「あ…しゃ…」
バンッ。
宿の扉が激しい勢いで開け放たれた。中から飛び出したレスファートが駆け出し、すぐに、宿の前に繋いであった馬の鐙に足をかけて伸び上がり、鞍に両手を伸ばす。小柄な体では大人用の鞍に掴まるのが精一杯だが、少年は必死にしがみついて、体を鞍の上へずり上げた。
「レス!」
後から飛び出したイルファが、鞍の上で危なっかしく均衡を取りながら手綱を握る少年を見つけ、慌てて走り寄る。
「待てよ!」
「いやだ!」
レスファートはプラチナブロンドを乱して叫び、きっとイルファを睨みつけた。淡い色の瞳が激しい色に燃え上がっている。
「ユーノの所へ行くんだ!」
「アシャが待ってろと言っただろ!」
イルファは、馬が不用意に走り出さぬように、その前で大手を広げて立ち塞がりながら喚いた。
「でも!」
少年は瞳をなおも煌めかせて言い返す。
「ユーノに何かあったに違いないんだ! 感じるんだもん!!」
「だからと言って、お前が行ってどうするんだ!」
埒が明かないと見たイルファは、声を荒げた。
「アシャが行ってるんだ、大丈夫だろ!」
「イルファにはわからない……」
レスファートは小さな手で鞍の端を掴んだ。きつく噛みしめた唇から血の気が引いて真っ白になっている。
「母さまをあきらめろっていわれて……ぼくがどんな気持ちだったか…」
見る見るアクアマリンの瞳が曇る。
「母さまはいないんだって……どんな気持ちで思ったか……」
滲んでくる涙を飲み下そうとする努力も虚しく、光る粒は零れ落ち、レスファートの頬を伝った。
通りがかる人々が何事かと訝しげな目で彼らを見て行く。
「どうして……ぼくは……母さまにおいていかれたんだろうって……いつも……わかんなかった」
「レス……レスファート王子…」
その後を続けられずに、イルファは口を開いたまま、その彼にレスファートは胸を絞るような声で被せる。
「それでも…母さまはあきらめたんだ…………でも」
かっと強く大きく目を見開く。
「ユーノだけは絶対あきらめない!!」
激しく鞍を掴んだ指、腕がぶるぶる震えている。紛れもない、人に自分の意志を満たすことを求める力、王子としての誇りが幼い顔に過るのに、イルファはしかめていた眉を和らげた。こんなところで、その能力を使わなくてもいいだろう、と溜め息をつく。
「わかった……ああ、わかったよ……レス」
肩を竦める。
「宿に伝言を残して、南西の台地へ行こう。その代わり、ユーノの位置を捉え損なうなよ」
「うん!!」
ぱっとレスファートの顔が明るくなった。片手を放し、ごしごし濡れた頬を擦る。と、それでバランスを崩したのか、ぐらりと少年の体が傾き鞍から一気に滑り落ちた。
「きゃ…」
「わ!!」
必死に滑り込んだイルファの腕に、間一髪、どさりと小さな体が転がり込んでくる。
「いたぁ…」
「ふう…」
(やれやれ全く何て惚れ込み方をしてるんだか)
これじゃあ、旅が終わってレクスファに戻ったとしても、ユーノを召し抱えるとか言い出すんじゃないだろうな。
(まあ、それも悪くないか)
あの気っぷ、あの剣の冴え、隣に居れば百万の味方を得たようなもの。乱世をしのぐに必要な人材には違いない。
(そこにアシャが居れば言うことはないんだが)
「ありがとう、イルファ!」
土塗れになっても嬉しそうに笑いかけてくるレスファートに、イルファはおどけて片方の眉を上げてみせた。
「よし…」
アシャの声が静かに平原竜(タロ)を止めた。
すっきりと晴れ渡ることのないスォーガの、灰色の空の下には相も変わらず赤茶けた草と岩が渺々と広がっている。街があるのは国の東の方のみで、後は畑にもならねば牧畜にも使えない荒れた土地だ。
「モス兵士を見たのはこの辺りか?」
アシャの問いかけに、ユーノは周囲を見回した。
暮れ始めた日の光は、物の形を妙に歪めて照らし出していたが、ここではないようだ。
「もう少し北だと思うけど」
「そうか」
それっきり、また口もきかずに平原竜(タロ)を進めるアシャを、ユーノはちらりと見上げた。女性的な顔立ちに不自然な隙のなさ、不安定な揺らぎをそのまま凝縮したような不思議さ。儚さと力強さ、静けさと激しさ、相反する要素が絡み合い入り交じって調和している。
(この人を描こうとする絵師は大変だろう)
数瞬ごとに移り変わる美をまとめあげ封じ込めるには、途轍もない才能が必要になる。
「さっきさ…」
「ん?」
ユーノの問いかけに我に返ったように瞬きし、それでも前方遠くを眺めている。
「斥候と、頭の整理、と言ったよね」
「ああ」
「悩み事?」
「まあな」
「……恋愛の?」
「どうしてだ?」
相手がひょいと覗き込んでくる。
「いや…なんとなくさ……」
その瞳が眩く、思わず顔を逸らせながら応じる。
「あなたに合いそうだったから」
「合いそう、か」
微かな苦笑がアシャの片頬に広がった。
「そんなに難しいの?」
如何にも手詰まり、そういうどこか苦しげな表情に思わず突っ込んでしまう。ぴくりと頬に緊張が走った。
「……相手がか?」
「うん」
「……まあな」
アシャは曖昧にことばを濁す。
お前では相談相手にならない、そう突き放された気がして、急いでことばを継いだ。
「信じられないや」
「ん?」
「あなたほどの人だったら、嫌う女なんていないような気がするけど」
沈黙。スォーガを吹き渡る風を追うように、アシャは天を振り仰ぎ、小さく溜め息をつく。
「それが全然だめでね」
乗り手の不安に応じたのか、走りかけた平原竜(タロ)の気配を敏感に察し、手綱で軽く制してアシャは続ける。
「こっちの気持ちを全く…気づいてくれない」
唇が軽く尖った。不満そうな子どもの声、この綺麗な人にそんな顔をさせる相手が想像できない。
「いい女?」
仲間内でよく話題になるような、街の女みたいなんだろうか。豊かな胸と腰、柔らかでまろやかな肌、微笑んだ顔にほっとし、甘い匂いに体が脈打つ、そんな類の?
「……俺にとっては、誰よりも大事な女だよ」
「…」
ずきん、と胸の奥に痛みが走って戸惑った。
(どうしたんだろう?)
やっぱり傷が治り切っていなかったのを無理して出て来たのはまずかったのか。けれど、場所が微妙に違うような気もする。なぜか、その先を考えたくなくなって、急いで問いを重ねた。
「美人?」
「かなりの」
「優しい?」
「ああ、どんな女より、な」
「色っぽい?」
「たぶん。………守ってやりたいよ」
けれど、いつも、できない。
「……っ」
こちらの胸を甘酸っぱく滲ませるような切なさを込めて呟かれ、思わず眉をしかめた。頭のどこかを痛みが貫く。裂け目に落ちた傷はあるが、こちらは完全に治っているはずだ。
(何か、思い出せそうな……何か)
守ってやりたい女。
(ボクじゃないな)
「っ!」
思わずぶんぶんと頭を振る。
(当たり前だろ!)
「どうした? 傷が痛むのか?」
「え、いや」
アシャの不安そうな声に、ぎくりと体を強張らせる。傷が痛い、などと言えば連れ戻されるだろう。
「大丈夫」
笑い返したとたん、
『優しくしないでよ』
(え?)
胸の中で響いた、もう一つの声にユーノは瞬きした。
『期待してしまうから……優しくしないでよ』
同じ声がもう一度、胸の奥で呟く。
(何を考えてる?)
困惑し、次々湧き上がる声に混乱する。
『何を期待する』『期待するものなどありはしない』『ずっと一人だった』『守ってもらえる相手なぞいない』
(誰? 何?)
「ユーノ?」
訝しげに尋ねてくるアシャの顔が視界でぼやけた。痛みが急に広がる。血の気が引く。肩から頭から痛みの渦が次々襲ってきて目眩がする。息が弾んで、それでも必死に反論する、それが唯一気を失わない方法のように思えて。
「ボクは…ユーノじゃない……っ…」
一人ぼっちのユーノではなく。
仲間が居て、強大な敵にも皆で立ち向かえる野戦部隊(シーガリオン)の。そこには女はいなくて男だけだから、比較されることも自分の存在を否定されることもない、ただ仲間だけが居る世界の。
「ボクはニスフェル……野戦部隊(シーガリオン)の…っ」
ことばだけでは負けそうな気がして逃げようとした、その瞬間、塞がりかけていた傷を大きく捻った。ざくりと響く激痛、視界が一気に暗くなる。
「く…っ」
吐き気に目を閉じる、このまま地面に落下する、そう覚悟した矢先、
「星の剣士(ニスフェル)!」
ぐっと確かな腕が自分を支えるのを感じて薄目を開けた。
アシャの腕の中にいつの間にかすっぽりと包み込まれているのを知る。
「ふ…」
どうやら痛みの衝撃で、アシャの方へ倒れ込んだらしい。それとも、落ちかけたユーノをアシャが引き寄せてくれたのだろうか。
右肩からじんじん熱い波が広がっていく。回復を早めようと大人しくしていなかったのが裏目に出たのか、体を起こそうとしても目眩がして動けない。
「無理をするな」
労るようなアシャの声がした。
「前の傷を擦ってるからな……それに……女にあの槍傷は堪える」
「は…?」
ぼんやりとする頭の中に聞き慣れないことばが飛び込み、瞬きする。
「女……? 誰が…?」
「お前だ」
「そんなはず…」
「お前だよ、ユーノ」
ふいに何かを耐えかねたように、アシャが腕の力を強めた。包まれる、というより、抱き締められる形になって、首筋に低い声が届き、背筋が震える。
「お前だ…」
俺の……。
続くことばに思わず首を振った。抵抗しようとした力がアシャの胸の中へ吸い込まれていく。戻されたのは深く穏やかな安心。
『わたしの』
胸の奥の声が華やぐ。
「ちが…」
いきなり襲った強い眠気は、限界を越えた体のせいか、それともこのまま続く会話の果てに響くことばを聞くまいとしたのか。けれど同時に感じた、自分の手足の細さ脆さ、アシャの体の強さ温かさ。
『あなたは、私の』
すとんと落ちた闇はひどく深く快く。
「あ…しゃ…」
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