4 / 7
4
しおりを挟む
うわ、これって、かなりすごくない?
よくテレビで紹介されている豪邸拝見の比じゃないんじゃないだろうか。
白い壁が延々と伸びて家の周囲を囲んでいる。造ったばかりかもしれないというほどぴかぴかの白木造りの門があり、門の間は車一台が優に通れる。けれどそこがガレージの入り口とかいうんじゃないとわかるのは、横に軽くその二倍の幅
の同じような門があるからで。きっと、こっちがガレージだよね?
門と門の間の壁にあるインターホンに指を触れて、悟が小さく囁くと、扉は急にするすると内側へ開いた。
門の奥に広がっていたのは梅雨の雨に濡れて鮮やかな、植木と石と玉砂利の小道。それがゆっくりとうねって奥の方の大きな屋敷の玄関口へ続いている。
話には聞いていたけど、こんなに大きな家の子どもだなんて、聞いてないよ、という感じ。
その中を悟はともかく、姿子さんまで平然と歩いていく。
置いてけぼりにされて、そのままぴたりと門を閉ざされそうな気がして、私は慌てて姿子さんの後ろに走り寄った。と、その耳に、
「いつもだったら、こんなこと嫌がるだろうけど、今回はいいかもしれない」
悟が何のためらいもなく呟く声が聞こえて、私はぴくっとした。
何、それ、こんなこと嫌がるってのは。
いったい誰のために、わざわざ姿子さんに来てもらってると思ってんの?
思いもかけぬ大きな家にぴりぴりしていた気持ちを逆撫でされて、むっとして思わず悟を睨みつけた。
本当は、自分の家のことぐらい、自分で何とかするもんじゃないの?
そう胸の中の声が続けて、ふいに悟に怒ってるんだと気がついた。
そうだ。
今日のデート、私、ほんとに、ほんとうに楽しみにしていた。
なのに家のことで行けなくなるなんて言う悟、私のことなんて、悟の家族に比べればどうでもいいことなんだと言っているみたいで、ずっとずっと怒ってたんだ。
「はあ、なんでやろ」
何か言ってやらなくては気が済まない、そんな気になって口を開きかけた私を姿子さんの白い手が舞うように制した。のんびりとどうでもいいようにさりげなく、悟の方を見上げて尋ね直す。
「いや、親父のほうがいいかげんキレちゃって、昨日から帰ってこないんで。さすがのばあちゃん達もそろそろまずいとは思ってるみたいだし、まあ、見つからなくても元々だと思うだろうし」
悟はまっすぐ前を向いて玄関を見つめてて、私の怒りに気づかない。
姿子さんを思いっきりばかにしてるのも気づかない。
何だろ、こいつ。こんな奴だったの?
舞い上がっていた気持ちが一気に冷えてきた。
「なるほどなあ、呼ばれたわけや」
姿子さんは姿子さんで納得するところがあったらしく、満足そうに頷いてる。それがあまりにも平然としていて、もうこれは私が言うしかない、そう思った。
あんた、いったい何様のつもり。ちょっとぐらいお金持ちだからって、自分の都合のいいように、人を振り回したり使ったりしていいってことじゃないんだからね。
「ちょっと、あの、悟」
「はいはい、友美ちゃん、後で話聞くし、今は黙っといて」
姿子さんは応えたふうもなかった。にこやかに私を遮り、いたずらっぽく片目をつぶって見せた。
「話を持ってきたのは友美ちゃんやろ?」
「う」
そうでした。
私は今度は姿子さんにすまなくなって、思わず俯いた。
私は知っている。
姿子さんは本当に不思議な人で、姿子さんがわかったと言えば、いろんなことがその成り立ちからわかるように立ち上がってくるのを、何度も見ている。
だから、今度もきっと、姿子さんなら悟の心配している『帯留め』を捜せると思って頼み込んだのに。
それは、こんなどでかい家のババコンに、姿子さんをばかにさせるためなんかじゃなかったのに。
「ごめんね、姿子さん」
先に立って入る悟に気づかれないように、私はそっと姿子さんに謝った。
「だめだ、こいつ。いい奴なんかじゃなかった」
「ふうん、ほな、ここがどうなろうとかまへん?」
姿子さんが目を細めて笑った。
この笑みはちょっと怖い。何を考えてるのかわからなくなってしまう。
いったい、何をする気なんだろう。
「どうなろうと?」
おそるおそる聞き直した。
「うん。『帯留め』を見つけたら結構な騒ぎになると思うえ。そやけど、友美ちゃんがもうあの子、気にならへんのやったら、さっさと始末をつけるだけですむし、気が楽やねんけど」
「姿子おばちゃんたら。さっさと始末、だなんてひどい」
「そおか?」
姿子さんが優しく囁いて、思わず私はじんとした。
姿子さんがこの一件に関わるのをためらったのは、私の気持ちを考えてのことだったのだとわかったからだ。
「うん、もういいよ、何なら、こっちから振ってやる、おばちゃんの良さがわかんない男なんて、こっちからお断りだもん」
「ほな、ちゃっっちゃっとすませような」
姿子さんはまた笑った。
よくテレビで紹介されている豪邸拝見の比じゃないんじゃないだろうか。
白い壁が延々と伸びて家の周囲を囲んでいる。造ったばかりかもしれないというほどぴかぴかの白木造りの門があり、門の間は車一台が優に通れる。けれどそこがガレージの入り口とかいうんじゃないとわかるのは、横に軽くその二倍の幅
の同じような門があるからで。きっと、こっちがガレージだよね?
門と門の間の壁にあるインターホンに指を触れて、悟が小さく囁くと、扉は急にするすると内側へ開いた。
門の奥に広がっていたのは梅雨の雨に濡れて鮮やかな、植木と石と玉砂利の小道。それがゆっくりとうねって奥の方の大きな屋敷の玄関口へ続いている。
話には聞いていたけど、こんなに大きな家の子どもだなんて、聞いてないよ、という感じ。
その中を悟はともかく、姿子さんまで平然と歩いていく。
置いてけぼりにされて、そのままぴたりと門を閉ざされそうな気がして、私は慌てて姿子さんの後ろに走り寄った。と、その耳に、
「いつもだったら、こんなこと嫌がるだろうけど、今回はいいかもしれない」
悟が何のためらいもなく呟く声が聞こえて、私はぴくっとした。
何、それ、こんなこと嫌がるってのは。
いったい誰のために、わざわざ姿子さんに来てもらってると思ってんの?
思いもかけぬ大きな家にぴりぴりしていた気持ちを逆撫でされて、むっとして思わず悟を睨みつけた。
本当は、自分の家のことぐらい、自分で何とかするもんじゃないの?
そう胸の中の声が続けて、ふいに悟に怒ってるんだと気がついた。
そうだ。
今日のデート、私、ほんとに、ほんとうに楽しみにしていた。
なのに家のことで行けなくなるなんて言う悟、私のことなんて、悟の家族に比べればどうでもいいことなんだと言っているみたいで、ずっとずっと怒ってたんだ。
「はあ、なんでやろ」
何か言ってやらなくては気が済まない、そんな気になって口を開きかけた私を姿子さんの白い手が舞うように制した。のんびりとどうでもいいようにさりげなく、悟の方を見上げて尋ね直す。
「いや、親父のほうがいいかげんキレちゃって、昨日から帰ってこないんで。さすがのばあちゃん達もそろそろまずいとは思ってるみたいだし、まあ、見つからなくても元々だと思うだろうし」
悟はまっすぐ前を向いて玄関を見つめてて、私の怒りに気づかない。
姿子さんを思いっきりばかにしてるのも気づかない。
何だろ、こいつ。こんな奴だったの?
舞い上がっていた気持ちが一気に冷えてきた。
「なるほどなあ、呼ばれたわけや」
姿子さんは姿子さんで納得するところがあったらしく、満足そうに頷いてる。それがあまりにも平然としていて、もうこれは私が言うしかない、そう思った。
あんた、いったい何様のつもり。ちょっとぐらいお金持ちだからって、自分の都合のいいように、人を振り回したり使ったりしていいってことじゃないんだからね。
「ちょっと、あの、悟」
「はいはい、友美ちゃん、後で話聞くし、今は黙っといて」
姿子さんは応えたふうもなかった。にこやかに私を遮り、いたずらっぽく片目をつぶって見せた。
「話を持ってきたのは友美ちゃんやろ?」
「う」
そうでした。
私は今度は姿子さんにすまなくなって、思わず俯いた。
私は知っている。
姿子さんは本当に不思議な人で、姿子さんがわかったと言えば、いろんなことがその成り立ちからわかるように立ち上がってくるのを、何度も見ている。
だから、今度もきっと、姿子さんなら悟の心配している『帯留め』を捜せると思って頼み込んだのに。
それは、こんなどでかい家のババコンに、姿子さんをばかにさせるためなんかじゃなかったのに。
「ごめんね、姿子さん」
先に立って入る悟に気づかれないように、私はそっと姿子さんに謝った。
「だめだ、こいつ。いい奴なんかじゃなかった」
「ふうん、ほな、ここがどうなろうとかまへん?」
姿子さんが目を細めて笑った。
この笑みはちょっと怖い。何を考えてるのかわからなくなってしまう。
いったい、何をする気なんだろう。
「どうなろうと?」
おそるおそる聞き直した。
「うん。『帯留め』を見つけたら結構な騒ぎになると思うえ。そやけど、友美ちゃんがもうあの子、気にならへんのやったら、さっさと始末をつけるだけですむし、気が楽やねんけど」
「姿子おばちゃんたら。さっさと始末、だなんてひどい」
「そおか?」
姿子さんが優しく囁いて、思わず私はじんとした。
姿子さんがこの一件に関わるのをためらったのは、私の気持ちを考えてのことだったのだとわかったからだ。
「うん、もういいよ、何なら、こっちから振ってやる、おばちゃんの良さがわかんない男なんて、こっちからお断りだもん」
「ほな、ちゃっっちゃっとすませような」
姿子さんはまた笑った。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
夫を愛することはやめました。
杉本凪咲
恋愛
私はただ夫に好かれたかった。毎日多くの時間をかけて丹念に化粧を施し、豊富な教養も身につけた。しかし夫は私を愛することはなく、別の女性へと愛を向けた。夫と彼女の不倫現場を目撃した時、私は強いショックを受けて、自分が隣国の王女であった時の記憶が蘇る。それを知った夫は手のひらを返したように愛を囁くが、もう既に彼への愛は尽きていた。
選ばれたのは美人の親友
杉本凪咲
恋愛
侯爵令息ルドガーの妻となったエルは、良き妻になろうと奮闘していた。しかし突然にルドガーはエルに離婚を宣言し、あろうことかエルの親友であるレベッカと関係を持った。悔しさと怒りで泣き叫ぶエルだが、最後には離婚を決意して縁を切る。程なくして、そんな彼女に新しい縁談が舞い込んできたが、縁を切ったはずのレベッカが現れる。
夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします
希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。
国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。
隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。
「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」
【完結】忘れてください
仲 奈華 (nakanaka)
恋愛
愛していた。
貴方はそうでないと知りながら、私は貴方だけを愛していた。
夫の恋人に子供ができたと教えられても、私は貴方との未来を信じていたのに。
貴方から離婚届を渡されて、私の心は粉々に砕け散った。
もういいの。
私は貴方を解放する覚悟を決めた。
貴方が気づいていない小さな鼓動を守りながら、ここを離れます。
私の事は忘れてください。
※6月26日初回完結
7月12日2回目完結しました。
お読みいただきありがとうございます。
【完結】王太子妃の初恋
ゴールデンフィッシュメダル
恋愛
カテリーナは王太子妃。しかし、政略のための結婚でアレクサンドル王太子からは嫌われている。
王太子が側妃を娶ったため、カテリーナはお役御免とばかりに王宮の外れにある森の中の宮殿に追いやられてしまう。
しかし、カテリーナはちょうど良かったと思っていた。婚約者時代からの激務で目が悪くなっていて、これ以上は公務も社交も難しいと考えていたからだ。
そんなカテリーナが湖畔で一人の男に出会い、恋をするまでとその後。
★ざまぁはありません。
全話予約投稿済。
携帯投稿のため誤字脱字多くて申し訳ありません。
報告ありがとうございます。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる