『失せ物捜し』

segakiyui

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 うわ、これって、かなりすごくない?
 よくテレビで紹介されている豪邸拝見の比じゃないんじゃないだろうか。
 白い壁が延々と伸びて家の周囲を囲んでいる。造ったばかりかもしれないというほどぴかぴかの白木造りの門があり、門の間は車一台が優に通れる。けれどそこがガレージの入り口とかいうんじゃないとわかるのは、横に軽くその二倍の幅
の同じような門があるからで。きっと、こっちがガレージだよね?
 門と門の間の壁にあるインターホンに指を触れて、悟が小さく囁くと、扉は急にするすると内側へ開いた。
 門の奥に広がっていたのは梅雨の雨に濡れて鮮やかな、植木と石と玉砂利の小道。それがゆっくりとうねって奥の方の大きな屋敷の玄関口へ続いている。
 話には聞いていたけど、こんなに大きな家の子どもだなんて、聞いてないよ、という感じ。
 その中を悟はともかく、姿子さんまで平然と歩いていく。
 置いてけぼりにされて、そのままぴたりと門を閉ざされそうな気がして、私は慌てて姿子さんの後ろに走り寄った。と、その耳に、
「いつもだったら、こんなこと嫌がるだろうけど、今回はいいかもしれない」
 悟が何のためらいもなく呟く声が聞こえて、私はぴくっとした。
 何、それ、こんなこと嫌がるってのは。
 いったい誰のために、わざわざ姿子さんに来てもらってると思ってんの?
 思いもかけぬ大きな家にぴりぴりしていた気持ちを逆撫でされて、むっとして思わず悟を睨みつけた。
 本当は、自分の家のことぐらい、自分で何とかするもんじゃないの?
 そう胸の中の声が続けて、ふいに悟に怒ってるんだと気がついた。
 そうだ。
 今日のデート、私、ほんとに、ほんとうに楽しみにしていた。
 なのに家のことで行けなくなるなんて言う悟、私のことなんて、悟の家族に比べればどうでもいいことなんだと言っているみたいで、ずっとずっと怒ってたんだ。
「はあ、なんでやろ」
 何か言ってやらなくては気が済まない、そんな気になって口を開きかけた私を姿子さんの白い手が舞うように制した。のんびりとどうでもいいようにさりげなく、悟の方を見上げて尋ね直す。
「いや、親父のほうがいいかげんキレちゃって、昨日から帰ってこないんで。さすがのばあちゃん達もそろそろまずいとは思ってるみたいだし、まあ、見つからなくても元々だと思うだろうし」
 悟はまっすぐ前を向いて玄関を見つめてて、私の怒りに気づかない。
 姿子さんを思いっきりばかにしてるのも気づかない。
 何だろ、こいつ。こんな奴だったの?
 舞い上がっていた気持ちが一気に冷えてきた。
「なるほどなあ、呼ばれたわけや」
 姿子さんは姿子さんで納得するところがあったらしく、満足そうに頷いてる。それがあまりにも平然としていて、もうこれは私が言うしかない、そう思った。
 あんた、いったい何様のつもり。ちょっとぐらいお金持ちだからって、自分の都合のいいように、人を振り回したり使ったりしていいってことじゃないんだからね。
「ちょっと、あの、悟」
「はいはい、友美ちゃん、後で話聞くし、今は黙っといて」
 姿子さんは応えたふうもなかった。にこやかに私を遮り、いたずらっぽく片目をつぶって見せた。
「話を持ってきたのは友美ちゃんやろ?」
「う」
 そうでした。
 私は今度は姿子さんにすまなくなって、思わず俯いた。
 私は知っている。
 姿子さんは本当に不思議な人で、姿子さんがわかったと言えば、いろんなことがその成り立ちからわかるように立ち上がってくるのを、何度も見ている。
 だから、今度もきっと、姿子さんなら悟の心配している『帯留め』を捜せると思って頼み込んだのに。
 それは、こんなどでかい家のババコンに、姿子さんをばかにさせるためなんかじゃなかったのに。
「ごめんね、姿子さん」
 先に立って入る悟に気づかれないように、私はそっと姿子さんに謝った。
「だめだ、こいつ。いい奴なんかじゃなかった」
「ふうん、ほな、ここがどうなろうとかまへん?」
 姿子さんが目を細めて笑った。
 この笑みはちょっと怖い。何を考えてるのかわからなくなってしまう。
 いったい、何をする気なんだろう。
「どうなろうと?」
 おそるおそる聞き直した。
「うん。『帯留め』を見つけたら結構な騒ぎになると思うえ。そやけど、友美ちゃんがもうあの子、気にならへんのやったら、さっさと始末をつけるだけですむし、気が楽やねんけど」
「姿子おばちゃんたら。さっさと始末、だなんてひどい」
「そおか?」
 姿子さんが優しく囁いて、思わず私はじんとした。
 姿子さんがこの一件に関わるのをためらったのは、私の気持ちを考えてのことだったのだとわかったからだ。
「うん、もういいよ、何なら、こっちから振ってやる、おばちゃんの良さがわかんない男なんて、こっちからお断りだもん」
「ほな、ちゃっっちゃっとすませような」
 姿子さんはまた笑った。
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