『失せ物捜し』

segakiyui

文字の大きさ
上 下
1 / 7

1

しおりを挟む
「やあ、雨やんだみたいやなあ、お日いさん、照ってきたわ」
 姿子さんは、六畳間のちゃぶ台の向こうで、のんびりと窓を振り仰いだ。目を細めて、入ってくる日の光を受け止める顔は、穏やかで満足そうだ。
「おばちゃん」
「この分やと、明日もちゃあんと晴れるえ、きっと」
 こちらの話を全く忘れてしまったような顔で窓からの空を見上げる相手に、私はとうとうきりきりといら立った声を上げてしまった。
「姿子おばちゃん!」
「えらい怖いなあ、どないしたん、友美ちゃん」
 姿子さんはきょとんとした顔で私を振り返った。パーマ気のない長い髪を後ろで一つのお団子に結ってハンカチーフでくるみ、ポロシャツにジーンズという格好の姿子さんは、こぢんまりとした必要最低限の家具しかないマンションの一室に、妙にはまっている。
 確かもう五十近くだと思うのにすべらかな頬にしみの一つもない。ぽっちりと赤い唇はルージュを薄く塗っただけ、後はほとんど化粧をしていない。
 化粧品はなあ、どうも合わへんみたいやし。
 そう笑う黒目がちの目は、だいたいいつも笑っているように細められていて、何だか京都でお土産なんかに売られている人形のつるりとした面を思わせる。
 血筋から言うと、私の祖父の一番下の娘だったそうで、叔母さんということになるんだろうけど、そんなこんなを越えて、姿子さんなら血がつながってなくても友達になってもいいか、と思わせる気安さがある。
「どないした、もないでしょ。話、聞いてくれてたの?」
「聞いてたえ」
 姿子さんはにっこりと唇を上げてほほ笑んだ。
 そうすると一層京人形みたいに見えるのを、姿子さんは十分心得ているやっているのだと思う。口元に軽く手を添えて、その表情に似合いの、ほほ、と柔らかな声で笑って見せる。芝居がかった仕草なのに、違和感がないのはやっぱりその雰囲気のせいか。
「明日、悟くんとデートするんやろ? ええなあ、高校生は梅雨の空でも楽しゅうて」
「あのね」
 高校生ということばに『若い人』のルビを振った姿子さんに、私は精一杯眉を寄せてしかめっ面をした。
 おっとりとした外見にだまされてはいけない。
 この姿子おばちゃんは自分のことも他人のことも妙にいろいろと『わかっている』女性なのだ。他の人が気づかないささやかな出来事から、人が何を考えているか、何をしようとしているかを推察するのがとてつもなくうまい。
 ずっと前に、「それって超能力とかいう奴? 占い? 何でもすぐにわかっちゃうの? 便利だよね?」と聞いたら「あほ言わんといて」とさりげなくかわされた。
 しかも、なお性格の悪いことに、姿子さんは、その能力を『上手に生かすこと』をこのうえなく愛しているところがある。絡まった人間関係をいつの間にか解きほぐしてみたり、新聞に載った妙な事件を見てきたみたいに説明して、一人で楽しんでいたりもする。
「そのデートだって、さっき話した『ひすいの帯留め』が見つからない限り、できないかもしれないんだからね」
「ああ、そやったなあ」
 姿子おばちゃんはしゃあしゃあと初めて気がついたような顔で頷いた。
「そやけど、まあ、逢いたいときに逢えへんのも、なかなかしっとりしてええもんやと思うけど」
「冗談じゃない」
 私はまるっきり他人事口調の姿子さんのことばにむっとした。
「前にも話したでしょ、大木悟はいい男なの。放っといたら、他の女に取られちゃうよ」
 実際、あんたにはあいつは荷が重いよと、何度言われたことか。自分だってわかってる、どこかで変だと思ってる、大木悟みたいないい男が、どうして私なんかを、どこを気に入ったんだろうかって。
 思い余って悟本人に聞いてみたこともあるけど、悟は「人が人を好きになるってさ、難しいよな、気持ちが続くとも約束できないし」と、まあ頼りないことを言ってくれるだけで、それこそ私は中途半端に放り出されただけなのだ。
「それでなくても、向こうのお母さん達には何だか気に入られてないみたいだし」
 後の方はついぶつぶつと愚痴になってしまった。
 それを聞いていた姿子さんはくすくすと本当に嬉しそうに笑った。
「はいはい、何やら、ええとこのぼんぼんなんやて?」
 くすぐったそうな目で、私を見る。
「友美ちゃんも若いなあ。そんな男はん、無理して付き合うてたら、こっちの気いが疲れてもたへんえ」
「おばちゃんには関係ないでしょ!」
 ほうら、鋭い。
 私はぎくりとしたのをわめくことでごまかした。
「とにかく、あたしは悟と付き合いたいの! 一緒にいたいの! 特別な存在になりたいの! だから頑張って頑張って頑張って、ようやくデートにこぎつけたと思ったら、家の方がばたばたしてるから無理かも、なんて冗談じゃないよ」
「そやなあ。せっかく女の方からモーション起こしたのに」
 年の割りには、姿子さんのことばは時々ひどく古めかしい。
「悟くんはおばあさんの『帯留め』が見つからへんと愛しい友美ちゃんとは出かけられへんかも、なんて言うのやもんなあ、うっとうしいこと」
「おばちゃん」
 からかうのに睨み返したけど、姿子さんが指摘したことにがっくりくる方が大きかった。
「そだよね」
 ついついため息がもれる。ちゃぶ台に載せた濃いめのお茶を一口含んで、苦さにべーっと舌を出して見せる。そうでもしなきゃ、ほんと、やってられない。
「大体、どうして、いくら家族仲がよくないからって、おばあさんとおかあさんのもめごとを悟がどうにかしなくちゃならないなんて思っちゃうのかなあ」
 ぶつぶつぶつぶつ。
 愚痴になってるのはわかってるけど、姿子さんはそういうのも嫌がらないから、どんどんしゃべってしまう。
「ほんと、わかんないよ。そもそも『帯留め』をなくしたのはばあさんでしょ? で、それをおかあさんがうまく見つけられないんだ。何でなくしたばあさんが探さないのかな。何でおかあさんが見つけられないとまずいのかな」
 そんな大事なもんなら、ちゃんとしまっとけばいいのに。なくした責任を人に押し付けるばあさんもばあさんだけど、それをご丁寧に自分の責任だと引き受けて捜すおかあさんも妙に思える。けれど、もっと妙なのは、
「何で、それが悟にとって困ってることになってて、家の中がバタバタしてて私とデートできないってことになるのかな」
 ほんとにそうだよな。
「ああ、もう、ぐるぐるしちゃってわかんないよ!」
 とうとう、きいきいわめいてしまった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

〖完結〗その子は私の子ではありません。どうぞ、平民の愛人とお幸せに。

藍川みいな
恋愛
愛する人と結婚した…はずだった…… 結婚式を終えて帰る途中、見知らぬ男達に襲われた。 ジュラン様を庇い、顔に傷痕が残ってしまった私を、彼は醜いと言い放った。それだけではなく、彼の子を身篭った愛人を連れて来て、彼女が産む子を私達の子として育てると言い出した。 愛していた彼の本性を知った私は、復讐する決意をする。決してあなたの思い通りになんてさせない。 *設定ゆるゆるの、架空の世界のお話です。 *全16話で完結になります。 *番外編、追加しました。

お久しぶりです、元旦那様

mios
恋愛
「お久しぶりです。元旦那様。」

夫が寵姫に夢中ですので、私は離宮で気ままに暮らします

希猫 ゆうみ
恋愛
王妃フランチェスカは見切りをつけた。 国王である夫ゴドウィンは踊り子上がりの寵姫マルベルに夢中で、先に男児を産ませて寵姫の子を王太子にするとまで嘯いている。 隣国王女であったフランチェスカの莫大な持参金と、結婚による同盟が国を支えてるというのに、恩知らずも甚だしい。 「勝手にやってください。私は離宮で気ままに暮らしますので」

娼館で元夫と再会しました

無味無臭(不定期更新)
恋愛
公爵家に嫁いですぐ、寡黙な夫と厳格な義父母との関係に悩みホームシックにもなった私は、ついに耐えきれず離縁状を机に置いて嫁ぎ先から逃げ出した。 しかし実家に帰っても、そこに私の居場所はない。 連れ戻されてしまうと危惧した私は、自らの体を売って生計を立てることにした。 「シーク様…」 どうして貴方がここに? 元夫と娼館で再会してしまうなんて、なんという不運なの!

小さなことから〜露出〜えみ〜

サイコロ
恋愛
私の露出… 毎日更新していこうと思います よろしくおねがいします 感想等お待ちしております 取り入れて欲しい内容なども 書いてくださいね よりみなさんにお近く 考えやすく

淫らな蜜に狂わされ

歌龍吟伶
恋愛
普段と変わらない日々は思わぬ形で終わりを迎える…突然の出会い、そして体も心も開かれた少女の人生録。 全体的に性的表現・性行為あり。 他所で知人限定公開していましたが、こちらに移しました。 全3話完結済みです。

イケメン彼氏は年上消防士!鍛え上げられた体は、夜の体力まで別物!?

すずなり。
恋愛
私が働く食堂にやってくる消防士さんたち。 翔馬「俺、チャーハン。」 宏斗「俺もー。」 航平「俺、から揚げつけてー。」 優弥「俺はスープ付き。」 みんなガタイがよく、男前。 ひなた「はーいっ。ちょっと待ってくださいねーっ。」 慌ただしい昼時を過ぎると、私の仕事は終わる。 終わった後、私は行かなきゃいけないところがある。 ひなた「すみませーん、子供のお迎えにきましたー。」 保育園に迎えに行かなきゃいけない子、『太陽』。 私は子供と一緒に・・・暮らしてる。 ーーーーーーーーーーーーーーーー 翔馬「おいおい嘘だろ?」 宏斗「子供・・・いたんだ・・。」 航平「いくつん時の子だよ・・・・。」 優弥「マジか・・・。」 消防署で開かれたお祭りに連れて行った太陽。 太陽の存在を知った一人の消防士さんが・・・私に言った。 「俺は太陽がいてもいい。・・・太陽の『パパ』になる。」 「俺はひなたが好きだ。・・・絶対振り向かせるから覚悟しとけよ?」 ※お話に出てくる内容は、全て想像の世界です。現実世界とは何ら関係ありません。 ※感想やコメントは受け付けることができません。 メンタルが薄氷なもので・・・すみません。 言葉も足りませんが読んでいただけたら幸いです。 楽しんでいただけたら嬉しく思います。

断る――――前にもそう言ったはずだ

鈴宮(すずみや)
恋愛
「寝室を分けませんか?」  結婚して三年。王太子エルネストと妃モニカの間にはまだ子供が居ない。  周囲からは『そろそろ側妃を』という声が上がっているものの、彼はモニカと寝室を分けることを拒んでいる。  けれど、エルネストはいつだって、モニカにだけ冷たかった。  他の人々に向けられる優しい言葉、笑顔が彼女に向けられることない。 (わたくし以外の女性が妃ならば、エルネスト様はもっと幸せだろうに……)  そんな時、侍女のコゼットが『エルネストから想いを寄せられている』ことをモニカに打ち明ける。  ようやく側妃を娶る気になったのか――――エルネストがコゼットと過ごせるよう、私室で休むことにしたモニカ。  そんな彼女の元に、護衛騎士であるヴィクトルがやってきて――――?

処理中です...