36 / 55
8.京都舞扇
4
しおりを挟む
その夜、俺は眠れなかった。
頭の中には、浜津の弱々しい笑みと浅田のシニカルな笑み、考え込んだお由宇の顔と厚木警部の自信に満ちた顔、慈のプラチナブロンドと木暮の黒い瞳が重なり合い、交錯して、眠りへの道を塞いでいる。様々な声と様々な顔が浮かんでは消え、消えては浮かんだ。
ドイツ、あの古城での迷路。巡り逢うことを求めて飛び込んでいった人間達。
扇、あの京都で見た手帳のことば、表と裏で表情を変える扇が、人の間を舞いながら縫っていく。闇の中、扇の金銀が碧い迷路の上に散る……。
ふと、その向こうに一人の少年が居るのが見えた気がした。
扇の散らせる金粉銀粉の光を浴びて、ほんの一瞬、佇む誰かを見た気がした。唇を噛み、辛そうに眉根を寄せ、今にも泣き出しそうに瞳を潤ませ、そのくせ、そこから一歩も近づいて来ない誰か、手を伸ばしもしない、人を魅きつける何か強いものを秘めた闇を見通す黒の瞳の持ち主を。
ひょっとしたら、人は『出会う』ことを求めて生きているのかも知れない、と俺は思った。
何に『出会い』たいのか、誰と『出会い』たいのか、それはその人間にもわかってはいない。けれども、ただ『出会わ』なければならないとだけわかっていて、よろめき、ふらつき、躓いて、ひたすら夜の中を手探りで歩いていく……それが人生なのかも知れない。そしてある瞬間、幾つもの『出会い』の中から唐突に見つけ出すのだ、ああ、自分が求めていたのは、この『出会い』だったのだ、と。
「…」
だが、その『出会い』の瞬間、既に『別れ』は用意されているものだろう。『出会った』ことそれ自体が、いつか必ず『別れ』ていくことを暗示しているのだろう。そして、人は『別れ』ていく。手を離し、視線を移し、背を向けて、一歩、そしてまた一歩、と。
迷路の向こうの少年は、瞬きもせずに俺を見つめ続けている。何か言いたげに少し口を開き、けれど言ってしまえば、全てが崩れ去ってしまうのだとわかっているような、どこか怯えた表情で。
「……」
俺は首を回して、テーブルの上を見た。そこには一枚のカードがある。『後3日』の文字も鮮やかな、周一郎の暗殺予告。今日、周一郎の部屋を掃除したものが見つけたと言って、慈が持ってきた。木暮と慈が予告状の相手じゃないとしたら、一体誰が周一郎を狙ってるんだろう? 考えてみれば、木暮が言うまでもなく、無謀にも程がある。
厚木警部もお由宇も、こっちについてはそう話してくれなかったが、怨恨かも知れないと言うのは教えてくれていた。ふと、頭の中に、行方不明だと言う小木田の長男、利和のことが浮かぶ。まさか…だよな。いくら、周一郎のことを恨んでるっても……でも、朝倉系の人間なら、周一郎の動向ぐらいは掴みやすいだろうし…。
「放っとけ…ないな」
俺は呟いた。
お前が何を求めているのかは知らん。俺が役に立てるともさらさら思わん。が、これだけはわかってる。今ここでお前を放っておくわけにはいかない。確かに『別れ』は来るのだろう。そして、それは間近なのだ。けれど、俺はきっと、そのぎりぎりの瞬間までお前を放っとけない、そんな気がする。
なぜだ、なんて難しいことを訊くなよ、周一郎。俺にだってわからないんだ。
コン…コン…。
「ん?」
コン……コン……。
「…周一郎か?」
問いかけに、ノックの音が止んだところを見ると、そうらしい。が、待てど暮らせど入ってくる様子がない。
(まだふててるのか?)
やれやれ、と俺は立ち上がった。こう言うところは、そこらの餓鬼より子ども(ガキ)なんだからな。ドアに近づく。ノブを回し、ぐっと押し開け…ようとして、抵抗があった。
「?」
回し方が悪かったかな? 首を捻りながらもう一度、が、今度は確実に、ドアの向こうから押し戻す気配があった。
「おい…何の冗談…」
「開けないで下さい」
「へ?」
「……決心が鈍る、から」
「決心…?」
ドアの向こう、夜闇に紛れ込むほど低い掠れた声が囁いた。無理に押し開けようとするなら、きっと出来ないことはない。が、ドアの外の気配は、それを許さない思い詰めたものを漂わせていて、俺はそれ以上無理強い出来なかった。
仕方なしにドアに背中を預けてもたれ、尋ねる。
「何の決心だ?」
頭の中には、浜津の弱々しい笑みと浅田のシニカルな笑み、考え込んだお由宇の顔と厚木警部の自信に満ちた顔、慈のプラチナブロンドと木暮の黒い瞳が重なり合い、交錯して、眠りへの道を塞いでいる。様々な声と様々な顔が浮かんでは消え、消えては浮かんだ。
ドイツ、あの古城での迷路。巡り逢うことを求めて飛び込んでいった人間達。
扇、あの京都で見た手帳のことば、表と裏で表情を変える扇が、人の間を舞いながら縫っていく。闇の中、扇の金銀が碧い迷路の上に散る……。
ふと、その向こうに一人の少年が居るのが見えた気がした。
扇の散らせる金粉銀粉の光を浴びて、ほんの一瞬、佇む誰かを見た気がした。唇を噛み、辛そうに眉根を寄せ、今にも泣き出しそうに瞳を潤ませ、そのくせ、そこから一歩も近づいて来ない誰か、手を伸ばしもしない、人を魅きつける何か強いものを秘めた闇を見通す黒の瞳の持ち主を。
ひょっとしたら、人は『出会う』ことを求めて生きているのかも知れない、と俺は思った。
何に『出会い』たいのか、誰と『出会い』たいのか、それはその人間にもわかってはいない。けれども、ただ『出会わ』なければならないとだけわかっていて、よろめき、ふらつき、躓いて、ひたすら夜の中を手探りで歩いていく……それが人生なのかも知れない。そしてある瞬間、幾つもの『出会い』の中から唐突に見つけ出すのだ、ああ、自分が求めていたのは、この『出会い』だったのだ、と。
「…」
だが、その『出会い』の瞬間、既に『別れ』は用意されているものだろう。『出会った』ことそれ自体が、いつか必ず『別れ』ていくことを暗示しているのだろう。そして、人は『別れ』ていく。手を離し、視線を移し、背を向けて、一歩、そしてまた一歩、と。
迷路の向こうの少年は、瞬きもせずに俺を見つめ続けている。何か言いたげに少し口を開き、けれど言ってしまえば、全てが崩れ去ってしまうのだとわかっているような、どこか怯えた表情で。
「……」
俺は首を回して、テーブルの上を見た。そこには一枚のカードがある。『後3日』の文字も鮮やかな、周一郎の暗殺予告。今日、周一郎の部屋を掃除したものが見つけたと言って、慈が持ってきた。木暮と慈が予告状の相手じゃないとしたら、一体誰が周一郎を狙ってるんだろう? 考えてみれば、木暮が言うまでもなく、無謀にも程がある。
厚木警部もお由宇も、こっちについてはそう話してくれなかったが、怨恨かも知れないと言うのは教えてくれていた。ふと、頭の中に、行方不明だと言う小木田の長男、利和のことが浮かぶ。まさか…だよな。いくら、周一郎のことを恨んでるっても……でも、朝倉系の人間なら、周一郎の動向ぐらいは掴みやすいだろうし…。
「放っとけ…ないな」
俺は呟いた。
お前が何を求めているのかは知らん。俺が役に立てるともさらさら思わん。が、これだけはわかってる。今ここでお前を放っておくわけにはいかない。確かに『別れ』は来るのだろう。そして、それは間近なのだ。けれど、俺はきっと、そのぎりぎりの瞬間までお前を放っとけない、そんな気がする。
なぜだ、なんて難しいことを訊くなよ、周一郎。俺にだってわからないんだ。
コン…コン…。
「ん?」
コン……コン……。
「…周一郎か?」
問いかけに、ノックの音が止んだところを見ると、そうらしい。が、待てど暮らせど入ってくる様子がない。
(まだふててるのか?)
やれやれ、と俺は立ち上がった。こう言うところは、そこらの餓鬼より子ども(ガキ)なんだからな。ドアに近づく。ノブを回し、ぐっと押し開け…ようとして、抵抗があった。
「?」
回し方が悪かったかな? 首を捻りながらもう一度、が、今度は確実に、ドアの向こうから押し戻す気配があった。
「おい…何の冗談…」
「開けないで下さい」
「へ?」
「……決心が鈍る、から」
「決心…?」
ドアの向こう、夜闇に紛れ込むほど低い掠れた声が囁いた。無理に押し開けようとするなら、きっと出来ないことはない。が、ドアの外の気配は、それを許さない思い詰めたものを漂わせていて、俺はそれ以上無理強い出来なかった。
仕方なしにドアに背中を預けてもたれ、尋ねる。
「何の決心だ?」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
【純愛百合】檸檬色に染まる泉【純愛GL】
里見 亮和
キャラ文芸
”世界で一番美しいと思ってしまった憧れの女性”
女子高生の私が、生まれてはじめて我を忘れて好きになったひと。
雑誌で見つけた、たった一枚の写真しか手掛かりがないその女性が……
手なんか届くはずがなかった憧れの女性が……
いま……私の目の前にいる。
奇跡みたいな出会いは、優しいだけじゃ終わらない。
近づくほど切なくて、触れるほど苦しくて、それでも離れられない。
憧れの先にある“本当の答え”に辿り着くまでの、静かな純愛GL。
私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。
MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。
椿の国の後宮のはなし
犬噛 クロ
キャラ文芸
架空の国の後宮物語。
若き皇帝と、彼に囚われた娘の話です。
有力政治家の娘・羽村 雪樹(はねむら せつじゅ)は「男子」だと性別を間違われたまま、自国の皇帝・蓮と固い絆で結ばれていた。
しかしとうとう少女であることを気づかれてしまった雪樹は、蓮に乱暴された挙句、後宮に幽閉されてしまう。
幼なじみとして慕っていた青年からの裏切りに、雪樹は混乱し、蓮に憎しみを抱き、そして……?
あまり暗くなり過ぎない後宮物語。
雪樹と蓮、ふたりの関係がどう変化していくのか見守っていただければ嬉しいです。
※2017年完結作品をタイトルとカテゴリを変更+全面改稿しております。
後宮なりきり夫婦録
石田空
キャラ文芸
「月鈴、ちょっと嫁に来るか?」
「はあ……?」
雲仙国では、皇帝が三代続いて謎の昏睡状態に陥る事態が続いていた。
あまりにも不可解なために、新しい皇帝を立てる訳にもいかない国は、急遽皇帝の「影武者」として跡継ぎ騒動を防ぐために寺院に入れられていた皇子の空燕を呼び戻すことに決める。
空燕の国の声に応える条件は、同じく寺院で方士修行をしていた方士の月鈴を妃として後宮に入れること。
かくしてふたりは片や皇帝の影武者として、片や皇帝の偽りの愛妃として、後宮と言う名の魔窟に潜入捜査をすることとなった。
影武者夫婦は、後宮内で起こる事件の謎を解けるのか。そしてふたりの想いの行方はいったい。
サイトより転載になります。
俺を振ったはずの腐れ縁幼馴染が、俺に告白してきました。
true177
恋愛
一年前、伊藤 健介(いとう けんすけ)は幼馴染の多田 悠奈(ただ ゆうな)に振られた。それも、心無い手紙を下駄箱に入れられて。
それ以来悠奈を避けるようになっていた健介だが、二年生に進級した春になって悠奈がいきなり告白を仕掛けてきた。
これはハニートラップか、一年前の出来事を忘れてしまっているのか……。ともかく、健介は断った。
日常が一変したのは、それからである。やたらと悠奈が絡んでくるようになったのだ。
彼女の狙いは、いったい何なのだろうか……。
※小説家になろう、ハーメルンにも同一作品を投稿しています。
※内部進行完結済みです。毎日連載です。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる