『そして、別れの時』〜『猫たちの時間』13〜

segakiyui

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8.京都舞扇

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 その夜、俺は眠れなかった。
 頭の中には、浜津の弱々しい笑みと浅田のシニカルな笑み、考え込んだお由宇の顔と厚木警部の自信に満ちた顔、慈のプラチナブロンドと木暮の黒い瞳が重なり合い、交錯して、眠りへの道を塞いでいる。様々な声と様々な顔が浮かんでは消え、消えては浮かんだ。
 ドイツ、あの古城での迷路。巡り逢うことを求めて飛び込んでいった人間達。
 扇、あの京都で見た手帳のことば、表と裏で表情を変える扇が、人の間を舞いながら縫っていく。闇の中、扇の金銀が碧い迷路の上に散る……。
 ふと、その向こうに一人の少年が居るのが見えた気がした。
 扇の散らせる金粉銀粉の光を浴びて、ほんの一瞬、佇む誰かを見た気がした。唇を噛み、辛そうに眉根を寄せ、今にも泣き出しそうに瞳を潤ませ、そのくせ、そこから一歩も近づいて来ない誰か、手を伸ばしもしない、人を魅きつける何か強いものを秘めた闇を見通す黒の瞳の持ち主を。
 ひょっとしたら、人は『出会う』ことを求めて生きているのかも知れない、と俺は思った。
 何に『出会い』たいのか、誰と『出会い』たいのか、それはその人間にもわかってはいない。けれども、ただ『出会わ』なければならないとだけわかっていて、よろめき、ふらつき、躓いて、ひたすら夜の中を手探りで歩いていく……それが人生なのかも知れない。そしてある瞬間、幾つもの『出会い』の中から唐突に見つけ出すのだ、ああ、自分が求めていたのは、この『出会い』だったのだ、と。
「…」
 だが、その『出会い』の瞬間、既に『別れ』は用意されているものだろう。『出会った』ことそれ自体が、いつか必ず『別れ』ていくことを暗示しているのだろう。そして、人は『別れ』ていく。手を離し、視線を移し、背を向けて、一歩、そしてまた一歩、と。
 迷路の向こうの少年は、瞬きもせずに俺を見つめ続けている。何か言いたげに少し口を開き、けれど言ってしまえば、全てが崩れ去ってしまうのだとわかっているような、どこか怯えた表情で。
「……」
 俺は首を回して、テーブルの上を見た。そこには一枚のカードがある。『後3日』の文字も鮮やかな、周一郎の暗殺予告。今日、周一郎の部屋を掃除したものが見つけたと言って、慈が持ってきた。木暮と慈が予告状の相手じゃないとしたら、一体誰が周一郎を狙ってるんだろう? 考えてみれば、木暮が言うまでもなく、無謀にも程がある。
 厚木警部もお由宇も、こっちについてはそう話してくれなかったが、怨恨かも知れないと言うのは教えてくれていた。ふと、頭の中に、行方不明だと言う小木田の長男、利和のことが浮かぶ。まさか…だよな。いくら、周一郎のことを恨んでるっても……でも、朝倉系の人間なら、周一郎の動向ぐらいは掴みやすいだろうし…。
「放っとけ…ないな」
 俺は呟いた。
 お前が何を求めているのかは知らん。俺が役に立てるともさらさら思わん。が、これだけはわかってる。今ここでお前を放っておくわけにはいかない。確かに『別れ』は来るのだろう。そして、それは間近なのだ。けれど、俺はきっと、そのぎりぎりの瞬間までお前を放っとけない、そんな気がする。
 なぜだ、なんて難しいことを訊くなよ、周一郎。俺にだってわからないんだ。
 コン…コン…。
「ん?」
 コン……コン……。
「…周一郎か?」
 問いかけに、ノックの音が止んだところを見ると、そうらしい。が、待てど暮らせど入ってくる様子がない。
(まだふててるのか?)
 やれやれ、と俺は立ち上がった。こう言うところは、そこらの餓鬼より子ども(ガキ)なんだからな。ドアに近づく。ノブを回し、ぐっと押し開け…ようとして、抵抗があった。
「?」
 回し方が悪かったかな? 首を捻りながらもう一度、が、今度は確実に、ドアの向こうから押し戻す気配があった。
「おい…何の冗談…」
「開けないで下さい」
「へ?」
「……決心が鈍る、から」
「決心…?」
 ドアの向こう、夜闇に紛れ込むほど低い掠れた声が囁いた。無理に押し開けようとするなら、きっと出来ないことはない。が、ドアの外の気配は、それを許さない思い詰めたものを漂わせていて、俺はそれ以上無理強い出来なかった。
 仕方なしにドアに背中を預けてもたれ、尋ねる。
「何の決心だ?」
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