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第3章
6.コール(8)
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「う…」
真崎が震えながら、それでも教え込まれた期待を込めて美並を見上げてきて、美並と視線を絡ませた矢先、顔を凍りつかせて喉を鳴らした。
見る見る紅潮していた顔が血の気を失っていく。
少し見開いた眼が、美並の中に波打つ感情を確実に読み取って、頼りなく霞む。
「感じてる顔を見られたり、こんなになっているところを暴かれたり」
大輔の声が嘲笑っているのは、真崎だけではない、その傷つけられている姿に気持ちを揺らされそうになって堪えている、美並の中にある猛々しいものだ。
そして、真崎も確かにそれを読み取ったはずだ、真崎を弄ばれる道具として見下した感情を。
ボクヲ、ミテイル、メズラシイ、オモチャ、ミタイニ。
泣きそうな顔に一瞬激しい嘲笑が掠める。
ミナミモ、オナジ?
揺らぐ信頼。
崩れる安心。
それでもなお、美並は動かない。
まだだ。
まだ、違う。
「ぐっ」
見計らったように大輔のもう片方の手が真崎の腹から股間へ伸びた。喉を鳴らした真崎が、めまいがしたように眼を閉じ、大輔に顎を持ち上げられてキスを受けるように仰け反る。
それはさながら、魔物に生贄にされた聖者のようだ。
押し殺した呻きに溢れる妖しいまでの華。
それを聞き取って大輔が嗤う。
「いい声だろ」
こいつはこうやって使うんだよ。
極みに追い詰め引き裂きながら、快楽の雫を散らせてやればいいんだ。
美並の視線を求めて一瞬開いた真崎の瞳が、絶望に翳って真っ黒な穴に成り果てていく。
しおれ干涸びていく、命の花。
何がいい声なものか。
真崎がもう自分を手放そうとしていることが、大輔にはわからない。この後何をしても、確かに応じはするだろう、だが、それは物言わぬ無抵抗な人形になったということだ。
大輔が求めたものは真崎の華、それは真崎という命が咲き誇るからこそ溢れるもの、生き生きと反応する身体と敏感に揺れる心だろうに、このままではその両方とも遠からず崩壊していくことが大輔にはわからない。
美並の前で真崎を取り戻してみせるという興奮と気負い、美並に対する勝利を願うあまりにそれが見えていない。
だが、と美並は大輔の視線を受け止めながら考える。
同じ欲望は美並の中にもある。
蘇る夕べの光景。
美並の指先で声を上げて駆け上がり、無防備に投げ出してくる身体に満足した自分を美並は確認する。
そうだ、美並の中にも大輔は居る。
真崎があれほど崩れたのは美並だからではなく、大輔を思わせるその影のせいかもしれないのだ。
その影は一つ制御を失えば、今真崎を追い詰めていく大輔そのものになって、いずれ真崎を潰すかもしれない。
大輔は気付かない。
だが、自分の手で自分が愛した相手を殺す傷みを、美並は胸削られるほどに知っている。
殺したのは私だ。
追い詰めたのは私だ。
なのに、なぜ私を罰しない。
なぜ誰も私を殺してくれない。
号泣した、真夜中の公園で、人気のないビルの屋上で、流れていく車の光に飛び込もうとして飛び込めずに、がたがた震えて歩道橋の手摺を握りながら。
なぜ、私は死ねない、それほど愛した相手のために。
落ちた椿。
笑った老女。
そうだ、自分の汚さなんて、とっくの昔に知っている。
傲慢でわがままで欲望のまま生き延びてきた自分の闇は、大輔にくらべれば可愛いものだ、大輔はわからないで真崎を追い込んでいるが、美並はわかっていても受け入れてしまったのだから。
闇ならきっと大輔より深い。
だから。
逃げるな。
その自分を引き受けられなくては、真崎を受け止めることなどできはしない。自分が一番汚れていると思い込んでいる真崎の側に立てるわけがない。
美並の中にある凶暴な欲望、その切っ先に今また掌を当てて、鋭さを確かめ、押し込んでいく。
ぶつり、と骨の間を貫く無機質の存在を感じた。
理想の自分が崩れていく、激しい傷み。
潔さとか真摯とか、そういう願いに真っ向から背く、執着と我欲に塗れた自分を見つけてしまった苦しみ。
そうだ、私は真崎の意志に反して追い詰めることで喜びを得たのを覚えている。自分の昏い衝動を忘れていない。
は、と掠れた声で真崎が喘いだ。
溺れかけた人のように。
息を引き取る前の最後の一息のように。
表情を消して大輔に呑み込まれていきながら、真崎が壊れていく。
その吐息に甘さを感じて美並は眉を寄せる。
これが望みか。
その衝動に向かって問いかける。
今大輔は美並の内側にこそ存在している。
真崎が尋ねたように、今の美並は、真崎を壊していく大輔と同じようなものでしかないか。
同じように真崎を傷つけることしかできないのか。
「あんたはこいつをこんなふうに啼かせられるのか?」
大輔の勝利の笑み。
真崎は動かない。
諦めたのか、それとも、何か、決定的なものをひたすらに待っているのか。
踏み込む瞬間は一つしかない。踏み込む一歩はそこしかない。
応えはどうだ。
衝動を追い詰める。
私は京介をどうしたいのだ。
見極めて、たじろぐな。
じっと見つめ続ける美並の沈黙に、真崎がわずかに眼を開いて視線を投げ、探し求めてくる。
どこに、いるの、みなみ。
消えたはずの、失われたはずの、淡い叫びが、幻のように闇を越えて届いてくる。
答えろ。
京介を傷つけることしかできないのなら、大輔の腕でも美並の腕でも同じこと。
今ここで諦めろ。
京介との未来を。
自分の望みを。
今まで通り、独り生きていくことを選び直せ。
………イヤ、ダ。
衝動が、身を竦めながら、声を返してきた。
イヤダ。
アレハ、ワタシノ、モノ。
ならば誓え。
間髪入れずに自分に命じる。
京介の喜びを満たすと。
不要になれば影も残さず消えると。
支配するなら幸福にすると。
その健やかさを保証すると。
今、誓え。
静謐。
沈黙。
動かぬ気配。
真崎の聞こえない悲鳴が高まっていく。
時間がない。
このまま真崎を失うか。
そして美並は自分の愚かさに、一生涯後悔するのか。
それでも。
それでも、なお。
歯を食いしばって待った、次の瞬間。
チカウ。
美並の闇が静かに呟いた。
穏やかで、はっきりとした、響き。
我ガ命ニ、カケテ。
「ふぅ」
美並は大きくはっきりと溜め息をついた。
よし。
制御、した。
真崎が震えながら、それでも教え込まれた期待を込めて美並を見上げてきて、美並と視線を絡ませた矢先、顔を凍りつかせて喉を鳴らした。
見る見る紅潮していた顔が血の気を失っていく。
少し見開いた眼が、美並の中に波打つ感情を確実に読み取って、頼りなく霞む。
「感じてる顔を見られたり、こんなになっているところを暴かれたり」
大輔の声が嘲笑っているのは、真崎だけではない、その傷つけられている姿に気持ちを揺らされそうになって堪えている、美並の中にある猛々しいものだ。
そして、真崎も確かにそれを読み取ったはずだ、真崎を弄ばれる道具として見下した感情を。
ボクヲ、ミテイル、メズラシイ、オモチャ、ミタイニ。
泣きそうな顔に一瞬激しい嘲笑が掠める。
ミナミモ、オナジ?
揺らぐ信頼。
崩れる安心。
それでもなお、美並は動かない。
まだだ。
まだ、違う。
「ぐっ」
見計らったように大輔のもう片方の手が真崎の腹から股間へ伸びた。喉を鳴らした真崎が、めまいがしたように眼を閉じ、大輔に顎を持ち上げられてキスを受けるように仰け反る。
それはさながら、魔物に生贄にされた聖者のようだ。
押し殺した呻きに溢れる妖しいまでの華。
それを聞き取って大輔が嗤う。
「いい声だろ」
こいつはこうやって使うんだよ。
極みに追い詰め引き裂きながら、快楽の雫を散らせてやればいいんだ。
美並の視線を求めて一瞬開いた真崎の瞳が、絶望に翳って真っ黒な穴に成り果てていく。
しおれ干涸びていく、命の花。
何がいい声なものか。
真崎がもう自分を手放そうとしていることが、大輔にはわからない。この後何をしても、確かに応じはするだろう、だが、それは物言わぬ無抵抗な人形になったということだ。
大輔が求めたものは真崎の華、それは真崎という命が咲き誇るからこそ溢れるもの、生き生きと反応する身体と敏感に揺れる心だろうに、このままではその両方とも遠からず崩壊していくことが大輔にはわからない。
美並の前で真崎を取り戻してみせるという興奮と気負い、美並に対する勝利を願うあまりにそれが見えていない。
だが、と美並は大輔の視線を受け止めながら考える。
同じ欲望は美並の中にもある。
蘇る夕べの光景。
美並の指先で声を上げて駆け上がり、無防備に投げ出してくる身体に満足した自分を美並は確認する。
そうだ、美並の中にも大輔は居る。
真崎があれほど崩れたのは美並だからではなく、大輔を思わせるその影のせいかもしれないのだ。
その影は一つ制御を失えば、今真崎を追い詰めていく大輔そのものになって、いずれ真崎を潰すかもしれない。
大輔は気付かない。
だが、自分の手で自分が愛した相手を殺す傷みを、美並は胸削られるほどに知っている。
殺したのは私だ。
追い詰めたのは私だ。
なのに、なぜ私を罰しない。
なぜ誰も私を殺してくれない。
号泣した、真夜中の公園で、人気のないビルの屋上で、流れていく車の光に飛び込もうとして飛び込めずに、がたがた震えて歩道橋の手摺を握りながら。
なぜ、私は死ねない、それほど愛した相手のために。
落ちた椿。
笑った老女。
そうだ、自分の汚さなんて、とっくの昔に知っている。
傲慢でわがままで欲望のまま生き延びてきた自分の闇は、大輔にくらべれば可愛いものだ、大輔はわからないで真崎を追い込んでいるが、美並はわかっていても受け入れてしまったのだから。
闇ならきっと大輔より深い。
だから。
逃げるな。
その自分を引き受けられなくては、真崎を受け止めることなどできはしない。自分が一番汚れていると思い込んでいる真崎の側に立てるわけがない。
美並の中にある凶暴な欲望、その切っ先に今また掌を当てて、鋭さを確かめ、押し込んでいく。
ぶつり、と骨の間を貫く無機質の存在を感じた。
理想の自分が崩れていく、激しい傷み。
潔さとか真摯とか、そういう願いに真っ向から背く、執着と我欲に塗れた自分を見つけてしまった苦しみ。
そうだ、私は真崎の意志に反して追い詰めることで喜びを得たのを覚えている。自分の昏い衝動を忘れていない。
は、と掠れた声で真崎が喘いだ。
溺れかけた人のように。
息を引き取る前の最後の一息のように。
表情を消して大輔に呑み込まれていきながら、真崎が壊れていく。
その吐息に甘さを感じて美並は眉を寄せる。
これが望みか。
その衝動に向かって問いかける。
今大輔は美並の内側にこそ存在している。
真崎が尋ねたように、今の美並は、真崎を壊していく大輔と同じようなものでしかないか。
同じように真崎を傷つけることしかできないのか。
「あんたはこいつをこんなふうに啼かせられるのか?」
大輔の勝利の笑み。
真崎は動かない。
諦めたのか、それとも、何か、決定的なものをひたすらに待っているのか。
踏み込む瞬間は一つしかない。踏み込む一歩はそこしかない。
応えはどうだ。
衝動を追い詰める。
私は京介をどうしたいのだ。
見極めて、たじろぐな。
じっと見つめ続ける美並の沈黙に、真崎がわずかに眼を開いて視線を投げ、探し求めてくる。
どこに、いるの、みなみ。
消えたはずの、失われたはずの、淡い叫びが、幻のように闇を越えて届いてくる。
答えろ。
京介を傷つけることしかできないのなら、大輔の腕でも美並の腕でも同じこと。
今ここで諦めろ。
京介との未来を。
自分の望みを。
今まで通り、独り生きていくことを選び直せ。
………イヤ、ダ。
衝動が、身を竦めながら、声を返してきた。
イヤダ。
アレハ、ワタシノ、モノ。
ならば誓え。
間髪入れずに自分に命じる。
京介の喜びを満たすと。
不要になれば影も残さず消えると。
支配するなら幸福にすると。
その健やかさを保証すると。
今、誓え。
静謐。
沈黙。
動かぬ気配。
真崎の聞こえない悲鳴が高まっていく。
時間がない。
このまま真崎を失うか。
そして美並は自分の愚かさに、一生涯後悔するのか。
それでも。
それでも、なお。
歯を食いしばって待った、次の瞬間。
チカウ。
美並の闇が静かに呟いた。
穏やかで、はっきりとした、響き。
我ガ命ニ、カケテ。
「ふぅ」
美並は大きくはっきりと溜め息をついた。
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