『闇を闇から』

segakiyui

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第3章

2.バックドア(2)

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「は…っ」
「声を上げてもいいぞ」
「っ…っっ」
 首を強く振って拒否を示すと、首筋あたりで息を吹きつけられながら大輔が笑って、背筋が竦む。
「十分その気じゃないか」
 ひょっとしてこういうシチュエーションも好きなのか。
「うっ…」
 ぎゅっと握られて固さを増す部分がまた繰り返し擦られて、京介は唇を噛んで俯く。
 まさかこんなことまでされるとは思っていなかった自分の愚かさが腹立たしくてたまらない。
 洋式トイレの蓋が男二人の体重を支えかねてぎしぎしいってる音に誰か気付いてくれないかと思いながら、後ろ手に縛られて背中から抱え込まれ、スラックスをはだけられて好きなように弄ばれている状態、目の前にある個室のドアがいきなり開いたらと想像するとぞっとする。
「気持ちいいみたいだな、え」
「ちが…うっ」
 わかっているはずだ、大輔だって。男の身体は物理刺激だけでも十分興奮する。好きでなくても巧みでなくても、それこそ望む気持ちが欠片もなくても、快感を拾い集めて煽られていく。
「溜まってたのか、京介」
 あの女とはしてないのか。
「やっぱり男扱いされてないんだろ」
 こんなことされてよがってるんじゃな。
「くっ」
 指先にぞくりと身体が震えてしまう。喘ぎそうになったのを必死にやり過ごす。手首に触れる伊吹のマフラーの感触が優しくて柔らかで、頭の中がぐしゃぐしゃになる。
「えらく色っぽくなったもんだ」
 大輔が満足そうな声を響かせて、速度を緩めた。一気に追い上げられているうちは感じなかったじりじりとしたものが腹の底に蠢きだす。
「時間が…ないんだろ…」
 さっさとしろよ。
 身体は熱くて今にも溶けそうな気がするけれど、気持ちはどんどん冷えていく。
 駅のトイレで、弟を拉致して、こんなことを仕掛けるなんて、下衆だよね。
 低くつぶやく胸には尖ったガラスがぎらぎら光っている。
 時間が引き戻されていくようだった。ようやく得た外の世界が、今大輔に踏みにじられて崩れていく。抵抗できない自分も馬鹿馬鹿しいし、そんな自分にここまで執着する大輔も馬鹿馬鹿しい。
 これで父親で夫で大人なんだ、ほんとに嗤える。
「なあ、京介」
「…」
 背後に押し付けられた肉塊に歯を食い縛る。
「あの女はどんな風に触るんだ」
「っっ」
 思ってもみなかった問いに震えた。
「お前のここをどうやって触る?」
「…っ」
 つぶやいた大輔の背後の熱が一段と上がって、頭の中に紅が広がる。
 まさか大輔。
 まさか伊吹さんのことを考えながら?
「こんな風にか?」
 大輔が柔らかく指を這わせた。触れるか触れないか、先へわざとたどたどしく滑らせていく感触に意識がどうしてももっていかれて、京介はぞくぞくする。
 伊吹さんが、どんなふうに。
 京介。
 甘い声が耳元で弾けた気がして、首に触れる息に伊吹を思う。
「あ…」
 ゆるりと腰が溶けた気がした。感じるまいとしていた壁が伊吹の声に崩される。
「こんな感じか」
「……う」
 大輔の声も濡れている。誰を思っているのか考えたくない、けれど、その名前が京介の境界を揺らがせるのは簡単で。
 腰が揺れた。
 伊吹さん。
 触ってくれていない。愛撫してくれていない。その感覚はまだ知らないから大輔の指がそう思えてきてしまうのが止められない。違うはずだ、これじゃない、そう思う理性が、知らないくせに、ひょっとしたらこれと同じかも知れない、そう呟く理性に揺さぶられる。
「い……」
 名前を呼び掛けて寸前制したものの、シャツの裾から入り込む大輔の掌が脇腹を撫で上げていくのに、思わず仰け反ってしまう。
「は、ぁ」
 熱い息を逃がした矢先、強くきつく掴まれて小さく呻いた。
「誰でもいいんだな」
 冷やかに嗤う大輔の声に背筋が竦む。
 けれど、打って変わって乱暴に扱かれ出したものは、待ち構えていた感覚を容赦なく煽っていってしまう。
 自慰だと思えばいい。
 きつく唇を引き締めて、声を漏らすまいとしながら堪えた京介は、次の瞬間大きく眼を見開いた。
 大輔の指が、いつか伊吹がつけたキスマークのあたりを触れている。
「何だ…これ…」
 緩められたネクタイ、ボタンを外されたシャツを押し開くように大輔が鎖骨のあたりを撫でる。無骨な指が無神経に擦るその動きに、違う、そう身体が訴えた。
 チガウ。
 コレジャ、ナイ。
「キスマーク…?」
 呻くような大輔の声が響いて、次の瞬間、醒めかけた京介を一気に追い上げ始める。
「うっ…ぁ」
 チガウ。
 チガウ。
 チガウ。
「今さらっ」
 吐き捨てる声、絞り上げられる痛み、容赦なく擦られて摘まれて、激痛に涙が溢れる。
 チガウ。
 チガウ。
 僕が、抱かれたいのは、この指じゃ、ない。
 けれど、限界は軽く京介を圧倒する。
「んっ……あっ」
 がしゅっ、と何かが壊れたような音が身体の内側を満たした。暗転した視界が音の元を探って内側に落ち込む。
 暗闇の空間で、ぎらぎら光りながら突き立っている透明で鋭いガラスの山が崩れ落ちていきつつあった。天辺近くから崩れたものは周辺に落ちて砕け、その山の底からも耳をつんざくような音を立てて崩壊していく。
「京介…?」
「………」
 ぼんやりと瞬いて、覗き込む大輔を見た。
 肌色の平面に動く眼と口と眉。動かない鼻と耳。
「そんなによかったのか」
 笑い声が響いて口を塞がれる。べたりとした舌が口の中を舐め回す。
 感覚が遠い。
「時間切れだ。俺は優しいな、お前だけにいい思いをさせてやって、自分のは後回しだ」
 さっさと片付けろよ、そう言われてマフラーを解かれ、両手を自由にされた。けれど、その両手の使い方がよくわからない。
 ぼうっとしていると、ぐいとマフラーを押し付けられ、それで濡れた部分を拭かれた。当てられた瞬間、吐きそうになって、ばたばたと涙が零れ落ちたけれど、なぜ自分が泣いているのかわからなくて、首を傾げる。
「俺のじゃなくてお前のを拭いたんだから、ましだよな」
 取り繕うように大輔が笑って、立ち竦んだままの京介にマフラーを握らせる。
「じゃあ、金曜日な」
 もっと凄いことをしてやるから、楽しみにしてろよ。
 言い捨ててあたふたと去っていく大輔を見送り、マフラーを一旦便器の蓋に置き、スラックスのベルトを締めた。シャツのボタンを止め、ネクタイを締め直し、上着を整え、マフラーを手に取る。
 ぬちゃり、と指にくっついたものに視線を落として、洗わなくちゃ、と思った。
 外に出て、眼鏡を外して汗と涙でべたべたになっている顔を洗い、眼鏡をかけなおして、マフラーを蛇口の下に差し出して汚れを落とす。
「駄目だな」
 きっとこのマフラーはもう使えない。
「伊吹さんに謝らなくちゃ」
 せっかく貸してくれたのに。
「一緒にマフラー見に行かなくちゃ」
 紺色がいいのかな、それとももっと明るい色がいいかも。
 水を止めたのに、手に滴り落ちる水滴が止まらない。
「伊吹さん、怒るかなあ」
 そうだ、今すぐ行って謝ってこよう。
 マフラーをトイレのごみ箱に捨てて、京介はふらりと足を踏み出した。
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