『闇を闇から』

segakiyui

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第3章

1.白黒(8)

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「初めて見た時はね、まあ整った男がいるもんだな、と思ったわよ」
 元子は料理を気持ち良く平らげていく。がちゃがちゃせわしなく片付けるというのではなく、一品一品楽しんで食べているのがよくわかる機嫌よさ、村野にとっても貴重な客なのだろう、サーブされる手順も滞りなく丁寧だ。
「面接でですか?」
「そう、面接で」
 大学卒とはいえペーペー、使いものになんかなるまいと思ってたからね、最初は総務の富崎さんのところでちょっと使ってもらったら、勘がいいし卒ないし、何より人あしらいがうまいと報告されて。
「現場で2年ほど地方を回ってもらって、それから流通管理の方へ」
 皿に描かれたソースをパンで拭い取り、次の皿を持ってきた村野に、新しい香辛料なの、インパクトあるけど、なじませるのが難しそうね、と笑いかける。
「精進いたします」
 村野も美並と元子が和やかに会話を始めたのにほっとしたのだろう、穏やかに微笑んで頭を下げる。
「デザートはいかがいたしましょう」
「アイスクリームでいいわ、伊吹さんは?」
「同じものを」
 迎合したのではなく、元子が何を好むのかが知りたかった。
「レモンシャーベットでは?」
「頂きます」
「お願いします」
 では、と運ばれてきたのは薄黄色のシャーベットにレモンピールが刻まれて乗せられているのが、濃い紫の器に入っているもの、おいしいね、とさくさくスプーンで掬っていく元子に習い、食べ進めていって美並はレモンシャーベットの真下に隠されていた絵柄に気付いた。
 まるで暗闇に灯る明かりのように、淡くて白い桜の花弁、ただ一枚。
「……誰か助けて」
 低い声で元子が呟き、美並は桜に見入っていた顔を上げた。
 元子も同じように花弁を見つめている。その花弁に誰を重ねているのか、それはお互いよくわかったことで。
「なぜ、そんなに揉め事をおさめるのがうまいかと聞かれて、そう答えたわ」
「?」
「誰か助けて、そう思わないことだ、って」
「……」
「誰か、なんてどこにもいない。たとえ居たとしても、その『誰か』にリスクを負わせることでしかない、度重ねれば、その『誰か』も耐え切れなくなって居なくなる」
 眼鏡の奥でゆっくり細められる、真崎の眼が見えるようだった。
「何とかして、というのも同じこと」
 コーヒーを、と命じた元子が、目の前から皿が下げられるのを見送りながら呟く。
「何とか、なんて誰にもできない。何とか、という中身を考えられるのは自分だけだ、そう考えれば」
 淡々とした静かな声で真崎は答えたに違いない。
「自分しかいないとわかる、自分しかいないなら、自分がやるしかないと思う」
「……」
 運ばれてきたコーヒーの香りの高さに大石と真崎を思い浮かべた。あの夜、大石を振り切ってここを出た、壊れそうな真崎を抱きかかえた。
「自分しかいないと思えばいいだけだって」
 笑っていたんだけどね、この子は一生一人で生きていくんだろうなと思ったのよ。
「有能で整った機械みたいな心のままで」
 元子はコーヒーをゆっくり含み、唐突ににっこりと笑った。
「だから、そういう男なら、仕事ぐらい貫けるものがあったほうがいいと思って」
 早いと声はあったけれど、流通管理課の課長に据えた。
「十分な仕事っぷりだったし、周囲は私を褒めてくれたわよ、大抜擢、英断だって」
 くすくす笑いながらコーヒーを飲み干す。
「けど」
 一つだけ読み損なったわねえ。
「え?」
「あの子があんなに華が出るとは思わなかった」
 こんなことなら秘書にして連れ回してたら気持ちよかったでしょうに。
「私もまだまだだわね」
「ふふ」
 美並もつられて笑ってしまう。真崎が元子の秘書だとしたら、それは卒なくこなすだろうが、きっと戻ってくるたびにぶつぶつ言って拗ねるだろう、自分は人形やタレントじゃないとか言いながら。
「あ、そうだ」
「はい?」
「あなた達結婚したら部署異動になるんだけど」
 元子はとんでもなく嬉しそうに付け加えた。
「伊吹さん、私付けの秘書になる?」

 はぁい?
 頭の周囲に疑問符をまき散らしている美並に頓着せず、元子は、そうねそうねそれはいいわね面白いわね、と一人で思いっきり盛り上がって帰っていった。
 秘書?
 美並が社長秘書?
『そんなたいしたものじゃなくて、私が仕切れない事務作業と食事相手と話し相手ってところでいいから』
 うふうふうふと楽しげに笑う元子の頭の中には、そうやって美並を振り回すことで真崎が苛立つのを面白がっているような気配もあって。
「……やっぱり面倒な相手が多い……」
 ぐったりしながらマンションに戻ってきて、鍵を開けて入り、違和感に気付いた。
 空気が動いている。見下ろした三和土には見慣れない靴がある。明じゃない。
「……?」
 そろそろと部屋の中に入っていって、耳を澄ませると微かな寝息が聞こえてくる。
 手前のリビングの電気をつけて、奥は付けないままで入っていくと、美並のベッドが盛り上がって上下していてどきりとする。
「…課長……?」
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