『闇を闇から』

segakiyui

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第3章

1.白黒(3)

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「いえ」
 一瞬の戸惑いから立ち直ると、京介は笑みを浮かべて立ち上がり、差し出された相手の手を握った。
「桜木通販の真崎京介です。お時間頂き、ありがとうございました」
「真崎…?」
 源内が奇妙な表情で顔をしかめる。
「何か?」
「あ、いや………珍しいが、全くない、というわけでもないか」
 源内が軽く首を傾げながら、京介の手を握り返し、どうぞ、と改めて席をすすめる。それを合図にしたように、渡来が席を立った。
「ゲンナイ。続き」
 あ、ニ言になった。
 しかもきっちり相手の返事を待っている気配に、渡来が源内へ向けている信頼を感じ取る。
「ああ、わかった、俺がやる。そっちやっててくれていいぞ?」
「うん」
 渡来が頷き、畳の間へ上がって、散らばった色紙を眺めながらあちこち動かし始めた。時々、自分の膝や腹などに当て、視線を部屋の隅に向けるのを見ると、こじんまりとしているが全身映る姿見があるのを覗いている。
「ああ…なるほど」
 しばらくその動きを見ていて京介は気付いた。
 渡来は色紙の組み合わせ方を確認していて、しかも白づくめの自分の服に合わせて鏡を見ることで、感覚を補正しているのだ。
「ハルはオープンイベント担当だから」
「?」
「ここ。野外のオープンイベントは、来場者にタイルを渡して好きな色を塗ってもらって、それをあそこのコンクリート壁に張り付けていこうってやつなんですよ」
 源内が笑いながら京介の前にミネラルウォーターのペットボトルを置き、好きにやって下さい、と言いながら、別の書類で屋台やホールなどの配置図を示した。
「その場で?」
「ああ」
「でも……どんな色が集まるかわからないでしょう?」
「ハルの手元にも多少白タイルを置いておくから、適当に足りない色は塗って足すらしい。塗る色はこっちで準備しておくから、まあ範囲は限られてくるけど」
 それでも、数百枚にのぼるタイルを即興で一つの絵に仕上げていこうというのは、生半可なことじゃない、そう驚く京介に、源内はにやりと笑った。
「あいつは天才だから」
「天才…」
「なんて言うのか、凄く精密で高度な計算能力を備えてて、そうだな、まあ、数万になるとわからないが、数千枚ぐらいの素材なら瞬間で数と色味を覚えとけるらしい」
「ああ」
 そう言えば、そういう特殊な才能を持っている人間が居るというTV番組を見たことがある、と京介も思い出す。
「後、おおよその予測値も出せるんだそうです、人間が選ぶ色の傾向ってやつで」
 源内は苦笑しながら、畳の間の渡来を示す。
「だからああやって、大体の元絵は当たりをつけておくんだと」
「凄いですねえ」
「あたりまえ」
 ぽつんと渡来が口を挟んだ。
「当たり前じゃねえって、ハル」
「できる」
「お前はな」
「できる」
「いや、普通はできないって」
「しないだけ」
 ぎら、と鋭い目で渡来が振り返って源内を睨む。
「ゲンナイも」
「俺はできないの。……ああいうとこは頑固なんです。自分にできることは人にもできるって思ってるんで、時々あちこちとぶつかるんだ」
 源内はさらっと流して書類を示した。
「大体のところはわかりますか?」
 慣れているやりとりなのだろう、渡来も気にした様子もなく、再び色紙選びに熱中する。
「ホールイベント、オープンイベントはわかりました。このソーシャルイベントというのは?」」
「さっきも言ったように、地域社会や世界と関わっていこうという『ニット』でもあるんで、各家庭で不要になったニットを集めて、必要なところへ送ろうという企画なんです」
 源内は協賛団体の名前を示した。
「向田市市役所、向田市教育委員会、PTA連合会、向田市社会連絡協議会…」
 一瞬、何を思い出しかけたのか、不愉快そうな表情になったが、すぐに顔を和らげて、
「そうそう、この『向田市くらしと世界を結ぶ会』っていうのは市民団体の一つで、地域のおばさん主体でいろんなことをやってるんだけど、そりゃまあエネルギッシュですよ」
 文句は言うけど、よく動いてくれるし、と笑った後で、
「口だけ出して、何もしないおっさん連中よりは頼りになるかな」
 苦々しい口調で付け加えてから、真顔になった。
「ところで、真崎さんは桜木通販として、『ニット・キャンパス』に参加したい、そうおっしゃってるんですよね」
「ええ、そうです」
 京介も作ってきた資料をテーブルに出す。興味深そうにそれを受け取った源内は素早く内容に目を走らせて、小さく溜め息をついた。
「……いいですね」
「参加させて頂けますか?」
「面白いと思います。やってみたい学生も一杯いるだろうし……ハル?」
「なに」
「黒のニット帽、好きにデザインを加えていいって企画が来てる、いいよな?」
「いい」
「面白いものができたら、こちらで流通させてくれるって保証つき」
 渡来がぴたりと動きを止めて、畳の間から降りてきた。源内の手元の資料を覗き込み、京介をまっすぐに見つめてくる。
「いい」
「ありがとう」
「だが……だめだろうな」
「え?」
 源内の口から思わぬことばが零れて京介は眉を寄せた。
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