『闇を闇から』

segakiyui

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第2章

11.姉と弟(6)

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「……こんばんは、真崎さん?」
 明は既に待っていた。
 公園の街灯を斜めに受けて立っている、その姿がいつかの昼間見た時よりも数段大きく見える。
「お待たせしました」
「お時間頂いてすみません」
 物言いは柔らかだが、明は笑っていない。
「一つ聞きたいんだけど」
「はい」
「あの時、もう俺が弟だって知ってた?」
 弟だから奢ってくれたりしたわけ?
 剣呑な口調は挑発ではない。はっきりとした挑戦だ。
「で、黙って美並のことを話すのを聞いていたの?」
 なら、あなたはずいぶん狡い男だってことだよね?
「そうなりますね」
 京介は微笑んだ。からかうつもりではない。自分が狡いことなど百も承知だ。
「けれど、伊吹さんのことは本気です」
「大石もそう言ったよ」
 明は冷ややかに笑った。
「俺は子供だったから、そのことばを信じた」
 ぎらりと光った目の色は、京介を焼き尽すほど激しい怒りに染まっている。
「それが、美並を傷つけた」
 だから、二度は間違わない。
 明は背中のバッグを引っ掛け直して、顎をしゃくる。
「こっち来て」
 公園の暗がりに向かって誘う後ろ姿に、また既視感が襲ってくる。表情を変えまいとしながら歩き出す。
 すたすたと歩く明が次に立ち止まったのは公園の隅にあるバスケットゴールだった。
「3on3って知ってる?」
「名前ぐらいは」
「そんなに大層なものじゃないよ」
 明はバッグを降ろして、中からバスケットボールを取り出した。きちんと手入れされている美しいボールだ。
「俺と3本勝負しようよ、真崎さん」
 ゴールポストの下にバッグを置き、ゆっくり戻ってきて真崎の前を通り過ぎる。
 やがてゴールからかなり離れた場所で振り返って立ち止まり、明は静かに笑った。
「あの時、俺はべらべらしゃべっちゃったけれど、あなたは飯を奢ってくれたから貸し借りなし」
 明が投げてくるボールを京介は受け止める。ばしり、と掌にあたって軽く痺れた。
「俺は経験者だから、あなたにハンディを上げるよ。始めるのは3本ともあなたからでいい。3本試して、そのうち2本あなたが入れたら、美並とのことを認める」
「駄目だったら?」
「諦めて」
 明が微笑んだ。
「これ以上、美並を傷つけるやつを俺は誰も近付けない」
 笑みを消さないまま、はっきりと強い口調で言い放つ。
「過保護だね」
 いつぞや社長に言われたことばを京介は繰り返した。暗にシスコンはやめろ、と響かせる。
「……あなたは知らない」
 明が表情をなくした。
「美並は、独りでいい、と思ってる」
「……」
「どういう意味かわかる?」
「……いや」
「独りで生きる、独りで死ぬ、そういうこと」
 人は誰も独りでしょう、そういう生半可なことばを京介が口にせずに済んだのは、明の声の悲痛な響きに気付いたからだ。
「自分の能力が、子供に遺伝するかもしれないから」
 明が冷えた声で続けた。
「子供がどれほど辛い思いをするのかわかるから」
 閉経手術受けようかな、そう言ったんだぞ。
「っ」
 自分にはそういうつもりがなくても、自分の体は命を宿してしまうから。意識せず子供に重荷を背負わせてしまうかもしれないから。両親に言えることではない、自分の命を、両親を責めかねないから。
「きついとか、しんどいとか、そういうの、美並は俺に言ったことはない、けど」
 次の命を紡ぐことを自分で閉ざすほど苦しかったんだ。
「美並が女に産まれたのは美並のせいじゃない、けれど美並は自分の体に責任があるからって、自分を傷つけるつもりだったんだ」
 その美並の覚悟を踏みにじった大石を、俺は許さない。
「っ!」
 ふ、っといきなり明が近付いてきて京介ははっとした。とっさに、抱えたボールをドリブルしようと地面に落とす、その瞬間に掬い上げられる。見下ろした京介の視線を、一瞬受け止めて明が薄く笑ったとたん、流れるような動作で体を引き起こし、伸び上がる。
「あっ」
 京介が振り向くと同時に明の指からボールが離れた。鮮やかな円弧を描いて吸い込まれるようにボールがゴールをすり抜けるのを茫然と見る。
「まず1本」
 明が跳ねたボールを拾い上げて戻ってきながら吐き捨てた。
「待ってるだけの男に美並をやれるわけがないだろ」
 ばし、とかなり強くボールを投げつけられる。
「来いよ」
 明が顎を上げて促した。
「後はない」
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