144 / 503
第2章
7.彼女と彼(8)
しおりを挟む
「そうか? 始めは何を考えてるかわからないと、石塚さんも牟田くんも俺にこぼしてたぞ」
石塚は高山と同期に入っている。他業種に居た高山が桜木通販に入ったと同時に、石塚が新入社員として入ってきて、お互いわけがわからないなりに頑張ってきたんだ、と酒の席で聞かされたことがある。
「最近もこぼしてますか」
微笑みながら聞いてやると、いやそれは、と口を濁したあたり、本当に最初のころの話だったのだろう。
確かに伊吹さんのクールさは誤解されやすいよね、と思いつつ、
「どういう編成になるかまだ未定ですし、ひょっとしたら事務だけではなく、商品開発のためにあちこち出かけてもらうかもしれませんしね」
だからすぐに動ける、心身ともに融通がききやすい人がいいんですが。
北岡が必ず夕方五時には引き上げて、介護をしている母親の元に急ぐことを知ったうえの切り返しに、高山が険しい顔で押し黙った。
「とりあえず叩き台ということでいいんじゃないですか」
細田が取りなして、高山は不愉快そうに眉をしかめたまま離れていった。
「まあ確かに、ドロップシッピングまでやるとなると、アルバイトじゃなあと思う気持ちはわかるが」
見送りながら細田が溜め息をつく。ゆっくり振り向いて、少し心配そうな顔になった。
「……『Brechen』、いや、大石がうんと言うかね?」
「言わせてみせますよ」
御安心を。
真崎は笑みを深める。
御安心をも何も、こける率のほうが高いぐらいだが、今ここでそれを指摘しても細田を不安に陥らせて、物事をややこしくするだけだ。
絶対の安定感を浮かべた表情で保証すると、細田も月曜日の企画提案に納得した。
「じゃあ月曜日に大会議室、九時だからな。資料は夕方に仕上がるな」
「メール便で送っておきます」
「頼む」
ほっとした顔で品質管理課の部屋へ細田が消えると、京介も吐息をついて流通管理課の扉を開けた。無意識に伊吹の席を見る。やっぱり来ていない。
「お昼、どうされます?」
「あ、僕、まとめなくちゃいけないものがあるから」
石塚さん、お先にどうぞ。
京介が微笑むと、何か言いたげな顔で石塚が動きを止めた。
「……何?」
「……伊吹さん、岩倉産業の大石さんと親しいんですか?」
「……どうして?」
さりげなく席についてパソコンを立ち上げながら尋ねてみる。
「何か連絡でも入った?」
「伊吹さんを、って……朝もお電話が」
「……そう」
ぴく、と震えたのはキーボードの上の指先だけ、それでも打つリズムは乱さないまま、京介は会話を続ける。
「伝言があるの?」
「いえ、直接話したいから、と」
「そう………じゃ、またかかってくるでしょう」
僕が聞いておくよ、そう言って笑い返しながら、誰も彼も伊吹さんが欲しいのかよ、と胸の奥で毒づいた。
石塚は高山と同期に入っている。他業種に居た高山が桜木通販に入ったと同時に、石塚が新入社員として入ってきて、お互いわけがわからないなりに頑張ってきたんだ、と酒の席で聞かされたことがある。
「最近もこぼしてますか」
微笑みながら聞いてやると、いやそれは、と口を濁したあたり、本当に最初のころの話だったのだろう。
確かに伊吹さんのクールさは誤解されやすいよね、と思いつつ、
「どういう編成になるかまだ未定ですし、ひょっとしたら事務だけではなく、商品開発のためにあちこち出かけてもらうかもしれませんしね」
だからすぐに動ける、心身ともに融通がききやすい人がいいんですが。
北岡が必ず夕方五時には引き上げて、介護をしている母親の元に急ぐことを知ったうえの切り返しに、高山が険しい顔で押し黙った。
「とりあえず叩き台ということでいいんじゃないですか」
細田が取りなして、高山は不愉快そうに眉をしかめたまま離れていった。
「まあ確かに、ドロップシッピングまでやるとなると、アルバイトじゃなあと思う気持ちはわかるが」
見送りながら細田が溜め息をつく。ゆっくり振り向いて、少し心配そうな顔になった。
「……『Brechen』、いや、大石がうんと言うかね?」
「言わせてみせますよ」
御安心を。
真崎は笑みを深める。
御安心をも何も、こける率のほうが高いぐらいだが、今ここでそれを指摘しても細田を不安に陥らせて、物事をややこしくするだけだ。
絶対の安定感を浮かべた表情で保証すると、細田も月曜日の企画提案に納得した。
「じゃあ月曜日に大会議室、九時だからな。資料は夕方に仕上がるな」
「メール便で送っておきます」
「頼む」
ほっとした顔で品質管理課の部屋へ細田が消えると、京介も吐息をついて流通管理課の扉を開けた。無意識に伊吹の席を見る。やっぱり来ていない。
「お昼、どうされます?」
「あ、僕、まとめなくちゃいけないものがあるから」
石塚さん、お先にどうぞ。
京介が微笑むと、何か言いたげな顔で石塚が動きを止めた。
「……何?」
「……伊吹さん、岩倉産業の大石さんと親しいんですか?」
「……どうして?」
さりげなく席についてパソコンを立ち上げながら尋ねてみる。
「何か連絡でも入った?」
「伊吹さんを、って……朝もお電話が」
「……そう」
ぴく、と震えたのはキーボードの上の指先だけ、それでも打つリズムは乱さないまま、京介は会話を続ける。
「伝言があるの?」
「いえ、直接話したいから、と」
「そう………じゃ、またかかってくるでしょう」
僕が聞いておくよ、そう言って笑い返しながら、誰も彼も伊吹さんが欲しいのかよ、と胸の奥で毒づいた。
0
お気に入りに追加
79
あなたにおすすめの小説
性欲の強すぎるヤクザに捕まった話
古亜
恋愛
中堅企業の普通のOL、沢木梢(さわきこずえ)はある日突然現れたチンピラ3人に、兄貴と呼ばれる人物のもとへ拉致されてしまう。
どうやら商売女と間違えられたらしく、人違いだと主張するも、兄貴とか呼ばれた男は聞く耳を持たない。
「美味しいピザをすぐデリバリーできるのに、わざわざコンビニのピザ風の惣菜パンを食べる人います?」
「たまには惣菜パンも悪くねぇ」
……嘘でしょ。
2019/11/4 33話+2話で本編完結
2021/1/15 書籍出版されました
2021/1/22 続き頑張ります
半分くらいR18な話なので予告はしません。
強引な描写含むので苦手な方はブラウザバックしてください。だいたいタイトル通りな感じなので、少しでも思ってたのと違う、地雷と思ったら即回れ右でお願いします。
誤字脱字、文章わかりにくい等の指摘は有り難く受け取り修正しますが、思った通りじゃない生理的に無理といった内容については自衛に留め批判否定はご遠慮ください。泣きます。
当然の事ながら、この話はフィクションです。
【R18】こんな産婦人科のお医者さんがいたら♡妄想エロシチュエーション短編作品♡
雪村 里帆
恋愛
ある日、産婦人科に訪れるとそこには顔を見たら赤面してしまう程のイケメン先生がいて…!?何故か看護師もいないし2人きり…エコー検査なのに触診されてしまい…?雪村里帆の妄想エロシチュエーション短編。完全フィクションでお送り致します!
彼女の母は蜜の味
緋山悠希
恋愛
ある日、彼女の深雪からお母さんを買い物に連れて行ってあげて欲しいと頼まれる。密かに綺麗なお母さんとの2人の時間に期待を抱きながら「別にいいよ」と優しい彼氏を演じる健二。そんな健二に待っていたのは大人の女性の洗礼だった…
【R18】隣のデスクの歳下後輩君にオカズに使われているらしいので、望み通りにシてあげました。
雪村 里帆
恋愛
お陰様でHOT女性向け33位、人気ランキング146位達成※隣のデスクに座る陰キャの歳下後輩君から、ある日私の卑猥なアイコラ画像を誤送信されてしまい!?彼にオカズに使われていると知り満更でもない私は彼を部屋に招き入れてお望み通りの行為をする事に…。強気な先輩ちゃん×弱気な後輩くん。でもエッチな下着を身に付けて恥ずかしくなった私は、彼に攻められてすっかり形成逆転されてしまう。
——全話ほぼ濡れ場で小難しいストーリーの設定などが無いのでストレス無く集中できます(はしがき・あとがきは含まない)
※完結直後のものです。
【R18】ドS上司とヤンデレイケメンに毎晩種付けされた結果、泥沼三角関係に堕ちました。
雪村 里帆
恋愛
お陰様でHOT女性向けランキング31位、人気ランキング132位の記録達成※雪村里帆、性欲旺盛なアラサーOL。ブラック企業から転職した先の会社でドS歳下上司の宮野孝司と出会い、彼の事を考えながら毎晩自慰に耽る。ある日、中学時代に里帆に告白してきた同級生のイケメン・桜庭亮が里帆の部署に異動してきて…⁉︎ドキドキハラハラ淫猥不埒な雪村里帆のめまぐるしい二重恋愛生活が始まる…!優柔不断でドMな里帆は、ドS上司とヤンデレイケメンのどちらを選ぶのか…⁉︎
——もしも恋愛ドラマの濡れ場シーンがカット無しで放映されたら?という妄想も込めて執筆しました。長編です。
※連載当時のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる