『闇を闇から』

segakiyui

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第2章

5.上司と部下(2)

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 一度美並の部屋に寄って、それから真崎が向かったのは向田駅からもっと賑やかな街へ向かうホーム。
「…課長」
「はい」
「……目立ってませんか」
「そうだね」
 二人が被っているのは本当にシンプルな黒のニット帽、真崎は一見良家のお坊っちゃん風でいささか帽子が浮いているし、美並も被って歩くには年齢的にちょっと厳しい。
 その二人がカップルだということは明らかだけど、帽子だけペアというのもかなり浮いてる。
 というより。
「なぜ目立ってると思う?」
 やってきた電車に乗り込んだ真崎がちらりと笑って尋ねてくる。
「伊吹さんが可愛いから?」
「あのね」
 違うでしょう、それは。
 思わず突っ込みながら、少し顔が熱くなった。
 いつもならどこかへ出かけるにも真崎のマンションからそのまま出かけるのに、一度美並の部屋へ戻ったのは、時間を急がないと言われたのもあったけれど、ニット帽を被るには着ていたかっちりめスーツ系ではあんまりだと思ったからで。
 でもって、選び直したのは茶色系タータンチェックのロングスカート、オフホワイトの大きめのセーターという組み合わせは、やっぱりどことなく『Brechen』のチラシを意識してしまったからで。
 ついでに実はその組み合わせが、昔大石と出かけるときの基本だったと思い出して、あのチラシのアイディアが大石のじゃないかと思ったり、ならやめたほうがいいかどうかと悩んだりして。
「よく似合うね」
 初めて見た格好だけど、と笑った真崎は一瞬何か言いたげな顔で口を噤んで、ゆっくり視線を窓の外へ向けた。
「ありがとう、ございます」
「うん」
 なんか、わかるような気がするよ。
 小さく続いた呟きにえ、と顔を上げると、やはり窓の外を眺めたままでの真崎は、
「で、なぜだかわかる?」
 もう一度問いかけてきた。
 気紛れや偶然で尋ねてきているわけじゃない。
 気付いて、美並はゆっくり考えてみる。
 晴れた秋の祝日、絶好のお出かけ日和ではあるけれど、周囲にはニット帽を被っている人間はかなりいる。なのに、ちらちら、と視線を送ってくる人間は、確かに美並達を気にしていて、視線が合うと慌てて逸らされたりする。
「……ペア、だからでしょうか」
「んー」
「最近、全く同色のペアものを合わせてるのは珍しいですし」
「それもあるかもね」
 真崎が穏やかに微笑みながら、つい、と視線を流して振り返ると、美並の斜め前にいた中学生がうっすら赤くなって友達と突きあう。綺麗な人だよね、と囁く声が響いて、それをまた真崎が当然のように怯みもせずにくすりと笑った。
 こいつは。
 思わず溜め息をついて尋ねる。
「……課長のせいでしょうか」
「違うでしょう」
 あれは例外、とあっさり切り捨てた真崎が微かに目線で合図してきて、そちらを振り返ると、今度は結構な年輩の男性がじっと真崎を凝視している。
「おい」
 まさかあそこまで圏内に入ってるのか。
「何考えてるの、伊吹さん」
「いや、ちょっとめまいが」
「よく見てごらんよ」
「え?」
 車内の広告を振り返る顔で、もう一度振り向くと、男性はやはり、ちらちら、ちらちら、と真崎を眺めている。
「?」
「彼が見てるのは何?」
「何?」
「あの子達が見てたのは?」
「……課長」
「だよね」
 だよね、と来た。思わず目を細めて、一体どういうつもりなんだと美並が真崎を見遣ると、相手は意外に真面目な顔だ。
「じゃあ彼は?」
「課長……じゃない?」
「うん」
「……?」
 中学生と年輩の男性の視線を頭の中で比較する。
「あ」
「わかった?」
「帽子?」
「そう」
 真崎は軽く頷いて、ゆっくりと車内を見渡す。
「僕らは半端に目立ってるけど、どんな年齢層の、どういう人達がどんな目で見てるのか、わかる?」
「えーと」
 真崎と同じように車内をぐるっと見て、平行して広がっている靄も見た。
「……偏ってますね」
 明らかに課長に見愡れてるのと、帽子を見てるのと。
「それに」
 帽子を見てる人の年齢層が30~40代の男性に多いです。
「そうだよね」
 美並の答えに満足したように真崎は頷いた。開いたドアにからするりと降りるのに慌ててついていくと、
「帽子に興味を持ってくれているのは、比較的年齢の高い男性だ。全く興味がなさそうなのが、10~20代と女性。でも、女性でも60代ぐらいになると結構気にしてくれている」
「ああ、はい」
 改札を通りながら、あんな短時間でそれだけ見てたのか、と呆れた。
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