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第2章
3.京介(5)
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「……?」
まだ何かあったのかな、そう思いつつ携帯を開く。
「すみませんが、細田課長、僕今ちょっと苦しくて…」
ぼうっとしながら話し出した耳に、低い嗤い声が響いた。
『色っぽい声だな、京介』
「っっ!」
ぞっとして体が竦んで固まる。
『風邪でも引いたのか』
忘れかけていた囁きは、いつかの夜をまともに呼び起こす。
「……な、に」
かろうじて絞り出した自分の声が弱々しい。それがたまらなく悔しいのに、携帯を閉じることができない。
『それとも、寂しいのか』
慰めてやろうか、え、今ここで。
続いたことばに冷水を浴びたような気がして、我に返った。
「切るよ」
『呼べよ、大ちゃんって』
「切るからね」
『もっとって言ってみろよ、あの時みたいに』
「…そんなこと、言ってない」
『言ったさ』
「言ってない」
『言った、ケツ振りながらな』
「言って、ないっ」
一瞬閃いた映像に震えながら、京介は叫んだ。
『取り出してみろよ』
「っ」
『張り詰めてんだろ、わかってるんだぞ』
「ち…」
がう、と言い切れなかったのは、熱のせいか、寝起きのせいか、確かに重苦しいものは腰にあったせいで。
伊吹に煽られて果たせなかった、それもきっとあるだろうけど。
『違わない、そうだろ』
くくく、と大輔が電話の向こうで嘲笑う。
『男だもんな、我慢できないときはあるさ、だからあれだけ何度も欲しがったんだろ』
「………」
唇を噛んで見えない大輔が目の前にいるように睨み付けた。
『相手をしてやるぜ、取り出せよ、気持ちいいように煽ってやる』
「……だい、すけ」
『窮まった声しやがって。そうやっていつも煽ってくるんだよな』
「………」
ふ、ぅ、と籠った熱を口から逃がす。
違う、落ち着け、煽られるな。
いくら大輔が京介から誘ったといい、京介は煽ってるといい、京介が望んでいると言っても、それは本当じゃない、はずだ、だって。
とっさに触れたのは、伊吹に吸いつかれた鎖骨の部分、指があたった瞬間に背筋を走り上がった甘い感覚に思わず息を詰める。
だって、大輔がしたどんなことより、伊吹に吸われた方が数倍気持ち良くて溶けそうだった。唇も、舌も、熱くて柔らかくて、なのに京介が逃げることを許さないような強さがあって。
あのまま、身体全部唇で触れられたら僕はどうなるんだろう、そう思ったとたん、腰の重さがきつくなる。
きっと伊吹さんはすぐにはしてくれないから、ねだるしかないよね、もっと、来て、って。
見えないそこを触れながらひくりと身体を揺らせてしまった。
「は、ぁ」
思わず零れた息に携帯の向こうの気配が一瞬黙り込み、やがて、
『なんだ……まじにその気になったのか』
ねっとりした掠れた声で呟いた。
あれ?
広がったのは違和感。
『もう触ってんのか、ええ』
大輔が如何にも煽るように囁いてくることばが、溜まりかけた熱を白々と引かせていくのに我ながら驚く。
『どんな感じなんだ……京介』
いつもなら反論し抗って逆に煽られてしまうその声に、落ちてきたのは唐突な理解。
「あぁ…」
なんだ、これって。
『京介…』
溜め息まじりの納得に、電話の向こうで大輔が喉に引っ掛かったような声で呼ぶ。
そうだやっぱり僕じゃない。
確信しながら目を細めた。
この電話で、京介のことを思い出して、京介の声を聞きながら煽られているのは、他ならぬ大輔の方だ。
「……触ってるよ」
なぜそんなことを応えようと思ったのか、自分でもわからないまま、京介は囁いた。
『…っ』
唾を呑む音が聞こえてきそうな沈黙に、薄笑いする。
「でも、あんたが思ってるような場所じゃない」
『…どこだ…』
「……首」
『む…』
「伊吹さんが付けた、キスマークのところ」
『……………』
大輔の気配が凍りつくのがわかった。
指先でそれが見えるわけじゃない。けれど、そこを辿ると微かにひりっとした痺れが走って切なくなる。
ここに触れた。
伊吹はここを愛してくれた。
今はここに居ないけど、でも、これだけは現実で、確認したければいつでも鏡で見ることができるから。
「聞こえた、大輔」
くす、と京介は嗤った。
「僕を煽るのは、あんたじゃないんだ」
『く…そ…っ』
呻く声にくすくす笑いながら、携帯を閉じる。
「は…」
熱で壊れちゃったのかな、僕。
「……何…やってん…だか」
再びすぐに震え出す携帯を放り出し、眼鏡をかけて立ち上がる。寝室を出て、玄関まで壁伝いに辿りつき、閉まったままの扉を凝視する。
早く、帰ってきて、伊吹さん。
涙が零れそうになって俯いた。
まだ何かあったのかな、そう思いつつ携帯を開く。
「すみませんが、細田課長、僕今ちょっと苦しくて…」
ぼうっとしながら話し出した耳に、低い嗤い声が響いた。
『色っぽい声だな、京介』
「っっ!」
ぞっとして体が竦んで固まる。
『風邪でも引いたのか』
忘れかけていた囁きは、いつかの夜をまともに呼び起こす。
「……な、に」
かろうじて絞り出した自分の声が弱々しい。それがたまらなく悔しいのに、携帯を閉じることができない。
『それとも、寂しいのか』
慰めてやろうか、え、今ここで。
続いたことばに冷水を浴びたような気がして、我に返った。
「切るよ」
『呼べよ、大ちゃんって』
「切るからね」
『もっとって言ってみろよ、あの時みたいに』
「…そんなこと、言ってない」
『言ったさ』
「言ってない」
『言った、ケツ振りながらな』
「言って、ないっ」
一瞬閃いた映像に震えながら、京介は叫んだ。
『取り出してみろよ』
「っ」
『張り詰めてんだろ、わかってるんだぞ』
「ち…」
がう、と言い切れなかったのは、熱のせいか、寝起きのせいか、確かに重苦しいものは腰にあったせいで。
伊吹に煽られて果たせなかった、それもきっとあるだろうけど。
『違わない、そうだろ』
くくく、と大輔が電話の向こうで嘲笑う。
『男だもんな、我慢できないときはあるさ、だからあれだけ何度も欲しがったんだろ』
「………」
唇を噛んで見えない大輔が目の前にいるように睨み付けた。
『相手をしてやるぜ、取り出せよ、気持ちいいように煽ってやる』
「……だい、すけ」
『窮まった声しやがって。そうやっていつも煽ってくるんだよな』
「………」
ふ、ぅ、と籠った熱を口から逃がす。
違う、落ち着け、煽られるな。
いくら大輔が京介から誘ったといい、京介は煽ってるといい、京介が望んでいると言っても、それは本当じゃない、はずだ、だって。
とっさに触れたのは、伊吹に吸いつかれた鎖骨の部分、指があたった瞬間に背筋を走り上がった甘い感覚に思わず息を詰める。
だって、大輔がしたどんなことより、伊吹に吸われた方が数倍気持ち良くて溶けそうだった。唇も、舌も、熱くて柔らかくて、なのに京介が逃げることを許さないような強さがあって。
あのまま、身体全部唇で触れられたら僕はどうなるんだろう、そう思ったとたん、腰の重さがきつくなる。
きっと伊吹さんはすぐにはしてくれないから、ねだるしかないよね、もっと、来て、って。
見えないそこを触れながらひくりと身体を揺らせてしまった。
「は、ぁ」
思わず零れた息に携帯の向こうの気配が一瞬黙り込み、やがて、
『なんだ……まじにその気になったのか』
ねっとりした掠れた声で呟いた。
あれ?
広がったのは違和感。
『もう触ってんのか、ええ』
大輔が如何にも煽るように囁いてくることばが、溜まりかけた熱を白々と引かせていくのに我ながら驚く。
『どんな感じなんだ……京介』
いつもなら反論し抗って逆に煽られてしまうその声に、落ちてきたのは唐突な理解。
「あぁ…」
なんだ、これって。
『京介…』
溜め息まじりの納得に、電話の向こうで大輔が喉に引っ掛かったような声で呼ぶ。
そうだやっぱり僕じゃない。
確信しながら目を細めた。
この電話で、京介のことを思い出して、京介の声を聞きながら煽られているのは、他ならぬ大輔の方だ。
「……触ってるよ」
なぜそんなことを応えようと思ったのか、自分でもわからないまま、京介は囁いた。
『…っ』
唾を呑む音が聞こえてきそうな沈黙に、薄笑いする。
「でも、あんたが思ってるような場所じゃない」
『…どこだ…』
「……首」
『む…』
「伊吹さんが付けた、キスマークのところ」
『……………』
大輔の気配が凍りつくのがわかった。
指先でそれが見えるわけじゃない。けれど、そこを辿ると微かにひりっとした痺れが走って切なくなる。
ここに触れた。
伊吹はここを愛してくれた。
今はここに居ないけど、でも、これだけは現実で、確認したければいつでも鏡で見ることができるから。
「聞こえた、大輔」
くす、と京介は嗤った。
「僕を煽るのは、あんたじゃないんだ」
『く…そ…っ』
呻く声にくすくす笑いながら、携帯を閉じる。
「は…」
熱で壊れちゃったのかな、僕。
「……何…やってん…だか」
再びすぐに震え出す携帯を放り出し、眼鏡をかけて立ち上がる。寝室を出て、玄関まで壁伝いに辿りつき、閉まったままの扉を凝視する。
早く、帰ってきて、伊吹さん。
涙が零れそうになって俯いた。
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