『闇を闇から』

segakiyui

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第1章

11.イン・ジ・エアー(1)

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 京介が何とか気持ちを立て直しつつ、崩れそうなのを堪えられたのは、伊吹が大輔の餌食になってしまわないかというただ一点。
 だが、その伊吹は目の前で鮮やかに大輔を撃退した。
 ほっとして、けれどもう、一人で居られる自信がなくて、携帯を取り出し、伊吹の番号を押す。
 いつ恵子があの写真を送りつけるかわからない。
 そうなったら、全てが終わる。
 だからひょっとすると、今日が最後、今夜が最後?
 今度こそ、本当に舞台を降りなくちゃならなくなる。あるいは、
「……この、世界、から?」
 見上げた空はもう暗くなって、気の早い星が瞬き始めている。携帯が通じたのに小さく息を吐きながら呟く。
「……伊吹さん?」
『…課長』
 優しく甘い伊吹の声が響いて、うっとりと目を閉じる。冷えた心も身体もそっと包んで温めてくれる声。
 でも、課長、なんだ。
 結局、そこからは一歩も踏み出せないまま、京介はここで終わる。
 甘えていいよね、最後だし?
 最後の晩餐。
 拒まれたら。
 『きたがわ』の入口へ続くテラスは向こう側からも昇ってこれる。そして、その向こう側の階段の横を、まっすぐ駆け抜けるとそこもオープンテラスに繋がっていて、それなりに交通量の多い駅前の通りに張り出している。
 それほど苦労はしないはずだ、ただまっすぐに走ってしまえば。
 そんなことを考える馬鹿はいないから、オープンテラスには御丁寧に手摺近くに金属製のベンチまで備えられている。蹴りつけてしまえば、一瞬のはずで。
 風に乱れる髪をそのままに振り向いた。
 口惜しそうに駆け去って行った大輔を見送る伊吹の後ろ姿が、家路を急ぐように遠ざかる。それを手摺にもたれて眺めながら呟く。
「……課長、じゃないでしょ……さっきは京介、って呼んでくれたのに」

 来て、伊吹さん。

『はい?』
 伊吹が立ち止まる。
『さっき?』

 最後だから、来て。

「目覚ましタイマーかけておくなんて、何考えるんだかもう」

 もう一度、僕を呼んで。

『課長、どこに居るんですか』
 僕の名前を、呼んで。
 目を細めて胸の中で祈り続ける。
『恵子さんは?』
 きょろきょろしている伊吹が全然自分を見つけられない。
「昼間会ったよ」
 は、と不思議そうな声にくすりと笑う。
「昼間にさっさと会っちゃった。だって……伊吹さんが心配だったし」
 でも、ぐちゃぐちゃにされたのは僕の方だったけれど。
『仕事……抜けたんですか』
「ちょっと出るって言ったよ?」
 気がつかなかったのかな、僕が出ていったことさえ。
 そんなに価値がないのかな。
 京介はちらりとテラスの向こうを眺めた。
『あのときにもう?』
「余裕ないからね、今」

 もう一度だけ、名前を呼んで。

 このまま、あのテラスの向こうの闇に呑まれる前に。
 寒くて身体が震える。手摺がなければ座り込みそうだ。

『どこに居るんです』

 伊吹さん。

「上」

 僕を見つけて。

『は?』

 もう、もたない。

「振り返って」

 助けて。

『はい?』

 あの闇に、呑み込まれる。

 まるでその声が聞こえたようにくるりと伊吹が京介を振り返って、思わず目を見開いた。
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