『闇を闇から』

segakiyui

文字の大きさ
53 / 512
第1章

9.オープン・ザ・ゲイト(2)

しおりを挟む
「……ということだと考えています」
 大石は細田と京介を前に澱みなく説明を終えた。
「もし、データが曖昧なら改めて説明させて頂きますが」
 細田がちら、ちら、と神経質な視線を投げてくるのを視界の端に入れて、京介は資料をゆっくりと繰る。
 B5数枚の用紙には数値も図表も十分なものが揃っている。データから導き出される結論も無理がないし、論理的、しかも現状に即したものだ。
「いえ、よくわかります」
 京介の答えに細田が気まずい顔になり、大石が意外そうな目を向けてきた。どうやら、京介が納得できないと反論するなりごねるなりすることを予想されていたらしい。
「よくまとまってわかりやすい資料ですね」
 京介は微笑んで顔を上げた。
「納得……して頂けますか」
「せざるを得ないでしょう、この状態では」
 大石がほっとしたように表情を緩め、人なつこい笑みになる。
「そうですか」
「真崎君、しかしだね」
 細田が諦め切れないように口を挟んできた。
「一週間も在庫切れになるんだぞ」
「仕方ないでしょう」
 それ以上口出すなって。
 内心うんざりしながら京介はもう一度資料を見直す。
 事の起こりはこの冬メインで売り出したニット帽の動きで、流通管理課の弾き出した数値を品質管理課が勝手に弄ったことにあった。少数生産だが質のいい綺麗な編みの中国系のものを夏過ぎからじっくり確保して売り出しに備えるべきだったのに、より高度な品質のものを国内でそろえられると情報が入って、それを期待したのだ。
 京介は現地スタッフと長期調整を進めてきていたが、細田は情報だけを頼りに走って、結果、国内ものが実はお話にならないほどの出来だと判明したのが秋の始め、品質を上げるべく必死に働きかけて、どうにかこうにか同レベルまで持ってきたものの、圧倒的に数量不足になった。責任を誰が取るかというあたりを、細田はその国内生産者に向けたらしい。
 大石の岩倉産業はニット系のものを取り扱い始めたばかりで、もともとはデザイナー向け布地をメインにしていたらしい。その部門が不況で行き詰まってきたところへ新たに設立されたニット部門は、若者に需要の多い小物系からデザイナーのつてを利用して新商品を開発していこうと動きだしたところで、細田の話は渡りに船だった。
『技術の拙さはある程度デザインで補えると驕っていたところはあります』
 大石は率直に打ち明けた。
『けれど、今回のことでいい勉強をさせて頂き感謝しています』
 感謝はするけれど、製品を検品もせず大量発注し、しかもその大半を品質不備で返されては必要量が確保できなくなるのは予想される事態ではなかったのか。その責任をこちらで全面に背負うというのは納得できないが、もう二週間待ってもらえれば、確実に必要量はそろえられる。
『桜木通販さんは発展性の高い企業だと認識しています。この先のことも考えて、私達に二週間の時間を下さいませんか』
 誠実ではっきりした態度。冷静で確実な分析。何より人の心を掴む強い説得力。
 おそらくはこれからの取り引き相手としては有望株になるだろう。
 僕とは全然違うタイプだな、と京介は思う。
「在庫切れはこちらで何とかします」
 京介は資料を戻して請け負った。頭の中で各地のデータを当たる。
「関東から東は購入のピークを過ぎてる、そちらから動かせるものがあるでしょう」
「できるのか」
 細田が不安そうに訊ねてくる。
 だから、そういうことを外部の前で口にしないでほしいんだけどな。
 小さく溜め息をつきながら、それでもこれ以上細田を追い詰めたところで、こちらの不備がどうにかなるものではないことは明らかだ。
 確信ありげににっこり笑う。
「できますよ」
 僕を誰だと思ってるんですか、と付け加えると、細田がふわあっと嬉しそうに顔を崩した。
「そ、そうか、頼めるか」
 いやー、やっぱり真崎くんだな、彼はね、うちの懐刀でね。
 はしゃいだ声で大石に話しかけようとする細田を軽く制する。
「では、そういうことで。大石さんもお忙しいはずですし」
「あ、そうか、そうだな、では、そういうことで」
 にこにこと握手を求める細田に大石が微かに苦笑して手を握り返した。

「申し訳ありませんでした」
 大石を玄関まで送りだしながら京介は軽く頭を下げる。
「こちらの手落ちでしたのに、ご足労願って」
 まっすぐな相手には早々に非を認めて誠意をアピールしておくに限る。
「いえ…」
 大石は京介に笑いかけたが、目を細めたままぽつりと言った。
「有名な真崎さんに御会いできたし、収穫でした」
「え?」
「通販系のトラブルをあたれば、一度や二度はお名前をお聞きしますよ」
「……それは、どうも」
 修復不可能なほどもめたケースを、数カ月で取り引き再開されたこともありますよね、と大石が付け加える。
「本日、その手腕を見せて頂きました」
「そうですか?」
「あそこであのまま引くのは難しかったでしょう」
 無難な笑顔のまま大石は京介を見つめる。
「あなたが負担を負う形にしかならない」
「……」
 京介は立ち止まった。大石も立ち止まる。
「会社の利になったからよかったんですよ」
「そうおっしゃると思ってました」
 一瞬の沈黙。
 京介はゆっくり微笑んだ。
「何か御不満でも?」
「いえ、ただ」
「はい」
「それほどのあなたでも、彼女のことは応えて頂けなかったな、と」
「社員のことなら人事の方で扱っていますから」
 それに元気ですよ、とはお応えしましたよね。
「いいこいいこ、ってする癖、ありますよね」
 大石がさらりと尋ねて京介は笑みを消した。
「ああ、あの癖ね」
「眠いとするんですよね」
「そうですよね」
 平然と応じながら、京介は目を細める。
「で?」
「いえ、変わってないのかな、と思っただけです……それでは」
 軽く会釈して身を翻した大石を京介はしばらく無言で見送っていた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】退職を伝えたら、無愛想な上司に囲われました〜逃げられると思ったのが間違いでした〜

来栖れいな
恋愛
逃げたかったのは、 疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。 無愛想で冷静な上司・東條崇雅。 その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、 仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。 けれど―― そこから、彼の態度は変わり始めた。 苦手な仕事から外され、 負担を減らされ、 静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。 「辞めるのは認めない」 そんな言葉すらないのに、 無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。 これは愛? それともただの執着? じれじれと、甘く、不器用に。 二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。 無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

禁断溺愛

流月るる
恋愛
親同士の結婚により、中学三年生の時に湯浅製薬の御曹司・巧と義兄妹になった真尋。新しい家族と一緒に暮らし始めた彼女は、義兄から独占欲を滲ませた態度を取られるようになる。そんな義兄の様子に、真尋の心は揺れ続けて月日は流れ――真尋は、就職を区切りに彼への想いを断ち切るため、義父との養子縁組を解消し、ひっそりと実家を出た。しかし、ほどなくして海外赴任から戻った巧に、その事実を知られてしまう。当然のごとく義兄は大激怒で真尋のマンションに押しかけ、「赤の他人になったのなら、もう遠慮する必要はないな」と、甘く淫らに懐柔してきて……? 切なくて心が甘く疼く大人のエターナル・ラブ。

【ルーズに愛して】指輪を外したら、さようなら

深冬 芽以
恋愛
 インテリアデザイナーの相川千尋《あいかわちひろ》は、よく似た名前の同僚で妻と別居中の有川比呂《ありかわひろ》と不倫関係にある。  ルールは一つ。  二人の関係は、比呂の離婚が成立するまで。  その意味を深く考えずに関係を始めた比呂だったが、今となっては本気で千尋を愛し始めていた。  だが、比呂の気持ちを知っても、頑なにルールを曲げようとしない千尋。  千尋と別れたくない比呂は、もう一つのルールを提案する。  比呂が離婚しない限り、絶対に別れない__。 【ルーズに愛して】シリーズ ~登場人物~  相川千尋《あいかわちひろ》……O大学ルーズサークルOG                 トラスト不動産ホームデザイン部インテリアデザイン課主任                   有川比呂《ありかわひろ》……トラスト不動産ホームデザイン部設計課主任                千尋の同僚                結婚四年、別居一年半の妻がいる  谷龍也《たにたつや》……O大学ルーズサークルOB              |Free Style Production《フリー スタイル プロダクション》営業二課主任  桑畠《くわはた》あきら……O大学ルーズサークルOG               市役所勤務、児童カウンセラー  小笠原陸《おがさわらりく》……O大学ルーズサークルOB                 |Empire HOTEL《エンパイアホテル》支配人    小笠原春奈《おがさわらはるな》……陸の妻                   |Empire HOTEL《エンパイアホテル》のパティシエ  新田大和《にったやまと》……O大学ルーズサークルOB                新田設計事務所副社長                五年前にさなえと結婚  新田《にった》さなえ……O大学ルーズサークルOG  新田大斗《にっただいと》……大和とさなえの息子  亀谷麻衣《かめやまい》……O大学ルーズサークルOG               楠行政書士事務所勤務               婚活中  鶴本駿介《つるもとしゅんすけ》……楠行政書士事務所勤務

【R18】純粋無垢なプリンセスは、婚礼した冷徹と噂される美麗国王に三日三晩の初夜で蕩かされるほど溺愛される

奏音 美都
恋愛
数々の困難を乗り越えて、ようやく誓約の儀を交わしたグレートブルタン国のプリンセスであるルチアとシュタート王国、国王のクロード。 けれど、それぞれの執務に追われ、誓約の儀から二ヶ月経っても夫婦の時間を過ごせずにいた。 そんなある日、ルチアの元にクロードから別邸への招待状が届けられる。そこで三日三晩の甘い蕩かされるような初夜を過ごしながら、クロードの過去を知ることになる。 2人の出会いを描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスを野盗から助け出したのは、冷徹と噂される美麗国王でした」https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/443443630 2人の誓約の儀を描いた作品はこちら 「純粋無垢なプリンセスは、冷徹と噂される美麗国王と誓約の儀を結ぶ」 https://www.alphapolis.co.jp/novel/702276663/183445041

嘘つき同士は真実の恋をする。

濘-NEI-
恋愛
都内郊外のリゾートホテルでソムリエとして働く瑞穂はワイン以上にゲームが大好き。 中でもオンラインゲーム〈グラズヘイム〉が大好きで、ロッソの名前でログインし、オフの時間と給料の全てを注ぎ込むほどのヘビーユーザー。 ある日ゲーム仲間とのオンライン飲み会で、親から結婚を急かされている話を愚痴ったところ、ギルマスのタラントの友人で、ゲームの中でもハイランカーのエルバに恋人役を頼めば良いと話が盛り上がり、話は急展開。 そしてエルバと直接会うことになった瑞穂だったが、エルバの意外な正体を知ることに⁉︎ Rシーンは※ ヒーロー視点は◇をつけてあります。 ★この作品はエブリスタさんでも公開しています

あなたがいなくなった後 〜シングルマザーになった途端、義弟から愛され始めました〜

瀬崎由美
恋愛
石橋優香は夫大輝との子供を出産したばかりの二十七歳の専業主婦。三歳歳上の大輝とは大学時代のサークルの先輩後輩で、卒業後に再会したのがキッカケで付き合い始めて結婚した。 まだ生後一か月の息子を手探りで育てて、寝不足の日々。朝、いつもと同じように仕事へと送り出した夫は職場での事故で帰らぬ人となる。乳児を抱えシングルマザーとなってしまった優香のことを支えてくれたのは、夫の弟である宏樹だった。二歳年上で公認会計士である宏樹は優香に変わって葬儀やその他を取り仕切ってくれ、事あるごとに家の様子を見にきて、二人のことを気に掛けてくれていた。 息子の為にと自立を考えた優香は、働きに出ることを考える。それを知った宏樹は自分の経営する会計事務所に勤めることを勧めてくれる。陽太が保育園に入れることができる月齢になって義弟のオフィスで働き始めてしばらく、宏樹の不在時に彼の元カノだと名乗る女性が訪れて来、宏樹へと復縁を迫ってくる。宏樹から断られて逆切れした元カノによって、彼が優香のことをずっと想い続けていたことを暴露されてしまう。 あっさりと認めた宏樹は、「今は兄貴の代役でもいい」そういって、優香の傍にいたいと願った。 夫とは真逆のタイプの宏樹だったが、優しく支えてくれるところは同じで…… 夫のことを想い続けるも、義弟のことも完全には拒絶することができない優香。

JKメイドはご主人様のオモチャ 命令ひとつで脱がされて、触られて、好きにされて――

のぞみ
恋愛
「今日から、お前は俺のメイドだ。ベッドの上でもな」 高校二年生の蒼井ひなたは、借金に追われた家族の代わりに、ある大富豪の家で住み込みメイドとして働くことに。 そこは、まるでおとぎ話に出てきそうな大きな洋館。 でも、そこで待っていたのは、同じ高校に通うちょっと有名な男の子――完璧だけど性格が超ドSな御曹司、天城 蓮だった。 昼間は生徒会長、夜は…ご主人様? しかも、彼の命令はちょっと普通じゃない。 「掃除だけじゃダメだろ? ご主人様の癒しも、メイドの大事な仕事だろ?」 手を握られるたび、耳元で囁かれるたび、心臓がバクバクする。 なのに、ひなたの体はどんどん反応してしまって…。 怒ったり照れたりしながらも、次第に蓮に惹かれていくひなた。 だけど、彼にはまだ知られていない秘密があって―― 「…ほんとは、ずっと前から、私…」 ただのメイドなんかじゃ終わりたくない。 恋と欲望が交差する、ちょっぴり危険な主従ラブストーリー。

ズボラ上司の甘い罠

松丹子
恋愛
小松春菜の上司、小野田は、無精髭に瓶底眼鏡、乱れた髪にゆるいネクタイ。 仕事はできる人なのに、あまりにももったいない! かと思えば、イメチェンして来た課長はタイプど真ん中。 やばい。見惚れる。一体これで仕事になるのか? 上司の魅力から逃れようとしながら逃れきれず溺愛される、自分に自信のないフツーの女子の話。になる予定。

処理中です...