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第1章
9.オープン・ザ・ゲイト(2)
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「……ということだと考えています」
大石は細田と京介を前に澱みなく説明を終えた。
「もし、データが曖昧なら改めて説明させて頂きますが」
細田がちら、ちら、と神経質な視線を投げてくるのを視界の端に入れて、京介は資料をゆっくりと繰る。
B5数枚の用紙には数値も図表も十分なものが揃っている。データから導き出される結論も無理がないし、論理的、しかも現状に即したものだ。
「いえ、よくわかります」
京介の答えに細田が気まずい顔になり、大石が意外そうな目を向けてきた。どうやら、京介が納得できないと反論するなりごねるなりすることを予想されていたらしい。
「よくまとまってわかりやすい資料ですね」
京介は微笑んで顔を上げた。
「納得……して頂けますか」
「せざるを得ないでしょう、この状態では」
大石がほっとしたように表情を緩め、人なつこい笑みになる。
「そうですか」
「真崎君、しかしだね」
細田が諦め切れないように口を挟んできた。
「一週間も在庫切れになるんだぞ」
「仕方ないでしょう」
それ以上口出すなって。
内心うんざりしながら京介はもう一度資料を見直す。
事の起こりはこの冬メインで売り出したニット帽の動きで、流通管理課の弾き出した数値を品質管理課が勝手に弄ったことにあった。少数生産だが質のいい綺麗な編みの中国系のものを夏過ぎからじっくり確保して売り出しに備えるべきだったのに、より高度な品質のものを国内でそろえられると情報が入って、それを期待したのだ。
京介は現地スタッフと長期調整を進めてきていたが、細田は情報だけを頼りに走って、結果、国内ものが実はお話にならないほどの出来だと判明したのが秋の始め、品質を上げるべく必死に働きかけて、どうにかこうにか同レベルまで持ってきたものの、圧倒的に数量不足になった。責任を誰が取るかというあたりを、細田はその国内生産者に向けたらしい。
大石の岩倉産業はニット系のものを取り扱い始めたばかりで、もともとはデザイナー向け布地をメインにしていたらしい。その部門が不況で行き詰まってきたところへ新たに設立されたニット部門は、若者に需要の多い小物系からデザイナーのつてを利用して新商品を開発していこうと動きだしたところで、細田の話は渡りに船だった。
『技術の拙さはある程度デザインで補えると驕っていたところはあります』
大石は率直に打ち明けた。
『けれど、今回のことでいい勉強をさせて頂き感謝しています』
感謝はするけれど、製品を検品もせず大量発注し、しかもその大半を品質不備で返されては必要量が確保できなくなるのは予想される事態ではなかったのか。その責任をこちらで全面に背負うというのは納得できないが、もう二週間待ってもらえれば、確実に必要量はそろえられる。
『桜木通販さんは発展性の高い企業だと認識しています。この先のことも考えて、私達に二週間の時間を下さいませんか』
誠実ではっきりした態度。冷静で確実な分析。何より人の心を掴む強い説得力。
おそらくはこれからの取り引き相手としては有望株になるだろう。
僕とは全然違うタイプだな、と京介は思う。
「在庫切れはこちらで何とかします」
京介は資料を戻して請け負った。頭の中で各地のデータを当たる。
「関東から東は購入のピークを過ぎてる、そちらから動かせるものがあるでしょう」
「できるのか」
細田が不安そうに訊ねてくる。
だから、そういうことを外部の前で口にしないでほしいんだけどな。
小さく溜め息をつきながら、それでもこれ以上細田を追い詰めたところで、こちらの不備がどうにかなるものではないことは明らかだ。
確信ありげににっこり笑う。
「できますよ」
僕を誰だと思ってるんですか、と付け加えると、細田がふわあっと嬉しそうに顔を崩した。
「そ、そうか、頼めるか」
いやー、やっぱり真崎くんだな、彼はね、うちの懐刀でね。
はしゃいだ声で大石に話しかけようとする細田を軽く制する。
「では、そういうことで。大石さんもお忙しいはずですし」
「あ、そうか、そうだな、では、そういうことで」
にこにこと握手を求める細田に大石が微かに苦笑して手を握り返した。
「申し訳ありませんでした」
大石を玄関まで送りだしながら京介は軽く頭を下げる。
「こちらの手落ちでしたのに、ご足労願って」
まっすぐな相手には早々に非を認めて誠意をアピールしておくに限る。
「いえ…」
大石は京介に笑いかけたが、目を細めたままぽつりと言った。
「有名な真崎さんに御会いできたし、収穫でした」
「え?」
「通販系のトラブルをあたれば、一度や二度はお名前をお聞きしますよ」
「……それは、どうも」
修復不可能なほどもめたケースを、数カ月で取り引き再開されたこともありますよね、と大石が付け加える。
「本日、その手腕を見せて頂きました」
「そうですか?」
「あそこであのまま引くのは難しかったでしょう」
無難な笑顔のまま大石は京介を見つめる。
「あなたが負担を負う形にしかならない」
「……」
京介は立ち止まった。大石も立ち止まる。
「会社の利になったからよかったんですよ」
「そうおっしゃると思ってました」
一瞬の沈黙。
京介はゆっくり微笑んだ。
「何か御不満でも?」
「いえ、ただ」
「はい」
「それほどのあなたでも、彼女のことは応えて頂けなかったな、と」
「社員のことなら人事の方で扱っていますから」
それに元気ですよ、とはお応えしましたよね。
「いいこいいこ、ってする癖、ありますよね」
大石がさらりと尋ねて京介は笑みを消した。
「ああ、あの癖ね」
「眠いとするんですよね」
「そうですよね」
平然と応じながら、京介は目を細める。
「で?」
「いえ、変わってないのかな、と思っただけです……それでは」
軽く会釈して身を翻した大石を京介はしばらく無言で見送っていた。
大石は細田と京介を前に澱みなく説明を終えた。
「もし、データが曖昧なら改めて説明させて頂きますが」
細田がちら、ちら、と神経質な視線を投げてくるのを視界の端に入れて、京介は資料をゆっくりと繰る。
B5数枚の用紙には数値も図表も十分なものが揃っている。データから導き出される結論も無理がないし、論理的、しかも現状に即したものだ。
「いえ、よくわかります」
京介の答えに細田が気まずい顔になり、大石が意外そうな目を向けてきた。どうやら、京介が納得できないと反論するなりごねるなりすることを予想されていたらしい。
「よくまとまってわかりやすい資料ですね」
京介は微笑んで顔を上げた。
「納得……して頂けますか」
「せざるを得ないでしょう、この状態では」
大石がほっとしたように表情を緩め、人なつこい笑みになる。
「そうですか」
「真崎君、しかしだね」
細田が諦め切れないように口を挟んできた。
「一週間も在庫切れになるんだぞ」
「仕方ないでしょう」
それ以上口出すなって。
内心うんざりしながら京介はもう一度資料を見直す。
事の起こりはこの冬メインで売り出したニット帽の動きで、流通管理課の弾き出した数値を品質管理課が勝手に弄ったことにあった。少数生産だが質のいい綺麗な編みの中国系のものを夏過ぎからじっくり確保して売り出しに備えるべきだったのに、より高度な品質のものを国内でそろえられると情報が入って、それを期待したのだ。
京介は現地スタッフと長期調整を進めてきていたが、細田は情報だけを頼りに走って、結果、国内ものが実はお話にならないほどの出来だと判明したのが秋の始め、品質を上げるべく必死に働きかけて、どうにかこうにか同レベルまで持ってきたものの、圧倒的に数量不足になった。責任を誰が取るかというあたりを、細田はその国内生産者に向けたらしい。
大石の岩倉産業はニット系のものを取り扱い始めたばかりで、もともとはデザイナー向け布地をメインにしていたらしい。その部門が不況で行き詰まってきたところへ新たに設立されたニット部門は、若者に需要の多い小物系からデザイナーのつてを利用して新商品を開発していこうと動きだしたところで、細田の話は渡りに船だった。
『技術の拙さはある程度デザインで補えると驕っていたところはあります』
大石は率直に打ち明けた。
『けれど、今回のことでいい勉強をさせて頂き感謝しています』
感謝はするけれど、製品を検品もせず大量発注し、しかもその大半を品質不備で返されては必要量が確保できなくなるのは予想される事態ではなかったのか。その責任をこちらで全面に背負うというのは納得できないが、もう二週間待ってもらえれば、確実に必要量はそろえられる。
『桜木通販さんは発展性の高い企業だと認識しています。この先のことも考えて、私達に二週間の時間を下さいませんか』
誠実ではっきりした態度。冷静で確実な分析。何より人の心を掴む強い説得力。
おそらくはこれからの取り引き相手としては有望株になるだろう。
僕とは全然違うタイプだな、と京介は思う。
「在庫切れはこちらで何とかします」
京介は資料を戻して請け負った。頭の中で各地のデータを当たる。
「関東から東は購入のピークを過ぎてる、そちらから動かせるものがあるでしょう」
「できるのか」
細田が不安そうに訊ねてくる。
だから、そういうことを外部の前で口にしないでほしいんだけどな。
小さく溜め息をつきながら、それでもこれ以上細田を追い詰めたところで、こちらの不備がどうにかなるものではないことは明らかだ。
確信ありげににっこり笑う。
「できますよ」
僕を誰だと思ってるんですか、と付け加えると、細田がふわあっと嬉しそうに顔を崩した。
「そ、そうか、頼めるか」
いやー、やっぱり真崎くんだな、彼はね、うちの懐刀でね。
はしゃいだ声で大石に話しかけようとする細田を軽く制する。
「では、そういうことで。大石さんもお忙しいはずですし」
「あ、そうか、そうだな、では、そういうことで」
にこにこと握手を求める細田に大石が微かに苦笑して手を握り返した。
「申し訳ありませんでした」
大石を玄関まで送りだしながら京介は軽く頭を下げる。
「こちらの手落ちでしたのに、ご足労願って」
まっすぐな相手には早々に非を認めて誠意をアピールしておくに限る。
「いえ…」
大石は京介に笑いかけたが、目を細めたままぽつりと言った。
「有名な真崎さんに御会いできたし、収穫でした」
「え?」
「通販系のトラブルをあたれば、一度や二度はお名前をお聞きしますよ」
「……それは、どうも」
修復不可能なほどもめたケースを、数カ月で取り引き再開されたこともありますよね、と大石が付け加える。
「本日、その手腕を見せて頂きました」
「そうですか?」
「あそこであのまま引くのは難しかったでしょう」
無難な笑顔のまま大石は京介を見つめる。
「あなたが負担を負う形にしかならない」
「……」
京介は立ち止まった。大石も立ち止まる。
「会社の利になったからよかったんですよ」
「そうおっしゃると思ってました」
一瞬の沈黙。
京介はゆっくり微笑んだ。
「何か御不満でも?」
「いえ、ただ」
「はい」
「それほどのあなたでも、彼女のことは応えて頂けなかったな、と」
「社員のことなら人事の方で扱っていますから」
それに元気ですよ、とはお応えしましたよね。
「いいこいいこ、ってする癖、ありますよね」
大石がさらりと尋ねて京介は笑みを消した。
「ああ、あの癖ね」
「眠いとするんですよね」
「そうですよね」
平然と応じながら、京介は目を細める。
「で?」
「いえ、変わってないのかな、と思っただけです……それでは」
軽く会釈して身を翻した大石を京介はしばらく無言で見送っていた。
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