『闇を闇から』

segakiyui

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第1章

6.月の下(2)

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 きっと、恵子と真崎はずっと昔からのなじみなのだ。
 石の文字が二人の時間を語るなら、まともに読めないような文字を書くころから一緒に居たことになる。
 恵子が飼っていた動物が死ぬと、二人してここへ埋めに来たのだろう。穴を掘り、遺体を納め、土をかけ、石を置き、名前を書いて埋葬した。
 二人でその前で手を合わせ、失った大切な命を愛しんだ。
 時にはこんな夜に、大人の目を潜ってこっそり抜け出したこともあったのだろう。
 だからこそ、街灯一つない山道を、真崎は迷うことなく正確にここへやってくることができる。
 道が滑る場所も心得ていて、すぐに美並を支えられたのは、きっと昔同じように足を滑らせた人間が隣に居たからだ。
 そしてまた、美並一人ぐらい担げるなどと言い出したのも、おそらくは似たようなシチュエーションがあったから。
 恵子が怪我をしたり泣き疲れて眠ったりしたのを背中に背負って山道を戻ったりもしたのかもしれない。
 積み重ねられた優しく温かな時間。
 今の真崎からは伺い知れないほど柔らかで愛おしい関わり。
 その記憶をこの場所は呑み込んでいて、だからこれほど清いのかもしれない。
 美並はしゃがみ込んで、丁寧に一つ一つに手を合わせた。
 石にというより、その石に込められた真崎の思いを両手で包むように感じ取った。
 ここは真崎の大切な場所なのだ。
 理由はどうあれ、その心の内側とも言える場所に美並を入れてくれたのだ。
 ぞんざいに扱うわけにはいかない。
 その祈りにふさわしいものであるようにふるまいたい、そう思いながら立ち上がって振り返る。
「……で、イブキのは?」
「そこだよ」
 目を細めてこちらを見つめていた真崎がひょいと長い指を伸ばした。
 手前に並んだ石より奥に、平たい黒い石が置かれていて、それには何も名前がない。
「お花持ってくればよかったですね」
「要らないよ、そんなもの」
 すぐに枯れるし、意味がない。
 突き放した真崎の声は、イブキが死んで泣いた男の気配はない。
 真崎の中で親友の死とイブキの死は絡み合って凍りついてしまっている。
 きっと孝の墓にも参っていないのだろう、と美並は思った。
 黒い石の前にしゃがみ込み、目を閉じて手を合わせる。真崎は背後に立ったまま、座る気配も手を合わせる気配もない。
「………」
 美並が何ができるのだろう。
 こんな綺麗な場所で凍りついた心を抱えて立ち竦んでいる相手のどこから、何から解くことができるだろう。
「っ?」
 考え込んでいてわからなかった。
 ふいに背中に熱がかぶさり、後ろからすっぽりと真崎に抱き込まれ、驚いて目を開く。
「伊吹さん」
「………課長」
「寒くない?」
「大丈夫ですけど」
「僕は寒いよ」
「じゃあ、戻りましょうか」
「今寒いんだ」
「全力疾走して戻ります?」
「……伊吹さん、クールすぎ」
 くすくすと笑った吐息が耳元に触れて、思わず微かに震えたのを、真崎はすぐに気付いたらしい。
「耳…弱いの」
「くすぐったいだけです」
「……ふぅん?」
「…ぁ」
 いきなり唇で触れられて固まった。
「課長」
「何」
「不謹慎ですよ」
「何が」
「仮にもお墓参りでしょう?」
「もう済んだでしょう?」
「イブキが見てますよ」
「いいよ、生きてたら目の前でやったことだし」
「この前は止めたくせに」
「……決めた」
「は?」
「伊吹さんを手に入れるって、決めた」
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