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第5章
10.アウト・ドロー(12)
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「美並…っ!」
檜垣に続いて部屋に飛び込み、座り込んでいる伊吹に駆け寄る。その首についた赤い痣に一気に血の気が引いた。息が止まる、視界が眩む、冗談じゃない、本当に危機一髪だったんじゃないか。
「京介……無事でしたよ」
しがみついてくれた小さな体に泣きそうになる。冷えてる、凍えている、全てのエネルギーを使い尽くして腕の中にいる彼女を、必死に包んで抱きかかえる。
「12時38分、赤来豊、伊吹美並さん傷害容疑にて現行犯逮捕する」
手錠を掛けられた音、背後で赤来が連れて行かれる、その途中で。
「真崎君…尋ねたいことがあるんだけど」
唐突に平板な声が話しかけて来た。腕の中で伊吹が緊張するのを、もういいからと知らせるように少し抱きしめて、ゆっくりと立ち上がった。
その目にこれ以上伊吹を晒したくなくて、背後に庇って赤来と向き合う。
これが孝を追い詰めた男、これが孝を殺したかも知れない男。
ずっと同僚として働いていたのに、赤来の顔は見知らぬ誰かのような奇妙な表情を浮かべていた。
「…監視カメラの台数と設置場所、経理に回した分だけじゃなかった?」
「そうだね」
「誤魔化したのか」
一瞬、朝の会議で見た、赤来豊がそこに居た。
「誤魔化してないよ。書類通りの台数を書類通りの場所に設置している……あなたも確認したはずだ」
「ならば、なぜここにも設置されている?」
「ポケットマネーで」
え、と背後の伊吹からも不審そうな声が上がったが、無視する。
「僕は嫉妬深い男だから、婚約者が連れ込まれそうな部屋全部にカメラを設置したんだ」
実はこの部屋には2台仕掛けた。1台は総務で見られる、演台に片付けられているように偽装されたカメラ。もう1台はもっと小さくて、部屋のカーテンの隅から部屋中を写している。その映像は桜木通販には送られていない。京介の家のPCに取り込めるようになっている。
もし、京介が『羽鳥』なら。
そう考えてみたのだ。
時ならぬ防犯カメラの設置は不審を抱く。台数と場所を調べるのは当然、どこでどのようにモニターされるのかも調べるだろう。万が一、総務のモニターに細工されたら。事前に勘が働いて、設置されていないところにもあるかも知れないと探されて、演台上のカメラが見つかったら。
伊吹を失うことに比べれば、数百万の出費など痛くも痒くもない、その後の人生は京介にはないのだから金を残す必要はない。
「…そういう……ことか……さっさとヤっておくべきだったな」
赤来の声に冷笑を返した。
本当にその方が良かったな。それなら伊吹も巻き込むことなく、京介は赤来と一緒に自分を始末して終わらせられた。そのほうが、物事はうんと簡単だった。
開いたドアの向こうに富崎の顔が見えた。手配を終えて戻って来たらしい。ひょいと目を上げ、凍りついた顔になってカーテンの隅を眺める。京介に目をやり、引きつった顔で視線で知らせる。
ああ、あそこからだと見えてしまうのか。
にっこり笑って頷くと、溜め息をついて頭を掻いた。後でお叱りが来るかもしれない。
「さっきのはどういう魔法?」
「何のことですか」
「君は霊とか呼び寄せられるの?」
「…いいえ」
ふと赤来と伊吹の会話に意識を戻す。何か懐かしいやりとりだ。
「…風鈴の音がした……あれは妹が取り損ねた風鈴の音だ」
「妹さん?」
「…風鈴を取りたいと言ったから……手を伸ばさせて、支えてたはずだったけど……落ちちゃったよ」
ぞわと身体中の毛が再び逆立った。いつの間にか前に出て、京介に背中を向けている伊吹の姿、あたりが急に静かになって、あの山の中のように感じる。
「…僕が押したのかな。君ならわかるかい、伊吹さん?」
迷子になったような声の赤来に、伊吹と出会ったころの自分が重なった。
「…わかったらまた教えてよ」
「…っ」
「京介?」
思わず両肩を掴んだ。見上げてくれた伊吹が名前を読んでくれたから堪えられた。そうでなければ京介は、赤来に飛びかかり叫び出しそうな気分だった。
お前の居場所なんか、美並の中にはないからな。
檜垣に続いて部屋に飛び込み、座り込んでいる伊吹に駆け寄る。その首についた赤い痣に一気に血の気が引いた。息が止まる、視界が眩む、冗談じゃない、本当に危機一髪だったんじゃないか。
「京介……無事でしたよ」
しがみついてくれた小さな体に泣きそうになる。冷えてる、凍えている、全てのエネルギーを使い尽くして腕の中にいる彼女を、必死に包んで抱きかかえる。
「12時38分、赤来豊、伊吹美並さん傷害容疑にて現行犯逮捕する」
手錠を掛けられた音、背後で赤来が連れて行かれる、その途中で。
「真崎君…尋ねたいことがあるんだけど」
唐突に平板な声が話しかけて来た。腕の中で伊吹が緊張するのを、もういいからと知らせるように少し抱きしめて、ゆっくりと立ち上がった。
その目にこれ以上伊吹を晒したくなくて、背後に庇って赤来と向き合う。
これが孝を追い詰めた男、これが孝を殺したかも知れない男。
ずっと同僚として働いていたのに、赤来の顔は見知らぬ誰かのような奇妙な表情を浮かべていた。
「…監視カメラの台数と設置場所、経理に回した分だけじゃなかった?」
「そうだね」
「誤魔化したのか」
一瞬、朝の会議で見た、赤来豊がそこに居た。
「誤魔化してないよ。書類通りの台数を書類通りの場所に設置している……あなたも確認したはずだ」
「ならば、なぜここにも設置されている?」
「ポケットマネーで」
え、と背後の伊吹からも不審そうな声が上がったが、無視する。
「僕は嫉妬深い男だから、婚約者が連れ込まれそうな部屋全部にカメラを設置したんだ」
実はこの部屋には2台仕掛けた。1台は総務で見られる、演台に片付けられているように偽装されたカメラ。もう1台はもっと小さくて、部屋のカーテンの隅から部屋中を写している。その映像は桜木通販には送られていない。京介の家のPCに取り込めるようになっている。
もし、京介が『羽鳥』なら。
そう考えてみたのだ。
時ならぬ防犯カメラの設置は不審を抱く。台数と場所を調べるのは当然、どこでどのようにモニターされるのかも調べるだろう。万が一、総務のモニターに細工されたら。事前に勘が働いて、設置されていないところにもあるかも知れないと探されて、演台上のカメラが見つかったら。
伊吹を失うことに比べれば、数百万の出費など痛くも痒くもない、その後の人生は京介にはないのだから金を残す必要はない。
「…そういう……ことか……さっさとヤっておくべきだったな」
赤来の声に冷笑を返した。
本当にその方が良かったな。それなら伊吹も巻き込むことなく、京介は赤来と一緒に自分を始末して終わらせられた。そのほうが、物事はうんと簡単だった。
開いたドアの向こうに富崎の顔が見えた。手配を終えて戻って来たらしい。ひょいと目を上げ、凍りついた顔になってカーテンの隅を眺める。京介に目をやり、引きつった顔で視線で知らせる。
ああ、あそこからだと見えてしまうのか。
にっこり笑って頷くと、溜め息をついて頭を掻いた。後でお叱りが来るかもしれない。
「さっきのはどういう魔法?」
「何のことですか」
「君は霊とか呼び寄せられるの?」
「…いいえ」
ふと赤来と伊吹の会話に意識を戻す。何か懐かしいやりとりだ。
「…風鈴の音がした……あれは妹が取り損ねた風鈴の音だ」
「妹さん?」
「…風鈴を取りたいと言ったから……手を伸ばさせて、支えてたはずだったけど……落ちちゃったよ」
ぞわと身体中の毛が再び逆立った。いつの間にか前に出て、京介に背中を向けている伊吹の姿、あたりが急に静かになって、あの山の中のように感じる。
「…僕が押したのかな。君ならわかるかい、伊吹さん?」
迷子になったような声の赤来に、伊吹と出会ったころの自分が重なった。
「…わかったらまた教えてよ」
「…っ」
「京介?」
思わず両肩を掴んだ。見上げてくれた伊吹が名前を読んでくれたから堪えられた。そうでなければ京介は、赤来に飛びかかり叫び出しそうな気分だった。
お前の居場所なんか、美並の中にはないからな。
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