『闇を闇から』

segakiyui

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第5章

10.アウト・ドロー(10)

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『ボイスレコーダー……無駄だよ……だって、僕に奪われるからね』
 富崎の声に重なったことばにぞっとして、京介は画面を振り向く。
 思い出したのは『ハイウィンド・リール』だ。あの時は明に携帯を繋げていた。時間が限られ準備ができたせいだ。大輔に誘われてアラームをセットしていたのも同じ、だがしかし、今回はいつやってくるかわからない赤来に対しては使えなかった。だから伊吹はボイスレコーダーを準備したのだが、確かにこの状況では意味がない。
 身が竦む。京介は伊吹を過信して、逃げようがない場所へ追い詰めてしまったのか。
 だが、伊吹は揺れた気配さえ見えなかった。
『小学生の頃、万引きを仕切っていました』
『ハルくんの絵を引き裂きました』
『コンビニ強盗を組織し、孝さんを巻き込みました』
『大輔さんと一緒に多くの人を傷つけました』
『孝さんを殺しました』
「おい…」
 暴かれる内容に富崎が目を見開く。
「それだけのことが…隠されていたのか?」
『…見えるんです』
 伊吹はここで他の目が彼女を見ていると知らない。
『私には、あなたの色が見える』
 京介も息を呑む。
 京介とハル以外には語られなかった真実を、伊吹は自ら告白している。元子も富崎も意味を計りかねている。カメラに写っているとは気づいていないが、ボイスレコーダーには伊吹の告白が残り、もし証拠とするのなら、彼女はそのことばの意味を説明しなくてはならなくなる。そして、その説明は、伊吹の真実を曇らせかねないはずだ、『現実的』ではない世界に生きている、その判断は正しくないかもしれない、として。
 それでも伊吹は淡々と続ける、ごく当たり前のことのように。
『あなたの中に、赤来課長と関わるはずのない、孝さんの色が見える』
 簡単だ、それが唯一、ここまで『羽鳥』を追いかけてこれた理由だからだ。
『お尋ねします。なぜ、赤来課長は難波孝さんを知っているのですか』
 間違いだ、と赤来は言い放った。
『難波孝さんは大輔さんの知り合いです。赤来課長は大輔さんと親しいのですか』
 間違いだ。
『緑川課長は孝さんを知っていた。赤来課長は緑川課長と孝さんのことを知っていたのですか』
 間違いだ。
「……いつから…こいつは…」
 富崎が白い顔で呟いた。
「桜木通販を食い物にしてた…?」
「おそらくは、緑川事件から既に」
 京介の返答に富崎はごくりと唾を呑む。
『あのホテル前のコンビニに、あなたの姿が留められていた』
 赤来の体が大きく揺れた。
『あなたはなぜ孝さんが殺されたホテルに居たのですか』
『…君の言っていることは無茶苦茶だよ、伊吹さん』
 赤来が優しく話しかける、幼い子どもに言い聞かせるように。
『何を言っているのかわかっているのかな、不安なことが続いて混乱しているんじゃない?』
『ねえ、伊吹さん、大丈夫? 僕の話していること、わかってる?』
『どうしたの急に、心配になるよ、一体何の話をしているのかな』
『ああ、阿倍野さんかな、君に妙なことを吹き込んだのは。そう言えば彼女、体調を崩して休んだままだけど、こう言う時に困るよね、伊吹さんは何か知っているのかな』
「俺の耳がおかしいのか?」
 富崎が首を振った。
「赤来が話しているのはまともなことに聞こえるが……そう、聞こえないのはなぜだ」
「…真実を知っているからよ」
 元子がぽつりと呟いた。
「赤来のことばは普通だけれど、あなたは阿倍野さんが赤来と関係して流産して会社を辞めたのを知っている。知っていて、赤来のことばを重ねれば、意味が全く違ってくる」
『伊吹さん? どうしたの?』
 畳み掛ける赤来の声に、京介は拳を握り締める。
 真実なんてどうでもいい。
 今第2会議室で一人、お前の存在は不自然で意味がないと突きつけられている伊吹が望むなら、これから先の未来を全部投げ捨てて、赤来を殺しに行くのに。
 けれど京介は動けない。
 美並は来いと命じていない。
 伊吹が目を閉じる、赤来に言い負かされてしまったように。
「…伊吹さん…」
 赤来の言うことが本当なんだと認めるように。
「…呼んで」
 京介は願う。
「僕を呼んで」
 ただ一言、京介、来て下さい、と呟いてくれればすぐに。
 そうすれば、京介は罪に問われるだろうが、伊吹の未来からは憂いが消せる。
 身を翻そうとした矢先。
 駄目です、京介。
「っく」
 伊吹の声に動きを封じられる。
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