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第5章
8.ウォーク・イン・ポーカー(3)
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静かなノックの音が響いて京介は顔を上げる。
「どうぞ」
昨日から比べれば格段に捌かなければならない案件は減ってきた。ネット社会の移ろいやすさと言うか、京介の境遇もまたありふれた状況の一つにしかならなくなった社会のあり方とか。そう言うものは人の心を傷つけるしかないはずなのに、今の京介への見えない覆いとなって注目を和らげてくれる不思議。
「あれ」
入ってきた顔の意外性に瞬きする。
高崎と、志賀。
「忙しい時にすみません」
まずは高崎が頭を下げた。引きずられたように、志賀がそっと頭を下げる。
高崎は紺藍のスーツに地味な深緑のネクタイ、何だか妙に肩幅が広くなった気がする。隣の志賀はグレイスーツに薄青ベースの細めのネクタイ、こっちは逆に線が細くなったか。
「いいよ、何?」
ちらりと高崎を見遣ると、相手は厳しい顔で見返してくる。
これはホール・イベントで何か問題が起こったか。
事件が報道されたことの影響は、大きな場所ではそれなりに落ち着きつつあるが、小さな場所、例えばホール・イベントの参加者と言ったところでは問題が広がるかも知れない。
若者を『健全に』育てられない環境だと判断されるとか。出演することで今後のキャリアに傷がつくと予想されるとか。
桜木通販のホール・イベントは多人数の参加者を当て込んでいる。『Brechen』はプロのダンサーで構成されている。どちらも出演者を今から失うときつい。舞台展開そのものに響く。
「参加者に何か?」
「へ?」
尋ねると高崎の顔が間抜けに緩んだ。
「いえ、別に。むしろ盛り上がってきたかも」
「え?」
今度は京介が眉を寄せた。
「盛り上がってる?」
「LGBTの新しい取り組みだとか、俺とこいつの先が知りたいとか」
「は?」「高崎っ」
立てた親指で示された志賀を見るのと、相手が薄赤くなりながら隣を睨むのと同時だった。
「勝手なこと言って、加わりたがってるのが増えてます、そっちを捌くのが面倒なぐらいで」
当の高崎はしらっとした顔で続ける。
「何言ってるんだってところに落ち着きました、俺は」
「どう言うこと?」
「こいつが女だったら、俺は恋愛感情抱かなくちゃならないんですか?」
高崎は淡々と話す。
「ラブラブじゃないと仕事しちゃいけないんですか?」
そう言うことでしょ、結局。
志賀が一瞬表情をなくし、やがて小さく唇を噛みしめる。
「俺は今『ニット・キャンパス』って仕事をしてる」
高崎の顔は静かだった。
「楽しい仕事だ、やりがいがあります。仲間もいいし上司もいい。毎日アイディアを思いつく。試してみたいことが次々出てくる、そしてこいつは」
再び志賀を無遠慮に指差す。
「それを一番よく理解してくれる」
ぐいと唇を引いた高崎と、目を見開き少し口を開いた志賀の表情は対照的だった。
志賀には聞かされてなかったな、これは。
京介は二人を見比べる。
志賀はおそらく大石から謝罪を指示され出向いて来ている。高崎の同行はたまたまだったか頼まれてかはわからないが、たぶん高崎が同行することを主張したのだろう。京介が万が一にも志賀を切らないように防衛線を張りに来た。
「それは男でも女でも変わんないです」
なんでもかんでも好きだ嫌いだに結びつける奴らにはうんざりする。
「俺は嫌いな奴とも仕事はするし、好きな奴でも仕事に声をかけない時もある。やり易さってこともわかるけど、俺が欲しいのは仕事内容をちゃんと理解してチームが組める奴です」
高崎はまっすぐ京介を見返す。
「もし課長が、先日の件で、こいつが『ニット・キャンパス』にふさわしくないって言うんなら、こいつを評価してる俺も課長の基準を満たしてません。すっごく悔しいけど、『ニット・キャンパス』から俺を切ってください」
「た、かさきっ」
志賀がうろたえた声を上げて慌てて京介を振り向いた。
「申し訳ありません!」
背筋を伸ばし、厳しい顔で頭を下げる。
「限られた貴重なお時間を、プライベートな用件で無駄にし、大変申し訳なく思っております。しかし、『Brechen』の意図ではなく、全く私個人の事情によるものです。先日大石より、今後も『ニット・キャンパス』への参加を許して頂けるとお聞きし、感謝しております」
こっちも見事だな。
京介は微笑んだ。
確認したいところだろう、自分のことを京介がどう考えているのか。報道がなされた今、京介が無理矢理大輔に性的に虐待されていたと知って、志賀が伝えた内容がどれほど不快なものであったか、自分の存在が京介にとって過去を思い返す苦痛でしかないかもしれないと、考えなかったはずがない。
それでも『ニット・キャンパス』に参加し、同じホール・イベントに加わる人間として、純粋に『仕事に個人的な事情を持ち込み台無しにしたが、そのミスを飲み込んで再度仕事を再開してくれた相手企業への謝罪と感謝』に絞り込んで振る舞っている。
京介は立ち上がった。
「どうぞ」
昨日から比べれば格段に捌かなければならない案件は減ってきた。ネット社会の移ろいやすさと言うか、京介の境遇もまたありふれた状況の一つにしかならなくなった社会のあり方とか。そう言うものは人の心を傷つけるしかないはずなのに、今の京介への見えない覆いとなって注目を和らげてくれる不思議。
「あれ」
入ってきた顔の意外性に瞬きする。
高崎と、志賀。
「忙しい時にすみません」
まずは高崎が頭を下げた。引きずられたように、志賀がそっと頭を下げる。
高崎は紺藍のスーツに地味な深緑のネクタイ、何だか妙に肩幅が広くなった気がする。隣の志賀はグレイスーツに薄青ベースの細めのネクタイ、こっちは逆に線が細くなったか。
「いいよ、何?」
ちらりと高崎を見遣ると、相手は厳しい顔で見返してくる。
これはホール・イベントで何か問題が起こったか。
事件が報道されたことの影響は、大きな場所ではそれなりに落ち着きつつあるが、小さな場所、例えばホール・イベントの参加者と言ったところでは問題が広がるかも知れない。
若者を『健全に』育てられない環境だと判断されるとか。出演することで今後のキャリアに傷がつくと予想されるとか。
桜木通販のホール・イベントは多人数の参加者を当て込んでいる。『Brechen』はプロのダンサーで構成されている。どちらも出演者を今から失うときつい。舞台展開そのものに響く。
「参加者に何か?」
「へ?」
尋ねると高崎の顔が間抜けに緩んだ。
「いえ、別に。むしろ盛り上がってきたかも」
「え?」
今度は京介が眉を寄せた。
「盛り上がってる?」
「LGBTの新しい取り組みだとか、俺とこいつの先が知りたいとか」
「は?」「高崎っ」
立てた親指で示された志賀を見るのと、相手が薄赤くなりながら隣を睨むのと同時だった。
「勝手なこと言って、加わりたがってるのが増えてます、そっちを捌くのが面倒なぐらいで」
当の高崎はしらっとした顔で続ける。
「何言ってるんだってところに落ち着きました、俺は」
「どう言うこと?」
「こいつが女だったら、俺は恋愛感情抱かなくちゃならないんですか?」
高崎は淡々と話す。
「ラブラブじゃないと仕事しちゃいけないんですか?」
そう言うことでしょ、結局。
志賀が一瞬表情をなくし、やがて小さく唇を噛みしめる。
「俺は今『ニット・キャンパス』って仕事をしてる」
高崎の顔は静かだった。
「楽しい仕事だ、やりがいがあります。仲間もいいし上司もいい。毎日アイディアを思いつく。試してみたいことが次々出てくる、そしてこいつは」
再び志賀を無遠慮に指差す。
「それを一番よく理解してくれる」
ぐいと唇を引いた高崎と、目を見開き少し口を開いた志賀の表情は対照的だった。
志賀には聞かされてなかったな、これは。
京介は二人を見比べる。
志賀はおそらく大石から謝罪を指示され出向いて来ている。高崎の同行はたまたまだったか頼まれてかはわからないが、たぶん高崎が同行することを主張したのだろう。京介が万が一にも志賀を切らないように防衛線を張りに来た。
「それは男でも女でも変わんないです」
なんでもかんでも好きだ嫌いだに結びつける奴らにはうんざりする。
「俺は嫌いな奴とも仕事はするし、好きな奴でも仕事に声をかけない時もある。やり易さってこともわかるけど、俺が欲しいのは仕事内容をちゃんと理解してチームが組める奴です」
高崎はまっすぐ京介を見返す。
「もし課長が、先日の件で、こいつが『ニット・キャンパス』にふさわしくないって言うんなら、こいつを評価してる俺も課長の基準を満たしてません。すっごく悔しいけど、『ニット・キャンパス』から俺を切ってください」
「た、かさきっ」
志賀がうろたえた声を上げて慌てて京介を振り向いた。
「申し訳ありません!」
背筋を伸ばし、厳しい顔で頭を下げる。
「限られた貴重なお時間を、プライベートな用件で無駄にし、大変申し訳なく思っております。しかし、『Brechen』の意図ではなく、全く私個人の事情によるものです。先日大石より、今後も『ニット・キャンパス』への参加を許して頂けるとお聞きし、感謝しております」
こっちも見事だな。
京介は微笑んだ。
確認したいところだろう、自分のことを京介がどう考えているのか。報道がなされた今、京介が無理矢理大輔に性的に虐待されていたと知って、志賀が伝えた内容がどれほど不快なものであったか、自分の存在が京介にとって過去を思い返す苦痛でしかないかもしれないと、考えなかったはずがない。
それでも『ニット・キャンパス』に参加し、同じホール・イベントに加わる人間として、純粋に『仕事に個人的な事情を持ち込み台無しにしたが、そのミスを飲み込んで再度仕事を再開してくれた相手企業への謝罪と感謝』に絞り込んで振る舞っている。
京介は立ち上がった。
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