426 / 503
第5章
4.アングルシューター(4)
しおりを挟む
京介はベッドの中で目を開けた。
高山の家に石塚が来たことも驚きだったが、彼女がボランティア・グループ『ゆえの会』に属していること、仲間の娘である結衣を赤来が巻き込んだ事件があったこと、彼女を救おうとして『ニット・キャンパス』に参加したことを初めて知った。
加えて、高山が隠していた、孝が大輔達に弄ばれている映像。赤来が今も同じような事件を引き起こしつつ、桜木通販で事の成り行きを見守っていると伊吹が指摘したこと。そこまで伊吹が赤来に近接していたこと。
衝撃と不安と。
予想を越えて放り込まれて来た情報に打ちのめされた。
「『羽鳥』は私達と変わらない。だから、誰にも捕まらなかった、悪意さえ見せていませんから」
伊吹は淡々と指摘した。
「……赤来が『羽鳥』であることを立証し、捕まえて罪を認めさせるのか」
険しい高山の顔。
「…もし、飯島の隠し持っていたカード・キーと赤来課長の指紋が同じならば……少なくとも飯島との関係性について、映像に写った時計のことや、今警察で情報を集めているホテルへの出入りの件について、話を持ち出すことができます」
「指紋を取る気か」
もちろん、伊吹はそうするつもりだろう。
「私がしようとしていることは正義なんかじゃありません」
冷酷なほど突き放した伊吹の声。
「自分の弱さの始末です」
始末をつける、自分の手で。
「……」
空っぽの腕の中を見つめる。
高山の家から戻って、疲れ切った気持ちと体を伊吹に甘えて癒してもらって、少し眠った。
よほど疲れていたのか、夢も見なかった。
眠りに落ち切る寸前、伊吹の携帯に誰かからの連絡が入り、応じた伊吹は京介を起こさないように静かに部屋を出て行った。
『…伺います』
低めた声の鋭さを思い出しながら、体を起こす。
枕元に洗面器、目覚めた時のためにと置いて行ってくれたのだろう、ペットボトルに水が入っている。その横に畳まれていた眼鏡を掛け、ペットボトルの蓋を開けて一口飲む。思ったほど温くなっていなくて、伊吹が出て行ったのがそれほど前ではないと知らせた。
ベッドに座ったまま、ペットボトル片手に髪を掻き上げ眉を寄せた。
痩せ我慢。
伊吹が行かなくてはならないのはわかっているから引き止めなかった。
けれど、いないことが苦しくて辛い。体が痛い。
「今からこんなんじゃ、伊吹さん困るよね…」
一瞬たりとも離れられない恋人、いや夫なんて負担でしかない。
右手の薬指に戻った指輪を眺めた。彼女の指にも嵌っている指輪を思い出す。
『京介』
脳裏で伊吹が微笑んで、嬉しくてそっと指輪に口付けた。
「…頑張ろう」
痩せ我慢でも何でも、また会えた時にうんと抱きしめてもらえばいいんだし。いや、うんとうんと抱きしめさせてもらえればいいんだし。
「伊吹さんは僕のものなんだし」
かなり吐いてしまったから、喉はからからだ。伊吹が戻ってきた時、ぐったりしていたら余計に心配させてしまう。少しずつでも飲んでおこうと、もう一度ペットボトルを傾けかけた時に、携帯が鳴った。
「…」
仕事用じゃない、伊吹でもない。
ペットボトルを枕元に戻し、手を伸ばして確認する。非通知の番号だが、何となく相手の想像がつく。小さく溜め息をついて、出た。
「……はい」
『京ちゃん?』
訝しそうな恵子の声が響いた。
想定内というか、やっぱりこういう時に連絡してくるのか。
「何の用?」
『……何かあったの?』
「何かあったのはそっちじゃないの?」
『…聞いてるのね』
私だって、いろいろ考えた結果なのよ。
『子ども達のことも心配だったし』
目の前に居たなら、きっと瞬きして上目遣いに見上げてくるところだろう。自分の非など一切なくて、ただただ相手が悪かったのだと確信させるような不安げな顔で。
「…っ」
ぎくりとした。
そうだ、京介にはそう『見える』。
『京ちゃん?』
思わず落としそうになった携帯を持ち直し、ベッドに座り直す。
『私は「見える」し「聞こえる」けれど、それは「見たり」「聞いたり」してるんじゃない。自分の推理や直感を視覚化したり聴覚化したりしている、そういうことです』
蘇る、出会ったばかりの時の伊吹のことば。
「…こういうこと…か」
唐突に色々なことが一気に組み合わさった気がして、視界が煌き、瞬きする。
『京ちゃん、どうしたの?』
沈黙したままの京介に不審そうな恵子の声が響く。さっきまでの見せかけのものとは違う、本物の不安。何が起こっているのだろうと確かめにかかっている。
『見える』映像が変わっていく。上目遣いの小動物のような可愛らしさが消え、牙を剥く前の獣のように、低く身を沈め、目を細めて眺めてくる。
警戒が広がる、今にも食いつかれそうで。その先に続く逃れようのない苦しさを押し付けられそうで。問われるままに答えたくなる、被害を最小限にするために。
その自分の心の動きもまた、はっきりと『見えた』。
思わず枕元を振り返る。
高山の家に石塚が来たことも驚きだったが、彼女がボランティア・グループ『ゆえの会』に属していること、仲間の娘である結衣を赤来が巻き込んだ事件があったこと、彼女を救おうとして『ニット・キャンパス』に参加したことを初めて知った。
加えて、高山が隠していた、孝が大輔達に弄ばれている映像。赤来が今も同じような事件を引き起こしつつ、桜木通販で事の成り行きを見守っていると伊吹が指摘したこと。そこまで伊吹が赤来に近接していたこと。
衝撃と不安と。
予想を越えて放り込まれて来た情報に打ちのめされた。
「『羽鳥』は私達と変わらない。だから、誰にも捕まらなかった、悪意さえ見せていませんから」
伊吹は淡々と指摘した。
「……赤来が『羽鳥』であることを立証し、捕まえて罪を認めさせるのか」
険しい高山の顔。
「…もし、飯島の隠し持っていたカード・キーと赤来課長の指紋が同じならば……少なくとも飯島との関係性について、映像に写った時計のことや、今警察で情報を集めているホテルへの出入りの件について、話を持ち出すことができます」
「指紋を取る気か」
もちろん、伊吹はそうするつもりだろう。
「私がしようとしていることは正義なんかじゃありません」
冷酷なほど突き放した伊吹の声。
「自分の弱さの始末です」
始末をつける、自分の手で。
「……」
空っぽの腕の中を見つめる。
高山の家から戻って、疲れ切った気持ちと体を伊吹に甘えて癒してもらって、少し眠った。
よほど疲れていたのか、夢も見なかった。
眠りに落ち切る寸前、伊吹の携帯に誰かからの連絡が入り、応じた伊吹は京介を起こさないように静かに部屋を出て行った。
『…伺います』
低めた声の鋭さを思い出しながら、体を起こす。
枕元に洗面器、目覚めた時のためにと置いて行ってくれたのだろう、ペットボトルに水が入っている。その横に畳まれていた眼鏡を掛け、ペットボトルの蓋を開けて一口飲む。思ったほど温くなっていなくて、伊吹が出て行ったのがそれほど前ではないと知らせた。
ベッドに座ったまま、ペットボトル片手に髪を掻き上げ眉を寄せた。
痩せ我慢。
伊吹が行かなくてはならないのはわかっているから引き止めなかった。
けれど、いないことが苦しくて辛い。体が痛い。
「今からこんなんじゃ、伊吹さん困るよね…」
一瞬たりとも離れられない恋人、いや夫なんて負担でしかない。
右手の薬指に戻った指輪を眺めた。彼女の指にも嵌っている指輪を思い出す。
『京介』
脳裏で伊吹が微笑んで、嬉しくてそっと指輪に口付けた。
「…頑張ろう」
痩せ我慢でも何でも、また会えた時にうんと抱きしめてもらえばいいんだし。いや、うんとうんと抱きしめさせてもらえればいいんだし。
「伊吹さんは僕のものなんだし」
かなり吐いてしまったから、喉はからからだ。伊吹が戻ってきた時、ぐったりしていたら余計に心配させてしまう。少しずつでも飲んでおこうと、もう一度ペットボトルを傾けかけた時に、携帯が鳴った。
「…」
仕事用じゃない、伊吹でもない。
ペットボトルを枕元に戻し、手を伸ばして確認する。非通知の番号だが、何となく相手の想像がつく。小さく溜め息をついて、出た。
「……はい」
『京ちゃん?』
訝しそうな恵子の声が響いた。
想定内というか、やっぱりこういう時に連絡してくるのか。
「何の用?」
『……何かあったの?』
「何かあったのはそっちじゃないの?」
『…聞いてるのね』
私だって、いろいろ考えた結果なのよ。
『子ども達のことも心配だったし』
目の前に居たなら、きっと瞬きして上目遣いに見上げてくるところだろう。自分の非など一切なくて、ただただ相手が悪かったのだと確信させるような不安げな顔で。
「…っ」
ぎくりとした。
そうだ、京介にはそう『見える』。
『京ちゃん?』
思わず落としそうになった携帯を持ち直し、ベッドに座り直す。
『私は「見える」し「聞こえる」けれど、それは「見たり」「聞いたり」してるんじゃない。自分の推理や直感を視覚化したり聴覚化したりしている、そういうことです』
蘇る、出会ったばかりの時の伊吹のことば。
「…こういうこと…か」
唐突に色々なことが一気に組み合わさった気がして、視界が煌き、瞬きする。
『京ちゃん、どうしたの?』
沈黙したままの京介に不審そうな恵子の声が響く。さっきまでの見せかけのものとは違う、本物の不安。何が起こっているのだろうと確かめにかかっている。
『見える』映像が変わっていく。上目遣いの小動物のような可愛らしさが消え、牙を剥く前の獣のように、低く身を沈め、目を細めて眺めてくる。
警戒が広がる、今にも食いつかれそうで。その先に続く逃れようのない苦しさを押し付けられそうで。問われるままに答えたくなる、被害を最小限にするために。
その自分の心の動きもまた、はっきりと『見えた』。
思わず枕元を振り返る。
0
お気に入りに追加
79
あなたにおすすめの小説
性欲の強すぎるヤクザに捕まった話
古亜
恋愛
中堅企業の普通のOL、沢木梢(さわきこずえ)はある日突然現れたチンピラ3人に、兄貴と呼ばれる人物のもとへ拉致されてしまう。
どうやら商売女と間違えられたらしく、人違いだと主張するも、兄貴とか呼ばれた男は聞く耳を持たない。
「美味しいピザをすぐデリバリーできるのに、わざわざコンビニのピザ風の惣菜パンを食べる人います?」
「たまには惣菜パンも悪くねぇ」
……嘘でしょ。
2019/11/4 33話+2話で本編完結
2021/1/15 書籍出版されました
2021/1/22 続き頑張ります
半分くらいR18な話なので予告はしません。
強引な描写含むので苦手な方はブラウザバックしてください。だいたいタイトル通りな感じなので、少しでも思ってたのと違う、地雷と思ったら即回れ右でお願いします。
誤字脱字、文章わかりにくい等の指摘は有り難く受け取り修正しますが、思った通りじゃない生理的に無理といった内容については自衛に留め批判否定はご遠慮ください。泣きます。
当然の事ながら、この話はフィクションです。
俺の彼女が黒人デカチンポ専用肉便器に堕ちるまで (R18禁 NTR胸糞注意)
リュウガ
恋愛
俺、見立優斗には同い年の彼女高木千咲という彼女がいる。
彼女とは同じ塾で知り合い、彼女のあまりの美しさに俺が一目惚れして付き合ったのだ。
しかし、中学三年生の夏、俺の通っている塾にマイケルという外国人が入塾してきた。
俺達は受験勉強が重なってなかなか一緒にいることが出来なくなっていき、彼女は‥‥‥
【R18】こんな産婦人科のお医者さんがいたら♡妄想エロシチュエーション短編作品♡
雪村 里帆
恋愛
ある日、産婦人科に訪れるとそこには顔を見たら赤面してしまう程のイケメン先生がいて…!?何故か看護師もいないし2人きり…エコー検査なのに触診されてしまい…?雪村里帆の妄想エロシチュエーション短編。完全フィクションでお送り致します!
彼女の母は蜜の味
緋山悠希
恋愛
ある日、彼女の深雪からお母さんを買い物に連れて行ってあげて欲しいと頼まれる。密かに綺麗なお母さんとの2人の時間に期待を抱きながら「別にいいよ」と優しい彼氏を演じる健二。そんな健二に待っていたのは大人の女性の洗礼だった…
【R18】隣のデスクの歳下後輩君にオカズに使われているらしいので、望み通りにシてあげました。
雪村 里帆
恋愛
お陰様でHOT女性向け33位、人気ランキング146位達成※隣のデスクに座る陰キャの歳下後輩君から、ある日私の卑猥なアイコラ画像を誤送信されてしまい!?彼にオカズに使われていると知り満更でもない私は彼を部屋に招き入れてお望み通りの行為をする事に…。強気な先輩ちゃん×弱気な後輩くん。でもエッチな下着を身に付けて恥ずかしくなった私は、彼に攻められてすっかり形成逆転されてしまう。
——全話ほぼ濡れ場で小難しいストーリーの設定などが無いのでストレス無く集中できます(はしがき・あとがきは含まない)
※完結直後のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる