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第5章
3.爪と牙(3)
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「…」
京介は薄く目を開ける。真夜中近くに届いたメールで、明日の予定は決まった。
けれどまだ、伊吹には話していない。
温まったベッドの中、目の前に甘い香りがして、柔らかに乱れる髪の毛がある。抱え込んだ腕の中に寄り添う温もりもある。
待ち合わせた『村野』でたくさんの話をして、それでもまだまだ話し足りなくて、結局京介のマンションに二人で戻ってきて、京介がコーヒーを淹れて伊吹がミルクホイッパーで泡立てたミルクを載せて、そうして二人話し続けた。
ずいぶん長い間、しかも通常の恋人同士とは違う形でお互い深くまで触れ合ってきたと思ってきた。けれど、京介が伊吹から聞いた話は、全く見知らぬ人の話を聞くようで。
ふと、初めて伊吹を実家に連れて行った時のことを思い出した。
あの山の中で、京介は過去の辛かったことを話し、隠していた気持ちを晒し、今もなお自分を傷つける現実について伊吹に伝えた。伊吹もまた、『見える』能力とそれが引き起こした出来事について、いろいろ話してくれた。
話してくれていた、と思っていた。
「……話してなかったんだ、伊吹さん」
『見える』ことで味わった孤独とか苦痛とか諦めとか悲しみとか。
いや、違う。
「僕が……聴けてなかったんだ…」
今思えば、京介には伊吹の傷みを聴ける余裕などなかった。
『羽鳥』に関わる話を聞きながら、それ以外の話も聞いた。
小学生の頃から『見えてしまう』ことをどう扱っていいのかわからなくて困って、誰にも相談できずに、わかってもらえないのだと何度も諦めたこと。
お寺の老人のことも聞いた、『見えてしまった』ものを伝えたほうがよかったのか伝えなかったほうがよかったのか悔やんだこと。
仲間との他愛ない話の中、能力を引き継ぐ子どもをどうしたらいいのか、それともそんなことを考えてもいけないのかと悩んだこと。
『飯島』に誘われても内側の意図を感じてしまって喜べなかったこと。
有沢の接近も能力目当てとわかっていたこと。
ハルは能力を認めてくれているけれど、その『支配』の側面も教えられたこと。
京介が望んだ『孝』の一件に解決を望まれて怯んだこと。
ただ『見える』だけなのに。
そうだ、京介もまた、伊吹の『見える』ことだけで近づいていた。
「……寂しかっただろうなあ……伊吹さん……」
今の京介には『見える』伊吹の過ごしてきた時間が、自分のことのように感じられる。
誰にも相談できなくて、話してもわかってくれなくて、傷みを受け入れるしかなかった生活。ようやく自分を求めてくれる人が居たと思っても、必要とされるのは能力だけ。こんな命など未来につなぐ意味などないと、関係を全て拒んで。
伊吹の気持ちを辿りながら、自分の願いにも改めて気づいた。
「…僕も……寂しかった……んだ…」
なぜ居るのだろう、この世界に。
何の意味があるのだろう、自分の存在は。
誰か、答えを。
それと気付かず、伊吹も京介も、もうぎりぎりの場所に立っていて。
見て欲しい、踏み込んで欲しい。
見せて欲しい、晒して欲しい。
本当の姿で望むままに満たして欲しくて。
出会った。
「……伊吹さん…」
髪に唇を寄せる。安らかな寝息に安堵して微笑む。
京介は見せることで。
伊吹は見ることで。
二人で一対、ようやくこの世界に居場所を見つけた、と今ならわかる。
「ずっと見ててね…伊吹さん」
そうっと深く抱きしめた。
「君が見てくれるなら…僕はなんだってできる…」
自分の中にどんな闇が潜もうとも、どんな悪夢が立ち上がろうとも。
「全部力に変えて見せる…」
例え、血塗れになって倒れるとしても。
『綺麗ですね、京介?』
美並が囁いてくれるなら。
「…う…」
瞬きした。
眠る前にも十分満たしてもらったはずだけど。
「んー…」
覗き込むと、伊吹は小さく唇を開いて眠っていた。そのまま求めてくれそうで、気分はどんどん高ぶって行く、もちろん既に難しくなっている下半身も。
「…」
そっと舌を伸ばして唇を舐める。ちゅぷ、と濡れた音が響いて、歯止めが効かなくなった。
京介は薄く目を開ける。真夜中近くに届いたメールで、明日の予定は決まった。
けれどまだ、伊吹には話していない。
温まったベッドの中、目の前に甘い香りがして、柔らかに乱れる髪の毛がある。抱え込んだ腕の中に寄り添う温もりもある。
待ち合わせた『村野』でたくさんの話をして、それでもまだまだ話し足りなくて、結局京介のマンションに二人で戻ってきて、京介がコーヒーを淹れて伊吹がミルクホイッパーで泡立てたミルクを載せて、そうして二人話し続けた。
ずいぶん長い間、しかも通常の恋人同士とは違う形でお互い深くまで触れ合ってきたと思ってきた。けれど、京介が伊吹から聞いた話は、全く見知らぬ人の話を聞くようで。
ふと、初めて伊吹を実家に連れて行った時のことを思い出した。
あの山の中で、京介は過去の辛かったことを話し、隠していた気持ちを晒し、今もなお自分を傷つける現実について伊吹に伝えた。伊吹もまた、『見える』能力とそれが引き起こした出来事について、いろいろ話してくれた。
話してくれていた、と思っていた。
「……話してなかったんだ、伊吹さん」
『見える』ことで味わった孤独とか苦痛とか諦めとか悲しみとか。
いや、違う。
「僕が……聴けてなかったんだ…」
今思えば、京介には伊吹の傷みを聴ける余裕などなかった。
『羽鳥』に関わる話を聞きながら、それ以外の話も聞いた。
小学生の頃から『見えてしまう』ことをどう扱っていいのかわからなくて困って、誰にも相談できずに、わかってもらえないのだと何度も諦めたこと。
お寺の老人のことも聞いた、『見えてしまった』ものを伝えたほうがよかったのか伝えなかったほうがよかったのか悔やんだこと。
仲間との他愛ない話の中、能力を引き継ぐ子どもをどうしたらいいのか、それともそんなことを考えてもいけないのかと悩んだこと。
『飯島』に誘われても内側の意図を感じてしまって喜べなかったこと。
有沢の接近も能力目当てとわかっていたこと。
ハルは能力を認めてくれているけれど、その『支配』の側面も教えられたこと。
京介が望んだ『孝』の一件に解決を望まれて怯んだこと。
ただ『見える』だけなのに。
そうだ、京介もまた、伊吹の『見える』ことだけで近づいていた。
「……寂しかっただろうなあ……伊吹さん……」
今の京介には『見える』伊吹の過ごしてきた時間が、自分のことのように感じられる。
誰にも相談できなくて、話してもわかってくれなくて、傷みを受け入れるしかなかった生活。ようやく自分を求めてくれる人が居たと思っても、必要とされるのは能力だけ。こんな命など未来につなぐ意味などないと、関係を全て拒んで。
伊吹の気持ちを辿りながら、自分の願いにも改めて気づいた。
「…僕も……寂しかった……んだ…」
なぜ居るのだろう、この世界に。
何の意味があるのだろう、自分の存在は。
誰か、答えを。
それと気付かず、伊吹も京介も、もうぎりぎりの場所に立っていて。
見て欲しい、踏み込んで欲しい。
見せて欲しい、晒して欲しい。
本当の姿で望むままに満たして欲しくて。
出会った。
「……伊吹さん…」
髪に唇を寄せる。安らかな寝息に安堵して微笑む。
京介は見せることで。
伊吹は見ることで。
二人で一対、ようやくこの世界に居場所を見つけた、と今ならわかる。
「ずっと見ててね…伊吹さん」
そうっと深く抱きしめた。
「君が見てくれるなら…僕はなんだってできる…」
自分の中にどんな闇が潜もうとも、どんな悪夢が立ち上がろうとも。
「全部力に変えて見せる…」
例え、血塗れになって倒れるとしても。
『綺麗ですね、京介?』
美並が囁いてくれるなら。
「…う…」
瞬きした。
眠る前にも十分満たしてもらったはずだけど。
「んー…」
覗き込むと、伊吹は小さく唇を開いて眠っていた。そのまま求めてくれそうで、気分はどんどん高ぶって行く、もちろん既に難しくなっている下半身も。
「…」
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