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第5章
1.翻す手(9)
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「手?」
檜垣が不審そうに覗き込む。
「そんなもの、山ほど映ってるって」
「いえ、この手は、この中の誰とも一致しない手です」
「一致しない?」
有沢も身を乗り出した。
「オカルト巫女様の降臨かよ」
檜垣は操作した画面を眉を顰めて注視する。
「ここ!」
「っ」
美並の指摘に檜垣が画面を止める。
「……鏡…?」
有沢が眉を寄せた。
「襲ってる奴の一人が鏡に映ってるのが、写り込んだのか?」
「いいえ、違います」
美並は画面を睨みつけた。
ラブホテルの一室と見えるが、ただのホテルではない。手摺や柱、拘束具や紐鎖など見慣れないものがたくさんある。その中に一枚の鏡があって、縛りつけた女をいたぶる男達の姿はもちろん、カメラを構えている飯島の姿も写っているが、もう1人、飯島の肩に掛けられた手がある。
本当ならば、この鏡は撮る予定ではなかっただろう、飯島自身が映っているから。けれど、飯島はあえてこれを残そうとした、自分の危険を顧みず。
なぜか。
「この手の持ち主の服も時計も、部屋にいる誰とも一致しません」
「え」
檜垣が慌てて画像を再確認し、
「…確かに……こいつは、この中に入ってない」
「顔も見えないな。飯島だって、背格好まで写っちまっているのに」
「…なぜ、これを、残したのか」
有沢が唸った。
「こいつは飯島にとっても不利だろうが…………っ」
ぎくりとした顔で身を起こす。
「『羽鳥』?」
「…たぶん、そうです」
美並は画面の中でゆっくりと飯島の肩を叩き、何かを指し示すように翻る手を見つめた。
「飯島は『羽鳥』の姿を残そうとしたのか」
檜垣が大きく息を吐く。
「こいつが…『羽鳥』…」
「…もう一つ」
美並は一旦画像を止め、もう一度流した。
「この手の持ち主は、この部屋をよく知っています」
「は?」
檜垣が瞬きする。
「おいおい、あんた、ほんとにオカルト巫女…」
「見て下さい。ここで照明が一旦暗くなりますよね?」
「…ああ」
誰かが間違って消しちまったのかな。
有沢が呟く。
画面が急に暗くなったから、悲鳴は続いているが画像としてはうまく撮れていない。
「けれどすぐに明るくなる」
「ああ?」
美並の声に檜垣はまだ意味がわからない様子だ。
「…檜垣」
「何すか、有沢さん」
「なんで明るくなったんだ?」
「そりゃあ、奴ら、このままじゃ画像の意味がなくなるから、照明をつけたんでしょう……あ」
美並の指の先を見ていた檜垣がはっとする。
「何だこいつ」
「…指示している」
有沢が頷いた。
「あそこのスイッチを付けろ、と指で差している」
鏡に映った手は苛だたしそうに振られた後、すっと一箇所を指し示す。慌てたように画面の隅で裸の男が走り寄り、カーテンの後ろにあったスイッチを見つけ、スポットライトのように落ちる一点照明をつける。
「……こいつはカーテンの後ろにスポットライトがあるのを知ってるんだ」
有沢が薄笑いした。
「『羽鳥』はここを複数回利用している」
プライベートか? 『赤』か?
「どっちでもいい……幻じゃなくて実体なら探し出せる」
「そうか…! これが記録された日時は残ってる、そこから」
「まだあるぞ、檜垣」
有沢は画面の一点を指で突いた。
「この時計、かなりの上物で特殊な奴だ。そんじょそこらのガキが買える代物じゃない」
「そうですね……そうか、指し示したから袖が上がって時計がはっきり写ったんだ。そんなとこまで気づいてなかった……画像解析に回します!」
さっきのダークさは何処へやら、いきなり跳ね上がる子犬に戻った檜垣が、意気揚々とデータを操作するのを見ていた有沢が美並を振り向き、訝しげに声をかけてくる。
「伊吹さん? どうしました?」
「私…」
美並は必死に頭の中で繰り返す映像を見ていた。
何かが引っかかる。何かが心を引き止める。ちょうど、あの朝、トイレから聞こえた声のように。
飯島の肩に親しげに置かれた手。
薄暗くなって惨劇を覆い隠してくれそうだったのに、一番酷い状況にスポットライトを当てるように指示した手。
「同じものを……」
どこかで見ている。
どこで? 答えは明瞭だ、言わずと知れた桜木通販の中でだ。
「どうして…」
これもはっきりしている、『羽鳥』が美並を視認できたほど。
美並は『羽鳥』を知っている。美並は『羽鳥』を見ている。それも、動作一つが記憶に留まるほど近しく親しく、すぐ側で。
「あ…」
ふいに頭の中の手の動きが、一つの光景と重なった。
『いや、そんなとこにあったとは気づかなかった、ありがとう』
にこやかに差し出された手。上がった袖から覗く、シルバーの文字盤、青く細い三本の針、黒い革ベルト。
普段見えなかった時計は、画像の中の時計と同じものだった。
檜垣が不審そうに覗き込む。
「そんなもの、山ほど映ってるって」
「いえ、この手は、この中の誰とも一致しない手です」
「一致しない?」
有沢も身を乗り出した。
「オカルト巫女様の降臨かよ」
檜垣は操作した画面を眉を顰めて注視する。
「ここ!」
「っ」
美並の指摘に檜垣が画面を止める。
「……鏡…?」
有沢が眉を寄せた。
「襲ってる奴の一人が鏡に映ってるのが、写り込んだのか?」
「いいえ、違います」
美並は画面を睨みつけた。
ラブホテルの一室と見えるが、ただのホテルではない。手摺や柱、拘束具や紐鎖など見慣れないものがたくさんある。その中に一枚の鏡があって、縛りつけた女をいたぶる男達の姿はもちろん、カメラを構えている飯島の姿も写っているが、もう1人、飯島の肩に掛けられた手がある。
本当ならば、この鏡は撮る予定ではなかっただろう、飯島自身が映っているから。けれど、飯島はあえてこれを残そうとした、自分の危険を顧みず。
なぜか。
「この手の持ち主の服も時計も、部屋にいる誰とも一致しません」
「え」
檜垣が慌てて画像を再確認し、
「…確かに……こいつは、この中に入ってない」
「顔も見えないな。飯島だって、背格好まで写っちまっているのに」
「…なぜ、これを、残したのか」
有沢が唸った。
「こいつは飯島にとっても不利だろうが…………っ」
ぎくりとした顔で身を起こす。
「『羽鳥』?」
「…たぶん、そうです」
美並は画面の中でゆっくりと飯島の肩を叩き、何かを指し示すように翻る手を見つめた。
「飯島は『羽鳥』の姿を残そうとしたのか」
檜垣が大きく息を吐く。
「こいつが…『羽鳥』…」
「…もう一つ」
美並は一旦画像を止め、もう一度流した。
「この手の持ち主は、この部屋をよく知っています」
「は?」
檜垣が瞬きする。
「おいおい、あんた、ほんとにオカルト巫女…」
「見て下さい。ここで照明が一旦暗くなりますよね?」
「…ああ」
誰かが間違って消しちまったのかな。
有沢が呟く。
画面が急に暗くなったから、悲鳴は続いているが画像としてはうまく撮れていない。
「けれどすぐに明るくなる」
「ああ?」
美並の声に檜垣はまだ意味がわからない様子だ。
「…檜垣」
「何すか、有沢さん」
「なんで明るくなったんだ?」
「そりゃあ、奴ら、このままじゃ画像の意味がなくなるから、照明をつけたんでしょう……あ」
美並の指の先を見ていた檜垣がはっとする。
「何だこいつ」
「…指示している」
有沢が頷いた。
「あそこのスイッチを付けろ、と指で差している」
鏡に映った手は苛だたしそうに振られた後、すっと一箇所を指し示す。慌てたように画面の隅で裸の男が走り寄り、カーテンの後ろにあったスイッチを見つけ、スポットライトのように落ちる一点照明をつける。
「……こいつはカーテンの後ろにスポットライトがあるのを知ってるんだ」
有沢が薄笑いした。
「『羽鳥』はここを複数回利用している」
プライベートか? 『赤』か?
「どっちでもいい……幻じゃなくて実体なら探し出せる」
「そうか…! これが記録された日時は残ってる、そこから」
「まだあるぞ、檜垣」
有沢は画面の一点を指で突いた。
「この時計、かなりの上物で特殊な奴だ。そんじょそこらのガキが買える代物じゃない」
「そうですね……そうか、指し示したから袖が上がって時計がはっきり写ったんだ。そんなとこまで気づいてなかった……画像解析に回します!」
さっきのダークさは何処へやら、いきなり跳ね上がる子犬に戻った檜垣が、意気揚々とデータを操作するのを見ていた有沢が美並を振り向き、訝しげに声をかけてくる。
「伊吹さん? どうしました?」
「私…」
美並は必死に頭の中で繰り返す映像を見ていた。
何かが引っかかる。何かが心を引き止める。ちょうど、あの朝、トイレから聞こえた声のように。
飯島の肩に親しげに置かれた手。
薄暗くなって惨劇を覆い隠してくれそうだったのに、一番酷い状況にスポットライトを当てるように指示した手。
「同じものを……」
どこかで見ている。
どこで? 答えは明瞭だ、言わずと知れた桜木通販の中でだ。
「どうして…」
これもはっきりしている、『羽鳥』が美並を視認できたほど。
美並は『羽鳥』を知っている。美並は『羽鳥』を見ている。それも、動作一つが記憶に留まるほど近しく親しく、すぐ側で。
「あ…」
ふいに頭の中の手の動きが、一つの光景と重なった。
『いや、そんなとこにあったとは気づかなかった、ありがとう』
にこやかに差し出された手。上がった袖から覗く、シルバーの文字盤、青く細い三本の針、黒い革ベルト。
普段見えなかった時計は、画像の中の時計と同じものだった。
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