『闇を闇から』

segakiyui

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第5章

1.翻す手(6)

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「違うよ!」
 少し穏やかに話していた口調が激しくなって、京介は瞬きした。
「違う、課長はゲイじゃない!」
「…えーと…」
 一体どうしてそんな話になってるのかな、これは?
 引きつりながら体を起こし、周囲に目を配る。確かに同性愛は徐々に市民権を得つつあるけれど、こういう公共の場所で大音量で叫ぶものじゃないだろう。
「違うって、俺と寝たりしてない!」
「た…」
 呼びかけかけて、すぐ側の公園の入り口から入ってこようとした親子連れが、くるりと向きを変えたのに口をつぐんだ。
「ちょっと場所を変えよう…」
「待って下さい、こいつ何だか妙な誤解してて!」
 袖を引きかけたが大真面目な顔で振り向かれた。
「課長がゲイだってきかないんですよ!」
「あー…えーと…」
 そもそもなぜそんな話になっちゃってるのかな?
 声を低めるように指示して周囲に注意を向けさせ、慌てて頷いた高崎が顔を顰めて頷く。
「確かに僕はよく勘違いされるけどね?」
「直接話してやって下さい、とにかくあいつ、課長がゲイで、俺とできてるってきかなくて。それを見てるのが辛いとか言い出して!」
「…あー、僕が出た方がいいみたいだね」
 溜め息混じりに高崎の携帯を受け取る。
「もしもし?」
『…は、い』
 掠れた声が応じてどきりとした。甘く響く泣き声は、おそらく何もかもをぶちまけた辺り、その気が無くともかなり色っぽいが、高崎にはほとんど効果がなかったのが可哀想な気がする。
「電話を代わりました。プライベートな内容に踏み込んでいるようですが?」
『すみません…けど、いろいろ、もう、限界で……』
 予想以上に落ち込んでしまっている。このままでは『ニット・キャンパス』にも支障が出そうだし、大石がこの状況をどうにかできるとは、なお思えない。
「とりあえず、はっきりさせておきますが、僕には女性の婚約者が居ますし、男性には興味がありません」
『…そんなはず、ないです』
「…なぜです?」
 はっきり言い返されて眉を寄せた。
『…あなたを…見たことがあります』
「はい?」
『中三の、模試会場で。すごく綺麗な人だって思っ………ひっ』
 向こうの声がしゃくり上げて、一層眉を寄せた。
 志賀は幾つだっただろう? 逆算して弾き出したのは10年前。模試会場。
「ああ…ひょっとして、大学?」
『そんなこと、男相手に思ったことが、ショックで…』
「思春期の、一時の気の迷い、的な」
 悩める青少年相談か、と思った気持ちは続いたことばに裏切られる。
『…真崎大輔が居て……あなたとキスしているの…見て、それで自分の嗜好に…気づいて…』
「…」
 さすがにことばが出なかった。
 高校生の頃だったか、大輔の大学に呼びつけられたことがあった。孝に手を出さない代わりに抱かせろと言われ脅されて、いつ人が来るかも知れない中庭の片隅で、危うく暴かれかけた。かろうじてキス止まりであしらったものの。
 それが志賀が自分の性的な嗜好に気づくきっかけだったとは。
「…どうしようかな」
「え」
 不安そうに覗き込んでいた高崎がぎょっとした顔になる。
「何ですか、課長、あいつまさか」
『あなたのことは…嫌いじゃない…誰だって……あなたほど華があれば、魅かれるのは無理もないし…』
「うーん…」
『ただ…高崎を…弄ぶのだけは…許せなくて』
「…はい?」
 京介は瞬いた。
 今とんでもない台詞を聞いた気がする。
「僕が高崎くんを?」
「俺と課長はそんな関係じゃないぞ!」
『…もいるのに』
「…失礼」
 横から高崎が割り込んできて志賀の声が聞こえなかった。一旦携帯を外し、高崎を見やる。
「ちょっと黙っててくれないかな」
「けど、あいつまだ俺と課長が」
「…自分で話をつける?」
「うっ」
 携帯を差し出すと引きつった高崎が身を引く。
「とにかく僕に任せてくれるかな……コーヒーでも飲んで」
「…はい」
 しゅんとしてしまった高崎がごそごそ取り出したのは、志賀が放り出した缶コーヒーだ。切なげに見つめながらじっと握りしめている。
 それのどこが『男に興味がない』状況なんだろうね。
 京介は苦笑しながら、もう一度携帯に話しかける。
「すみません。今妙なことばを聞いたと思ったんだけど?」
『……俺はもう、高崎のこと、諦めます』
 少し落ち着いたらしい志賀が苦しそうに呟く。
『でも、高崎は大事にしてやって欲しいんです』
 そりゃ、あなたも世間体の婚約者とか立てるぐらいだし、大人の関係だって続けたいだろうけど。
「……はい?」
 大人の関係。
「誰と?」
『…あの人はそうじゃないんですか』
「…大輔なら違うよ」
『いえ、あの人とも、なんでしょう?』
「…誰のこと?」
 高崎がぴくりと体を震わせて顔を上げたのが視界の隅に見えた。
『同じ会社に居るし、真崎さんとも知り合いだから、てっきり…』
 戸惑ったように口ごもる声に、志賀の突き刺すような鋭い視線を思い出した。
 あの視線は単に恋敵としてではなく、大事な想い人を傷つける男への視線だったのか。
「僕と、知り合い」
『いえ……大輔さんの方、ですが』
 血の気が引いた。
 今、志賀は、桜木通販の中に、大学時代からの大輔の知り合いが居る、と言っている。
 だが、そんなはずはない。そんな話は聞いたことがない。京介と大輔の繋がりを誰かに確かめられたこともない。
「…課長? どうしたんですか」
「失礼、志賀さん。誰が、大輔と知り合いなんだろう」
『あの会社の模試を何度か受けたことがあって、何かのサークルの勧誘だったのかな、女の子達に声かけていたグループがいて。一緒に話していたのを見たから、てっきり仲がいいのかと』
 一度京介を見かけた志賀は、キスをしていた大輔のことを覚えていた。ゲイなのに女性を誘うのかと妙な気持ちで眺めるようになった。その大輔がじゃれつくように話しかける相手も、そういう関係なのかと思っていた。
「サークルの、勧誘…」
 そう言えば、一度大輔が自慢げに誰かに電話で話していた、いつでもどんな女でも見繕って見せる、と。見かけの爽やか体育会系に引っかかる女達を食い物にしているのかと気にも留めなかったけれど。
『桜木通販を調べた時にその人が居たから、きっとあなたとも付き合いがあるんだろうと』
 戸惑う声が静かに告げる。
『赤来課長。経理課でしたよね?』
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