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第4章
11.六人と七人(8)
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京介が部屋に戻った時には、もう体が熱くてたまらなかった。
「美並?」
「……」
ドアの外に立って何事か考えていた伊吹が、顔を上げて頷く。
食事の時もそうだった。穏やかで静かな会話、けれどずっと考え続けている気配がしていて、きっと味もろくにわかっていないんじゃないだろうか。
それが映画の最中に呟いた『私の意味は何ですか』という問いに関わっていることのように思えて。
それがなんだか伊吹を京介から遠くに連れ去ってしまいそうな気がして。
けれど今、深まっていく夜を背景に、開いたドアに立っている伊吹はまるで舞台女優のように見えた。
いつものように後でまとめていない髪が風に嬲られて柔らかな香りを運んでくる。削いだような頬の線、そう言えば少し痩せたみたいだ。深みを帯びた瞳を縁取る睫毛の影、ふっくらとした唇が奥で固く閉じられているのは、さっきのキスでも開いてくれなかった。
「美並」
手を握り、立ったまま動かない相手をそっと部屋に引き入れる。
「終電まで、あまり時間ないよ?」
泊まっていってはくれないだろう、だから性急かもしれないと思いつつ、引き寄せて抱き締めた。
そうして初めて気づく、伊吹が細かく震えていることを。
ボレロから立ち上る甘い香りは香水よりも仄かだ。それが今にも消えてしまいそうな伊吹の気配をなお薄めるようで不安になる。
抱き締めて髪に口づける。
逃げない。
こめかみに口づける。
動かない。
ぞくりとした痺れがもっと先を急げと腰のあたりから揺さぶってくる。
「美並」
囁いて頬にキスすると、伊吹がそっと目を閉じたから、その睫毛にも唇を押し付ける。
濡れた淡く冷たい感触。
寒いんだ、と我に返った。
「入って。すぐ」
ごくん、と唾を呑み込んだ自分のさもしさは嫌になるが、それでも。
「部屋を暖めるから、その間にシャワーする?」
「京介」
部屋の中を急ぎ足に移動していて呼びかけられ、どきりとして振り返る。
「……なに」
今さらだめだとか、言わないで。
ここで帰りたいとか、告げないで。
疼く感覚はどんどん競り上がってきて我ながら制御が効かない。部屋の中に伊吹の匂いが広がってくる、その粒子一つ一つを捕まえて愛撫したいほど、欲しくなっていて。
「私は…」
ここに居て、いいんでしょうか。
「っ」
静かで淡々とした問いかけに堰が切れた。
無言で戻って、玄関からゆっくり上がってくる伊吹を抱き寄せて、そのまま強引に口づけつつ、壁に押し付ける。
ことばなんか、まどろっこしい。
遠くて半端で伝え切れない。
顔を包み唇を奪う。何度も何度も頑なに閉じた唇に吸いついて、辛そうに眉を寄せるのにまた煽られて、口に含んだ柔らかさを軽く噛んでしまった。
「っ」
小さく呻いて開いた唇、知っててやっている媚じゃない、けれどそれはもう毒、そのもので。
「…んう…」
ことばを封じて舌を捩じ込む。うろたえたように京介の腕を押さえに来る指が、掴み損ねて滑り、そのまま必死に胸元を押し返す、けれど。
「んっ」
唇を押し開く、なんて、この僕が。
下唇に軽く噛みついたまま、掌で包んだ顔を仰け反らせて口を開かせ、そのまま深くまで侵入を果たす。
微かな振動は悲鳴だろうか、それでも零れてくる潤みは甘くて意識が蕩けそうになる。舌を嬲って吸いついて、そのまま渇いた喉を満たした。
「…っ……」
身もがいた伊吹に薄目を開ける。
真っ黒な瞳が揺れている。微かに滲む光に猛々しいものが高ぶった。
その目を凝視しながら、口の中を蹂躙していく。微かに震えた場所を特定して、触れては離れて確かめて、切なそうに眉を寄せて目を閉じるのに興奮した。
僕のものだ。
今伊吹は僕のものだ。
胸元に添えられているだけになっていた伊吹の手を、そっと掴んで引き下ろした。
「!」
ぎくりと明らかに驚いて目を開いた伊吹に目を細めて笑う。
触れて、と指先で誘う。
僕がどれほど君を望んでいるか、確かめて。
動かない指が苛立たしくて辛い。
触ってほしい、伊吹も京介を求めてほしい。
切なくて眉を寄せる。
お願い。
お願い。
「……み…なみ…」
唇をそっと解放した。
は、ぁ、と苦しそうに息を吐いた美並が瞬きして、こめかみから一筋汗が流れ落ちていくのを命じられたように舐め取った。
「おね…がい…」
抱いて。
僕を抱いて。
「おねが……っ」
指がそっと撫でてくれて、声が途切れる。
「あ…ぁ」
あっけなく呼吸が乱れて体が揺れるまま、美並の肩に額を乗せて、もっと先をねだる。
「みなみ…」
助けて。
それでも指先だけで静かに撫でられているのに、どんどん勝手に煽られていく。
「みなみ…っ」
もっと、強く。
押し付けてねだったのに、伊吹が指を引いてしまうから、苦しくて抱き締める。
「おねがい…っ」
喘ぐ自分の呼吸がうるさくてみっともない。
余裕なんかない。
渇いて渇いて渇き切って、今ようやくこの手に抱えられたものを貪らずにはいられない。
ちゅ。
「ふっ、うっ」
声を上げたのは京介の方、右側の首筋に触れた伊吹の唇がねっとり濡れて震えが走る。
「あ…っあ」
そのままゆっくり顎の線から喉へ辿られて、思わず晒して顔を上げる。
「み……なみ…っ」
唇が柔らかく喉仏を含んだ。ちろ、と舐められた舌の感触にくらくらして腰が揺れる。
服が邪魔だ。
服が、もう。
もっと、もっと深くまで。
「美並?」
「……」
ドアの外に立って何事か考えていた伊吹が、顔を上げて頷く。
食事の時もそうだった。穏やかで静かな会話、けれどずっと考え続けている気配がしていて、きっと味もろくにわかっていないんじゃないだろうか。
それが映画の最中に呟いた『私の意味は何ですか』という問いに関わっていることのように思えて。
それがなんだか伊吹を京介から遠くに連れ去ってしまいそうな気がして。
けれど今、深まっていく夜を背景に、開いたドアに立っている伊吹はまるで舞台女優のように見えた。
いつものように後でまとめていない髪が風に嬲られて柔らかな香りを運んでくる。削いだような頬の線、そう言えば少し痩せたみたいだ。深みを帯びた瞳を縁取る睫毛の影、ふっくらとした唇が奥で固く閉じられているのは、さっきのキスでも開いてくれなかった。
「美並」
手を握り、立ったまま動かない相手をそっと部屋に引き入れる。
「終電まで、あまり時間ないよ?」
泊まっていってはくれないだろう、だから性急かもしれないと思いつつ、引き寄せて抱き締めた。
そうして初めて気づく、伊吹が細かく震えていることを。
ボレロから立ち上る甘い香りは香水よりも仄かだ。それが今にも消えてしまいそうな伊吹の気配をなお薄めるようで不安になる。
抱き締めて髪に口づける。
逃げない。
こめかみに口づける。
動かない。
ぞくりとした痺れがもっと先を急げと腰のあたりから揺さぶってくる。
「美並」
囁いて頬にキスすると、伊吹がそっと目を閉じたから、その睫毛にも唇を押し付ける。
濡れた淡く冷たい感触。
寒いんだ、と我に返った。
「入って。すぐ」
ごくん、と唾を呑み込んだ自分のさもしさは嫌になるが、それでも。
「部屋を暖めるから、その間にシャワーする?」
「京介」
部屋の中を急ぎ足に移動していて呼びかけられ、どきりとして振り返る。
「……なに」
今さらだめだとか、言わないで。
ここで帰りたいとか、告げないで。
疼く感覚はどんどん競り上がってきて我ながら制御が効かない。部屋の中に伊吹の匂いが広がってくる、その粒子一つ一つを捕まえて愛撫したいほど、欲しくなっていて。
「私は…」
ここに居て、いいんでしょうか。
「っ」
静かで淡々とした問いかけに堰が切れた。
無言で戻って、玄関からゆっくり上がってくる伊吹を抱き寄せて、そのまま強引に口づけつつ、壁に押し付ける。
ことばなんか、まどろっこしい。
遠くて半端で伝え切れない。
顔を包み唇を奪う。何度も何度も頑なに閉じた唇に吸いついて、辛そうに眉を寄せるのにまた煽られて、口に含んだ柔らかさを軽く噛んでしまった。
「っ」
小さく呻いて開いた唇、知っててやっている媚じゃない、けれどそれはもう毒、そのもので。
「…んう…」
ことばを封じて舌を捩じ込む。うろたえたように京介の腕を押さえに来る指が、掴み損ねて滑り、そのまま必死に胸元を押し返す、けれど。
「んっ」
唇を押し開く、なんて、この僕が。
下唇に軽く噛みついたまま、掌で包んだ顔を仰け反らせて口を開かせ、そのまま深くまで侵入を果たす。
微かな振動は悲鳴だろうか、それでも零れてくる潤みは甘くて意識が蕩けそうになる。舌を嬲って吸いついて、そのまま渇いた喉を満たした。
「…っ……」
身もがいた伊吹に薄目を開ける。
真っ黒な瞳が揺れている。微かに滲む光に猛々しいものが高ぶった。
その目を凝視しながら、口の中を蹂躙していく。微かに震えた場所を特定して、触れては離れて確かめて、切なそうに眉を寄せて目を閉じるのに興奮した。
僕のものだ。
今伊吹は僕のものだ。
胸元に添えられているだけになっていた伊吹の手を、そっと掴んで引き下ろした。
「!」
ぎくりと明らかに驚いて目を開いた伊吹に目を細めて笑う。
触れて、と指先で誘う。
僕がどれほど君を望んでいるか、確かめて。
動かない指が苛立たしくて辛い。
触ってほしい、伊吹も京介を求めてほしい。
切なくて眉を寄せる。
お願い。
お願い。
「……み…なみ…」
唇をそっと解放した。
は、ぁ、と苦しそうに息を吐いた美並が瞬きして、こめかみから一筋汗が流れ落ちていくのを命じられたように舐め取った。
「おね…がい…」
抱いて。
僕を抱いて。
「おねが……っ」
指がそっと撫でてくれて、声が途切れる。
「あ…ぁ」
あっけなく呼吸が乱れて体が揺れるまま、美並の肩に額を乗せて、もっと先をねだる。
「みなみ…」
助けて。
それでも指先だけで静かに撫でられているのに、どんどん勝手に煽られていく。
「みなみ…っ」
もっと、強く。
押し付けてねだったのに、伊吹が指を引いてしまうから、苦しくて抱き締める。
「おねがい…っ」
喘ぐ自分の呼吸がうるさくてみっともない。
余裕なんかない。
渇いて渇いて渇き切って、今ようやくこの手に抱えられたものを貪らずにはいられない。
ちゅ。
「ふっ、うっ」
声を上げたのは京介の方、右側の首筋に触れた伊吹の唇がねっとり濡れて震えが走る。
「あ…っあ」
そのままゆっくり顎の線から喉へ辿られて、思わず晒して顔を上げる。
「み……なみ…っ」
唇が柔らかく喉仏を含んだ。ちろ、と舐められた舌の感触にくらくらして腰が揺れる。
服が邪魔だ。
服が、もう。
もっと、もっと深くまで。
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