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第4章
7.四人と五人(6)
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「いただきます」
とりあえずこちらはマカロニグラタンを頂こう、そう思い直して、フォークで熱々の中身を掬う。ゆらりと上がった湯気がさっき濡れた頬を撫でて、ハルの静かな指先を思い出した。
どうして京介を守る。
どうやって『羽鳥』を追い詰める。
太田、『飯島』という手がかりは消えてしまった。残っているのは檜垣だが、檜垣が『羽鳥』そのものに接触したわけでもない今、何を手がかりに『羽鳥』を探せばいいのか。
覗き込むグラタンのマカロニにゆっくりと蕩け落ちるチーズを眺めた。
絶対色感。
太田の印象は黄色だった。
閃光のように鮮やかな黄色。
あんな色を見たのは初めてだ。
今まで何かよくないものを抱えている人には黒っぽい靄が見えていたが、ひょっとして、人にはそれぞれ固有の色があるのだろうか。
ひょっとして、太田の黄色から檜垣を追えたように、『羽鳥』の赤から誰かの中の情報を追えるだろうか。
けれど似たような赤は一杯あるかもしれない。檜垣の件はたまたまだった。
ならば『羽鳥』を一体どこの誰から追えばいいんだろう。檜垣が昔一緒に居たという仲間も、『羽鳥』は下っ端と接触していない気配だから知らないかもしれない。
『羽鳥』はそもそも誰かと接触しているんだろうか。『飯島』が生きていれば、もう一度会うことで『羽鳥』を追えただろうか。それとも、『飯島』の持ち物や、それこそ死体、の状況からなら。
「誰?」
「え」
ぞくりと身を震わせた瞬間尋ねられて、何のことかわからず、美並は瞬きした。
「何、ハルくん」
「それ、誰?」
「誰? それって………え?」
ひょいと見上げたハルが真っ黒な目で美並を凝視している。
まさか、と思った次の瞬間、ハルは淡々と続けた。
「赤」
「赤って」
ハルくん、『見える』の?
人の中身を見たことはある。けれどこうやって、自分を誰かに見られるのは初めてだ。
美並は少し竦んだ。いやもちろん、人としてやましいところなどないつもりだけど、それでも京介とのことや、京介への気持ちや、それこそさっき一瞬掠めた、京介と一緒に居るかもしれない誰かへの嫉妬を見透かされての『赤』なのかと一瞬体が強張る。
それから。
「……あーもう」
自分がいつもやっていることじゃないか、とうんざりした。
そうかこういう気持ちなんだなと自覚しつつ、なるほど不安にもなるよなと宥めつつ、そういう気持ちと格闘しながら黙ってしまった美並に、ハルがスパゲティを指差す。
「?」
「補色」
「ほしょく?」
「違う」
美並の中にあるもの。
よくわからないが、何かの作用で感じたものではなく、美並の中から感じたもの、ということか。
「待って」
ハルはスパゲティを食べ出した。村野に失礼じゃないかと思うぐらいの儀礼的な早さでさくさく食べ終えてしまうと、その後しばらくまた、残ったオリーブオイルが乱れた空の皿に視線を落とす。
違うんだ、と思った。
ハルは村野の料理を味や匂いではなく、色彩の料理として味わい尽くそうとしているのだ。
「綺麗」
やがて少し吐息をついて顔をあげたハルは微笑んでいる。
「いい店」
「うん」
「美しい感覚だ」
ぼそりと呟いた声には一瞬思わず跪いてしまいそうな荘厳さがあった。
とんでもなく尊いものを間近に見せられているという感覚。まるでこの世にあり得ない何か、もっと巨大な高みでのみ開かれる巻物が、目の前で広げられたような圧倒感。
そうか、これが才能というものなんだ、と気づいた。
理由づけを必要としない。
評価を必要としない。
それは既に完成され、隅々まで満ち足りている。
それがこの目の前の、白づくめの服を着た少年の中に一つも余さず封じ込められている。
源内は凄い、ととっさに思った。
これほどの相手を、しかも外見はただの奇矯な振る舞いをする子どもでしかない存在を、よく壊さず欠けさせることもなく守り得ている。
この守り方を身に着けられれば、京介を守れるだろうか。
続いた小さな声に胸が詰まる。
この守り方ならば、京介の側に居られるだろうか。
そうだ。
私は京介の側で生きていたい。
今初めて気づく。
たとえ京介を傷つけるしかなくても、京介の側で生きていたい。のだ。
なんて傲慢なんだろう。
どこまで私は罪深いんだろう。
「美並」
「なに?」
「一人は無理」
「っ」
ハルが再び美並を凝視していた。
とりあえずこちらはマカロニグラタンを頂こう、そう思い直して、フォークで熱々の中身を掬う。ゆらりと上がった湯気がさっき濡れた頬を撫でて、ハルの静かな指先を思い出した。
どうして京介を守る。
どうやって『羽鳥』を追い詰める。
太田、『飯島』という手がかりは消えてしまった。残っているのは檜垣だが、檜垣が『羽鳥』そのものに接触したわけでもない今、何を手がかりに『羽鳥』を探せばいいのか。
覗き込むグラタンのマカロニにゆっくりと蕩け落ちるチーズを眺めた。
絶対色感。
太田の印象は黄色だった。
閃光のように鮮やかな黄色。
あんな色を見たのは初めてだ。
今まで何かよくないものを抱えている人には黒っぽい靄が見えていたが、ひょっとして、人にはそれぞれ固有の色があるのだろうか。
ひょっとして、太田の黄色から檜垣を追えたように、『羽鳥』の赤から誰かの中の情報を追えるだろうか。
けれど似たような赤は一杯あるかもしれない。檜垣の件はたまたまだった。
ならば『羽鳥』を一体どこの誰から追えばいいんだろう。檜垣が昔一緒に居たという仲間も、『羽鳥』は下っ端と接触していない気配だから知らないかもしれない。
『羽鳥』はそもそも誰かと接触しているんだろうか。『飯島』が生きていれば、もう一度会うことで『羽鳥』を追えただろうか。それとも、『飯島』の持ち物や、それこそ死体、の状況からなら。
「誰?」
「え」
ぞくりと身を震わせた瞬間尋ねられて、何のことかわからず、美並は瞬きした。
「何、ハルくん」
「それ、誰?」
「誰? それって………え?」
ひょいと見上げたハルが真っ黒な目で美並を凝視している。
まさか、と思った次の瞬間、ハルは淡々と続けた。
「赤」
「赤って」
ハルくん、『見える』の?
人の中身を見たことはある。けれどこうやって、自分を誰かに見られるのは初めてだ。
美並は少し竦んだ。いやもちろん、人としてやましいところなどないつもりだけど、それでも京介とのことや、京介への気持ちや、それこそさっき一瞬掠めた、京介と一緒に居るかもしれない誰かへの嫉妬を見透かされての『赤』なのかと一瞬体が強張る。
それから。
「……あーもう」
自分がいつもやっていることじゃないか、とうんざりした。
そうかこういう気持ちなんだなと自覚しつつ、なるほど不安にもなるよなと宥めつつ、そういう気持ちと格闘しながら黙ってしまった美並に、ハルがスパゲティを指差す。
「?」
「補色」
「ほしょく?」
「違う」
美並の中にあるもの。
よくわからないが、何かの作用で感じたものではなく、美並の中から感じたもの、ということか。
「待って」
ハルはスパゲティを食べ出した。村野に失礼じゃないかと思うぐらいの儀礼的な早さでさくさく食べ終えてしまうと、その後しばらくまた、残ったオリーブオイルが乱れた空の皿に視線を落とす。
違うんだ、と思った。
ハルは村野の料理を味や匂いではなく、色彩の料理として味わい尽くそうとしているのだ。
「綺麗」
やがて少し吐息をついて顔をあげたハルは微笑んでいる。
「いい店」
「うん」
「美しい感覚だ」
ぼそりと呟いた声には一瞬思わず跪いてしまいそうな荘厳さがあった。
とんでもなく尊いものを間近に見せられているという感覚。まるでこの世にあり得ない何か、もっと巨大な高みでのみ開かれる巻物が、目の前で広げられたような圧倒感。
そうか、これが才能というものなんだ、と気づいた。
理由づけを必要としない。
評価を必要としない。
それは既に完成され、隅々まで満ち足りている。
それがこの目の前の、白づくめの服を着た少年の中に一つも余さず封じ込められている。
源内は凄い、ととっさに思った。
これほどの相手を、しかも外見はただの奇矯な振る舞いをする子どもでしかない存在を、よく壊さず欠けさせることもなく守り得ている。
この守り方を身に着けられれば、京介を守れるだろうか。
続いた小さな声に胸が詰まる。
この守り方ならば、京介の側に居られるだろうか。
そうだ。
私は京介の側で生きていたい。
今初めて気づく。
たとえ京介を傷つけるしかなくても、京介の側で生きていたい。のだ。
なんて傲慢なんだろう。
どこまで私は罪深いんだろう。
「美並」
「なに?」
「一人は無理」
「っ」
ハルが再び美並を凝視していた。
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