『闇を闇から』

segakiyui

文字の大きさ
上 下
340 / 503
第4章

7.四人と五人(6)

しおりを挟む
「いただきます」
 とりあえずこちらはマカロニグラタンを頂こう、そう思い直して、フォークで熱々の中身を掬う。ゆらりと上がった湯気がさっき濡れた頬を撫でて、ハルの静かな指先を思い出した。
 どうして京介を守る。
 どうやって『羽鳥』を追い詰める。
 太田、『飯島』という手がかりは消えてしまった。残っているのは檜垣だが、檜垣が『羽鳥』そのものに接触したわけでもない今、何を手がかりに『羽鳥』を探せばいいのか。
 覗き込むグラタンのマカロニにゆっくりと蕩け落ちるチーズを眺めた。
 絶対色感。
 太田の印象は黄色だった。
 閃光のように鮮やかな黄色。
 あんな色を見たのは初めてだ。
 今まで何かよくないものを抱えている人には黒っぽい靄が見えていたが、ひょっとして、人にはそれぞれ固有の色があるのだろうか。
 ひょっとして、太田の黄色から檜垣を追えたように、『羽鳥』の赤から誰かの中の情報を追えるだろうか。
 けれど似たような赤は一杯あるかもしれない。檜垣の件はたまたまだった。
 ならば『羽鳥』を一体どこの誰から追えばいいんだろう。檜垣が昔一緒に居たという仲間も、『羽鳥』は下っ端と接触していない気配だから知らないかもしれない。
 『羽鳥』はそもそも誰かと接触しているんだろうか。『飯島』が生きていれば、もう一度会うことで『羽鳥』を追えただろうか。それとも、『飯島』の持ち物や、それこそ死体、の状況からなら。
「誰?」
「え」
 ぞくりと身を震わせた瞬間尋ねられて、何のことかわからず、美並は瞬きした。
「何、ハルくん」
「それ、誰?」
「誰? それって………え?」
 ひょいと見上げたハルが真っ黒な目で美並を凝視している。
 まさか、と思った次の瞬間、ハルは淡々と続けた。
「赤」
「赤って」
 ハルくん、『見える』の?
 人の中身を見たことはある。けれどこうやって、自分を誰かに見られるのは初めてだ。
 美並は少し竦んだ。いやもちろん、人としてやましいところなどないつもりだけど、それでも京介とのことや、京介への気持ちや、それこそさっき一瞬掠めた、京介と一緒に居るかもしれない誰かへの嫉妬を見透かされての『赤』なのかと一瞬体が強張る。
 それから。
「……あーもう」
 自分がいつもやっていることじゃないか、とうんざりした。
 そうかこういう気持ちなんだなと自覚しつつ、なるほど不安にもなるよなと宥めつつ、そういう気持ちと格闘しながら黙ってしまった美並に、ハルがスパゲティを指差す。
「?」
「補色」
「ほしょく?」
「違う」
 美並の中にあるもの。
 よくわからないが、何かの作用で感じたものではなく、美並の中から感じたもの、ということか。
「待って」
 ハルはスパゲティを食べ出した。村野に失礼じゃないかと思うぐらいの儀礼的な早さでさくさく食べ終えてしまうと、その後しばらくまた、残ったオリーブオイルが乱れた空の皿に視線を落とす。
 違うんだ、と思った。
 ハルは村野の料理を味や匂いではなく、色彩の料理として味わい尽くそうとしているのだ。
「綺麗」
 やがて少し吐息をついて顔をあげたハルは微笑んでいる。
「いい店」
「うん」
「美しい感覚だ」
 ぼそりと呟いた声には一瞬思わず跪いてしまいそうな荘厳さがあった。
 とんでもなく尊いものを間近に見せられているという感覚。まるでこの世にあり得ない何か、もっと巨大な高みでのみ開かれる巻物が、目の前で広げられたような圧倒感。
 そうか、これが才能というものなんだ、と気づいた。
 理由づけを必要としない。
 評価を必要としない。
 それは既に完成され、隅々まで満ち足りている。
 それがこの目の前の、白づくめの服を着た少年の中に一つも余さず封じ込められている。
 源内は凄い、ととっさに思った。
 これほどの相手を、しかも外見はただの奇矯な振る舞いをする子どもでしかない存在を、よく壊さず欠けさせることもなく守り得ている。
 この守り方を身に着けられれば、京介を守れるだろうか。
 続いた小さな声に胸が詰まる。
 この守り方ならば、京介の側に居られるだろうか。
 そうだ。
 私は京介の側で生きていたい。
 今初めて気づく。
 たとえ京介を傷つけるしかなくても、京介の側で生きていたい。のだ。
 なんて傲慢なんだろう。
 どこまで私は罪深いんだろう。
「美並」
「なに?」
「一人は無理」
「っ」
 ハルが再び美並を凝視していた。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

性欲の強すぎるヤクザに捕まった話

古亜
恋愛
中堅企業の普通のOL、沢木梢(さわきこずえ)はある日突然現れたチンピラ3人に、兄貴と呼ばれる人物のもとへ拉致されてしまう。 どうやら商売女と間違えられたらしく、人違いだと主張するも、兄貴とか呼ばれた男は聞く耳を持たない。 「美味しいピザをすぐデリバリーできるのに、わざわざコンビニのピザ風の惣菜パンを食べる人います?」 「たまには惣菜パンも悪くねぇ」 ……嘘でしょ。 2019/11/4 33話+2話で本編完結 2021/1/15 書籍出版されました 2021/1/22 続き頑張ります 半分くらいR18な話なので予告はしません。 強引な描写含むので苦手な方はブラウザバックしてください。だいたいタイトル通りな感じなので、少しでも思ってたのと違う、地雷と思ったら即回れ右でお願いします。 誤字脱字、文章わかりにくい等の指摘は有り難く受け取り修正しますが、思った通りじゃない生理的に無理といった内容については自衛に留め批判否定はご遠慮ください。泣きます。 当然の事ながら、この話はフィクションです。

10のベッドシーン【R18】

日下奈緒
恋愛
男女の数だけベッドシーンがある。 この短編集は、ベッドシーンだけ切り取ったラブストーリーです。

[R18] 激しめエロつめあわせ♡

ねねこ
恋愛
短編のエロを色々と。 激しくて濃厚なの多め♡ 苦手な人はお気をつけくださいませ♡

【R18】こんな産婦人科のお医者さんがいたら♡妄想エロシチュエーション短編作品♡

雪村 里帆
恋愛
ある日、産婦人科に訪れるとそこには顔を見たら赤面してしまう程のイケメン先生がいて…!?何故か看護師もいないし2人きり…エコー検査なのに触診されてしまい…?雪村里帆の妄想エロシチュエーション短編。完全フィクションでお送り致します!

彼女の母は蜜の味

緋山悠希
恋愛
ある日、彼女の深雪からお母さんを買い物に連れて行ってあげて欲しいと頼まれる。密かに綺麗なお母さんとの2人の時間に期待を抱きながら「別にいいよ」と優しい彼氏を演じる健二。そんな健二に待っていたのは大人の女性の洗礼だった…

【R18】隣のデスクの歳下後輩君にオカズに使われているらしいので、望み通りにシてあげました。

雪村 里帆
恋愛
お陰様でHOT女性向け33位、人気ランキング146位達成※隣のデスクに座る陰キャの歳下後輩君から、ある日私の卑猥なアイコラ画像を誤送信されてしまい!?彼にオカズに使われていると知り満更でもない私は彼を部屋に招き入れてお望み通りの行為をする事に…。強気な先輩ちゃん×弱気な後輩くん。でもエッチな下着を身に付けて恥ずかしくなった私は、彼に攻められてすっかり形成逆転されてしまう。 ——全話ほぼ濡れ場で小難しいストーリーの設定などが無いのでストレス無く集中できます(はしがき・あとがきは含まない) ※完結直後のものです。

私を犯してください♡ 爽やかイケメンに狂う人妻

花野りら
恋愛
人妻がじわじわと乱れていくのは必読です♡

【R18】ドS上司とヤンデレイケメンに毎晩種付けされた結果、泥沼三角関係に堕ちました。

雪村 里帆
恋愛
お陰様でHOT女性向けランキング31位、人気ランキング132位の記録達成※雪村里帆、性欲旺盛なアラサーOL。ブラック企業から転職した先の会社でドS歳下上司の宮野孝司と出会い、彼の事を考えながら毎晩自慰に耽る。ある日、中学時代に里帆に告白してきた同級生のイケメン・桜庭亮が里帆の部署に異動してきて…⁉︎ドキドキハラハラ淫猥不埒な雪村里帆のめまぐるしい二重恋愛生活が始まる…!優柔不断でドMな里帆は、ドS上司とヤンデレイケメンのどちらを選ぶのか…⁉︎ ——もしも恋愛ドラマの濡れ場シーンがカット無しで放映されたら?という妄想も込めて執筆しました。長編です。 ※連載当時のものです。

処理中です...